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本編
第163話 噛み合わない決意
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ロゼとユークリッドは、王座の間に向かった。静まり返る間。天窓から射し込んだ夕日の光の粒が、玉座に降り注ぐ。ふたりは、鮮血に染められた絨毯の上を歩く。すると、ユークリッドがふと足を止めた。
「姉上。ここを訪ねてきた理由を、お聞きしても?」
ユークリッドに問われたロゼは、立ち止まる。自分を避けてきたくせに、決別とも言える大きな言い争いをしたくせに、なぜ突然平気で訪ねてきたんだ、とでも言いたいのだろう。ロゼは、踵を返す。全てを受け入れたかのような、優しさと温もりに溢れる表情。夕日の光に照らされる彼女の顔は、ユークリッドも息を呑むほど、美しく聡明であった。
「私はこの城では死んであげない。以前、私があなたに言ったその言葉を、覚えていますか?」
ユークリッドは暫し思考したあと、首肯した。
「撤回します」
「………………」
「撤回、することにしました」
二度、同じことを伝える。ユークリッドは眉間に皺を寄せ、怪訝そうな顔をした。ロゼが何を言っているのか、彼には分かっていないのだろうか。
「大公家を出ていくことは止めました。ですからもう、あなたの思うように、全てを終わらせてください」
ロゼの口から紡がれる含蓄のある言葉に、ユークリッドは瞳に困惑の色を見せた。ロゼは、そっと瞑目する。
ドルトディチェ大公一族に神獣の愛が降り注ぎし時、呪いは解け、一族はさらなる進化を遂げる。そのジンクスを叶えるためには、神獣リルの加護を受けたロゼの愛が必要。それを満たせば、ドルトディチェ大公家を滅ぼし、そして復興させたユークリッドの晴れ晴れしい未来が約束されるのだ。ユークリッドは一度全てを無に帰して、もう一度、一からドルトディチェ大公家を育んでいきたいのだろうが、呪いが解けない限りそれは単なる夢で終わってしまう可能性がある。血の呪いが受け継がれてしまえば、殺戮は何度だって繰り返されるのだから。そのため、ロゼが自身の愛、命をもってして、悲劇の連鎖に終止符を打つ。それこそ、ロゼの成すべきこと。彼女自身が、決意したことだ。
ドルトディチェ大公家を存続させ、ジンクスを叶える。そしてドルトディチェ大公家を出ていく。当初の目的、宿命とは大幅に変更されてしまったが、それでいい。今は、自身の選択が正しいと思える。
ロゼは目を開く。ぼんやりと歪む視界の中、ユークリッドと視線が合わさる。
(あなたのために、死ぬわ)
ロゼは今一度、覚悟を決めた。ユークリッドのためなら、命を捨てることもできる。愛を知ると、人は愚かになる。馬鹿げていると、愚かだと、非難されるかもしれない。だが、それでいいのだ。それでも、ロゼはユークリッドに命を捧げたい――。
決まった心。清々しさに身を委ねていると、ユークリッドが震える声を絞り出した。
「何を、終わらせるのですか?」
「……ここまできて、白を切るおつもりで?」
ロゼは踵を巡らせて、王座へと歩を進める。夕日のスポットライトが当たる、独壇場《どくせんじょう》。ロゼの前世の記憶を蘇らせてくれるかもしれない場所。
「待ってください、本当にあなたの言っていることが分からないのです」
ユークリッドがロゼのあとを追って来る。珍しいこともあるものだ。あのユークリッドともあろう男が、誰にも話していない計画が明るみに出そうになった瞬間、保身に走るとは。ロゼがいいと言っているのだから、素直に認めて実行に移せばいいものを。ロゼは思い切りのない男だとユークリッドの認識を改めたのだった。
玉座の前の階段で止まる。最後に、マウヌとオーロラによってダリアが襲撃された事件の真相を知りたい。一回目の人生では、どうであったのか。玉座はそれを教えてくれるのだろうか。どうか、教えてくれますように。ロゼが意を決して、階段の一段目に足をかけた時、後ろから腕を引かれる。反動で振り返るロゼ。目の前には切羽詰まったユークリッドの顔が迫っていた。
「ロゼっ……!」
ユークリッドに名を呼ばれ、ロゼの目が動揺に揺れる。
「全てを終わらせるとは、どういうことですか?」「……本気で言っているの? ユークリッド。……ドルトディチェ大公家の未来のために、殺すべき人を殺すという意味です」
ロゼが名を告げるのを避けると、ユークリッドはさらに困惑気味になる。
「姉上は……ドルトディチェ大公家を存続させたいのではないですか?」
「えぇ。それは今も変わっていませんよ」
ロゼがユークリッドの手を解こうとする。しかしユークリッドはそれを許さない。さらに、距離を詰めてくる。
「姉上は……ダリア様を、父上を殺そうと目論んでいるのですか?」
その質問を受けて、ロゼは思いっきり面を上げた。何を言っているのか、と目で訴えかける。ユークリッドも分かりやすく慌てふためいていた。
「それは、あなたのほうでしょう?」
半ば非難する気持ちを込めて睨みつける。ユークリッドは黙り込んでしまった。彼の美貌には、はっきりと当惑が浮かんでいた。考える暇も与えてもらえぬまま、ユークリッドが発話する。
「姉上。俺たちは、しっかりと話し合う必要がありそうです」
「そ、そう、ですね」
ロゼは控えめに、首を縦に振った。互いに、何かを大きく勘違いしているのかもしれない。何を間違えているのだろうか、と思案し始めたと共に、玉座の間の扉が激しく開かれた。
「ユークリッド様! ロゼ様! ドルトディチェ大公がお呼びですっ!!!」
ノエルの切迫感が募った声色に、ロゼとユークリッドは顔を見合せたのであった。
「姉上。ここを訪ねてきた理由を、お聞きしても?」
ユークリッドに問われたロゼは、立ち止まる。自分を避けてきたくせに、決別とも言える大きな言い争いをしたくせに、なぜ突然平気で訪ねてきたんだ、とでも言いたいのだろう。ロゼは、踵を返す。全てを受け入れたかのような、優しさと温もりに溢れる表情。夕日の光に照らされる彼女の顔は、ユークリッドも息を呑むほど、美しく聡明であった。
「私はこの城では死んであげない。以前、私があなたに言ったその言葉を、覚えていますか?」
ユークリッドは暫し思考したあと、首肯した。
「撤回します」
「………………」
「撤回、することにしました」
二度、同じことを伝える。ユークリッドは眉間に皺を寄せ、怪訝そうな顔をした。ロゼが何を言っているのか、彼には分かっていないのだろうか。
「大公家を出ていくことは止めました。ですからもう、あなたの思うように、全てを終わらせてください」
ロゼの口から紡がれる含蓄のある言葉に、ユークリッドは瞳に困惑の色を見せた。ロゼは、そっと瞑目する。
ドルトディチェ大公一族に神獣の愛が降り注ぎし時、呪いは解け、一族はさらなる進化を遂げる。そのジンクスを叶えるためには、神獣リルの加護を受けたロゼの愛が必要。それを満たせば、ドルトディチェ大公家を滅ぼし、そして復興させたユークリッドの晴れ晴れしい未来が約束されるのだ。ユークリッドは一度全てを無に帰して、もう一度、一からドルトディチェ大公家を育んでいきたいのだろうが、呪いが解けない限りそれは単なる夢で終わってしまう可能性がある。血の呪いが受け継がれてしまえば、殺戮は何度だって繰り返されるのだから。そのため、ロゼが自身の愛、命をもってして、悲劇の連鎖に終止符を打つ。それこそ、ロゼの成すべきこと。彼女自身が、決意したことだ。
ドルトディチェ大公家を存続させ、ジンクスを叶える。そしてドルトディチェ大公家を出ていく。当初の目的、宿命とは大幅に変更されてしまったが、それでいい。今は、自身の選択が正しいと思える。
ロゼは目を開く。ぼんやりと歪む視界の中、ユークリッドと視線が合わさる。
(あなたのために、死ぬわ)
ロゼは今一度、覚悟を決めた。ユークリッドのためなら、命を捨てることもできる。愛を知ると、人は愚かになる。馬鹿げていると、愚かだと、非難されるかもしれない。だが、それでいいのだ。それでも、ロゼはユークリッドに命を捧げたい――。
決まった心。清々しさに身を委ねていると、ユークリッドが震える声を絞り出した。
「何を、終わらせるのですか?」
「……ここまできて、白を切るおつもりで?」
ロゼは踵を巡らせて、王座へと歩を進める。夕日のスポットライトが当たる、独壇場《どくせんじょう》。ロゼの前世の記憶を蘇らせてくれるかもしれない場所。
「待ってください、本当にあなたの言っていることが分からないのです」
ユークリッドがロゼのあとを追って来る。珍しいこともあるものだ。あのユークリッドともあろう男が、誰にも話していない計画が明るみに出そうになった瞬間、保身に走るとは。ロゼがいいと言っているのだから、素直に認めて実行に移せばいいものを。ロゼは思い切りのない男だとユークリッドの認識を改めたのだった。
玉座の前の階段で止まる。最後に、マウヌとオーロラによってダリアが襲撃された事件の真相を知りたい。一回目の人生では、どうであったのか。玉座はそれを教えてくれるのだろうか。どうか、教えてくれますように。ロゼが意を決して、階段の一段目に足をかけた時、後ろから腕を引かれる。反動で振り返るロゼ。目の前には切羽詰まったユークリッドの顔が迫っていた。
「ロゼっ……!」
ユークリッドに名を呼ばれ、ロゼの目が動揺に揺れる。
「全てを終わらせるとは、どういうことですか?」「……本気で言っているの? ユークリッド。……ドルトディチェ大公家の未来のために、殺すべき人を殺すという意味です」
ロゼが名を告げるのを避けると、ユークリッドはさらに困惑気味になる。
「姉上は……ドルトディチェ大公家を存続させたいのではないですか?」
「えぇ。それは今も変わっていませんよ」
ロゼがユークリッドの手を解こうとする。しかしユークリッドはそれを許さない。さらに、距離を詰めてくる。
「姉上は……ダリア様を、父上を殺そうと目論んでいるのですか?」
その質問を受けて、ロゼは思いっきり面を上げた。何を言っているのか、と目で訴えかける。ユークリッドも分かりやすく慌てふためいていた。
「それは、あなたのほうでしょう?」
半ば非難する気持ちを込めて睨みつける。ユークリッドは黙り込んでしまった。彼の美貌には、はっきりと当惑が浮かんでいた。考える暇も与えてもらえぬまま、ユークリッドが発話する。
「姉上。俺たちは、しっかりと話し合う必要がありそうです」
「そ、そう、ですね」
ロゼは控えめに、首を縦に振った。互いに、何かを大きく勘違いしているのかもしれない。何を間違えているのだろうか、と思案し始めたと共に、玉座の間の扉が激しく開かれた。
「ユークリッド様! ロゼ様! ドルトディチェ大公がお呼びですっ!!!」
ノエルの切迫感が募った声色に、ロゼとユークリッドは顔を見合せたのであった。
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