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第2夜:Alpha-光と影、そして影

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 城未来奪還作戦、その第1日目が始まる。
 私、鐘倉美空は起床ラッパより数刻先に目覚める。
 よく寝た、とは言えるのだろうか。緊張と不安で目が覚めた。
 隣で噛崎さんはよく寝ている。自衛隊の性だろう、きっと話しかければ飛び起きるだろう。
 というか、局も起床ラッパなのだろうか?
 そうこう考えるうちに起床時間がやってくる。
『総員起こし5分前』
 ベッドで起床準備を整える。
 程なくして起床ラッパが寮内に響き渡る。
「総員起こし!」
 掛け声で飛び起きる。
 カーテンを開け、ベッドのシーツを剥ぎ、シワなく折り目正しく折り畳む。
 ふと隣を見る。キビキビと動く噛崎が居た。
 さすが元自衛官。動作に無駄がない。
 制服へ着替え廊下に整列する。点呼が始まる。
「日朝点呼だよね?でも部屋ごとなの?名前言うだけでいい?」
「はい!それでお願いします。私が締めます。」
 寮母さんが来る。
「203号室点呼!」
「噛崎熾織1曹。」
「鐘倉美空3曹。総員2名、現在員2名。」
「貴女が局長の話にあったお泊まり局員ですね?いいでしょう。点呼問題なし。」
 他の部屋に移って行く。
「この後は運動して朝食です。そしたら局へ行きましょう。」
「はいよ~。」
 駆け足で寮前に出て体操をする。
 私は朝の体操が好きだ。気持ちがいい。
 1日の始まりって気がする。思いっきり伸びをする。
 身体中をほぐして行く。
「お日様の下で運動は久しぶりだな。局だと地下格納庫で運動だから。」
「ちなみに起床ラッパあるんですか?」
「あるよー、毎朝けたたましく鳴り響いてるよ。」
 一緒なんだ。私も卒業したら局に正式に配属になるだろう。
 この綺麗で住みやすい部屋とはさよならなのか。
 少し寂しい。
 体操が終わり寮へ戻る。
 食堂へ向かう。あさはご飯かパンからの選択式。
 私はもちろん大盛りご飯。
「君ほんとよく食べるね。」
「これが元気の源です!」
 たくさん食べる。今日は勝負だ。決行は夜だけど、しっかり食べておかなくちゃ。
「見てるこっちがお腹いっぱいだよ……。」
 おんなじ事言われたことある気がする。懐かしい記憶を辿る。
 大食いとはいえしっかり噛む。消化に良くない。
 おかげで顎は強靭。ガムなんかいつまでも噛み続けられる。
 今日も美味しい朝食。
「「ごちそうさまでした。」」
 食器を片付け、局へと向かう。
 課業のみんなとは今日もお別れ。
 ここのところ、あまり授業に出れてない。実地訓練状態である。
 学校に入り立ち入り禁止の非常階段を駆け降りる。
 錦糸町本部地下基地へ出る。
 生徒手帳には朝LINEが来ていた。
 操縦者アクターは格納庫にて即時待機。
 従い格納庫へ向かう。
 格納庫では既にパイロットスーツに着替えた餘目曹長がベンチで待っていた。
「遅かったな。昨晩は楽しかったか?」
「餘目曹長も混ぜたかったよ~今度みんなで泊まろうね。」
 恐れ多くて上官にそんなこと言えない。噛崎さんの良い……なのだろうか。
 私たちは更衣室へ向かう。
「餘目曹長休んでるのかな?早すぎないかな?」
 それはそうである。どんな行動をしているんだろう。
「じつは、分身できたりなんちゃって。」
 私は何を言っているんだ。
 制服を脱ぎハンガーにかける。
 ついでパイロットスーツを取り出し身につける。
 特注なのでサイズはぴったり。チャックを上げる。
 ロッカーを閉じ噛崎さんを待つ。
 あれも特注なんだろうな。ピンクで可愛い。
 私たちのは汎用スーツ、グレーだ。
「お待たせっ。」
 噛崎さんが来た。格納庫へ戻ろう。
「鐘倉さんもピンクにして貰ったら?」
「さすがにちょっと恥ずかしいです。でも可愛くていいですよね。」
 鐘倉さんも可愛さがわかるか!と食いついて来た。
 くいつきすぎだよぉ。可愛いのは好きだけど。
「ほらほら、格納庫行きましょう?曹長待ってますよ。」
「ぐぬぬ。あの曹長もくまさんパジャマなんか着るなら普段もっと可愛くすればいいのに。」
 禁句だよ!それは局長しか言っちゃいけない。
 私たちが言ったら怒られちゃうよ。
 噛崎さんを引っ張って格納庫へ戻る。
 パイロットスーツの曹長。昨日のパジャマがチラつく。
 じっと見つめているのがバレた。
「ん?どうした?私の顔に何かついてるか?」
「いえいえいえいえいえ!なんでもありません!」
 3人で格納庫ベンチに座る。
 準備された人型装機リンネを見上げる。
 3機が並んでいる。整備科は最終調整なのだろうか。
 機体を拭き上げている。デッキブラシまで出て来て本格的だ。
 参加したいけど私は今操縦課。その作業を見守る。
 餘目曹長が話し始める。
「私が城1曹と初めて会ったのは秋葉原事変の時。命を諦めそうになった所を食い止めた。あの時点では彼女が電波体バグだなんて思いもしなかった。そして、羽田事変。逆に諦めかけた私を助けに来てくれた。」
 報告書で見た通りの内容だ。未来は助けられ、そして助けた。
「初めての部下だったんだ。接し方もわからない不器用な私によくついて来てくれた。私には直属の上官局長以外で初めてできた繋がりなんだ。だからそれが電波体バグだとしても私は助け出したい。頼む、2人とも手伝ってくれ。」
 なんだ、みんなおんなじ気持ちじゃないか。理由はどうあれ、みんな未来が必要なんだ。
「もちろんです。未来は私の親友、そして噛崎さんの可愛い仲間ですから。必ず助け出しましょう!」
「すまない、噛崎……さん?そんなに仲良くなったのか?」
 つっかかってきた。と言うか忘れてた。勤務中だ。
「すいません。昨日そう呼ぶように言われ、そのままつい。」
 なぜかもじつく餘目曹長。恥ずかしそうに頬を赤めらせる。
「そ……のだな。わ……わたしもそうしてくれないか?周りからは堅物と思われてるが自分は変わりたいんだ。局長は名前呼びだが、せめてさん付けで呼んでほしい、同じ操縦課として。な、仲間に入れてほしい……なんて。」
 い、意外だ。びっくりした。そんなこと言われるなんて思いもしなかった。
 気にしてたんだな。
 噛崎さんと顔を見合わせる。ちょっとニヤつく。
「どうしよっか、鐘倉さん。2人だけの仲だしね~。」
「えへへ、そうですね噛崎さん。」
 少し意地悪してみる。
 こんな時じゃないとできない気がするから。
「ぐすん。」
 え?ぐすん?まって泣いた?
「そうか、私はダメか……。」
 思いのほか傷ついていた。まずい。
「餘目……さん!ごめんなさい!調子乗りました!」
「まさか、貴女に限って泣くなんて思わないじゃん。ごめん。」
 大急ぎで訂正する。
「呼ぶ!ボクも呼ぶよ!餘目さん!作戦行動中以外は呼ぶから!」
「そうです!平常時は呼ばせてもらいます!」
 ほんとうか?とこちらを見つめる曹長。
 これ、上官に聞かれたら怒られないかな。一応勤務中だし。
「ありがとう。私も噛崎さん鐘倉さんと呼ぶ……からな?」
 まぁこれはこれでいいか。こんな日常未来も体験してないだろう。早く4人で集まりたいな。
 即時待機は続く。決戦のその夜まで。
 ――――――――――――――――――――
 中央発令所。
 格納庫監視カメラの音声を拾う。望遠でベンチを映す。
 局長はお腹をかかえて笑い転げる。
「は、遥が泣いて懇願したっ!私以外に見せなかった笑顔だ。ナイスだよ鐘倉さん噛崎さんっ。」
 局長以下副長、CIC砲雷長、戦術作戦課長も、いや発令所に詰めてる局員皆がモニターを凝視する。あの餘目曹長の意外な場面。知らない間に晒されていた。
 作戦立案可決した。少しでも危険な点を減らそうと話していた時、ふと格納庫の様子が気になりカメラを映した結果思いもよらない事態になった。
 みな口々に、驚いたと話している。
 あの堅物で有名な餘目曹長のあんな場面。
 作戦発動前少し気持ちが落ち着いた、そんな時間が流れた。
 さて、本題だ。あれからも常に間隔をあけてドローンを送り続けた。中継機器の増設。周辺警戒。引き続き対象監視。
 やれる手は全て打った。少しでも操縦者アクターの負担が減るようにと尽くして来た。
 依然、向こうからの侵攻はなし。沈黙を保ったまま。
 このまま何もないことを願う。
 そうして遂に迎える夕刻6時。作戦発動まで1時間。
 発令所も慌ただしくなる。
 今までに経験のない世界での戦い。虚数世界。実数証明。
 何1つミスが許されない。ミスは操縦者アクターの存在消失を意味する。
 やがて全館放送にて関係者がCICに集められる。
『全館通達。城未来奪還作戦関係者は至急中央発令所CICへの出頭を命じます。以上。』
 程なくして戦術作戦課長・玄月2尉、CIC砲雷長・兼坂伊織、副長・東海林環、局長・御園生詩葉。
 そして操縦課・餘目遥曹長・噛崎熾織1曹・鐘倉美空3曹が集合する。
 局長が切り出す。
「本日攻略予定の目標体Alphaは依然沈黙。攻撃に出たドローンに対して触手を使用し撃墜。それ以外の能力は一切不明。申し訳ないけど現場判断を最優先とします。また完成したインターフェースがこれになります。各自頭に装着、また無線も確実に拾うためマイクも用意しました。」
 渡されたのは骨伝導咽喉マイクと、これは猫耳?インターフェースと言っていたが。言われるがまま頭に装着する。カチューシャのようだがこれでいいのだろうか?ピンの様な物で頭に固定する。咽喉マイクから伸びるイヤホンを耳にはめ、準備完了。
「見た目はあれだけど、それは脳波を読み取り耳部分のアンテナで送受信を行う。感度はシミュレーターの比ではなく。より相手の意識を拾うことができます。」
 存在証明の要。これがあることで虚数と思われる世界で存在を確定させる。
「さぁ出番です。我等が騎士達よ。その使命を全うし城未来を奪還するのです。以上各所準備開始、解散。」
 各員持ち場へとつく。
 私達は格納庫へと急ぐ。
 廊下を3人で走り抜ける。すれ違う人の視線が猫耳に集まる。
 そりゃそうだよね、こんな形してるんだもん。
 私だって初めて見たら二度見するな。
 恥ずかしくなってくる。
 そうして格納庫に辿り着く。
 訓練機に駆け寄り、その装甲板を撫でる。
「やっと出番だよ。一緒に行こう。」
 ワイヤーロープに足をかけ、コックピットブロックへ登る。
 そしてコックピットに座する。
 生徒手帳挿入。認証コード確認1-2-5。
 メインシステム起動。各所可動域オールグリーン。
 人型装機リンネ訓練機起動。
 その目のカメラに光が灯る。
 実戦壱番機、同弐番機も起動する。
 そこに無線が入る。
「どうかな?新しい無線機は。イヤホン式だから聴き逃さないと思うけど。それじゃあ相互リンク始めるよ。」
 機体のモニターに相互リンクを示すマークが映し出される。
 起動。
 刹那深い感情の波に襲われる。
 シミュレーターの比では無い。より色濃く感情が伝播する。
 波が重い。でも出来る。2人の存在を感じる。証明できる。
空の傷ゲートは太平4丁目交差点に開きます。道路を階段上に隆起させますので足場にして幽世アチラガワへ飛び込んでください。」
 了解と返す。
「以降現世コチラガワからの通信が行える状態が続けば、発令所で存在証明を行います……が、視聴率によっては空の傷ゲートが安定しません。最悪の場合も考慮し相互リンクは常に行う様に。」
 いよいよ始まる。未来の奪還作戦。深呼吸。息を整える。
 コックピット内モニターには本作戦中常に2人の映像が映る。
 その下には名前と《証明中》の文字。これが生命線である。
 未来の机にあった懐中時計を持って来た。
 秋葉原事変での決着以来。常に机に飾ってあった。
 蓋を開ける。盤面と蓋裏面には中学生の未来と親友だったという神成蒼かんなりそうのプリクラが貼り付けられている。
「知らないけど、お願い蒼君。力を貸して。」
 懐中時計を握りしめる。時計は午後7時を間も無く指し示す。
「それじゃあそろそろ作戦発動時刻だから、錦糸公園前交差点昇降機へ移動して頂戴。」
 指示通り3機は昇降機へ乗り込む。充電コードが絡まない様に注意しながら。
 全館放送で時報の音が響く。
 その時が、遂に来た。
 ぴ……ぴ……ぴ……ぽー!
 発令所モニターの時刻が7時を知らせる。
 局長は一息付き、そして放つ。
「作戦発動。各機オンステージ準備。錦糸公園前交差点昇降開始。」
「存在証明開始。各員証明中。」
「交差点まで上昇完了。」
 鼓動がうるさい。それはそうだ、遂に始まった。親友城未来の奪還作戦。行こう。
「充電電波受信確認。外部電源破棄パージ。」
 バシュ!っと音をたて、腰部バッテリーパックから外部電源充電ケーブルが切り離される。
「続いて空の傷ゲート開きます。太平4丁目交差点上空に観測特異点ノイズ発生。空の傷ゲート開通……安定。」
「侵入コース形成。2083から2102ふたまるはちさん-ふたひとまるふたを階段状に隆起。」
 局みんなが準備してくれた。この1ヶ月。その集大成。
 最後に局長が無線を入れる。
「決戦の時です。Knight of Träumereiナイツオブトロイメライオンステージ。征きなさい。空の傷ゲートをくぐり、幽世アチラガワのその先へ!そして成し遂げなさい。城未来の奪還を!いざ魂魄を捧げよ。」
 3人とも了解と返す。
「鐘倉美空、人型装機リンネ訓練機。」
「餘目遥、人型装機リンネ実戦壱番機。」
「噛崎熾織、人型装機リンネ実戦弐番機。」
「「「オン・エア」」」
 3機の人型装機リンネは用意された侵入ルート。階段上のに隆起した道路をかけ上げる。太平4丁目交差点に差し掛かる。高さは信号機より上。そこに開いた空の傷ゲート
「行くぞ2人共!」
「はい!」
「ボクもいいよ~!」
 勢いそのまま空の傷ゲートに飛び込む。
 向こう側ではルート形成が出来ない為、6mを越す高さから虚数空間に落ちる。バーニアを吹かせ衝撃軽減。
 AIアラート。
『存在空白。証明開始。相互リンクスタート。存在定義。定着。』
 頭部に装着したインターフェースが光出す。
 意識が深くなる。あれは餘目曹長と噛崎1曹の感情。大丈夫まだ観測してる。消失はしない。
 通常カメラで突入した。やはり仄暗く街灯は光っていない。
 あるのは月明かりのみ。
「夜間モードへ変更。」
 カシャリとメインカメラが緑に切り替わる。
 周囲警戒。敵生体判定なし。
「3人とも無事ですか?現在こちらで存在証明を行っているので安定していると思います。ここからまずは東京メトロ半蔵門線・押上駅を目指してもらいます。申し訳ないが、走りで。途中襲われない保証はない。AIのアラートを聞き逃さない様に。」
 充電電波正常に受信。送信元、Unknown。恐らく事前情報通り裏スカイツリーだろう。
 よし、行こう。押上に向け走り出す。
 局のドローンが追走する。
 噛崎機が先行。
 2列目に私と餘目機が追随。
 その周囲をドローンが囲み索敵陣形を取る。
 順調に進む。
 現在業平地区。目標の押上迄もう少し。
 ここまで敵影なし。これも事前情報通り。逆に不安だ。
 今まであんなに空の傷ゲートを通って湧いて出た個体が1体も見当たらない。
 『目標体Alpha最大望遠で確認。目標地点に相違無し。作戦行動開始。』
 AIが目標を捉えた。接敵距離まで詰める。
 でかい……、目測でも50m超はあるだろう。巨大な電波体バグがそこに鎮座していた。
 見える距離にあと2体。検証が正しければ相手にしなければ襲っては来ないはず。
 目標体Alphaまで距離にして200。
「噛崎1曹。敵生体が不明な以上、いきなり切り込むのはまずい。私が遠距離狙撃で様子を見る。」
「はいよ~よろしく~。」
 壱番機は射撃準備に入る。
 折りたたみ式のスナイパーライフルを展開する。
 脚部からアンカーを射出し、機体を地面に固定する。
 餘目曹長のコックピットでは2種類のターゲットマーカーがモニター上を踊っていた。
 徐々に距離を詰めるマーカー。そして重なる。
 ピー!
 電子音で知らせる、ターゲットロック。
「目標位置固定、AP弾徹甲弾、ファイア!」
 《シモ・ヘイヘ》が撃ち放つスナイパーライフル。正確に目標を捉えた……筈であった。
 その弾は、空を切り抜けた。
 当たらなかった。いや違う。
「しくった?玄月2尉、ドローンによる戦闘効果は?」
 すぐさまドローンによる映像確認に移る。
 迂闊に動けない。何かあるとは思っていたが。弾が当たらない?
 即、戦術作戦課から返答が来る。
「戦闘効果無し。弾は敵をすり抜けた模様。」
 結果に変わりはなかった。
「すまない、戦闘効果を測るためにもう少し射撃をしてほしい。コア近辺を狙わなくていい。敵全体を満遍なく頼む。」
「了解しました。私が行きます!」
 訓練機が飛び出す。スティールワイヤーでビルに登る。
 兵装選択、AP弾徹甲弾
 照準をつけ射撃する。
 結論、そのどれもがすり抜けた。1つ残らず全て。
 だが例外があった。ビルの上から撃ち放った。俯瞰で。
 なぜか敵から蒸気が漏れ出した。
「傷付けた!?どこから?」
「ドローン観測不可。効果判定無し。映像ではわかりません!」
 なにがさっきと違う。
 初回の狙撃との相違点。
 ……角度?射撃の角度の問題か?であれば弱点はなんだ?一定の角度からしかアクセス出来ないのか?
 兵装変更、HE弾榴弾
HE弾榴弾で効果を見ます。ファイア!」
 やはり弾はすり抜ける。がしかし効果があった。噴出する蒸気が増えた。
 そこで局長から意外な答えが返ってくる。
「影を狙えないか?」
「影?ですか、しかし実体は……。」
「鐘倉3曹、局長の言う通りにしてみてくれないか?」
 わかりましたと言い、私は再度AP弾徹甲弾を装填し影に向かって撃つ。
 もちろん本体はすり抜け影に突き刺さる。
 声なき声をあげて特異電波体バグスターはさらに蒸気を上げる。
 効いている。影が弱点の電波体バグなんて初めてだ。
 そのままマガジンを撃ち切るまで影に撃ち込んだ。
 が、やはり一筋縄ではいかなかった。
 実体が
 弾が実体に当たり、弾かれていく。影まで届かない。
「い、一度後退します!」
 ビルから降りる。ビルを背に距離を取る。
 さてどうするか。弱点はわかった。がそれをあの質量で防がれた。
 微量な月明かりでは足元に落とす影が一杯一杯だろう。
 であれば影を狙うには質量を消すしかない。だがそんな方法なぞ現実世界ではあり得ない。
 充電電波は届く。向こうから現在攻撃はない。考える時間はある。
 発令所に指示を仰ぐ。
「玄月2尉指示を求む!」
 もちろん困惑するのは現場だけではなかった。
 正直影が弱点かも怪しい。だが影を撃つ事で敵に打撃を与えられた。
 現状弱点と考えるべきだろう。コア以外が弱点の電波体バグ。初観測だ。
「すいません、時間をください。私も度肝を抜かれてます。局長は何かありますか?」
「そうだね、何かしらの効果を得られるまで攻撃を続けてみようか。補給弾はドローンで送り続ける。それと噛崎さんは慎重に。バリアがあるとはいえ近接格闘術CQC主体の貴女は基本的に相性が悪いので。」
 方針は決まった。弾薬は常に送り込まれる。効果発現まで射撃しよう。
 餘目曹長と私はビルの上へ再度登る。噛崎1曹は地上から近づく。
「「兵装選択、HE弾榴弾ファイア!」」
 すぐさま射撃に移る。……直撃する。本体に。影には届かない、蒸気も出ない。自己修復しているらしい。
 HE弾榴弾の爆発をすり抜け、噛崎1曹が敵に近づく。
「ひとまず鬼斬刀でバリアを中和してみるか……にゃ!」
 1本刀を鞘から抜き切りかかる。……が、弾かれる。
 相手にしているのは参型電波体バグサードバリアの強度も並ではない。
 効果無し……射撃も斬撃も不可。虚数空間なので先の小岩事変で使用した浸蝕衛星弾は使用不可。
 万事休す。為す術もない状態である。
 ……が、その時である。
 AIアラート
『Enemy Attack。正面。』
 触手が来る!
「重力バリア全開!」
 それぞれバリアを展開し触手に備える。
 しかし襲ってきた攻撃は触手ではなかった。
 キュイィィィィィィィイイイン!
 甲高い音共にモニターが眩しく光り、視界を奪う。
「ま、眩しい……。」
 手元が見えない。モニターが見れない。カメラを一度切ろうか。危険だがセンサーに任せよう。目がやられる。
「AI、メインカメラオフ」
『了解、メインカメラオフ』
 閃光が消える。コックピット内が仄暗くなる。
 ブラックホール現象で今だにコックピット内が見れない。
 最悪の状態は重なっていく。
『新たな目標180度。距離50』
 電波体バグか!?距離50!?まずい!
「AI。メインカメラ暗視モード!」
『了解、メインカメラ暗視モード』
 すぐさま反転する。目が慣れてきた。
 敵はどこだ!?距離近い。
 私たちが登るビルの下、地面に敵は
「あれは……人型装機リンネ?」
 そこに居たのは赤いカラーリングの訓練機と、黒の実戦壱番機。
 噛崎1曹の方を見る。あちらも実戦弐番機が出現してた。
 まずい、特異電波体バグスターに背を向けるのは危険だ。
 だが、現れた人型装機リンネの危険性がわからない。
 しかしAIが発したアラートは《敵》。
 ならば、とリコイルライフルを構える。
 すると敵の人型装機リンネも同様にライフルを構える。
「くっ!ファイア!」
 1発だけHE弾榴弾を発射する。それは敵も同じだった。同じ軌道上でぶつかり炸裂した。
「真似する!?」
 ビルを飛び降り誘導する。ついてくる。距離もそのまま。
「なんだこいつらは!?」
「だめだ~真似される~。」
 あっちもおんなじ状況らしい。
 考えろ。打開策を。こんなとき未来ならどうする。
 あの超直感が今欲しい。
 コックピットブロックにぶら下げた懐中時計を見る。
「おねがい蒼君。力を、考えを。」
 盤面では針が進む。針の下には針の
 ……影?そうだ本体は影が弱点。じゃあこいつらは?
 ふと地面を見る。あり得ない。自機と相手が影で繋がっていた。
 だから同じ動きをするのか?いやわからない。性能まで同じか?
 試してみよう。
 スティールワイヤーを使い立体的な機動を織り交ぜる。
 私が1ヶ月かけて習得した技術。付いて来れるか?
 否、やはり劣っている。全く同じではない。
「みなさん!敵は全く同じではありません!高機動について来れません!」
 無線を送り、目の前の敵に集中する。
 であれば立体機動しながら射撃を織り交ぜる。
 しかしそれを阻む重力バリア。
 でも劣っているなら貫通できる!
「弾薬選択、AP弾徹甲弾いけ!」
 重力バリアを1枚、また1枚砕いていく。そうして最後の3層目も……砕き、本体に射撃を通した。
 まず無力化する。肩と腕、ライフルを狙い、それを落とさせる。
 よし、ライフルを落とした。
「弾薬選択、HE弾榴弾とどめ!」
 頭部、コックピットブロックを潰し活動を停止させる。
 露出したコックピットを望遠で覗く。よかった、やっといてあれだけど無人だ。
 すぐさま援護に向かう。
 が、さすが曹長達。己の腕で活動停止に持ち込んでいた。
「鐘倉3曹の機転のおかげだ、助かった。」
「こっちは鍔迫り合いがきっついのなんのって。でもありがとう~。」
 人型装機リンネは片付けた。再度特異電波体バグスターに向きあう。
 ……刹那、また発光された。
 今度は目を瞑る。モニターはつけっぱ。さっきは不意打ちで凝視したけど今度は違う。
 そしてやはりAIアラート。
『新たな目標180度。距離50。』
 さっきと同じ、次は何が出る。また私たちは振り返る。
 同じだ。また人型装機リンネが出現していた。
 そこに御園生局長が割って入る。
「これは複写。いや転写コピーか?どちらにしろ厄介ね。相手にしてれば特異電波体バグスターはおざなりになる。とにかく今は転写コピーを相手にしましょう。何かしら効果があると信じて。」
 了解と無線を切り、人型装機リンネに対峙する。先ほどと同様に高機動を活かして敵を翻弄する。
 その間ドローンが運んできた弾薬を受け取り装填する。
 まずはAP弾徹甲弾で重力バリアを割る。
 空を駆けながら撃ち続ける。
 バリアに射撃が当たる。砕ける。ここに違和感を感じる。
 
 簡単に割れる。さっきはマガジン撃ち切り迄かかった。今は約半分。
 動きもさっきと比べて鈍い。これはもしかして。
 核心に触れた。
 人型装機リンネにとどめを刺し。特異電波体バグスターに向かいHE弾榴弾を射撃する。
 バリアに触れ炸裂する、が一部バリアが割れた。
 ドローンカメラを見ていた玄月2尉からの無線。
「間違いない。敵は転写コピーすればするほど脆くなる。可能な限り転写コピーを相手にして、戦力を削ぐんだ。憶測だがきっと最後は転写コピーすら出来なくなる。そこがとどめだ!撃ち続けろ、絶えず補給を流す!」
 敵は影、弱点も影。そしてその攻撃は光と影。
 仄暗い月明かりに落ちる影が全ての鍵。
 3機とも転写コピーを倒す。
 そして訪れる。スキャン。
 月夜を激しく照らす強烈な光。
 もうそちらは見ない。背を向け人型装機リンネ出現に備える。
 来た!転写コピーだ。バーニアを吹かし、高機動に移る。
 しつこい様だが口癖になっている。
「弾薬選択、AP弾徹甲弾。」
 指差し呼称自体が整備課の癖。それが操縦にも反映されてしまっている。
 無線は常にオープン。恥ずかしいけどこれが私。
 高機動中に射撃。バリアは……うん、さっきよりももっと脆い。マガジン1/3程度で割れた。
 そのまま戦力を奪い、メインカメラとコックピットを潰す。
 時を同じく爆発音が聞こえる。対処はほぼ同時。
 キュイィィィィィィィイイイン!
 来た!転写コピー
『新たな目標正面。距離50。』
 一定の距離に転写コピーは出現する。
 再度対峙。バーニアの吹かしすぎはガスの消費が激しい。万が一を考え、弱体化した個体に対しスティールワイヤーのみでの高機動で対処する。
 余裕だ。遅い。確実に弱体化している。ビル同士を縫う様に機動する。合間合間で射撃を挟む。
 重力バリアのクールタイムを与えない。即刻バリアを砕く。
 よし、確実に脆くなっている。次!ライフルを落としてメインカメラとコックピット!
 撃破!そして転写コピー。補給を受け取り撃破。転写コピーを繰り返す。
 遂にはAP弾徹甲弾1発で重力バリアを3層砕く所まで来た。
 こうなれば敵はもう飛べない。ほぼ走り回りこちらを追いかけるだけである。
 簡単に撃破できる。コックピットを潰す。
 転写コピー。次の個体。これはもうAP弾徹甲弾が1発で重力バリアを貫通し、本体にダメージを与えた。
 それも簡単に腕を撃ち落とした。
 機体の強度も落ちてきている。撃破!
 そして遂に待ち望んだその時が訪れた。
 転写コピーを倒したが敵が
「出し尽くした……のかな?」
「そう考えるべきだろう、鐘倉3曹、Alphaに対して攻撃を仕掛けるぞ!」
 ドローンから補給を受ける。背面バーニア装置も切り離す。
 ガス満タンのバーニア装置と交換する。
 準備万端。
 スティールワイヤーを使いビルに登る。
 この動きにも慣れた。練習の賜物だ。
 隣を見ると餘目曹長も、スナイパーライフルからリコイルライフルへ持ち替えていた。
AP弾徹甲弾斉射だ、バリアを砕くぞ!」
「サー!」
 補給を受けながらありったけのAP弾徹甲弾を撃ちまくる。
 表皮を守るバリアが……遂に……ひび割れた!
 そのまま広範囲のバリアを砕く。砕かれた所から先は最初と同じ実体がなくすり抜け影にあたる。
 そして蒸気を発する。
 いい感じにバリアも割れた。頃合だ。
 餘目曹長は叫ぶ
「行け!噛崎!」
 待ってましたと、スティールワイヤー、バーニアを併用しビルをかけ登り空を舞う。
 すぅ、と息を吸い。そして、放つ。
「二天一流正ノ型・閃!」
 実体をすり抜けその地面に落ちる影をこれでもかと切り刻む。
「冷却機能全開!」
 本体に亀裂が入り始める。そして、コアが露出する。
 コアにヒビが……入った……割れた!
 刹那、凄まじい蒸気を発し蒸発し始めた。
 蒸気の量が尋常ではない。
 その体躯に見合うだけの密度である。
 蒸気が尽きない。視界が1面煙だらけ。
 飛び込んだ噛崎1曹が心配だ。
 ふと、相互リンクを確認する。
 意識は……感じる。モニターにも映ってる。生きてる!
 ただ、蒸気が多い。多すぎる。
 そして何より高温すぎる。
「AI、サーモカメラ。」
『了解、サーモカメラ。』
 カシャリとメインカメラが切り替わる。
 高温を示す赤1色。100度超え。
 その中に色の違う部分。温度が低い。あれが弐番機だ。
 冷却機能全開で蒸気に耐えている。
 やがて、徐々に蒸気が晴れてくる。
 その中心部に弐番機。黒のカラーリングが溶け、素の装甲板が剥き出しになっている。
 そして拾う声。
「あっつ~い~!溶ける~!」
 実際溶けてる。でも生きてた。良かった。
「無事なんですね!良かった~。(無事~お風呂~……。)」
「本部発令所、こちらKnight of Träumereiナイツオブトロイメライ。目標体Alpha、殲滅。完全決着!」
「よくやりました、3人共。戦術作戦課での偵察では小型の感無し。本日の目標達成。状況終了です。」
 完全決着。その言葉がどれだけ嬉しいか。
 1つ。未来に近づいた。大きな1歩だ。
 ありがとう蒼君。貴方達の残したこの時計が解決の鍵になったよ。本当にありがとう。
「第1行程、目標体Alpha殲滅ご苦労様でした。こちらでも意味消失を確認しました。高さ的にバーニアで空の傷ゲートはくぐれると思いますが、気をつけて帰ってきてね。」
 連戦はしない。十分に作戦を立てられるだけ立ててから。
 被害を出さない為に。
 帰ろう、私たちの世界へ。
 太平4丁目交差点まで走って戻る。
 空の傷ゲートは開いている。
 近くのビルにスティールワイヤーを突き刺し登る。そこからバーニアジャンプで空の傷ゲートを超える。
 無事帰ってきた。現世コチラガワの世界に。
 バーニアで着地の衝撃緩和。見慣れた景色。
 錦糸公園前交差点まで移動し、昇降機で地下格納庫へ降りる。
 そこは歓喜に満ち溢れていた。
 整備課が迎えてくれる。操縦者アクターに次いで大変かもしれない。これから最長1週間。城未来奪還作戦にて使用された3機の人型装機リンネの突貫メンテナンスが待っている。昼夜2交代。休み無し。
 いや、大変なのは整備課だけじゃない。
 戦術作戦課、砲雷課CICも常にドローンで監視、索敵作業。
 局一丸となって臨んで居るのだ。
 所定位置につき片膝立ちとなる。
 コックピットブロックハッチ開放。
 頭部が下がり、胸部が降りる。コックピットブロックが前に出る。ワイヤーロープで地面に降りる。
 噛崎さんが抱きついてきた。
「うわ~ん!暑かったよ~!お風呂行こ~!」
「いいですね!局長に許可もらってまた大浴場行きましょう!」
 それを見て餘目曹長も寄ってくる。
「鐘倉……さん。お疲れ様。機転の利いた良い戦いだった。」
 これはあれだな。待ってるな。
「えへへ、餘目さんもお疲れ様でした~!」
 ぱぁぁあっと餘目さんの顔が明るくなる。
 なんてわかりやすい。とても堅い人だと思ったが、その実、中身は乙女だったり。
「餘目さん、今日もお風呂どうですか?」
「わ、私か?私はだな……。」
 話は遮られた。
「いいじゃん行ってきなよ遥。私は今日は作戦会議あるから行けないけど。」
「局長がいうなら……。」
「遥……そろそろ、私が言うならはやめよう。貴女の生き方。貴女が決めよう?」
 確かに餘目さんは自分の意見はしっかり言うが、最終的に局長判断に従う。
 きっと過去に局長との間に何かあったのだろう。
 局長に付き従う程の何かが。
「局長……。私は、あの日局長の言葉に生かされて今日まで来ました。貴女を追い掛けて。忘れていました。自分の意思。確かに作戦会議では私は上にも、意見しました。でも結局局長が決めることに頼ってしまっていた。」
 言葉に生かされた。聞いてみたいけど、それは失礼な気がする。
「私は……今日、鐘倉さんと噛崎さんとお風呂に行ってきます。私が行きたい。」
「はい、よく出来ました。部下を持つようになったんだから変わらないと。もちろん上官である私の命令も必要よ?」
 餘目さんが変わった。
 それもいい意味で。未来が見たらなんて言うかな~。
 未来は餘目さんに従順忠実だったからな。
 この変わりようは驚くかな。
 そして餘目さんはさらに続けた。
「これは流石に局長判断なので聞きます。今日、鐘倉さんの居室に泊まってもよろしいでしょうか?」
 はえ?私のとこ?噛崎さんに続き餘目さん……え?餘目さん!?
「んー、私は昨日同様構わないけど、鐘倉さんは?」
「は、はい!大丈夫ですます!」
 だってよ、と局長。
 笑顔で手を振り発令所へ向かっていった。
 私達を出迎える為にわざわざ格納庫に来てくれたんだ。
 餘目さんは局長にお礼を告げ、こちらを向く。
「それじゃ鐘倉さん噛崎さん、作戦報告書を仕上げよう。そしたら居住区に戻り準備をして寮へお邪魔する事にする。」
 初出撃で忘れてた。作戦報告書……。
 私に出来るかな。2人が作るの見てようかな。
 いや。手伝おう。私に出来ることはあるかな。
 こうして私達は今日の目標体Alphaに対する作戦報告書を作成した。
「では。私達は居住区で準備をして寮へ向かう、また談話室でいいな?」
「はい、お待ちしてますね!」
 私達は更衣室でパイロットスーツから着替えそして別れた。
 昨日もこんな感じだったな。
 非常階段を駆け上がる。
 学校を出て寮へ戻る。
 入口で寮母さんに迎えられる。
「軍人手帳で見てたよ。まず1つめおめでとう。」
 そうだ、寮母さんも局員。作戦要項は通達されてる。
「ありがとうございます!今日も局からお客さんが来ます、よろしくお願いします。」
 歓迎だよ、大活躍のヒロイン達だ。
 そう言うと寮母さんは、食堂へを向かっていった。
 おっと、私もお風呂の準備しなきゃ。
 階段を昇り、部屋に戻る。
「明日からも力を貸してね、2人共。」
 借りていた懐中時計を未来の机に返す。
 着替えを用意し談話室で2人を待つ。
 さすがに疲れたなぁ。緊張疲れもある。初めての実戦が通常個体ではなく特殊個体。さらには互いの存在証明。
 1ヶ月みっちり詰め込んだとはいえ、負担が大き過ぎる。
 ぐったりだ。このまま寝ちゃいそう。
 そこへ少し遅れてら2人がやってくる。
「ごめ~ん。餘目さんのパジャマ選んでたら遅れた。結構可愛いの多かったよ。ねこさんと……ぐはっ。」
 みぞおち……それは効くだろ。
「わ、私のパジャマなぞどうでもいいのだ。上官の居室だと言うのに無断で入り込んでクローゼットを荒らすなど……本当にお前は……。」
 そんな事があったのか。ちょっとクローゼットの中見てみたい。リクルートスーツと、可愛いパジャマ。面白い。
「さぁさぁ、お風呂行きましょう!」
 キリがないので私が切り上げる。
 浴場へ向かう。
 脱衣所で服を脱ぐ。
 餘目さん……その、昨日も思ったけど。すごい。何とは言わないけど。
 噛崎さんは、親近感湧く。ステータスだ。うん。良かった。
 浴場の戸を開く。
 このお風呂が、今日1日の頑張りを癒してくれる。
 かけ湯をし、湯船に浸かる。
 嗚呼、極楽。至極の時だ。
 3人して、湯船に浸かる。
 今日は他の学生も居るが、流石に目立つ。
 学生兼局員として割と知名度がある。
 その上上官とお風呂に入っている。
 とても目立つ。
「餘目さ~ん。今日も頭を洗って~。」
「今日は自分で洗え。なんなら私は鐘倉さんの頭を洗う。今日1番の功労者だ。」
「いやいやいやいや!2日連続上官にそんな事!」
 私だって流石にそんな事させられない。
 自分で洗うし、大丈夫だから~!
「ほら、来てくれ、優しく洗うから。」
 うう、逆らえない。
「よろしく……お願いします。」
 シャンプーをつけ頭に手が触れる。
 流石元自衛官。厳しい訓練をくぐり抜けている。
 手がゴツゴツしている。乙女としては問題だが、戦士としては立派だ。
「済まないな、同じ兵士だったとはいえ局長とは指の硬さが違うだろう。堅くて悪い。」
「い、いえ。そんな事ありません。」
 今の私には心地よい。課が違ったから殆ど接点はなかった。
 そんな私に1ヶ月かけて距離を詰めてくれた。
 私には未来しか無かった。
 今は餘目さんも噛崎さんもいる。
 そう言った意味では操縦課に転属してよかったとも思える。
「流すぞ、目を瞑ってくれ。」
 洗髪も佳境。シャワーで流されていく。
 さっぱりした。
「髪がサラサラだな。羨ましい限りだ。」
 一応女の子。軍属とはいえ気にはする。
 作戦が終わったら、逆に頭洗わせてもらおうかな。
 してもらってばかりで申し訳ない。
 今日1汗をかいた噛崎さんはしっかり体を洗っている。
 あれだけ熱ければしかたないよね。
 程よく汗を流し、浴場を後にする。
 3人並びドライヤーで髪を乾かす。少し髪が伸びたかな?時間がかかる。
 そんな時噛崎さんが冷蔵庫からフルーツ牛乳を持ってくる。
「寮にはこんなのもあるんだね。昨日は気付かなかったよ。さぁ飲もう~。」
「日本の風呂上がりその物だな、頂こう。」
 そういえばこのドリンクも未来と飲んで以来だ。
 久しぶり。おいしい。お風呂上りに染み渡る。
 軽く飲み干してしまう。思えば作戦完了からここまでドリンクを一口も飲んでいない。
「わ、私ちょっとおかわりします。」
「ボクも行く!今日は燃え尽きたからのど乾いたよ~。餘目さんいる?」
「私は……いいかな、この後夕餉もあるし。」
 2人でおかわりを取りに行く。
 次はコーヒー牛乳にしよう。栓を開け一気に飲み干す。
 まだいけそう。だけど晩御飯でも飲むからこんなもんかな。
 餘目さんは先に着替え始めていた。急いで脱衣所へ向かい着替える。
 今日は予告通りネコさんパジャマ。やっぱ乙女じゃん。
 ほほえましい気持ちを抑えながら、食堂へ向かう。
 本当はお風呂道具片してからのほうがいいんだろうけど、2人が居るから待たせるのもね。
 食堂では入学、局就任以来の豪華な料理。
 寮母さんからは、今日を活躍したヒロイン達へと言われた。
 確かに今日は、局からすれば記念すべき日。守りに徹してきた日々から攻勢に出た、そしてAlphaを打ち破った。
 これがどんな快挙か、局全員が理解している。
 それでこの晩餐である。
「たっべほうだい!たっべほうだい!」
 私はプレート一杯に料理を詰め込む。
 2枚目も大盛。
「キミほんとよく食べるよね。昨日も言ったけど。」
「私だったらお腹壊してる。すごいよお前。」
 誉め言葉として受け取る。私は食べないとやっていけないのだ。
 城未来奪還作戦は私の悲願でもある。成し遂げる事が私への罰である。
 しっかり食べて、体調整えて本番に臨む。
 今出来る事を見誤らない。
「ん~おいし~。」
 今日は今日の喜びを噛みしめる。
 それを明日への活力にするんだ。
「おかわり行ってきまーす。」
 まじかよ、と2人がこちらを見ている。
 まじまじこれが私、鐘倉美空である。
 楽しい夕餉はあっという間。
 噛崎さんは局へと戻っていった。
 あとは餘目さんを部屋に案内する。
「餘目さんこっちです。」
 階段を上り、203号室の扉を開く。
「そっちが未来のベッドなんで使ってください。私が言うのもなんですが。」
 餘目さんはベッドに布団を敷き腰を下ろす。
 ふと机の上の懐中時計に気が付く。
「鐘倉さんあれは?」
「あれは未来の懐中時計です。中学時代親友だった神成蒼君との思い出の品だそうです。実は今日の作戦で力を貸して欲しくて持ち出してコックピットにぶら下げてました。その時計の針の影が今日の私に答えをくれたんです。」
「開いてもいいかな?」
 どうぞと答える。
 中には中学生の頃のプリクラ。嫌がる未来と引っ張る蒼君。
 微笑ましい記憶が詰まっている。
「それを未来に返すのが私の使命です。」
「そうか、この子は確か秋葉原事変で見たな。辛かっただろう。それを私が繋ぎとめてしまった。後悔はしてないが。」
「ありがとうございます。だから未来は今日まで生きてこられたんです。餘目さんとの間に色々あったのは知ってますが、部下として大切にしてくれてありがとうございました。」
 餘目さんは照れている。お礼を言われることに慣れていないんだ。
 することが当たり前だと思ってきたんだろうから。
 でも今日、餘目さんは変われた。
 巣立ち、とは違うけど。自分の意思を貫き通す事が出来た。
 餘目さんは懐中時計を、戻しベッドに再度腰掛ける。
 そして話し始める。
「今日は私の過去を話そうと思ってな。実の所城1曹にも話したことがないんだ。」
 そんな大事な話を私に?
 一体なんだろう。
「私は、御園生局長と同じ朝霞駐屯地所属だったんだ。そこで電波体バグを初観測し、東京スカイツリーへ災害派遣されたんだ。」
 局長と同じ駐屯地なのは聞いたことある。
 でもスカイツリーへの災害派遣は初耳だ。
「そこで避難遅れの人の救助と、電波体バグの調査の命令が下った。非常階段を登り展望台、展望回廊を、捜索した。要救助者は居なかったが私達が電波体バグに襲われた。この頃はコアの情報もあやふやでとにかく撃ちまくるだけだった。そこでうち漏らしに狙われた。私は自決を覚悟したが局長が銃剣でコアを砕いた。私達を助けるために。」
 そんな壮絶な過去があったのか。
 今では人型装機リンネで相手する電波体バグを生身。それも携行する小銃で相手取るなんて。無謀だ。
「その時局長に言われたよ、《諦めるな、生きろ》ってな。それは秋葉原事変で城1曹にかけた言葉でもある。私はその言葉に突き動かされ、今迄局長に付き従ってきた。局長一筋なんて言われたこともあったな。でも今日、私は変わった。初めて局長に意見した。それはもしかしたら鐘倉さんに触れた事が関係してるのかな、なんて思ったんだ。」
 諦めるな、生きろ。未来が言ってた。
 消えかけた命の焔を燃え上がらせた。
 私を絶望からすくい上げた言葉があったと。
「実はなその後羽田事変で、局長の前でまた命を諦めかけた時があったんだ。絶望的なその時も局長は諦めずに、局を信じると言った。その時私の命は拍動した。嗚呼、やっぱり付いてきて正解だったなと。しかもその後直ぐに城1曹が飛び出してきた。私達を救う為に。あの瞬間の命の瞬きは忘れられない。今の私を動かす力になっている。」
 そうだ、報告書にあった。
 未来は高速輸送作戦によって羽田に現着。
 孤立した実戦壱番機を援護したと。
「私は話し下手だ。伝わらないかもしれないが。城1曹に恩返しをしたい。あの後錦糸町事変で心配をかけたが、それでも恩返しがしたい。私がこの作戦にかける想いだ。だから頼む、城1曹を助ける為に力を貸してくれ!」
 深々と頭を下げられた。
 昨日と同じ流れだ。
 噛崎さんも餘目さんも答えは違えど気持ちは同じなんだ。
 理由は違えど未来を、助けたいと思っている。
 それが私達の総意。
 断る理由がない。
 こっちからお願いしたいくらいだ。
「私からもお願いします。必ず未来を助けましょう!」
 私達は無意識に握手をしていた。
 成し遂げるんだ、裏スカイツリーのその先へ。
 未来が待つあの場所まで。
 そろそろ消灯だ。
 電気を消し。ベッドに入る。
「餘目さん、明日もがんばりましょう。おやすみなさい。」
「あぁ、おやすみ。」
 こうして怒涛の作戦1日目が終了した。
 明日も頑張ろう。そうして私達は意識を手放した。
 ――――――――――――――――――――
「いいわ、協力する。その代わり私達の世界の事、仔供達に教えてね。私がきっと止めてみせるから。」
 ――――――――――――――――――――
 月夜に落ちる影にて決着した奪還作戦第1日目。
 戦いの中で交錯する想いと願い。
 私達は、また1つ城未来へ近づいた。
 次回、《Bravo-熱き血潮に》
 私達は一丸だ。前線だけが戦っている訳じゃない。
 
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