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第六章 蚕でも蜂でもなく

四十七話 戦士たちの協奏曲

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 燃え盛る後宮北苑。
 塀に空けた穴からの侵入を阻害された戌族(じゅつぞく)の男たちが、喘ぎ声を上げて、地べたに這い回る。
 遠くからは、皇都郊外に駐屯していた禁軍の銅鑼の音が聞こえる、と翔霏は言った。
 私の耳には聞こえないので、まだ距離があるのだろう。
 イヤホンで音楽聴きながら受験勉強を続けたせいで、私は同年代の他の子より耳が悪くなってしまっているのかもしれない。

「チッ、退却だ。動ける奴は手筈通りに、なりふり構わずバラバラに逃げろ」

 覇聖鳳(はせお)の冷たい声が響いた。
 こんな大がかりな襲撃計画を立てて来たんだから、当然、逃げ道も確保しているんだろうな。
 その上で念入りに、仲間たちを自分が逃げるための囮、煙幕にしようとしている。
 いやあ、見上げた生き汚さだよ、ホント。

「いいのか麗央那(れおな)、逃げてしまうぞ」
 
 戌族に対して怨み骨髄である翔霏(しょうひ)が、苦い顔で聞いてきた。

「良くないけど、どうしようもないかな」

 私は正直に答えた。
 覇聖鳳に付け入る隙はなく、もう、私に策はない。
 後宮を守ることと、覇聖鳳に嫌がらせをしたことで、ネタ切れのすっからかんだ。
 あとは首尾よく、禁軍の皆さんが覇聖鳳たち残党に追撃をかけてくれればいいけど。
 私の推測によれば、覇聖鳳は逃げおおせるだろう。
 仲間をどれだけ犠牲にしても、最後のたった一人になってでも。
 戌族の領内、根拠地に逃げ帰って、再起を図るに違いない。
 それを可能にする戌族の馬の速さと、冷徹果断な覇聖鳳の性格が揃っている。

「なら軍に任せるしかないか。面白くない話だ」

 翔霏も状況を理解してくれた。
 覇聖鳳は今回の行動の中で、決して翔霏に近寄らず、距離を取って馬上にいる。
 仮に翔霏が向かって行っても、仲間を盾にしながら一目散に逃げるつもりだったのだろう。
 さすがの翔霏でも、一日に百キロ以上を走る戌族の馬には追いつけない。
 覇聖鳳に微塵の油断もないことを翔霏も承知しており、私たちは手詰まりなのだ。

「あ、この音か」

 銅鑼の音が私にもやっと、かすかに聞こえてきた。
 戌族の暴徒はそれぞれ馬に乗り、逃げる準備に入る。
 どうやら西の方に逃げ道を確保しているらしい。
 禁軍の銅鑼は東から聞こえてくる。
 追いかけっこでは、戌族には、勝てない。
 覇聖鳳が逃げる方向に馬首を向ける。
 ちょうど、そのときだった。

「皇帝陛下のお庭を荒らしといて、ゴメンナサイもせんと帰る奴がおるかいな~」

 戦場に似つかわしくない、呑気に訛った声が聞こえた。
 覇聖鳳たちが逃げようとしていた、まさにその西側から。
 音もなく無数の騎馬部隊が、突然に表れたのだ。

「こんなに大勢、どこから湧いて出た?」

 勘の鋭い翔霏ですら、その部隊の出現を予期できず、目を大きく開いて驚いていた。
 この場にいるみんなが、覇聖鳳たちの動向に注目していたせいもあるだろうけど。
 その先頭に立っていたのは。

「姜(きょう)さん!」

 尾州(びしゅう)が生んだ首狩り公子、除葛(じょかつ)姜軍師、その人と。
 後ろにいるのは、またまた私のよく知る。

「玄霧(げんむ)さんに、翼州(よくしゅう)左軍のみなさんまで!?」

 私を後宮に放り込んだ司午(しご)家の御曹司、翼州左軍副使の玄霧さんと。
 彼の部下である、私も見知った顔の頼もしい騎馬隊が、ずらり。

「やはり、大人しくしていなかったか……」

 玄霧さんは私の顔を見るなり、溜息を吐いて首を振った。
 ええ、あなたの予想通り、いえそれ以上に、私は現場を引っ掻き回していました。
 気苦労をおかけして、本当に申し訳ございません。

「ど、どうしてみなさん、お揃いで、ここに?」

 私の質問に、姜さんが笑って答える。

「央那(おうな)ちゃんが、気付かせてくれたんやないか~」
「へ? 私?」
「覇聖鳳は、この国を『びっくり』させたいんや。みんなが気ぃ抜いとる今こそ、なにか仕掛けて来るんやないかな~? って、僕、思ったんや」
「た、確かに」

 北の国境で戌族と軍の間に手打ちが済んだなら、どうしても安心して昂国臣民たちの気持ちは緩む。

「尾州もキナ臭くなってしもて、そっちにみんなの気が向いとる今こそ、覇聖鳳がなにやらかすんやないか? ってな~。間に合って良かったわ~」

 確か、姜さんは尾州でふたたび反乱が起こる可能性に備えて、南西へ帰る途中だったはずだ。
 その途上で皇都、河旭城(かきょくじょう)に必ず寄ることになる。
 軍師の経験と勘から、嫌な予感がしたのだろう。
 急いで駆け付けて見たら、皇城後宮から煙が上がっていた、ということか。
 玄霧さんたちも、国境の仕事を終えた報告や褒賞の関係か、もしくは姜さんの護衛で一緒に河旭まで来たのかな。
 とにかく、名軍師、スゲー。
 数百キロも離れてる北辺から、皇都の状況と覇聖鳳の動向を正確に予測した上で、その逃げ道まで塞ぐんだから。
 と、私が姜さんの予測と采配に惚れ惚れして呆けていると。

「聞け!」

 玄霧さんが黒光りする鉄剣を抜き、天にかざした。
 配下の仲間たちに、高らかに告げる。

「翼州の台地に鍛えられし、並ぶものなき勇士たちよ! 
 
 今まさに都城に跋扈(ばっこ)せしめる匪賊(ひぞく)を討ち払い、
 
 子々孫々、永代までの勲(いさおし)とせよ!
 
 過日(かじつ)、目と鼻に焼き付けし、神台邑(じんだいむら)の二百の骸(むくろ)、
 
 その応報を果たす機を、天が我らに与え給(たも)うたのだ!!」

「おおゥッ!!」

 部隊全員が吠え、天地が揺れた。
 その圧力を感じ、私は確信する。
 もう覇聖鳳は、確実に逃げられない。
 逃げ道を塞がれ、鍛え抜かれた騎兵を前にして、生きて故郷に帰られるはずはない。
 ここで全員、死ぬ。
 ならずものを生かして捕縛するためではなく。
 敵を殺すために、その目的のためだけに、玄霧さんたちはここにいるのだから。
 いつか、玄霧さんからもらった手紙に書かれていたように。
 彼らが覇聖鳳を心の底から殺したいと思っているのは、一人一人の顔を見れば、瞭然のことだった。

「進めーーーッ!! 磨り潰せーーーーーッ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 怒涛の雄叫びと勢いをともに、玄霧さんと配下の騎兵が、戌族の集団に真っ直ぐ突っ込んで行った。
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