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本編
第157話 赦し
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ドルトディチェ大公の宮を悠々と歩く。ロゼは、ユークリッドの後ろを無言でついていく。
ドルトディチェ大公からロゼの案内役を任されるとは、ユークリッドは余程彼から信頼を得ているみたいだ。ユークリッドの野望は、信頼の上に成り立っているもの。ドルトディチェ大公の信頼を得た上で、それを容赦なく破壊する。ドルトディチェ大公はそうとも知らず、ユークリッドに最大限の信用を授けている。
ダリアの実の娘であるロゼもダリアとの面会を許されなかったのに、ユークリッドは先に彼女に会ったのだろうか。まぁ、仕方がない。ロゼは以前、ドルトディチェ大公の執務室で、ダリアに向かって暴言を吐き捨てたから。あの時からロゼを見るドルトディチェ大公の目が変わったのは明らかだろう。
「なぜ、あんなことを?」
前触れもなく問われ、ロゼは緩徐に顔を上げる。ユークリッドが発した言葉の意味が分からず、思わず首を傾げた。
「姉上はダリア様を嫌っていたのでは? ダリア様が死なぬよう気を遣っておられたのは知っていますが……」
「お母様を助けることに、理由など必要ですか?」
ユークリッドは黙する。ダリアを助ける意味。それは、ロゼにだって、分かりやしない。彼女がユークリッドのためなら死んでもいいと思えてしまうように、損得や倫理、その全てを捨てた気持ち、衝動的な感情から来るものなのだから。そのため、ダリアを助ける意味を問われたとしても、分からないものは分からないのだ。ユークリッドはそれ以上、問いかけては来なかった。重苦しい雰囲気のまま、歩くこと十分。
「到着しました」
ユークリッドは、とある一室の前で立ち止まった。部屋の警備を担当していた騎士たちは、ユークリッドの姿を確認したあと、すぐに扉を開ける。もはや顔パスだ。ロゼは彼に続いて、入室する。そこには、巨大なベッドに腰掛けたダリアがいた。
「リディオ?」
ダリアが振り返る。シルバーパールの髪がふわりと舞う。彼女の目元には、真っ白な包帯が巻かれている。マウヌによって刺された目は、案の定失明してしまったらしい。
「ダリア様」
「……あら、ごめんなさい。あなただったのね」
ユークリッドの声が聞こえた直後、謝罪をするダリア。ロゼは、彼女に歩み寄る。ダリアの前に立つと、彼女は気配を察知したのか、パッと勢いよく顔を上げた。
「………………?」
ダリアは、僅かに怯える。暗闇の世界。光すらもないその場所は、彼女に大きな恐怖を与える。ユークリッドとは言え、ダリアも完全に心を許すことはできないのだろう。
ロゼは、そっとダリアの目元に触れる。
「え、」
ダリアが声を発した時、彼女の目元が炎に包み込まれる。温かみのある色味。炎は燃え上がりながら、ダリアの目を癒していく。ロゼとユークリッドは、神々しい光景を静観した。炎は徐々に鎮火されていく。ロゼが手を放すと、残り火は霧散した。
ダリアがおもむろに、目元を手で押さえた。ロゼは彼女の目を覆う包帯を優しく取り外した。ダリアの目、ロゼの目と同じ色味、アジュライト色の瞳が現れる。窓から射し込む光の眩さに、ダリアは一瞬目を閉じるが、徐々に光にも慣れてきたのか、ゆっくりと開眼した。目元にあったはずの傷は、微塵も残ってはいない。
「なに、これ……どうして……私の目は、見えなくなったはずじゃ……」
「しっかりと見えますか?」
「……ロゼ」
ダリアの目から、透明の涙が溢れ落ちる。二度と、二度として、叶うことはないと思っていた。娘の顔を見ること。ダリアはあまりの感動から、嗚咽すら出せないでいた。
「ロゼ……」
涙を流しながら、もう一度、ロゼの名をはっきりと呼ぶ。
「あなたは、魔法が、使えるの……?」
「いいえ」
「なら、なんで、私の目が治ったの?」
「生まれつきの力です。傷を癒すことができる、私だけの力」
ダリアは瞠若した。今にもそんなもの嘘だと、あるわけがないと叫びそうであるが、ロゼの予想と反してダリアは美しい笑みを浮かべた。
「素晴らしい、力ね」
ロゼの力を褒めたのだ。視力が戻るという奇跡のような体験をしたのだから、ロゼに不思議な力があることを認めざるを得なかったのだろう。
「あぁ、ロゼ。もっとちゃんと……顔をよく見せて」
ダリアが手を伸ばす。ロゼは驚きからかそれを避けることができず、立ち竦む。ダリアの両手がロゼの両頬を包み込んだ。温かい手。優しく綺麗な手。母の手だ――。
「あの人に、そっくりね」
ダリアの乾いた唇が衝撃的な言葉を紡いだ。ロゼは目を見張る。
「ごめんね、ロゼ……ごめんね……」
ダリアは涙を流して、謝罪をし続ける。ロゼは黙り込むことしかできなかった。悲痛が滲む謝罪に対して、どう反応するのが正解なのか、分からなかったから――。頬から直に感じるダリアの温もりに身を委ね、今だけは、ダリアを許そうと思えたのであった。
ドルトディチェ大公からロゼの案内役を任されるとは、ユークリッドは余程彼から信頼を得ているみたいだ。ユークリッドの野望は、信頼の上に成り立っているもの。ドルトディチェ大公の信頼を得た上で、それを容赦なく破壊する。ドルトディチェ大公はそうとも知らず、ユークリッドに最大限の信用を授けている。
ダリアの実の娘であるロゼもダリアとの面会を許されなかったのに、ユークリッドは先に彼女に会ったのだろうか。まぁ、仕方がない。ロゼは以前、ドルトディチェ大公の執務室で、ダリアに向かって暴言を吐き捨てたから。あの時からロゼを見るドルトディチェ大公の目が変わったのは明らかだろう。
「なぜ、あんなことを?」
前触れもなく問われ、ロゼは緩徐に顔を上げる。ユークリッドが発した言葉の意味が分からず、思わず首を傾げた。
「姉上はダリア様を嫌っていたのでは? ダリア様が死なぬよう気を遣っておられたのは知っていますが……」
「お母様を助けることに、理由など必要ですか?」
ユークリッドは黙する。ダリアを助ける意味。それは、ロゼにだって、分かりやしない。彼女がユークリッドのためなら死んでもいいと思えてしまうように、損得や倫理、その全てを捨てた気持ち、衝動的な感情から来るものなのだから。そのため、ダリアを助ける意味を問われたとしても、分からないものは分からないのだ。ユークリッドはそれ以上、問いかけては来なかった。重苦しい雰囲気のまま、歩くこと十分。
「到着しました」
ユークリッドは、とある一室の前で立ち止まった。部屋の警備を担当していた騎士たちは、ユークリッドの姿を確認したあと、すぐに扉を開ける。もはや顔パスだ。ロゼは彼に続いて、入室する。そこには、巨大なベッドに腰掛けたダリアがいた。
「リディオ?」
ダリアが振り返る。シルバーパールの髪がふわりと舞う。彼女の目元には、真っ白な包帯が巻かれている。マウヌによって刺された目は、案の定失明してしまったらしい。
「ダリア様」
「……あら、ごめんなさい。あなただったのね」
ユークリッドの声が聞こえた直後、謝罪をするダリア。ロゼは、彼女に歩み寄る。ダリアの前に立つと、彼女は気配を察知したのか、パッと勢いよく顔を上げた。
「………………?」
ダリアは、僅かに怯える。暗闇の世界。光すらもないその場所は、彼女に大きな恐怖を与える。ユークリッドとは言え、ダリアも完全に心を許すことはできないのだろう。
ロゼは、そっとダリアの目元に触れる。
「え、」
ダリアが声を発した時、彼女の目元が炎に包み込まれる。温かみのある色味。炎は燃え上がりながら、ダリアの目を癒していく。ロゼとユークリッドは、神々しい光景を静観した。炎は徐々に鎮火されていく。ロゼが手を放すと、残り火は霧散した。
ダリアがおもむろに、目元を手で押さえた。ロゼは彼女の目を覆う包帯を優しく取り外した。ダリアの目、ロゼの目と同じ色味、アジュライト色の瞳が現れる。窓から射し込む光の眩さに、ダリアは一瞬目を閉じるが、徐々に光にも慣れてきたのか、ゆっくりと開眼した。目元にあったはずの傷は、微塵も残ってはいない。
「なに、これ……どうして……私の目は、見えなくなったはずじゃ……」
「しっかりと見えますか?」
「……ロゼ」
ダリアの目から、透明の涙が溢れ落ちる。二度と、二度として、叶うことはないと思っていた。娘の顔を見ること。ダリアはあまりの感動から、嗚咽すら出せないでいた。
「ロゼ……」
涙を流しながら、もう一度、ロゼの名をはっきりと呼ぶ。
「あなたは、魔法が、使えるの……?」
「いいえ」
「なら、なんで、私の目が治ったの?」
「生まれつきの力です。傷を癒すことができる、私だけの力」
ダリアは瞠若した。今にもそんなもの嘘だと、あるわけがないと叫びそうであるが、ロゼの予想と反してダリアは美しい笑みを浮かべた。
「素晴らしい、力ね」
ロゼの力を褒めたのだ。視力が戻るという奇跡のような体験をしたのだから、ロゼに不思議な力があることを認めざるを得なかったのだろう。
「あぁ、ロゼ。もっとちゃんと……顔をよく見せて」
ダリアが手を伸ばす。ロゼは驚きからかそれを避けることができず、立ち竦む。ダリアの両手がロゼの両頬を包み込んだ。温かい手。優しく綺麗な手。母の手だ――。
「あの人に、そっくりね」
ダリアの乾いた唇が衝撃的な言葉を紡いだ。ロゼは目を見張る。
「ごめんね、ロゼ……ごめんね……」
ダリアは涙を流して、謝罪をし続ける。ロゼは黙り込むことしかできなかった。悲痛が滲む謝罪に対して、どう反応するのが正解なのか、分からなかったから――。頬から直に感じるダリアの温もりに身を委ね、今だけは、ダリアを許そうと思えたのであった。
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