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本編
第176話 二度と離れない
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「………………」
「………………」
部屋の中を沈黙が支配する。静まり返る室内には、肌を刺すようなピリピリとした空気も流れている。殺気を放っているのは、ロゼの隣に座るユークリッドであった。
ふたりがいるのは、ユークリッドの寝室。ソファーに座っている。
ロゼはユークリッドに、過去にフリードリヒとの間で起こった出来事を一通り説明した。ユークリッドは憤慨することなく、最後まで大人しく話を聞いていた。いっそのこと、怒鳴ってくれたほうがいい。そう思うほど、空気は重たいものであった。
どうしよう、とロゼが感じたその瞬間、ユークリッドが口を開く。
「残酷な現実に揉まれ、メルドレール公爵に縋る姉上の気持ちも分かります」
「え……?」
「大事な人間に裏切られたと感じてほかに逃げてしまうのは、人間の心理でしょう。そこは理解します。俺も子供ではないので」
ユークリッドは一切ロゼを見ずに、そう言いきった。子供ではない、と言いつつも、やはりどこか気に食わないみたいだ。顔こそ無表情であるが、必死に強がっているのが分かる。常人には分からないかもしれないが、長年彼を傍で見てきたロゼは、容易に汲み取ることができるのだ。
「ですが、複雑な気持ちではないと言えば嘘になります。あなたの初めては……俺がよかった」
ユークリッドの本音しか含まれていない最後の呟きに、ロゼは瞠目して顔を上げた。ユークリッドは下を向いている。その頬は、紅潮していた。ロゼは彼の横顔を信じられないとでも言いたげな目で注視した。
初めて、という意味を分からないほど、ロゼは幼くはない。ロゼが初めてまぐわう男性は、自分がよかったと、ユークリッドは言っているのだ。
「俺の初めては、あなたですが、あなたの初めては、俺ではない。その事実が、少し……ほんの少しだけ、悲しいです」
ユークリッドがロゼをチラリと見遣る。視線が交わった。
ユークリッドは、ロゼがフリードリヒに縋った、そして彼に逃げたことを受け止めた。ロゼに対して一種の執着をしていたが、もう既に過ぎてしまったことに関しては何も言えないのだろう。それに、ロゼがフリードリヒの元に逃げたのは、ユークリッドの責任も関係している。思い通りに行かなかったからと言って、彼もロゼに強く言えないのだ。
「ですが、それももう、忘れましょう」
「……忘れる?」
「はい。上書きすれば良い問題なのですから」
ユークリッドの目の色が変わる。明らかに、部屋の空気感が一変する。ロゼは、体を震わせた。ソファーの上、ジリジリと距離を取ろうとする。しかし、ユークリッドが一気に開いた距離を詰めた。
「ユークリッドっ……んっ」
キスをされる。久方ぶりの口づけ。荒々しいが、優しい。触れ合う箇所から、恐ろしいほどの熱さを感じる。ユークリッドは抵抗させないようロゼの手首を掴む。
「はっ、ふ、ん……」
息継ぎの合間に漏れる吐息。まだまだキスに不慣れなせいか、息の仕方がいまいちよく分からない。それでもユークリッドがタイミングを見計らって息継ぎの時間を与えてくれるため、苦しくなることはない。
激しく舌を絡ませ、唾液を交換する。舌先をちゅっと吸われ、ロゼの腰が震え、下腹が疼いた。
「あっ……ユークリッド……もう、わっ!」
ユークリッドはロゼを横抱きにする。お姫様扱いを受けている事実に、ロゼはこの上ない羞恥心を抱いた。ユークリッドは彼女を軽々とベッドまで運ぶと、丁寧に下ろす。
「ユークリッド……なんで、」
「聞かなくても、分かっているでしょう?」
耳元で囁かれる。そのまま肩を押され、ロゼは為す術なく、背中からベッドに沈みこんだ。ユークリッドの香りに包まれる。目前に広がるユークリッドの顔。
もう、何も我慢する必要はなくなった。ユークリッドを想うことも、彼と結ばれることも、諦めなくていいのだ。
ロゼはユークリッドの首の後ろに腕を回し、引き寄せる。そして、彼の頬を両手で包む。驚きに満ちるブラッドレッドの瞳を見つめ、微笑む。
「ユークリッド」
慈しみに溢れた声で名を呼ぶ。
もう、無駄なことは言わないでおこう。
ふたりの夜には、これだけで、十分――。
「愛してる」
言の葉を紡ぐ。
純粋な愛は、ふたりの魂を縛りつける。
二度と迷うことがないように。
二度と、離れることが、ないように――。
「………………」
部屋の中を沈黙が支配する。静まり返る室内には、肌を刺すようなピリピリとした空気も流れている。殺気を放っているのは、ロゼの隣に座るユークリッドであった。
ふたりがいるのは、ユークリッドの寝室。ソファーに座っている。
ロゼはユークリッドに、過去にフリードリヒとの間で起こった出来事を一通り説明した。ユークリッドは憤慨することなく、最後まで大人しく話を聞いていた。いっそのこと、怒鳴ってくれたほうがいい。そう思うほど、空気は重たいものであった。
どうしよう、とロゼが感じたその瞬間、ユークリッドが口を開く。
「残酷な現実に揉まれ、メルドレール公爵に縋る姉上の気持ちも分かります」
「え……?」
「大事な人間に裏切られたと感じてほかに逃げてしまうのは、人間の心理でしょう。そこは理解します。俺も子供ではないので」
ユークリッドは一切ロゼを見ずに、そう言いきった。子供ではない、と言いつつも、やはりどこか気に食わないみたいだ。顔こそ無表情であるが、必死に強がっているのが分かる。常人には分からないかもしれないが、長年彼を傍で見てきたロゼは、容易に汲み取ることができるのだ。
「ですが、複雑な気持ちではないと言えば嘘になります。あなたの初めては……俺がよかった」
ユークリッドの本音しか含まれていない最後の呟きに、ロゼは瞠目して顔を上げた。ユークリッドは下を向いている。その頬は、紅潮していた。ロゼは彼の横顔を信じられないとでも言いたげな目で注視した。
初めて、という意味を分からないほど、ロゼは幼くはない。ロゼが初めてまぐわう男性は、自分がよかったと、ユークリッドは言っているのだ。
「俺の初めては、あなたですが、あなたの初めては、俺ではない。その事実が、少し……ほんの少しだけ、悲しいです」
ユークリッドがロゼをチラリと見遣る。視線が交わった。
ユークリッドは、ロゼがフリードリヒに縋った、そして彼に逃げたことを受け止めた。ロゼに対して一種の執着をしていたが、もう既に過ぎてしまったことに関しては何も言えないのだろう。それに、ロゼがフリードリヒの元に逃げたのは、ユークリッドの責任も関係している。思い通りに行かなかったからと言って、彼もロゼに強く言えないのだ。
「ですが、それももう、忘れましょう」
「……忘れる?」
「はい。上書きすれば良い問題なのですから」
ユークリッドの目の色が変わる。明らかに、部屋の空気感が一変する。ロゼは、体を震わせた。ソファーの上、ジリジリと距離を取ろうとする。しかし、ユークリッドが一気に開いた距離を詰めた。
「ユークリッドっ……んっ」
キスをされる。久方ぶりの口づけ。荒々しいが、優しい。触れ合う箇所から、恐ろしいほどの熱さを感じる。ユークリッドは抵抗させないようロゼの手首を掴む。
「はっ、ふ、ん……」
息継ぎの合間に漏れる吐息。まだまだキスに不慣れなせいか、息の仕方がいまいちよく分からない。それでもユークリッドがタイミングを見計らって息継ぎの時間を与えてくれるため、苦しくなることはない。
激しく舌を絡ませ、唾液を交換する。舌先をちゅっと吸われ、ロゼの腰が震え、下腹が疼いた。
「あっ……ユークリッド……もう、わっ!」
ユークリッドはロゼを横抱きにする。お姫様扱いを受けている事実に、ロゼはこの上ない羞恥心を抱いた。ユークリッドは彼女を軽々とベッドまで運ぶと、丁寧に下ろす。
「ユークリッド……なんで、」
「聞かなくても、分かっているでしょう?」
耳元で囁かれる。そのまま肩を押され、ロゼは為す術なく、背中からベッドに沈みこんだ。ユークリッドの香りに包まれる。目前に広がるユークリッドの顔。
もう、何も我慢する必要はなくなった。ユークリッドを想うことも、彼と結ばれることも、諦めなくていいのだ。
ロゼはユークリッドの首の後ろに腕を回し、引き寄せる。そして、彼の頬を両手で包む。驚きに満ちるブラッドレッドの瞳を見つめ、微笑む。
「ユークリッド」
慈しみに溢れた声で名を呼ぶ。
もう、無駄なことは言わないでおこう。
ふたりの夜には、これだけで、十分――。
「愛してる」
言の葉を紡ぐ。
純粋な愛は、ふたりの魂を縛りつける。
二度と迷うことがないように。
二度と、離れることが、ないように――。
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