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33話

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……俺は間違っていたのだろうか。


幾度となくその思いに囚われて、カナタはそのたびに自嘲する。問いかけるまでもない、間違っているに決まってるじゃないか。


こんな愛し方しか知らない。美琴の様子がおかしいことに気づいていながら、救ってあげることもできない。
そもそも彼女を苦しめている自分が、彼女を救ってあげたいなどと思うこと自体おこがましいのだ。


会社に向かう電車に乗ったものの、家を出た時からずっと頭がぼーっとしているのが気がかりだった。この時間は混雑していていつも座れないため、仕方なくドアの近くに立っているが、揺れにも抗えないほどの目眩がする。降りる駅の三つ手前の駅を伝えるアナウンスを遠くで聴きながら、ついにしゃがみ込んでしまった。


気持ち悪さはないが、とにかく頭が割れそうなくらい痛い。


「あの、大丈夫ですか?」


そばに立っていたOLが声をかけてくれた。大丈夫です、とぎこちない微笑みで返したものの、頭を支えるのも精一杯だった。下を向き、会社の最寄駅へ着くのをひたすら待つ。







「楠木さん。絶対熱があります。帰ってください」


出勤するやいなや、鉢合わせた野中ヒトミにきっぱりと言われる。そのとき、ああこの酷い頭痛は確かに発熱のためかもしれない、と初めて思い至った。そう言われれば寒気もするような気がする。


「もしかして、気づいてなかったんですか?!」


表情だけで考えていることを読み取ったのか、彼女は怒ったような心配したような複雑な顔で、医務室に行くよう促してきた。


「とりあえず熱を測ってきてください。今から上がるかもしれないから、そのあとすぐ早退届を出して、帰ってゆっくり休むんですよ!明日は絶対有休をとること。いいですね?」


こういうとき女性は頼もしいと思う。うろたえるばかりの男とは違うのだ。主語を大きく括ってみたけれど、自分だけかもしれないな、と思って苦笑する。


「……これ風邪ですかね。俺、体調崩すの何年ぶりだろう。思い出せないほどもうずっと前なので熱がある自覚もなかったです」
「疲れによる熱かも。どっちにしろ最近忙しかったし、働きすぎですよ。これを機にゆっくりリフレッシュするのもいいじゃないですか」
「うん、そうですね。そうします」


その後、言われたとおり医務室で熱を測ってみたら、38.5あった。仕方がないので帰りはタクシーを使った。熱なんか出すと柄にもなく心細くなって、一刻も早く美琴に会って安心したい気持ちになる。


勝手な話だ。自分は彼女の憂鬱や悩みを解消してあげることができないくせに、彼女に癒されたいと強く思っていて、今もその存在に救われている。







いってらっしゃい、と送り出してくれて、おかえり、と迎えてくれる存在がいることがこんなに幸せだということを、美琴を監禁するまですっかり忘れていた。


かつてカナタに同じ言葉をかけてくれた人間は、ナオキと施設の人たちだけだ。そのどちらの存在も、子供の自分にとっては間違いなく救いだった。ただ、さらに特別なものがこの世界にはあったのだった。世界でたったひとりだけ、心から愛した女性の言葉。


『おかえり』


家に帰ると美琴がいる。自分の帰りを待っている。


その事実があれば一日を生きられた。美琴がカナタを待つ理由、それがたとえただの空腹でも、排泄でも、愛に見せかけたなにかでも、そんなのどうでもよかった。


帰り道はいつも胸が躍り、はやる気持ちを抑えきれない。今もそうだ。仕事で疲れたり、熱を出したり、そうやって外でふらふらになったとき、自分が帰る場所は美琴のいるところなのだと思う。


美琴はカナタを好きだと言ったとき、頬を赤らめて、それは幸せそうなはにかんだ顔をしていた。


一方で自分はどうだろう。


毎日抱きしめるたび、このまま締め殺してしまいたいと思う。彼女を完全に手に入れるために。その思いをもしも打ち明けたら、猟奇的だとか、病的だとか、あらゆる言葉で他人は非難するだろう。でもカナタにとっては違うのだ。この感情の行き着く先は、確実に崇高な深い愛である。だから、なおさらたちが悪い。
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