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6. 迷いの森 1
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時間になり、テイトはレンリと共に宿の出入り口へと向かった。
既に集まっていた仲間達が落ち着きなくそわそわとしている姿に、テイトはレンリに自分の外套を羽織らせてよかったと切に感じた。
彼女の目立つ容姿を見た仲間が使い物にならないことを心配して、念のためにとフード付きの外套をレンリに渡しておいたのだ。
フードまでしっかり被るようにお願いすると、レンリは困ったように笑いながらも大人しくそれに従ってくれた。
彼女も自分の容姿が与える影響を理解していたようである。
(まぁ、あれだけ食堂でデレデレされれば分かるよなぁ……)
食堂での仲間の様子を思い出し、テイトは顔を顰めた。
緩みきった顔でレンリを見ながら、彼女と視線が合うと顔を赤らめて硬直していた。
改めて思えば大の男がするには些か気持ちの悪いリアクションだったと思う。
そう思う反面、テイト自身もレンリと目を合わせて話すのはドキドキするし、微笑まれたら頬が熱くなるので、人のことを言っていられないのが実情だ。
外套を頭から被ってくれたことでレンリの顔も少し隠れたので、これ以上自分も醜態をさらすことはないだろう、とテイトは人知れず安堵のため息をついた。
「レ、レンリちゃんも一緒に行くのかい?」
「はい、もしお邪魔になるようなら言ってください」
「と、とんでもない」
「重たい荷物とかあったら言って、俺力持ちだから」
「ふふ、ありがとうございます」
レンリは慣れたように仲間の言動を躱していた。
仲間達は初め、レンリが綺麗すぎて近寄り難さを感じていたようだが、話してみてその雰囲気の柔らかさに気付いたらしく、今では積極的に彼女に話しかけていた。
積極性が増したのはおそらく、自分の貸した外套も一因になったのだろうと推測し、テイトは少し申し訳なく思った。
ぼんやりとレンリを眺めていると、横を歩いていたリゲルがテイトの肩を掴み、耳打ちするように顔を寄せた。
「テイト、あいつら見ろよ。もし彼女が敵なら俺たち終わりだな」
「リゲル、そういうことは――」
「分かってるって」
リゲルはヒラヒラと手を振って体を離した。
軽薄な態度に少しムッとしながらも、テイトはそれ以上リゲルを咎めることはなかった。
テイトの代わりに、リゲルが彼女を疑ってくれていることを知っているからだ。
「俺ちょっと前から思ってんだけど、レンリちゃんがいれば、教団の協力とかも簡単に得られそうじゃないか?」
「……それ、絶対レンリさんの前で言わないで」
テイトは声を潜めて返した。
まだ少ししかレンリと話していないが、テイトには確信があった。
こちらから協力を依頼すれば、レンリは助けられたことに恩を感じて、それを断らないだろうという確信が。
教団がどういう場所かは分からないが、必ず教団はレンリのことを歓迎するだろうし、《竜の子》である彼女が手荒に扱われる可能性も皆無だろう。
だが、協力を得るためにレンリを差し出すことは人身売買と何が違うというのか。
テイトはリゲルを睨んだが、リゲルはヘラヘラと分かってるよと言うだけであった。
道中、レンリの倒れていた湖の横を通った。
昨夜のような幻想的な空間ではなくなったそこは、明るい中で見ても彼女の手掛かりなどが落ちている様子はなかった。
レンリは何か思うところはないのだろうか、とテイトはちらと視線を遣ったが、レンリがそこに特別意識を向けることはなかった。
そのまま何もなく通過し、森の手前まで来たところで、今日はどうすると一人がテイトに尋ねた。
「取り敢えず、中に入れない以上また手分けして周囲を確認しましょう。昨日は見つけられなかったけど、魔道具の手掛かりがあるかもしれないし、もしかしたら、中に入れるポイントがあるかもしれない」
森は周りを一週歩いて約三時間という大きさだ。
二手に分かれて普通に歩けば、一時間半後には今ある場所の反対地点で合流できることになる。
周囲を確認しながらゆっくり歩いても、二時間後には必ず合流できるだろう。
「僕とリゲルとレンリさんで左から回るから、そっちは右からお願い」
テイトの指示に、なんでリゲルがそっちなんだと口々に文句の声が上がったが、リゲルは口笛を吹きながらそれを受け流した。
せめて公平にくじをと訴える仲間に若干引きながら、テイトはもう一度お願いねと念を押した。
レンリとリゲルの背を押して強引に進もうとするテイトの背中には、薄情者!と罵る声が聞こえたが、テイトはそれを完全に無視して進んだ。
レンリが気遣わしげに後ろを見遣るので、テイトは苦笑を返した。
「ごめん、騒がしい奴らで」
「皆、レンリちゃんみたいな女の子らしい女の子に飢えてて」
俺たちの仲間の女子は気が強そうな奴しかいないから、と続けるリゲルの言葉をテイトは否定しなかった。
「でも、テイトは気が強い年上の女性が好きなんだよね」
「え、何急に?」
突然振られた話題に、テイトは心底驚いてリゲルを凝視した。
「だって、ステラさんにずっとべったりだったじゃん」
「え、いや、あれは違うよ、色々教えてもらってただけで」
テイトは言いながら顔が赤くなるのを自覚した。
あれは自分が子供で、戦いのたの字も知らず、知識も疎かった故に色々教えてもらっていただけであって、テイト自身決してそんなつもりはなかった。
それなのに、揶揄われているだけだとしてもそんな風に見られていたことが気恥ずかしかった。
「でも、ステラさん絶対リーダーが好きだったよな、俺テイトに同情してたんだぜ」
「だから違うってば」
テイトは必死に否定するが、リゲルには逆効果のようでニヤニヤとした笑みを強めるだけだった。
「女性のお仲間もいらっしゃるのですね」
「俺たちと一緒にいたらその内会えるかもね。ただ、レンリちゃんと違って、なんて言うか、たくましい人達ばっかだから、びっくりするかも」
「是非お会いしてみたいです、そのステラさんという方にも」
レンリの何気ない一言に、リゲルはあーと声を上げて、気まずそうに頬をポリポリと掻いた。
「名前出しといて悪いんだけど、ステラさんも亡くなってるんだよね」
「すみません、軽率な発言でした」
「いやいや、俺の方こそ」
リゲルはちらりとテイトに視線を向けたが、テイトはその視線から逃れるように森を眺めた。
リゲルがステラの死から、時折何か知りたそうな顔で自分を見ることにテイトは気付いていた。
彼を含めて仲間達は皆あの時敵から逃げることに必死で、ステラの最期を看取ったのはテイトだけだと思っているからだ。
しかし、テイトはまだ誰にも何も話せずにいた。
自分のしたことが正しかったのかそうでなかったのかの答えが出るまでは、誰にもステラの最期のことを話すつもりがなかった。
リゲルが諦めたように別の話題に切り替えるのを聞きながら、テイトはこっそり息を吐いた。
いつか話そうとは思っているが、それでも今はまだ答えが出ていないのだ。
「――話すのもいいけど、ちゃんと森の確認もしてよ」
「はーい、リーダー」
「すみません、どういったことを確認すればいいでしょうか」
レンリからの問いに、テイトは驚いたように目を見開いた。
「あ、えと、何か違和感があったら教えて欲しいというか……でも、レンリさんは自分のことを優先してもらったらいいので、その」
「ふふ、お気遣いありがとうございます。違和感ですね、わかりました」
レンリに微笑まれ、テイトは顔が熱くなった。
フードで顔の半分が隠れているとは言えレンリの可憐さは健在で、かろうじてオネガイシマスと言葉を紡ぐテイトの視界の端に、リゲルが肩を竦める姿が飛び込んだ。
「……気の強い年上のお姉様はどうしたんだよ」
それに否定を返す余裕は、テイトにはまだなかった。
既に集まっていた仲間達が落ち着きなくそわそわとしている姿に、テイトはレンリに自分の外套を羽織らせてよかったと切に感じた。
彼女の目立つ容姿を見た仲間が使い物にならないことを心配して、念のためにとフード付きの外套をレンリに渡しておいたのだ。
フードまでしっかり被るようにお願いすると、レンリは困ったように笑いながらも大人しくそれに従ってくれた。
彼女も自分の容姿が与える影響を理解していたようである。
(まぁ、あれだけ食堂でデレデレされれば分かるよなぁ……)
食堂での仲間の様子を思い出し、テイトは顔を顰めた。
緩みきった顔でレンリを見ながら、彼女と視線が合うと顔を赤らめて硬直していた。
改めて思えば大の男がするには些か気持ちの悪いリアクションだったと思う。
そう思う反面、テイト自身もレンリと目を合わせて話すのはドキドキするし、微笑まれたら頬が熱くなるので、人のことを言っていられないのが実情だ。
外套を頭から被ってくれたことでレンリの顔も少し隠れたので、これ以上自分も醜態をさらすことはないだろう、とテイトは人知れず安堵のため息をついた。
「レ、レンリちゃんも一緒に行くのかい?」
「はい、もしお邪魔になるようなら言ってください」
「と、とんでもない」
「重たい荷物とかあったら言って、俺力持ちだから」
「ふふ、ありがとうございます」
レンリは慣れたように仲間の言動を躱していた。
仲間達は初め、レンリが綺麗すぎて近寄り難さを感じていたようだが、話してみてその雰囲気の柔らかさに気付いたらしく、今では積極的に彼女に話しかけていた。
積極性が増したのはおそらく、自分の貸した外套も一因になったのだろうと推測し、テイトは少し申し訳なく思った。
ぼんやりとレンリを眺めていると、横を歩いていたリゲルがテイトの肩を掴み、耳打ちするように顔を寄せた。
「テイト、あいつら見ろよ。もし彼女が敵なら俺たち終わりだな」
「リゲル、そういうことは――」
「分かってるって」
リゲルはヒラヒラと手を振って体を離した。
軽薄な態度に少しムッとしながらも、テイトはそれ以上リゲルを咎めることはなかった。
テイトの代わりに、リゲルが彼女を疑ってくれていることを知っているからだ。
「俺ちょっと前から思ってんだけど、レンリちゃんがいれば、教団の協力とかも簡単に得られそうじゃないか?」
「……それ、絶対レンリさんの前で言わないで」
テイトは声を潜めて返した。
まだ少ししかレンリと話していないが、テイトには確信があった。
こちらから協力を依頼すれば、レンリは助けられたことに恩を感じて、それを断らないだろうという確信が。
教団がどういう場所かは分からないが、必ず教団はレンリのことを歓迎するだろうし、《竜の子》である彼女が手荒に扱われる可能性も皆無だろう。
だが、協力を得るためにレンリを差し出すことは人身売買と何が違うというのか。
テイトはリゲルを睨んだが、リゲルはヘラヘラと分かってるよと言うだけであった。
道中、レンリの倒れていた湖の横を通った。
昨夜のような幻想的な空間ではなくなったそこは、明るい中で見ても彼女の手掛かりなどが落ちている様子はなかった。
レンリは何か思うところはないのだろうか、とテイトはちらと視線を遣ったが、レンリがそこに特別意識を向けることはなかった。
そのまま何もなく通過し、森の手前まで来たところで、今日はどうすると一人がテイトに尋ねた。
「取り敢えず、中に入れない以上また手分けして周囲を確認しましょう。昨日は見つけられなかったけど、魔道具の手掛かりがあるかもしれないし、もしかしたら、中に入れるポイントがあるかもしれない」
森は周りを一週歩いて約三時間という大きさだ。
二手に分かれて普通に歩けば、一時間半後には今ある場所の反対地点で合流できることになる。
周囲を確認しながらゆっくり歩いても、二時間後には必ず合流できるだろう。
「僕とリゲルとレンリさんで左から回るから、そっちは右からお願い」
テイトの指示に、なんでリゲルがそっちなんだと口々に文句の声が上がったが、リゲルは口笛を吹きながらそれを受け流した。
せめて公平にくじをと訴える仲間に若干引きながら、テイトはもう一度お願いねと念を押した。
レンリとリゲルの背を押して強引に進もうとするテイトの背中には、薄情者!と罵る声が聞こえたが、テイトはそれを完全に無視して進んだ。
レンリが気遣わしげに後ろを見遣るので、テイトは苦笑を返した。
「ごめん、騒がしい奴らで」
「皆、レンリちゃんみたいな女の子らしい女の子に飢えてて」
俺たちの仲間の女子は気が強そうな奴しかいないから、と続けるリゲルの言葉をテイトは否定しなかった。
「でも、テイトは気が強い年上の女性が好きなんだよね」
「え、何急に?」
突然振られた話題に、テイトは心底驚いてリゲルを凝視した。
「だって、ステラさんにずっとべったりだったじゃん」
「え、いや、あれは違うよ、色々教えてもらってただけで」
テイトは言いながら顔が赤くなるのを自覚した。
あれは自分が子供で、戦いのたの字も知らず、知識も疎かった故に色々教えてもらっていただけであって、テイト自身決してそんなつもりはなかった。
それなのに、揶揄われているだけだとしてもそんな風に見られていたことが気恥ずかしかった。
「でも、ステラさん絶対リーダーが好きだったよな、俺テイトに同情してたんだぜ」
「だから違うってば」
テイトは必死に否定するが、リゲルには逆効果のようでニヤニヤとした笑みを強めるだけだった。
「女性のお仲間もいらっしゃるのですね」
「俺たちと一緒にいたらその内会えるかもね。ただ、レンリちゃんと違って、なんて言うか、たくましい人達ばっかだから、びっくりするかも」
「是非お会いしてみたいです、そのステラさんという方にも」
レンリの何気ない一言に、リゲルはあーと声を上げて、気まずそうに頬をポリポリと掻いた。
「名前出しといて悪いんだけど、ステラさんも亡くなってるんだよね」
「すみません、軽率な発言でした」
「いやいや、俺の方こそ」
リゲルはちらりとテイトに視線を向けたが、テイトはその視線から逃れるように森を眺めた。
リゲルがステラの死から、時折何か知りたそうな顔で自分を見ることにテイトは気付いていた。
彼を含めて仲間達は皆あの時敵から逃げることに必死で、ステラの最期を看取ったのはテイトだけだと思っているからだ。
しかし、テイトはまだ誰にも何も話せずにいた。
自分のしたことが正しかったのかそうでなかったのかの答えが出るまでは、誰にもステラの最期のことを話すつもりがなかった。
リゲルが諦めたように別の話題に切り替えるのを聞きながら、テイトはこっそり息を吐いた。
いつか話そうとは思っているが、それでも今はまだ答えが出ていないのだ。
「――話すのもいいけど、ちゃんと森の確認もしてよ」
「はーい、リーダー」
「すみません、どういったことを確認すればいいでしょうか」
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「あ、えと、何か違和感があったら教えて欲しいというか……でも、レンリさんは自分のことを優先してもらったらいいので、その」
「ふふ、お気遣いありがとうございます。違和感ですね、わかりました」
レンリに微笑まれ、テイトは顔が熱くなった。
フードで顔の半分が隠れているとは言えレンリの可憐さは健在で、かろうじてオネガイシマスと言葉を紡ぐテイトの視界の端に、リゲルが肩を竦める姿が飛び込んだ。
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