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本編
第177話 未来へ
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爽快な気候。雲はひとつとしてない。青一面に彩られた空の下、森の中に悠然と佇むドルトディチェ大公城は、珍しく活気に満ちていた。
大公城の一室。化粧室では、本日の主役であるロゼの姿があった。ストロベリーブロンドの長髪は、後頭部で複雑に編み込まれている。頭上には、何百もの細かい宝石がはめ込まれた立派なティアラが鎮座している。人形のように整った顔には、いつもよりも濃い化粧が施されていた。大国のプリンセスだと言われても、納得の相貌。
いつも以上に美しさを発揮するロゼは、一着のドレスをまとっていた。色は、穢れのない白。肩から胸元、そして背中も大幅に露出している。腰には、巨大なリボンが。長いドレーンが豪華さを際立たせる。プリンセスラインの純白なドレスは、彼女の美をさらに引き立てていた。ロゼがまとっているのはウェディングドレス。結婚式にて、新婦が着用する特別なドレスである。
そう、今日は、ロゼの結婚式が挙げられる。場所は、ドルトディチェ大公城。本日の主役であるロゼの相手は、ユークリッドだ。
一足先に、ドルトディチェ大公家当主となり、貴族界の頂きに君臨したユークリッドは、自身の妻、ドルトディチェ大公夫人の座に義姉であるロゼを所望した。ロゼはそれを受け入れた。時を超えて愛し合ったふたりは、ついに待ちに待った結婚の日を迎えるのだ。
ロゼは、ユークリッドと共に在ることができるならばそれでいいと考えていた。だが、ユークリッドは違った。ロゼとの間に育まれる関係性に、確実な名を欲しがったのだ。姉弟ではない、恋愛関係において最も至高な名を――。
ロゼとユークリッドは今日、正真正銘の夫婦となる。
「お嬢様。準備はできましたか?」
背後から声をかけられたロゼは、緩慢に振り向く。太陽の光を浴び続けた影響からか、視界が少し霞む。その中心に、朧気にリエッタの存在を捉えた。リエッタのペールレモンの双眸が星のように瞬く。彼女は、驚愕していた。ロゼが放つ、圧倒的な優美さに。
「……お綺麗です」
たっぷり六十秒。溜めてから呟いた一言は、シンプルであったが、今のロゼに向けるにはふさわしいものだった。
「ありがとう」
ロゼは微笑む。
ドルトディチェ大公家にやって来た時は、ろくに笑うこともできなかった。いや、それはずっと前からだ。この世に生を享けた瞬間から、ロゼは笑うことを諦めていた。
しかし、今はどうか。
愛される意味を知り、愛することの尊さを知った。
もう、厭われ姫ではなくなったのだ。
もう、心から笑ってもいいのだ。
醜い世界。幼いながらにロゼは、世界が、神が、残酷であることを理解した。だがその残酷さも、全てはロゼが愛という名の幸せを実感するための材料にしか過ぎなかった。
ロゼは思った。
(あぁ、生まれてきて、生きて、よかった)
主人の晴れ姿を前にして、いつもは何事にも冷静なリエッタが嗚咽を上げながら号泣している。そんな彼女に、ロゼは歩み寄る。慈しみに塗れた手を伸ばし、彼女を抱き寄せた。
「お嬢様っ……」
「リエッタ、私はもう、あなたのお嬢様ではないわよ」
ロゼはリエッタの頭を撫でて、優しい声音で告げた。
今日、彼女は、ドルトディチェ大公家当主ユークリッドの妻となり、リエッタの「奥様」となる。出来損ないの「お嬢様」ではなくなるのだ。きっとそれは、リエッタにとって喜ばしいことであると共に、少しだけ寂しいことでもあるのだろう。
リエッタはロゼから離れる。涙で濡れる目元を拭ったあと、美しく笑った。
「お嬢様……いいえ、奥様。本当に、おめでとうございます」
ロゼは頷いた。礼を言おうとした刹那、扉がノックされる。彼女が入室の許可を出すと、開扉された。そこには、ユークリッドの姿が。ロゼと揃いの白の正装に身を包んだ彼は、いつにも増して色男であった。リエッタは後退り、彼に対して頭を深々と下げる。
「ユークリッド、今日も魅力的ですね」
ロゼは素直にユークリッドの容姿を褒めた。対してユークリッドは、彼女を注視したまま沈黙していた。ブラッドレッドの目を見開き、間抜け顔とも取れる表情をしている。
ロゼは突如として、不安に陥った。もしかしたら、期待外れの格好であっただろうか、と。思いのほか、綺麗になれなかったのかもしれないという可能性に心の底から恐怖する。自信なさげなにビクビクと怯えるロゼは、ユークリッドの返事を大人しく待つ。するとユークリッドは、恐る恐る口を開いた。
「あなたのほうが、ずっと綺麗だ」
頬は赤らむ。目は熱を孕んでいる。ロゼを愛しいと訴える面様をしていた。
甘く蕩ける会話。なんの思惑も隠れていない、純粋な言葉。ロゼはなぜか、無性に泣きたくなった。ここで泣いてしまえば、侍女たちの努力の結晶である化粧が台無しになってしまう。そう思い留まって、なんとか涙を我慢した。
赤く色づいた唇をギュッと噛みしめるロゼに、ユークリッドは手を差し出す。
「さぁ、行きましょう、ロゼ」
これから待っている、未来。贖罪を背負いながらではあるが、ゆっくり、ゆっくり、歩んでいこう。
ロゼは未来へ続く手を、しっかりと掴んだのであった。
❀゚*❁゚*❁。゚。*❀゚*❁。゚。*❀゚
「今世こそは一族を存続させ、生き残ってみせます ~厭われ姫は愛を知る~」完結
❀゚*❁゚*❁。゚。*❀゚*❁。゚。*❀゚
完結まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
ロゼとユークリッドの時空を超えた愛を楽しんでいただけましたでしょうか。
後日譚もありますので、そちらも読んでくださると嬉しいです!
I.Yのコミカライズ(WEBTOON)作品「愛した夫に殺されたもう二度と愛しません ~公爵令嬢と最強の軍人の恋戦記~」のほうも何卒よろしくお願いいたします。
また告知いたします。
大公城の一室。化粧室では、本日の主役であるロゼの姿があった。ストロベリーブロンドの長髪は、後頭部で複雑に編み込まれている。頭上には、何百もの細かい宝石がはめ込まれた立派なティアラが鎮座している。人形のように整った顔には、いつもよりも濃い化粧が施されていた。大国のプリンセスだと言われても、納得の相貌。
いつも以上に美しさを発揮するロゼは、一着のドレスをまとっていた。色は、穢れのない白。肩から胸元、そして背中も大幅に露出している。腰には、巨大なリボンが。長いドレーンが豪華さを際立たせる。プリンセスラインの純白なドレスは、彼女の美をさらに引き立てていた。ロゼがまとっているのはウェディングドレス。結婚式にて、新婦が着用する特別なドレスである。
そう、今日は、ロゼの結婚式が挙げられる。場所は、ドルトディチェ大公城。本日の主役であるロゼの相手は、ユークリッドだ。
一足先に、ドルトディチェ大公家当主となり、貴族界の頂きに君臨したユークリッドは、自身の妻、ドルトディチェ大公夫人の座に義姉であるロゼを所望した。ロゼはそれを受け入れた。時を超えて愛し合ったふたりは、ついに待ちに待った結婚の日を迎えるのだ。
ロゼは、ユークリッドと共に在ることができるならばそれでいいと考えていた。だが、ユークリッドは違った。ロゼとの間に育まれる関係性に、確実な名を欲しがったのだ。姉弟ではない、恋愛関係において最も至高な名を――。
ロゼとユークリッドは今日、正真正銘の夫婦となる。
「お嬢様。準備はできましたか?」
背後から声をかけられたロゼは、緩慢に振り向く。太陽の光を浴び続けた影響からか、視界が少し霞む。その中心に、朧気にリエッタの存在を捉えた。リエッタのペールレモンの双眸が星のように瞬く。彼女は、驚愕していた。ロゼが放つ、圧倒的な優美さに。
「……お綺麗です」
たっぷり六十秒。溜めてから呟いた一言は、シンプルであったが、今のロゼに向けるにはふさわしいものだった。
「ありがとう」
ロゼは微笑む。
ドルトディチェ大公家にやって来た時は、ろくに笑うこともできなかった。いや、それはずっと前からだ。この世に生を享けた瞬間から、ロゼは笑うことを諦めていた。
しかし、今はどうか。
愛される意味を知り、愛することの尊さを知った。
もう、厭われ姫ではなくなったのだ。
もう、心から笑ってもいいのだ。
醜い世界。幼いながらにロゼは、世界が、神が、残酷であることを理解した。だがその残酷さも、全てはロゼが愛という名の幸せを実感するための材料にしか過ぎなかった。
ロゼは思った。
(あぁ、生まれてきて、生きて、よかった)
主人の晴れ姿を前にして、いつもは何事にも冷静なリエッタが嗚咽を上げながら号泣している。そんな彼女に、ロゼは歩み寄る。慈しみに塗れた手を伸ばし、彼女を抱き寄せた。
「お嬢様っ……」
「リエッタ、私はもう、あなたのお嬢様ではないわよ」
ロゼはリエッタの頭を撫でて、優しい声音で告げた。
今日、彼女は、ドルトディチェ大公家当主ユークリッドの妻となり、リエッタの「奥様」となる。出来損ないの「お嬢様」ではなくなるのだ。きっとそれは、リエッタにとって喜ばしいことであると共に、少しだけ寂しいことでもあるのだろう。
リエッタはロゼから離れる。涙で濡れる目元を拭ったあと、美しく笑った。
「お嬢様……いいえ、奥様。本当に、おめでとうございます」
ロゼは頷いた。礼を言おうとした刹那、扉がノックされる。彼女が入室の許可を出すと、開扉された。そこには、ユークリッドの姿が。ロゼと揃いの白の正装に身を包んだ彼は、いつにも増して色男であった。リエッタは後退り、彼に対して頭を深々と下げる。
「ユークリッド、今日も魅力的ですね」
ロゼは素直にユークリッドの容姿を褒めた。対してユークリッドは、彼女を注視したまま沈黙していた。ブラッドレッドの目を見開き、間抜け顔とも取れる表情をしている。
ロゼは突如として、不安に陥った。もしかしたら、期待外れの格好であっただろうか、と。思いのほか、綺麗になれなかったのかもしれないという可能性に心の底から恐怖する。自信なさげなにビクビクと怯えるロゼは、ユークリッドの返事を大人しく待つ。するとユークリッドは、恐る恐る口を開いた。
「あなたのほうが、ずっと綺麗だ」
頬は赤らむ。目は熱を孕んでいる。ロゼを愛しいと訴える面様をしていた。
甘く蕩ける会話。なんの思惑も隠れていない、純粋な言葉。ロゼはなぜか、無性に泣きたくなった。ここで泣いてしまえば、侍女たちの努力の結晶である化粧が台無しになってしまう。そう思い留まって、なんとか涙を我慢した。
赤く色づいた唇をギュッと噛みしめるロゼに、ユークリッドは手を差し出す。
「さぁ、行きましょう、ロゼ」
これから待っている、未来。贖罪を背負いながらではあるが、ゆっくり、ゆっくり、歩んでいこう。
ロゼは未来へ続く手を、しっかりと掴んだのであった。
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「今世こそは一族を存続させ、生き残ってみせます ~厭われ姫は愛を知る~」完結
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完結まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
ロゼとユークリッドの時空を超えた愛を楽しんでいただけましたでしょうか。
後日譚もありますので、そちらも読んでくださると嬉しいです!
I.Yのコミカライズ(WEBTOON)作品「愛した夫に殺されたもう二度と愛しません ~公爵令嬢と最強の軍人の恋戦記~」のほうも何卒よろしくお願いいたします。
また告知いたします。
応援ありがとうございます!
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