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本編
第166話 生と死
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「俺の目的は、ロゼ・ヴィレメイン・リーネ・ドルトディチェ。あなたを守ることです。争いのない平和と愛に満たされた日々を送ってほしい。そのために、俺はドルトディチェ大公家の当主の座を手に入れたいのです」
初めて聞いたユークリッドの本音。それを嘘だと決めつけるほど、ロゼは血迷ってはいなかった。なんとしてでも、どんな方法を使ってでも、ドルトディチェ大公家の当主となる。それはユークリッドの長年の悲願であった。しかし本当は、その目的の先に、さらに大きな願いが存在していたのだ。ほかでもない、ロゼを守ること、そして彼女に平和な日常を過ごしてほしいということ。ユークリッドは、ロゼだけのことを考えて、行動していた。その事実を前にして、ロゼは今にもその場に項垂れそうになる。しかし、なんとか足腰を機能させて、我慢をする。
「一度は守れなかったあなたを、今度こそは守ります。ですからどうか、俺と共に生きることだけを望んでください」
ユークリッドがもう一度剣を構えながら、ドルトディチェ大公と対峙する。表情は、窺えない。だが、その背中から溢れんばかりの想いを感じた。間違いない。今度こそ、ロゼは確信を得た。ユークリッドには、前世の記憶がある、と。一度は守れなかった、つまりは前世の最期、この場面において、ユークリッドはロゼを守りきることができぬまま、死んだのだ。でもその恐怖を経てもなお、彼はドルトディチェ大公に立ち向かっている。また死ぬかもしれない、同じ結果になるかもしれない、でもロゼと共に生きる未来が少しでも残っているなら、それに賭けたい。ひしひしと伝わってくる、強き思い。ロゼは、大粒の涙を流した。ユークリッドの想いを汲んで、彼と生きることを望むということ。すなわちそれは、宿命に、運命に、逆らうということ。たとえ、ドルトディチェ大公家が存続したとしても、ロゼが死を捧げなければジンクスは叶えられず、殺戮の悲劇はこれからも繰り返されていく。運良く生き延びたとしても、ロゼの内に眠る宿命は叶えることができないかもしれない。でも、それでも、ロゼは――。
「生きたい」
ユークリッドと、共に――。
「生きたい」
何度、夢に見たことか。彼と共に生きる未来を。義理の姉弟という壁を隔て、運命と本能と戦ってきた。今この瞬間、全てを、壊す。
ユークリッドと共に生きる人生が、悲劇の結末を迎えたとしても、悲惨な死に方をしたとしても、それでも、ロゼがユークリッドと一緒に生を望んだ事実は、この先未来永劫、己の魂に刻まれ続ける。
ロゼは緩徐に目を開く。眼前では、ユークリッドが瀕死の状態になりながらも、ドルトディチェ大公と剣を交えていた。
「ユークリッド。あなたと、生きて、そして、あなたと、死を迎えたい」
ロゼの言の葉は、ゆっくりと魂に刻まれていく。瞬間、彼女の周囲から炎が燃え上がった。炎の鳥が出現し、ドルトディチェ大公とユークリッドの間を、飛んでいく。そして、ドルトディチェ大公の周囲を飛ぶ。たった一周、くるりと回っただけで、彼の体に炎が燃え移った。
「な、なんだっ、ぐぁああああああああああああっ!!!!!」
ドルトディチェ大公の全身を燃やすのは、炎。瞬く間にそれは燃えていく。ロゼに治癒能力の加護を与えた神獣リルが、害悪と見なしたドルトディチェ大公を殺したのだ。ユークリッドはそれを淡々と見つめていた。
「助けろっ、助けてくれぇぇぇ!!!!!!! あついっ、あついっ!!!!!」
ドルトディチェ大公は藻掻き苦しむ。剣を落とし、火だるまになった肉体を掻き毟る。凄まじい光景に、ロゼは彼に駆け寄ろうとするが、それを邪魔したのは神獣リルだった。神獣リルは、甲高い超音波のような鳴き声を上げて、さらにドルトディチェ大公を燃やした。ドルトディチェ大公はやがて、声を出さなくなり、その場に崩れ落ちた。積み重なっている死体たちも、同様に燃えていく。まさしく、地獄絵図。ロゼに敵意を向けた者と既に死した者は塵と化す。
神獣リルは、轟々と燃えゆく王座の上に止まり、ロゼを見つめた。
『愛とは死である。死とは生である。生きる覚悟を、死にゆく覚悟を決めた者により、呪いは解かれる』
かつて聞いた声。庭園にある石碑に触れた時、秘密が眠る塔まで導いてくれた声であった。
愛とは死。死とは生。つまり、死ぬことこそがジンクスを叶える方法なのではなく、生きることも同時に覚悟してこそ、ジンクスを叶える条件なのだ。生と死。紙一重に存在する運命をロゼは胸に決めたから、ドルトディチェ大公家の血の呪いは解かれたのだ。
それを自覚したロゼの涙腺は、崩壊する。神獣リルは、瞬時に消え去った。神獣リルが消え去り、炎が鎮火した時、ロゼは我に返る。蹲るユークリッドに駆け寄り、傷を癒そうとするが、彼の傷はもう既に癒えていた。
「ユークリッド……よかった……」
ロゼはユークリッドを強く抱きしめる。生きている、ユークリッドは、生きている。瞑目したと共に、前世を鮮明に思い出していく。前世の最期、ロゼを守った結果、死んでしまった「この方」。ドルトディチェ大公の道を阻む者こそ、ユークリッドだったのだ。ずっと、ロゼは勘違いをしていた。フリードリヒではなかったのだ。
ロゼを守り生かしてくれていたのは、ずっと、ずっと、ユークリッドただひとりだけだった。
初めて聞いたユークリッドの本音。それを嘘だと決めつけるほど、ロゼは血迷ってはいなかった。なんとしてでも、どんな方法を使ってでも、ドルトディチェ大公家の当主となる。それはユークリッドの長年の悲願であった。しかし本当は、その目的の先に、さらに大きな願いが存在していたのだ。ほかでもない、ロゼを守ること、そして彼女に平和な日常を過ごしてほしいということ。ユークリッドは、ロゼだけのことを考えて、行動していた。その事実を前にして、ロゼは今にもその場に項垂れそうになる。しかし、なんとか足腰を機能させて、我慢をする。
「一度は守れなかったあなたを、今度こそは守ります。ですからどうか、俺と共に生きることだけを望んでください」
ユークリッドがもう一度剣を構えながら、ドルトディチェ大公と対峙する。表情は、窺えない。だが、その背中から溢れんばかりの想いを感じた。間違いない。今度こそ、ロゼは確信を得た。ユークリッドには、前世の記憶がある、と。一度は守れなかった、つまりは前世の最期、この場面において、ユークリッドはロゼを守りきることができぬまま、死んだのだ。でもその恐怖を経てもなお、彼はドルトディチェ大公に立ち向かっている。また死ぬかもしれない、同じ結果になるかもしれない、でもロゼと共に生きる未来が少しでも残っているなら、それに賭けたい。ひしひしと伝わってくる、強き思い。ロゼは、大粒の涙を流した。ユークリッドの想いを汲んで、彼と生きることを望むということ。すなわちそれは、宿命に、運命に、逆らうということ。たとえ、ドルトディチェ大公家が存続したとしても、ロゼが死を捧げなければジンクスは叶えられず、殺戮の悲劇はこれからも繰り返されていく。運良く生き延びたとしても、ロゼの内に眠る宿命は叶えることができないかもしれない。でも、それでも、ロゼは――。
「生きたい」
ユークリッドと、共に――。
「生きたい」
何度、夢に見たことか。彼と共に生きる未来を。義理の姉弟という壁を隔て、運命と本能と戦ってきた。今この瞬間、全てを、壊す。
ユークリッドと共に生きる人生が、悲劇の結末を迎えたとしても、悲惨な死に方をしたとしても、それでも、ロゼがユークリッドと一緒に生を望んだ事実は、この先未来永劫、己の魂に刻まれ続ける。
ロゼは緩徐に目を開く。眼前では、ユークリッドが瀕死の状態になりながらも、ドルトディチェ大公と剣を交えていた。
「ユークリッド。あなたと、生きて、そして、あなたと、死を迎えたい」
ロゼの言の葉は、ゆっくりと魂に刻まれていく。瞬間、彼女の周囲から炎が燃え上がった。炎の鳥が出現し、ドルトディチェ大公とユークリッドの間を、飛んでいく。そして、ドルトディチェ大公の周囲を飛ぶ。たった一周、くるりと回っただけで、彼の体に炎が燃え移った。
「な、なんだっ、ぐぁああああああああああああっ!!!!!」
ドルトディチェ大公の全身を燃やすのは、炎。瞬く間にそれは燃えていく。ロゼに治癒能力の加護を与えた神獣リルが、害悪と見なしたドルトディチェ大公を殺したのだ。ユークリッドはそれを淡々と見つめていた。
「助けろっ、助けてくれぇぇぇ!!!!!!! あついっ、あついっ!!!!!」
ドルトディチェ大公は藻掻き苦しむ。剣を落とし、火だるまになった肉体を掻き毟る。凄まじい光景に、ロゼは彼に駆け寄ろうとするが、それを邪魔したのは神獣リルだった。神獣リルは、甲高い超音波のような鳴き声を上げて、さらにドルトディチェ大公を燃やした。ドルトディチェ大公はやがて、声を出さなくなり、その場に崩れ落ちた。積み重なっている死体たちも、同様に燃えていく。まさしく、地獄絵図。ロゼに敵意を向けた者と既に死した者は塵と化す。
神獣リルは、轟々と燃えゆく王座の上に止まり、ロゼを見つめた。
『愛とは死である。死とは生である。生きる覚悟を、死にゆく覚悟を決めた者により、呪いは解かれる』
かつて聞いた声。庭園にある石碑に触れた時、秘密が眠る塔まで導いてくれた声であった。
愛とは死。死とは生。つまり、死ぬことこそがジンクスを叶える方法なのではなく、生きることも同時に覚悟してこそ、ジンクスを叶える条件なのだ。生と死。紙一重に存在する運命をロゼは胸に決めたから、ドルトディチェ大公家の血の呪いは解かれたのだ。
それを自覚したロゼの涙腺は、崩壊する。神獣リルは、瞬時に消え去った。神獣リルが消え去り、炎が鎮火した時、ロゼは我に返る。蹲るユークリッドに駆け寄り、傷を癒そうとするが、彼の傷はもう既に癒えていた。
「ユークリッド……よかった……」
ロゼはユークリッドを強く抱きしめる。生きている、ユークリッドは、生きている。瞑目したと共に、前世を鮮明に思い出していく。前世の最期、ロゼを守った結果、死んでしまった「この方」。ドルトディチェ大公の道を阻む者こそ、ユークリッドだったのだ。ずっと、ロゼは勘違いをしていた。フリードリヒではなかったのだ。
ロゼを守り生かしてくれていたのは、ずっと、ずっと、ユークリッドただひとりだけだった。
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