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銀杏大学編 第1章 入学・進級と運転免許
第6話 車に乗った王子様
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美琴に『フレッシュマンゼミ』に参加していると嘘をついてから約1週間後。
俺は、隣に教官を、後部座席には同時期に自動車学校に入学した同期2人を乗せ、公道を走っていた。
「…それじゃ、次の信号を右折して下さい」
「分かりました」
教官の指示で右折の方向指示器を点滅させ、バックミラー・サイドミラー・運転席側の窓からの目視の順で車体の右側にバイク等が入って来ないことを確認し、右折レーンへと車を入れる。
前方の信号は青。信号の右下には右折の矢印信号がある。
“カッチンカッチンカッチンカッチン…”
方向指示器を点滅させている時の音のみが、リズミカルに車内に木霊する。
教習で使われた道は都内から新幹線で1時間半の田舎なのだが、今走っている道は田舎の中でも交通量の激しい駅前で、対向車線では激しく車が往来している。
どうやら、本信号が青のうちは、右折するタイミングはなさそうだ。
しばらくすると、本信号が黄色になり、やがて赤になった。
対向車線の右折レーンの先頭車が見切り発車し、ボンネットが停止線を越えるのが見える。
だが、俺は焦らなかった。
「(…普通は本信号が赤になれば、右折の矢印信号が点灯するものだけど…)」
右折の矢印信号は点灯しない。
見切り発車した、対向車線の右折レーンの先頭車がそれに気づき、慌ててブレーキを踏む。
刹那、横方向の信号が青になり、左右から車が出て来た。
「…よく踏みとどまったな!」
「はい。このルートは路上教習で通った時、まず右折の矢印信号が点灯してから、本信号が青になることを確認していましたから。それに、見切り発車はしてはダメなんですよね」
「その通りだ。前の見切り発車した車のナンバープレートを見ると、××市と書いてある。つまり、この道に慣れている運転者である可能性が高い。にも関わらず、見切り発車でヒヤリハットだ」
「沢継は見切り発車をしなかっただけでなく、周囲をよく観察し、この交差点の特性を覚えていた。卒業して免許を取得した運転者が、本来はすべからく行うべき習慣だと言える。ここにいる受検者は、特に覚えておくように!」
教官が話し終わると同時に横方向の信号が赤になり、こちら側の車線の、右折の矢印信号が点灯した。
俺はブレーキペダルから足を離すと、ゆっくりとアクセルペダルを踏み、車を発車させた。
***
“ピピピピッ…ピピピピッ…ピピピピッ…”
「はいっ!キーボードから手を離して下さい!!」
“キーンコーンカーンコーン…”
「ちょうどチャイムが鳴ったので、今日の部活は終了します。入力した結果を印刷し、採点待ちのカゴにプリントアウトした答案を入れて、終わりにして下さい!!」
マネージャー長から部活動の終わりが宣言され、部員は各々の入力結果をプリンタで印刷すると、次々とカゴへ入れて帰宅準備を始める。
先輩が私に嬉しい嘘をついた電話から、約1週間が経過していた。
その間も、私は先輩が『フレッシュマンゼミ』に行っていて、都内から離れているという話に合わせて、電話やSNSでやりとりをしていた。
「美琴ちゃん。お疲れ様~」
「お疲れ~紗代!」
「そう言えば先輩って、今日帰って来るんだっけ?」
「そうなんだ~♪」
「…美琴ちゃん。顔、にやけているよ?」
「えっ!本当に???」
慌ててカバンから手鏡を取り出し、顔を確認する。
「冗談だよ!」
「もう!紗代ったら、からかったわね!!」
「にやけているのは嘘だけど、何だか美琴ちゃん、嬉しそうだよ!」
「そうなのよ…もう一昨日位から、家じゃこの調子なんだから…」
「部長!」
「お姉ったら、余計なことを…」
「部長。先輩と美琴ちゃんが長い間会えなかったのは、付き合いだしてから今回が初めて何です。だから、大目に見てあげて下さい!」
「…私は男の人と恋愛っていう恋愛は経験したことないから分からないけど…好きな人が居るっていうのは、そういうことなのかしらね…」
「そういうこと!!さて、先輩と駅で待ち合わせしているから、急がなきゃ!!」
“ザワザワ…ザワザワ…”
そう思い、カバンの中を整理していると、いつも静かな部室が騒がしいことに気づく。
顔を上げると、パソコン室の窓側に2年生以上の部員が集まっていた。
「(…何だろう…パソコン室の外から見えるのは、市内の景色と先生たちが車を停めている駐車場位のはずだけど…)」
「ねぇ紗代。あれ、何かあったのかな…」
「また火事で市街地から煙が上がっているとか、そういうことだと思うけど…」
「気になるわね…行ってみよう!」
こういうことにすぐ首を突っ込むお姉を先頭に、私と紗代が部室の窓に近づいていく。
「…ね……しか……こっち………手を……」
近づくにつれ、外を見ている部員たちの会話が聞こえ始める。
「あなたたち。どうしたの?」
単刀直入にお姉が切り込む。
「部長!先生方の駐車場から、こっちに手を振っている人がいるんです!」
「あれって、この3月に卒業した煉先輩じゃないですか?」
予想だにしなかった先輩の名前の出現に、私は窓まで走り、下を見る。
「(…間違いない!!先輩だ!!!)」
窓越しに手を振ると、先輩は私の姿に気付き、オーバーアクションとも取れる手の振り方をした。
「お姉!荷物任せた!!」
“パタパタパタパタパタ…”
「ちょっと美琴!待ちなさい!!」
お姉の静止を無視し、私はその場から駆け出した。
パソコン室のドアを勢いよく開け、階段を3階、2階、1階へと降りて行く。
「おい!廊下を走らないよう…」
「すみません!!今急いでいるんで!!!」
途中、先生に注意された気がしたが、私の気持ちは先輩の元へ急ぐことに集中していた。
昇降口に到着するも、私は上履きのまま外に飛び出し、先輩に元へと駆けて行く。
そして…
「美琴!今からパソコン室に行こうと…って…」
“ピョン”
“ガシッ”
胸に飛び込む形でジャンプした私を先輩はしっかりと受け止め、私の走ってきた勢いを相殺させるように、私を抱きしめながらその場で2、3回回転した。
「危ないじゃないか!美琴」
「先輩…お帰りなさい!!」
「ただいま。美琴」
「…それにしても、待ち合わせは駅のはずじゃ…」
「その予定だったんだけど、『アレ』で一緒に帰ろうと思って、さ♪」
先輩が親指で示した方向にあったのは、普段見かけないブルーの車だった。
「『アレ』って…もしかして、先輩の車ですか?」
「ああ。正確には、俺の家の車だけどな」
「てことは…」
「そうさ!実は、大学の行事でしばらく都内から離れていたんじゃなくて、合宿免許で自動車学校に通っていたんだよ」
「(やっぱり、そうだったんだ!!)」
「えっ!?」
「それで、昨日学校を卒業して、今日は試験場で試験を受けて来たんだ」
「それじゃ、その免許証は発行したてなんですね!」
「美琴…怒らないのか?」
「だって、私を喜ばせようとして、嘘をついたんでしょ?」
「まぁ、そうだけど…嬉しいか?」
「はいっ。とっても!!」
「そうか!!」
“ギュッ”
「先輩っ。これからいっぱいドライブしましょうね♪」
「そうだな♪」
分かっていたことでも、正直サプライズは嬉しい。
そう思ったひと時だった。
第2章へ続く
俺は、隣に教官を、後部座席には同時期に自動車学校に入学した同期2人を乗せ、公道を走っていた。
「…それじゃ、次の信号を右折して下さい」
「分かりました」
教官の指示で右折の方向指示器を点滅させ、バックミラー・サイドミラー・運転席側の窓からの目視の順で車体の右側にバイク等が入って来ないことを確認し、右折レーンへと車を入れる。
前方の信号は青。信号の右下には右折の矢印信号がある。
“カッチンカッチンカッチンカッチン…”
方向指示器を点滅させている時の音のみが、リズミカルに車内に木霊する。
教習で使われた道は都内から新幹線で1時間半の田舎なのだが、今走っている道は田舎の中でも交通量の激しい駅前で、対向車線では激しく車が往来している。
どうやら、本信号が青のうちは、右折するタイミングはなさそうだ。
しばらくすると、本信号が黄色になり、やがて赤になった。
対向車線の右折レーンの先頭車が見切り発車し、ボンネットが停止線を越えるのが見える。
だが、俺は焦らなかった。
「(…普通は本信号が赤になれば、右折の矢印信号が点灯するものだけど…)」
右折の矢印信号は点灯しない。
見切り発車した、対向車線の右折レーンの先頭車がそれに気づき、慌ててブレーキを踏む。
刹那、横方向の信号が青になり、左右から車が出て来た。
「…よく踏みとどまったな!」
「はい。このルートは路上教習で通った時、まず右折の矢印信号が点灯してから、本信号が青になることを確認していましたから。それに、見切り発車はしてはダメなんですよね」
「その通りだ。前の見切り発車した車のナンバープレートを見ると、××市と書いてある。つまり、この道に慣れている運転者である可能性が高い。にも関わらず、見切り発車でヒヤリハットだ」
「沢継は見切り発車をしなかっただけでなく、周囲をよく観察し、この交差点の特性を覚えていた。卒業して免許を取得した運転者が、本来はすべからく行うべき習慣だと言える。ここにいる受検者は、特に覚えておくように!」
教官が話し終わると同時に横方向の信号が赤になり、こちら側の車線の、右折の矢印信号が点灯した。
俺はブレーキペダルから足を離すと、ゆっくりとアクセルペダルを踏み、車を発車させた。
***
“ピピピピッ…ピピピピッ…ピピピピッ…”
「はいっ!キーボードから手を離して下さい!!」
“キーンコーンカーンコーン…”
「ちょうどチャイムが鳴ったので、今日の部活は終了します。入力した結果を印刷し、採点待ちのカゴにプリントアウトした答案を入れて、終わりにして下さい!!」
マネージャー長から部活動の終わりが宣言され、部員は各々の入力結果をプリンタで印刷すると、次々とカゴへ入れて帰宅準備を始める。
先輩が私に嬉しい嘘をついた電話から、約1週間が経過していた。
その間も、私は先輩が『フレッシュマンゼミ』に行っていて、都内から離れているという話に合わせて、電話やSNSでやりとりをしていた。
「美琴ちゃん。お疲れ様~」
「お疲れ~紗代!」
「そう言えば先輩って、今日帰って来るんだっけ?」
「そうなんだ~♪」
「…美琴ちゃん。顔、にやけているよ?」
「えっ!本当に???」
慌ててカバンから手鏡を取り出し、顔を確認する。
「冗談だよ!」
「もう!紗代ったら、からかったわね!!」
「にやけているのは嘘だけど、何だか美琴ちゃん、嬉しそうだよ!」
「そうなのよ…もう一昨日位から、家じゃこの調子なんだから…」
「部長!」
「お姉ったら、余計なことを…」
「部長。先輩と美琴ちゃんが長い間会えなかったのは、付き合いだしてから今回が初めて何です。だから、大目に見てあげて下さい!」
「…私は男の人と恋愛っていう恋愛は経験したことないから分からないけど…好きな人が居るっていうのは、そういうことなのかしらね…」
「そういうこと!!さて、先輩と駅で待ち合わせしているから、急がなきゃ!!」
“ザワザワ…ザワザワ…”
そう思い、カバンの中を整理していると、いつも静かな部室が騒がしいことに気づく。
顔を上げると、パソコン室の窓側に2年生以上の部員が集まっていた。
「(…何だろう…パソコン室の外から見えるのは、市内の景色と先生たちが車を停めている駐車場位のはずだけど…)」
「ねぇ紗代。あれ、何かあったのかな…」
「また火事で市街地から煙が上がっているとか、そういうことだと思うけど…」
「気になるわね…行ってみよう!」
こういうことにすぐ首を突っ込むお姉を先頭に、私と紗代が部室の窓に近づいていく。
「…ね……しか……こっち………手を……」
近づくにつれ、外を見ている部員たちの会話が聞こえ始める。
「あなたたち。どうしたの?」
単刀直入にお姉が切り込む。
「部長!先生方の駐車場から、こっちに手を振っている人がいるんです!」
「あれって、この3月に卒業した煉先輩じゃないですか?」
予想だにしなかった先輩の名前の出現に、私は窓まで走り、下を見る。
「(…間違いない!!先輩だ!!!)」
窓越しに手を振ると、先輩は私の姿に気付き、オーバーアクションとも取れる手の振り方をした。
「お姉!荷物任せた!!」
“パタパタパタパタパタ…”
「ちょっと美琴!待ちなさい!!」
お姉の静止を無視し、私はその場から駆け出した。
パソコン室のドアを勢いよく開け、階段を3階、2階、1階へと降りて行く。
「おい!廊下を走らないよう…」
「すみません!!今急いでいるんで!!!」
途中、先生に注意された気がしたが、私の気持ちは先輩の元へ急ぐことに集中していた。
昇降口に到着するも、私は上履きのまま外に飛び出し、先輩に元へと駆けて行く。
そして…
「美琴!今からパソコン室に行こうと…って…」
“ピョン”
“ガシッ”
胸に飛び込む形でジャンプした私を先輩はしっかりと受け止め、私の走ってきた勢いを相殺させるように、私を抱きしめながらその場で2、3回回転した。
「危ないじゃないか!美琴」
「先輩…お帰りなさい!!」
「ただいま。美琴」
「…それにしても、待ち合わせは駅のはずじゃ…」
「その予定だったんだけど、『アレ』で一緒に帰ろうと思って、さ♪」
先輩が親指で示した方向にあったのは、普段見かけないブルーの車だった。
「『アレ』って…もしかして、先輩の車ですか?」
「ああ。正確には、俺の家の車だけどな」
「てことは…」
「そうさ!実は、大学の行事でしばらく都内から離れていたんじゃなくて、合宿免許で自動車学校に通っていたんだよ」
「(やっぱり、そうだったんだ!!)」
「えっ!?」
「それで、昨日学校を卒業して、今日は試験場で試験を受けて来たんだ」
「それじゃ、その免許証は発行したてなんですね!」
「美琴…怒らないのか?」
「だって、私を喜ばせようとして、嘘をついたんでしょ?」
「まぁ、そうだけど…嬉しいか?」
「はいっ。とっても!!」
「そうか!!」
“ギュッ”
「先輩っ。これからいっぱいドライブしましょうね♪」
「そうだな♪」
分かっていたことでも、正直サプライズは嬉しい。
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第2章へ続く
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