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23話
しおりを挟むーー独占欲は愛じゃない。だれかやなにかを大切だと本当に思うなら、無理に閉じ込めてそばにいてもらおうなんて、考えたらダメだ。
あの日、傷だらけの猫を押入れに閉じ込めて飼おうとした自分と、その自分を見るナオキの真剣な顔。悲しげだったまなざし。人の道を外れかけているカナタを、なんとか引き戻そうとする青年の、必死の表情。
悲しい言葉が頭から離れない。
◆
美琴が突然好意的になってくれたことについて、嬉しい反面で、冷静に判断してもいた。
いつか本で読んだことがあったのだ。誘拐事件や監禁事件の被害者が、生存戦略として、犯人との間になんらかの絆を見出すことがあると。
そのつながりは必ずしも恋愛感情というわけではないらしいが、美琴の場合はそれが顕著に出たのだろう。身体の関係があることや、自分に深く同情していたことも理由の1つかもしれない。
昼間、散歩に行こうかと誘ったのは、確かめてみようと思ったからだった。
美琴はそんなに器用な方ではないし、生存戦略などではなく単にカナタを騙して逃げ出そうとしているのなら、以前のようにふたりで外に出てみれば気持ちがはっきりわかると思った。
この家に来たばかりの頃、下着を買いに行くという名目で手錠をかけて街へ出かけたとき、美琴はひどく怯えていた。逃げられないという諦めの中にも、手錠さえ外れれば一瞬の隙をついてなんとか逃げてしまいそうな激しさが見え隠れしていた。
「ねぇカナタ、私、うれしいの」
「うれしい?」
「うん、うれしい。こうして一緒に外に出られて」
昼間、そう言って幸せそうに川の流れを見つめた美琴の横顔はとても美しくて、もしカナタがいまこの手を離しても、彼女は絶対に逃げないだろうなと思った。
あれは相手を、カナタを、まっすぐに信頼している人間の目だった。だから美琴はきっと、いや、もう絶対に逃げない。確かにそう思ったのだ。
思ったのに、自分は手を離せなかった。
◆
「カナタ、お風呂上がったよ」
「うん、俺も今から入るよ」
「ねぇ、もうずっと一緒にお風呂入ってないね」
「入りたい?」
目を合わせようと覗き込むようにしてみるが、逃れるように視線をそらされた。問いには肯定も否定もせず、恥ずかしそうにうつむいて、美琴はベッドに座る。
「美琴は俺のどんなところが好きなの」
「え?」
「好きだよって、言ってくれただろ」
わざと聞いてみたのは、従順な彼女を見ていると苛めたくなるからだ。
出会った頃から自分は、美琴が困った顔をすると身体の芯が震え、泣き出すと興奮して仕方がなかった。
それはようやくふさがりかけた傷口をかきむしりたくなる衝動に似ている。
なんとなく放り投げた質問の答えをひとしきり考えたあとで、美琴は優しい声で切り出した。
「好きなところはね。ひとつには絞れないけど……私はカナタに、生きていてほしいって思ったのね」
「え?」
「死なないで、もう死にたいなんて思わないで、罪なんて犯さないで、生きていて、そして幸せになって欲しい、って。いつの間にか強く思うようになってた。最初はそう思う気持ちが一体なんなのかわからなかったけど……それが、カナタを好きだってことなんだと気づいたの」
そう言って笑うやわらかさ、神々しさに、カナタはくらくらきてしまった。
……やっぱり美琴は俺の神様だ。
実感して、力が抜けた。
抜けたところに現実が重くのしかかってくる。後悔なんてないのに。願いは変わらないのに。彼女はいつも完璧で、自分だけがみじめに不完全だ。美しいものを前にして、ただ眺めているだけの自分の存在は滑稽だ。楽になりたいのに、卑小な自分の存在からはいつまでたっても逃れられない。
俺は俺の神様を、このマンションの片隅に、監禁している。
一体いつまで?
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