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「ウィリー、また稽古をさぼっているの?叱られるわよ」


中庭の芝生に座って絵を描いていたら、背後から声をかけられた。振り向けば、姉のヴィクトリアが困ったような笑顔でそこに立っている。語学の勉強を終えて、庭を散歩していたところらしい。


「お姉様。だって、僕、ダンスは苦手なんです」
「そんなことを言って、もう18歳で縁談も来ているのに、ダンスのひとつもできなくてどうするの」


姉は穏やかで、その言葉には棘がない。弟の僕を本気で心配してくれているのがわかる。
それでも耳が痛かった。僕は姉の言葉に返事が出来ず、スケッチブックに向き合った。


「ウィリーは綺麗な顔をしているし、家柄を抜きにしても女性から人気があるのに、勿体ないわ」
「僕はお姉様みたいに勉強もできないし、秀でたところがないから」
「でも、優しいし、絵が本当に上手よ。その花の絵も素敵。まるで写真みたいね」


姉だけがいつも僕の絵を褒めてくれる。正確には美術の先生も両親も褒めてくれるが、それ以上に僕が落ちこぼれすぎて、ちょっとした才能もマイナス点に埋もれてしまっている印象だ。


「あら、そのイーゼル、どこから運んで来たの?」


いつも使っている二つのイーゼルは今、油絵を書くのに使ってしまっている。今使っているものはよく見ると色が違うので、日頃から僕が絵を描いているところを見学している姉は気づいたらしい。


「空きがなくて城を探し回ったら、地下室でこれを見つけたんだ。物置みたいなものだし、誰も使ってないならいいかなって思って、借りてきた」


何気なくそう言ったのに、姉の顔が蒼白になった。


「まあ。地下室には入っちゃいけないと言われているのに。悪い子」
「僕、以前にも入ったことがあったけど、ただ物がたくさん置いてあるだけで何も危なくなかったよ。大丈夫さ」
「ウィリーはなぜあの部屋が立ち入り禁止なのか知らないのね」
「……お姉様は知ってるの?」
「お父様とお母様からは聞いたことがないけれど……庭師が噂しているのを、たまたま聞いてしまったことがあるの」


お姉様が声をひそめて話すので、必然的に僕も緊張してしまった。
地下室についての詳しい話なんて聞いたことがない。怖くないと言ったら嘘になる。


「あの部屋には古びた棺があって、そこに、吸血鬼が封印されているそうよ」
「……」


僕は目をぱちくりさせたあと、ついつい吹き出してしまった。


「…っぶ、ははは。お姉様、その話を本気にしてるの? 吸血鬼なんて実在するわけがないのに」
「信じなくても仕方がないけど……噂はそれだけじゃないの。その吸血鬼は、私たちの曽祖母と結婚する予定だった人らしいの。でもそれが破談になって、その恨みで、一族を呪うと公言したらしいわ。呪いを恐れた曽祖父が、命懸けで封印したという話よ」


僕は城の長い廊下にかけられた、曽祖母と曽祖父の肖像画のことを思い出した。そこでしか見たことがない人の話をされても、リアリティがなく、信じられないと思う。
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