4 / 109
第1章 転生編
第1章ー③
しおりを挟む
5か月が経ち、雪が降り積もる冬真っ只の中、ようやく自分ははいはいが出来るようになっていた。ようやくだ。ようやく自力で移動できるようになり、両親以上に感動している。ここまで本っっ当に長かった。
産まれて数日後、現状を把握するため、自らの足と目で情報を入手しようと歩行に挑戦してみたのだが、意識だけは動いても手足をバタつかせるのが精一杯で、まったく動かなかった。産まれて数日だから、身体がまだまだ発達していなかったのだ。歩行は早々に諦めた。起き上がることすら出来ない身体では、どう頑張っても無理だ。
それからしばらくはとにかく聞き耳を立てた。というか、それぐらいしか自分に出来る情報収集の手段はなかった。幸いなことに、両親はフレンドリーで顔が広い。だから家ウチには人がたくさん来て、度々飲み会が開かれるから色々話を聞くことが出来た。
それはいいとして、やはり身体を動かせないのは精神的にキツかった。外出時以外は何時間も天井を見ていた。「こんなことするぐらいなら天井のシミを数える方がマシ」なんていう人もいるが、実際やってみたらこれ以上の拷問はないんじゃないかレベルで地獄だかんな。マジで。
そんな生活からなんとか抜け出すための第一歩だ。自分も含めて家族全員大喜びだった。まあ、両親と自分が喜んでる理由は全然違うと思うけど。
しかし、はいはい出来たところで移動に制限がかけられていることには変わりはなかった。そりゃあまだ赤ん坊だから、親の監視が厳しくて迂闊に動けない。特に母は心配性だから定期的にこちらの様子を見てくる。親としてはまっとうな判断なのだろうが、こっちとしてはありがた迷惑な話だ。
コンコン
「あら、そろそろ来たのかしら」
母が家事の最中、玄関からノックする音が聞こえてきた。そういえば、今日は予言師の人が来るとかなんとか言ってた気がする。
詳しいことはよくわからないが、予言師とは人の魔力の資質や貯蓄量などを見て、その人の将来を予言するという職業らしい。要するに占い師みたいなものだと思えばいいのかな。自分はあんまり占いは信じない方だが、ちゃんとした占い師に見て貰ったことがないから強く否定してるわけでもない。自分が信じてないのはテレビ占いやアプリ占いの類のやつだしな。
「ミエールさん、ご無沙汰しております」
「えっえっえっ、お前さんも随分母親らしくなってきたなステラ。イノスはおるかえ?」
「ええ。ちょっと呼んできますね」
それから暫くして、母が父を連れてきた。眠っていたようで、髪がボサボサ。とても客人の前で見せるような恰好ではなかった。我が親ながら恥ずかしい。
「お久しぶりですミエールさん。寒い中すいません」
「えっえっえっ、久しぶりといっても数か月前に会っておるからそんなに久しぶりでもない気がするのお、えっえっえっ」
「ははっ、そういえばそうですね」
「あと、客人が来るときはその恰好は止めといた方がいいぞ、えっえっえっ」
「…き、気をつけます」
自分が思っていたことを指摘され、シュンとする父。ほらな、言わんこっちゃない。
「それより、外は寒いですし、どうぞ中に」
「えっえっえっ、それじゃあ、お言葉に甘えるかのお」
そんな頼りない父を余所目に、母は客人を家の中に入れた。
予言師ミエール。少し離れた村に住んでおり、その周辺の村々では唯一の予言師らしい。そもそも予言師を生業としてる人は多くはないそうだ。
小柄な体格でしわっしわの顔と大きい鼻、あと独特な笑い方が特徴的な人で、歳は100を超えているらしい。紫色のローブを全身に被っているせいもあってか、もうほとんど魔女にしか見えない。性別は男のようだが。おじいちゃんっぽいおばあちゃんは見たことあるが、その逆は初めて見たかもしれない。
「さてと、その子がお前さんらの子かえ?」
「はい、名前はサダメっていいます」
「えっえっえっ、サダメとは大層な名を付けたもんじゃ」
「いえいえ、この子はその名前に似合う立派な子になりますよ!」
「それはいいが、あまり子供に変な責任感とか押し付けんようにな。子というのは親に敷かれたレールには乗りたくないもんじゃからのお」
「もちろんです。けど、出来ることなら俺みたいに騎士団に入って強い男になって欲しいものですけど」
「えっえっえっ、副団長にまでなっただけあって自己評価が高いのお」
「もー、あなたってば。まだ見てもらってもいないのに、気が早いわ」
「それもそうか。それじゃあミエールさん、お願いします」
「そうじゃのお。さて、この子は父親か母親、どっちに似るかのお。二人とは違う選択肢もあるが」
3人の会話がひとしきり終わると、ミエールさんは自分を凝視し始めた。その様子を両親は後ろから見守っていて変に緊張する。どういう結果になるのかもちょっと気にはなるしな。
「数多の神よ、其方達の子に相応たるお導きを。【運命の指針眼フェイト・ガイラス】!!」
ミエールさんはなにかを唱えるようにつぶやくと、自身の目にヒスイ色のオーラのようなものを纏い出した。これがミエールさんの魔法で、それを使って予言するようだ。ちょっとカッコイイかも。
「………」
「………」
沈黙が続くなか、ミエールさんは虚空に向かって指を動かしながら凝視してくる。ミエールさんがなにをしているのかは全くわからんが、結果が気になってドキドキしてきた。
「んー、これは…」
「ど、どうかしたんですか?」
ミエールさんの顔にしわが寄るのを見た父は、不安そうな顔でミエールさんい問いかける。まさかとは思うが、あんまりよくない結果でも見えたのだろうか。両親の不安そうな表情を見てると、こっちも不安になってくる。
「お前さんと同じような綺麗な炎が見える。いや、お前さん以上に鮮烈じゃわい。正直、ここまで綺麗な魔力は見たことないわい」
「ほ、本当ですか!?」
「えっえっえっ、うるさいぞイノス」
しかし、自分たちの思っていた結果とは真逆な答えが返ってきて、父は興奮のあまり鼻息を荒くしてミエールさんに詰め寄っていた。たしかにうるさいなこの人は。
「えっえっえっ、間違いなくこの子は将来、勇者になるぞい」
「「ゆ、勇者!!??」」
「えっえっえっ、二人ともうるさい」
さらに興奮する父と、あまりの衝撃で驚きを隠せない母が初めてハモッた。母がそこまで驚く姿は初めて見たかもしれない。
「そ、そうか。うちの子にそこまでの素質があるなんて」
「えっえっえっ、わしの魔法で見ているから間違いない。それだけの素質は充分あるよ」
「ええ。ミエールさんの魔法の凄さは町中、いや、国中の人が知ってますから。俺が騎士団の副団長にまでなれたのも、幼い頃にミエールさんに見てもらったおかげですし」
それは意外な事実だったが、ミエールさんを呼んだ理由には納得した。父も自分の将来をミエールさんに見てもらい、その結果今の父が居るわけだからな。話を聞いていると、ミエールさんの予言的中率はかなり高そうだ。
「いいかイノス、わしの魔法は、魔力の資質と魔力量から導き出された可能性の一つを見せてくれるものなんじゃ。その道だけがその子の人生とは限らん。わしの予言通りに行かなくとも幸せな生活を送っとる者もおる。だから、この子の人生はこの子自身で決めさせるんじゃぞ。まあ、その道に進ませるというのも一つの手ではあるがのお、えっえっえっ」
「は、はい」
「今日はありがとうございました」
「えっえっえっ、久方ぶりにええもの見せて貰ったのお」
自分の予言を聞いたあと、母がお茶菓子を出して談笑していた。それからひとしきり話し合っていると、そろそろ帰ると言って、ミエールさんは席を立った。
「イノス、子の可能性とは無限大にある。わしは一つ道を示したとはいえ、無理にレールに乗せる必要もあるまい。それに…」
「それに?」
「…いや、なんでもない。えっえっえっ」
「は、はあ」
「それじゃあのう二人とも。これからも仲良くの」
「本当にありがとうございました」
「よかったらまた来てください」
ミエールさんは最後なにか言いかけていたようだが、言いかけた言葉を飲みこみ帰って行った。それにしても、自分が勇者か。ミエールさんの予言はかなりの確率で当たるっぽいが、正直自分には、全然未来のビジョンが見えてこない。自分が勇者になれる素質があることにまるで実感が湧かないのだ。そりゃあそうか、前の世界では勇者なんてものはフィクションでしかないのだから。
勇者は魔王を倒すための存在で世界中の人々の希望にもなりうる存在。そんなものに自分みたいなのが果たしてなれるのだろうか?
いや、別にならなくてもいいのか。ミエールさんも道は一つじゃないって言ってたし。
前世は酷い最後だった。ただ普通に生きていただけなのに、わけのわからないまま殺されたんだから。せめて、そんな人生だけは送りたくない。そうだな。それなら、父みたいに騎士団に入って、家族作って、ここで普通に暮らせる人生を送りたいな。それが今の自分にとっての理想なのかもしれない。そう考えると、勇者になる必要なんてない。ある程度身を守れるぐらい強くなれればいい。うん、それがいい。そうしよう。
わしの魔法は、魔力の資質と魔力量から導き出された可能性の一つを見せてくれるもの。正確には、それを統合した魔マナを、一本の線として見ることが出来る。その線をわしは魔筋マナスと呼称している。魔筋は人によって多種多様に変化する。同じ魔筋は二つ以上存在するのは珍しいくらいじゃ。そのうえ、魔筋は一人の人間に無数存在しており、筋肉の筋より数が多い。
魔筋に触れると、色や太さ等が変化する。それが人の一生を表している。明るい色になれば幸せが訪れ、暗い色になれば不幸の予兆。わしは大勢の人の魔筋を見て研究し、人の未来を知ることが出来るようになった。それが予言師になるきっかけだった。
予言師になって80年以上のわしだが、あんな魔筋を見るのは初めてだ。たしかに、イノス以上に鮮やかな紅蓮の色。魔法の素質はあの男より持っているから、イノスが鍛錬を積ませれば騎士団団長クラスいや、勇者に匹敵する力はある。相性属性もイノスと同じ火属性だし。
しかし、気になるのは魔筋の色。鮮やかな赤色から真っ黒く変色している部分が3箇所ほどあった。黒は死、もしくはそれに匹敵するだけの過酷な運命を表している。それが三つもあるとは。
死はどんなものにでも起こりうる未来。だから一つ存在することは必然。稀に二つあるものもおるが、三つは異例だ。しかも、その一つがそう遠くないうちにある。
言おうかどうか迷った。だが、どんなことが起こるかわからない以上、言ったところで気を付けようがない。わしが魔筋に触れようとしたとき、一つの魔筋がわしの指を引き寄せられるように触れて来た。まるで、運命に導かれているかのように。
避けられない運命なのかは正直わからない。あんなことが起こったのは初めてなのだから。
「…イノス。お前さんの息子はとんでもない運命を背負されてしまったのかもしれないのお」
あの子がどういう運命を辿るのかはおそらく、神のみぞ知ることなのだろう。
―勇者が死ぬまで、残り9760日
産まれて数日後、現状を把握するため、自らの足と目で情報を入手しようと歩行に挑戦してみたのだが、意識だけは動いても手足をバタつかせるのが精一杯で、まったく動かなかった。産まれて数日だから、身体がまだまだ発達していなかったのだ。歩行は早々に諦めた。起き上がることすら出来ない身体では、どう頑張っても無理だ。
それからしばらくはとにかく聞き耳を立てた。というか、それぐらいしか自分に出来る情報収集の手段はなかった。幸いなことに、両親はフレンドリーで顔が広い。だから家ウチには人がたくさん来て、度々飲み会が開かれるから色々話を聞くことが出来た。
それはいいとして、やはり身体を動かせないのは精神的にキツかった。外出時以外は何時間も天井を見ていた。「こんなことするぐらいなら天井のシミを数える方がマシ」なんていう人もいるが、実際やってみたらこれ以上の拷問はないんじゃないかレベルで地獄だかんな。マジで。
そんな生活からなんとか抜け出すための第一歩だ。自分も含めて家族全員大喜びだった。まあ、両親と自分が喜んでる理由は全然違うと思うけど。
しかし、はいはい出来たところで移動に制限がかけられていることには変わりはなかった。そりゃあまだ赤ん坊だから、親の監視が厳しくて迂闊に動けない。特に母は心配性だから定期的にこちらの様子を見てくる。親としてはまっとうな判断なのだろうが、こっちとしてはありがた迷惑な話だ。
コンコン
「あら、そろそろ来たのかしら」
母が家事の最中、玄関からノックする音が聞こえてきた。そういえば、今日は予言師の人が来るとかなんとか言ってた気がする。
詳しいことはよくわからないが、予言師とは人の魔力の資質や貯蓄量などを見て、その人の将来を予言するという職業らしい。要するに占い師みたいなものだと思えばいいのかな。自分はあんまり占いは信じない方だが、ちゃんとした占い師に見て貰ったことがないから強く否定してるわけでもない。自分が信じてないのはテレビ占いやアプリ占いの類のやつだしな。
「ミエールさん、ご無沙汰しております」
「えっえっえっ、お前さんも随分母親らしくなってきたなステラ。イノスはおるかえ?」
「ええ。ちょっと呼んできますね」
それから暫くして、母が父を連れてきた。眠っていたようで、髪がボサボサ。とても客人の前で見せるような恰好ではなかった。我が親ながら恥ずかしい。
「お久しぶりですミエールさん。寒い中すいません」
「えっえっえっ、久しぶりといっても数か月前に会っておるからそんなに久しぶりでもない気がするのお、えっえっえっ」
「ははっ、そういえばそうですね」
「あと、客人が来るときはその恰好は止めといた方がいいぞ、えっえっえっ」
「…き、気をつけます」
自分が思っていたことを指摘され、シュンとする父。ほらな、言わんこっちゃない。
「それより、外は寒いですし、どうぞ中に」
「えっえっえっ、それじゃあ、お言葉に甘えるかのお」
そんな頼りない父を余所目に、母は客人を家の中に入れた。
予言師ミエール。少し離れた村に住んでおり、その周辺の村々では唯一の予言師らしい。そもそも予言師を生業としてる人は多くはないそうだ。
小柄な体格でしわっしわの顔と大きい鼻、あと独特な笑い方が特徴的な人で、歳は100を超えているらしい。紫色のローブを全身に被っているせいもあってか、もうほとんど魔女にしか見えない。性別は男のようだが。おじいちゃんっぽいおばあちゃんは見たことあるが、その逆は初めて見たかもしれない。
「さてと、その子がお前さんらの子かえ?」
「はい、名前はサダメっていいます」
「えっえっえっ、サダメとは大層な名を付けたもんじゃ」
「いえいえ、この子はその名前に似合う立派な子になりますよ!」
「それはいいが、あまり子供に変な責任感とか押し付けんようにな。子というのは親に敷かれたレールには乗りたくないもんじゃからのお」
「もちろんです。けど、出来ることなら俺みたいに騎士団に入って強い男になって欲しいものですけど」
「えっえっえっ、副団長にまでなっただけあって自己評価が高いのお」
「もー、あなたってば。まだ見てもらってもいないのに、気が早いわ」
「それもそうか。それじゃあミエールさん、お願いします」
「そうじゃのお。さて、この子は父親か母親、どっちに似るかのお。二人とは違う選択肢もあるが」
3人の会話がひとしきり終わると、ミエールさんは自分を凝視し始めた。その様子を両親は後ろから見守っていて変に緊張する。どういう結果になるのかもちょっと気にはなるしな。
「数多の神よ、其方達の子に相応たるお導きを。【運命の指針眼フェイト・ガイラス】!!」
ミエールさんはなにかを唱えるようにつぶやくと、自身の目にヒスイ色のオーラのようなものを纏い出した。これがミエールさんの魔法で、それを使って予言するようだ。ちょっとカッコイイかも。
「………」
「………」
沈黙が続くなか、ミエールさんは虚空に向かって指を動かしながら凝視してくる。ミエールさんがなにをしているのかは全くわからんが、結果が気になってドキドキしてきた。
「んー、これは…」
「ど、どうかしたんですか?」
ミエールさんの顔にしわが寄るのを見た父は、不安そうな顔でミエールさんい問いかける。まさかとは思うが、あんまりよくない結果でも見えたのだろうか。両親の不安そうな表情を見てると、こっちも不安になってくる。
「お前さんと同じような綺麗な炎が見える。いや、お前さん以上に鮮烈じゃわい。正直、ここまで綺麗な魔力は見たことないわい」
「ほ、本当ですか!?」
「えっえっえっ、うるさいぞイノス」
しかし、自分たちの思っていた結果とは真逆な答えが返ってきて、父は興奮のあまり鼻息を荒くしてミエールさんに詰め寄っていた。たしかにうるさいなこの人は。
「えっえっえっ、間違いなくこの子は将来、勇者になるぞい」
「「ゆ、勇者!!??」」
「えっえっえっ、二人ともうるさい」
さらに興奮する父と、あまりの衝撃で驚きを隠せない母が初めてハモッた。母がそこまで驚く姿は初めて見たかもしれない。
「そ、そうか。うちの子にそこまでの素質があるなんて」
「えっえっえっ、わしの魔法で見ているから間違いない。それだけの素質は充分あるよ」
「ええ。ミエールさんの魔法の凄さは町中、いや、国中の人が知ってますから。俺が騎士団の副団長にまでなれたのも、幼い頃にミエールさんに見てもらったおかげですし」
それは意外な事実だったが、ミエールさんを呼んだ理由には納得した。父も自分の将来をミエールさんに見てもらい、その結果今の父が居るわけだからな。話を聞いていると、ミエールさんの予言的中率はかなり高そうだ。
「いいかイノス、わしの魔法は、魔力の資質と魔力量から導き出された可能性の一つを見せてくれるものなんじゃ。その道だけがその子の人生とは限らん。わしの予言通りに行かなくとも幸せな生活を送っとる者もおる。だから、この子の人生はこの子自身で決めさせるんじゃぞ。まあ、その道に進ませるというのも一つの手ではあるがのお、えっえっえっ」
「は、はい」
「今日はありがとうございました」
「えっえっえっ、久方ぶりにええもの見せて貰ったのお」
自分の予言を聞いたあと、母がお茶菓子を出して談笑していた。それからひとしきり話し合っていると、そろそろ帰ると言って、ミエールさんは席を立った。
「イノス、子の可能性とは無限大にある。わしは一つ道を示したとはいえ、無理にレールに乗せる必要もあるまい。それに…」
「それに?」
「…いや、なんでもない。えっえっえっ」
「は、はあ」
「それじゃあのう二人とも。これからも仲良くの」
「本当にありがとうございました」
「よかったらまた来てください」
ミエールさんは最後なにか言いかけていたようだが、言いかけた言葉を飲みこみ帰って行った。それにしても、自分が勇者か。ミエールさんの予言はかなりの確率で当たるっぽいが、正直自分には、全然未来のビジョンが見えてこない。自分が勇者になれる素質があることにまるで実感が湧かないのだ。そりゃあそうか、前の世界では勇者なんてものはフィクションでしかないのだから。
勇者は魔王を倒すための存在で世界中の人々の希望にもなりうる存在。そんなものに自分みたいなのが果たしてなれるのだろうか?
いや、別にならなくてもいいのか。ミエールさんも道は一つじゃないって言ってたし。
前世は酷い最後だった。ただ普通に生きていただけなのに、わけのわからないまま殺されたんだから。せめて、そんな人生だけは送りたくない。そうだな。それなら、父みたいに騎士団に入って、家族作って、ここで普通に暮らせる人生を送りたいな。それが今の自分にとっての理想なのかもしれない。そう考えると、勇者になる必要なんてない。ある程度身を守れるぐらい強くなれればいい。うん、それがいい。そうしよう。
わしの魔法は、魔力の資質と魔力量から導き出された可能性の一つを見せてくれるもの。正確には、それを統合した魔マナを、一本の線として見ることが出来る。その線をわしは魔筋マナスと呼称している。魔筋は人によって多種多様に変化する。同じ魔筋は二つ以上存在するのは珍しいくらいじゃ。そのうえ、魔筋は一人の人間に無数存在しており、筋肉の筋より数が多い。
魔筋に触れると、色や太さ等が変化する。それが人の一生を表している。明るい色になれば幸せが訪れ、暗い色になれば不幸の予兆。わしは大勢の人の魔筋を見て研究し、人の未来を知ることが出来るようになった。それが予言師になるきっかけだった。
予言師になって80年以上のわしだが、あんな魔筋を見るのは初めてだ。たしかに、イノス以上に鮮やかな紅蓮の色。魔法の素質はあの男より持っているから、イノスが鍛錬を積ませれば騎士団団長クラスいや、勇者に匹敵する力はある。相性属性もイノスと同じ火属性だし。
しかし、気になるのは魔筋の色。鮮やかな赤色から真っ黒く変色している部分が3箇所ほどあった。黒は死、もしくはそれに匹敵するだけの過酷な運命を表している。それが三つもあるとは。
死はどんなものにでも起こりうる未来。だから一つ存在することは必然。稀に二つあるものもおるが、三つは異例だ。しかも、その一つがそう遠くないうちにある。
言おうかどうか迷った。だが、どんなことが起こるかわからない以上、言ったところで気を付けようがない。わしが魔筋に触れようとしたとき、一つの魔筋がわしの指を引き寄せられるように触れて来た。まるで、運命に導かれているかのように。
避けられない運命なのかは正直わからない。あんなことが起こったのは初めてなのだから。
「…イノス。お前さんの息子はとんでもない運命を背負されてしまったのかもしれないのお」
あの子がどういう運命を辿るのかはおそらく、神のみぞ知ることなのだろう。
―勇者が死ぬまで、残り9760日
10
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる