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18.  廃都市アルゲティにて 3

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 並び立つ墓標を目にした時、テイトはほんの少し安堵してしまった。
 変な話だが、荒廃した街中では感じることの出来なかった人の生きた証をそこに見つけた気がしたのだ。
 元々は街の管理する霊園だったのだろう。
 その規模は大きく、広大で緩やかな丘には数多くの墓標が立てられていた。
 本来はきちんと整備されていたようだが、今は訪れる者も少ないのか、雑草や汚れが目立っていたのがなんだか物悲しかった。
 その中でも一際大きい墓標には、一年半前の日付と『全ての魂に竜の加護を』という文字が刻まれていた。
 テイトはそこに預かった花束から数本だけ花を抜いて供え、手を合わせた。

 それから、少し離れた場所にテイトは背中の剣を突き刺し、抜き取った花を数本供えた。

「……テイトそれ」
「ユーリさんから預かったんだ。形見はこれだけだからね」
「お前に使って欲しくてあげたんだと思うけど……」
「でも、ユーリさんから合格をもらってないから、僕は使えないよ」
「……バカ真面目だな」
 吐き捨てるように呟いて、リゲルは屈んで手を合わした。

 亡くなった場所で既に二人を手厚く葬ったが、そこは二人にとって縁もゆかりもない土地だった。
 自己満足とは言え、これで二人を故郷に帰すことができたのならば来た甲斐もあったと思え、テイトもリゲルに倣って手を合わせて目を閉じた。

 その後、テイトはリゲルと相談して待ち合わせの時間まで霊園の清掃を行うことに決めた。
 忘れられたように佇む墓標が、酷く虚しかったからだ。

 黙々と作業をこなすこと数時間、気付けば太陽の位置は随分と低いところにあった。
 西日の眩しさに思わず目を細めたテイトは、遠くから聞こえてきた第三者の足音に振り返った。
 そうして見えた姿にテイトは目を瞬かせた。

「――あれ? っもしかしてもう時間でしたか?」

 そこには昼に別れた三人の姿があった。
 それを認識すると同時に昼に交わした約束を思い出し、テイトは焦ってシンに駆け寄った。

「……いや」

 シンは目を細めてそれだけ言うと、テイトの横を通り抜けて迷いのない足取りで進んでいく。
 戸惑いながらテイトがレンリに目を向けると、レンリは困ったように微笑んだ。

「シンが、ここに寄りたいと……」
「そうなんですね。あ、そっちは何か収穫とかありましたか?」
「……あまり、なかったみたいです」

 レンリは目を伏せながら、垂れた髪を耳にそっとかけた。
 《アノニマス》に繋がるものは見つからなかったのだと知り、テイトはそうですかとだけ言葉を返した。

 シンに目を遣ると一つの墓標の前で立ち止まっていた。
 興味本位で近寄ると、丁度シンが手を翳した植物が一瞬にして花を咲かせるのが見え、テイトは目を瞠った。

 シンはそれを手折り、目の前の墓標に供えた。

「……便利ですね」

 思わず声が漏れたが、シンは何の反応も見せなかった。
 墓標に刻まれた文字を盗み見て分かったのは、十七年前に亡くなった者の墓であるということだった。
 享年三十五歳とも刻まれており、若くして亡くなってしまったのだなと哀れむと同時に、年齢的にあまりにもシンとかけ離れていたため、テイトは首を傾げた。

「……家族ですか?」
 踏み込んだ質問だろうか、とテイトは遠慮がちに尋ねた。

「同僚だ」
「あ、研究所の」

 すんなり教えてくれたことに安堵しつつ、その答えに納得してテイトは手を打った。
 研究所なら年の離れた知り合いがいても可笑しいことはないだろうと思う一方で、テイトは更なる疑問に頭を捻った。

(あれ? 十七年前に亡くなった人が同僚?)

 テイトは再度シンを見た。
 彼の姿はどう見ても十代の若者だ。

(この見た目で実は二十代? いやそうだとしても計算が合わないような……)

 混乱してテイトが頭を抱えていると、大きく息を吐き出す音が耳に入った。

「……あんた、俺が刺青を入れてることを忘れてないか?」
「……あ」

 テイトは決まりが悪くなって後ろ手に頭を掻いた。
 指摘を受けたことは勿論だが、自分の思考を読み取られたことも恥ずかしかった。

(そうだ、刺青を入れてるんだから、見た目通りの年齢なんかじゃ……)

 テイトは自分が早く年を取る所為か、それとは正反対の者がいることをすっかり失念していたことに気が付いた。

「――じゃあ、お前何歳なんだよ」

 いつの間にか背後まで来ていたリゲルが尋ねると、シンは不敵な笑みを浮かべて振り返った。

「少なくともあんたよりは年上だが、それを聞いてどうする? 敬う気でもあるのか?」

 リゲルはなっと声を漏らしたが、それ以上シンに突っかかることはなかった。

「俺のこの街での用事は終わったけど、あんたは?」

 シンに目を向けられ、テイトは無意識に背筋を伸ばした。
 もしかしたら自分が想像するよりも遙かに年上なのかも知れない、と態度を改めたい気持ちだった。

「ぼ、僕も終わってます」
「じゃあ、移動しよう」

 そう言って歩き出すシンの後をテイトは慌てて追いかけた。
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