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第三章 朱蜂宮(しゅほうきゅう)

二十話 後宮侍女怪死案件、解決編の【表】

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 昂国(こうこく)首都、河旭城(かきょくじょう)における、皇城内後宮区画である朱蜂宮(しゅほうきゅう)。
 その内部の西苑(さいえん)と呼ばれるエリアの中庭に、私と翠さま、あと野次馬の女官とか宦官とか色々いる。

「では、物品庫の中でどのように毒気が発生したのかを、みなさまにお見せします」

 ムスっとした顔で私を見ている博柚(はくゆう)佳人の視線を無視しながら、私は実験道具を、衆人の見やすい場所に置く。

「まずこれが有害な気体を発する原因となる、鉄粉と硫黄粉末の混合物です。彩林(さいりん)侍女が作業をしていたすぐ隣の棚にあったものです」

 私は物品庫の床に転がっていた、壊しても問題なさそうなガラスの破片に、その混合物をこんもりと乗せる。

「続きまして、大きな銀盆の代わりに用意した、水晶の玉でございます。これで太陽の光を集めて、硫黄と鉄粉を加熱します」

 凸レンズは要するに虫めがねであり、陽光を集めて加熱させたり火を付けたりすることができるのはおなじみだ。
 ちょうど翠(すい)さまが手に持って弄んでいたので、使わせてもらうことにした。
 小さな箱の中に、鉄粉と硫黄の混合物の乗ったガラス片を置く。
 こっちの準備が整ったちょうどそのとき。
 巌力(がんりき)宦官が、私の頼んだものを持ってきてくれた。

「麗女史、これでよろしいか」

 その二つの大きな手のひらの中に閉じ込めていたものを、巌力さんは手を開いて私に見せる。
 彼の手には、子ネズミが乗っていた。
 生まれて日が浅いのか、体毛も細く薄い、半端ハゲネズミである。

「アッハイ、大丈夫ですぅ」

 ちょっと想定外だったので狼狽した。
 私は巌力さんに「なにか小さい生き物、虫とか蜘蛛を捕まえて庭に持ってきてください」と頼んだのだけど。
 まさか哺乳類とは。

「チュゥ。キキィ」

 可愛い声を出して泣くドブネズミの子供。
 私は心の中で南無阿弥陀仏と唱えながら、箱の中に入れる。

「今からこの箱の中の混合物を、水晶玉で加熱します。閉じ込められたネズミの子がどうなるのか、見ていてください」

 箱の上部を半分ほど閉じて、レンズの光の通り道だけ確保する。
 これで、太陽の光が差し、それを銀盆が凝集して反射した、物品庫内部を再現できる。
 私がレンズで光を当てて少し経つと、じりじりと細かい音が鳴り、硫黄と鉄粉の化合物から、煙が出て来た。
 周りの人たちが集まって来て、箱の中を覗き見る。

「立ち上る煙をくれぐれも吸わないようにお願いします。非常に強い毒です」

 私がそう注意喚起すると、ささっとみんな、一歩離れた。
 私は気休めだけど、口周りに布を巻いている。
 バタバタバタ、と子ネズミが箱の中で暴れ、走り回る。
 箱の中がある程度の煙で満たされた頃合いを見て、私は加熱をやめて、蓋を完全に閉じる。
 硫化ガスは空気より重いので、箱の底にいるネズミの周囲に充満する。

「キュッ! キキィ! チュイィ……」

 中に閉じ込められた子ネズミが二酸化硫黄に包まれ、苦し紛れに動き回る音と声。
 それがいつしか、途絶えた。
 私は箱の蓋を開き、その結果をみなさんに広く知らしめる。

「このように、死にます」

 物言わぬネズミに罪悪感を抱きながら、私はハッキリと言った。
 恐怖とも驚愕とも取れぬどよめきと感情の渦が、周囲の人の中にあった。
 ここまで見せても納得していない人が、少なくとも一人、この場にいたけど。

「そそそ、そんなことは関係ありませぬ! 彩林は、私どもを厭(いと)う江雪(こうせつ)が……!」

 どうしても、この場にいない楠(なん)江雪(こうせつ)佳人のせいにしたい博柚佳人が、そう叫ぶけど。
 
「い、いけませぬ、おひいさま!」
「衆目の場でかように取り乱しては、お家の恥にござりまするよ!」

 周りの侍女たちに押しとどめられて、ぐうの音を言いながらも、観念した。
 博柚佳人は自分のことを、周りの侍女におひいさまって呼ばせてるのかよ、なんかカワイイなおい。
 それにダメ押しをするように、翠さまが居並ぶ面々を前に、高らかに宣言した。

「わかったでしょ!? 彩林って子が死んじゃったのは不幸な事故なの! 宦官はこれを詳細に記録して物品の管理に一層の注意を払うこと! いいわね!?」

 半ばゴリ押しに思えるけど、翠さまの気迫と声には、みんなを納得させる不思議な力があるのだった。

「承知いたしました」
「貴妃の仰せのままに」

 宦官たちがこうべを垂れて、仕事に戻って行く。
 けれど巌力さんはこの場に残り、立ち尽くしている。

「環(かん)貴人の銀盆で、よもやこのようなことに……」

 あ、よく考えたらそうだよね。
 おそらく巌力さんは、翠さまにとっての麻耶(まや)さんと同じく、股肱(ここう)の臣のような立場なのだろう。
 自分が心を尽くして仕えているご主人さまの持ち物が、人の死に目の原因になってしまったなんて。

「が、巌力さん、これは、その、ちょっと事情があると言いますか」

 私はフォローのために、彼を安心させる要素がまだあることを、つい口走りそうになったのだけど。

「央那(おうな)」

 と、翠さまに強い口調で呼ばれ遮られて。

「もう少し倉を調べるわよ。まだなにか気になることがあるんでしょ?」

 有無を言わさぬ視線で命じられたので、それに従うしかなかった。
 実際、確実に真相を解明するために、足りない作業があったのも事実だ。

「はい。炭の粉を使えば指紋が採れます。彩林さんが倒れていた付近だけでも、しっかり調べておくに越したことはないかと。なにもなかったとしても、安心の材料になりますし」
 
 現場の指紋を、まだ確認していない。
 なにがあったとしても、なかったとしても、やっておいて損はないのだ。
 本当ならもっと早い段階でやるべきなんだけど、実は指紋の調べを後回しにした理由がある。
 私と翠さまは、うなだれている博柚佳人の一味に、あえて聞こえるようにその話をした。

「そ。まあ明日でもいいでしょ。とりあえず喉が渇いたわ。江雪のところにも行かなきゃならないし」

 翠さまと私は、お部屋に戻った。
 中庭には、大きな体で佇んでいる巌力さんが残されたのだった。
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