上 下
158 / 183
本編

第157話 赦し

しおりを挟む
 ドルトディチェ大公の宮を悠々と歩く。ロゼは、ユークリッドの後ろを無言でついていく。
 ドルトディチェ大公からロゼの案内役を任されるとは、ユークリッドは余程彼から信頼を得ているみたいだ。ユークリッドの野望は、信頼の上に成り立っているもの。ドルトディチェ大公の信頼を得た上で、それを容赦なく破壊する。ドルトディチェ大公はそうとも知らず、ユークリッドに最大限の信用を授けている。
 ダリアの実の娘であるロゼもダリアとの面会を許されなかったのに、ユークリッドは先に彼女に会ったのだろうか。まぁ、仕方がない。ロゼは以前、ドルトディチェ大公の執務室で、ダリアに向かって暴言を吐き捨てたから。あの時からロゼを見るドルトディチェ大公の目が変わったのは明らかだろう。

「なぜ、あんなことを?」

 前触れもなく問われ、ロゼは緩徐に顔を上げる。ユークリッドが発した言葉の意味が分からず、思わず首を傾げた。

「姉上はダリア様を嫌っていたのでは? ダリア様が死なぬよう気を遣っておられたのは知っていますが……」
「お母様を助けることに、理由など必要ですか?」

 ユークリッドは黙する。ダリアを助ける意味。それは、ロゼにだって、分かりやしない。彼女がユークリッドのためなら死んでもいいと思えてしまうように、損得や倫理、その全てを捨てた気持ち、衝動的な感情から来るものなのだから。そのため、ダリアを助ける意味を問われたとしても、分からないものは分からないのだ。ユークリッドはそれ以上、問いかけては来なかった。重苦しい雰囲気のまま、歩くこと十分。

「到着しました」

 ユークリッドは、とある一室の前で立ち止まった。部屋の警備を担当していた騎士たちは、ユークリッドの姿を確認したあと、すぐに扉を開ける。もはや顔パスだ。ロゼは彼に続いて、入室する。そこには、巨大なベッドに腰掛けたダリアがいた。

「リディオ?」

 ダリアが振り返る。シルバーパールの髪がふわりと舞う。彼女の目元には、真っ白な包帯が巻かれている。マウヌによって刺された目は、案の定失明してしまったらしい。

「ダリア様」
「……あら、ごめんなさい。あなただったのね」

 ユークリッドの声が聞こえた直後、謝罪をするダリア。ロゼは、彼女に歩み寄る。ダリアの前に立つと、彼女は気配を察知したのか、パッと勢いよく顔を上げた。

「………………?」

 ダリアは、僅かに怯える。暗闇の世界。光すらもないその場所は、彼女に大きな恐怖を与える。ユークリッドとは言え、ダリアも完全に心を許すことはできないのだろう。
 ロゼは、そっとダリアの目元に触れる。

「え、」

 ダリアが声を発した時、彼女の目元が炎に包み込まれる。温かみのある色味。炎は燃え上がりながら、ダリアの目を癒していく。ロゼとユークリッドは、神々しい光景を静観した。炎は徐々に鎮火されていく。ロゼが手を放すと、残り火は霧散した。
 ダリアがおもむろに、目元を手で押さえた。ロゼは彼女の目を覆う包帯を優しく取り外した。ダリアの目、ロゼの目と同じ色味、アジュライト色の瞳が現れる。窓から射し込む光の眩さに、ダリアは一瞬目を閉じるが、徐々に光にも慣れてきたのか、ゆっくりと開眼した。目元にあったはずの傷は、微塵も残ってはいない。

「なに、これ……どうして……私の目は、見えなくなったはずじゃ……」
「しっかりと見えますか?」
「……ロゼ」

 ダリアの目から、透明の涙が溢れ落ちる。二度と、二度として、叶うことはないと思っていた。娘の顔を見ること。ダリアはあまりの感動から、嗚咽すら出せないでいた。

「ロゼ……」

 涙を流しながら、もう一度、ロゼの名をはっきりと呼ぶ。

「あなたは、魔法が、使えるの……?」
「いいえ」
「なら、なんで、私の目が治ったの?」
「生まれつきの力です。傷を癒すことができる、私だけの力」

 ダリアは瞠若した。今にもそんなもの嘘だと、あるわけがないと叫びそうであるが、ロゼの予想と反してダリアは美しい笑みを浮かべた。

「素晴らしい、力ね」

 ロゼの力を褒めたのだ。視力が戻るという奇跡のような体験をしたのだから、ロゼに不思議な力があることを認めざるを得なかったのだろう。

「あぁ、ロゼ。もっとちゃんと……顔をよく見せて」

 ダリアが手を伸ばす。ロゼは驚きからかそれを避けることができず、立ち竦む。ダリアの両手がロゼの両頬を包み込んだ。温かい手。優しく綺麗な手。母の手だ――。

に、そっくりね」

 ダリアの乾いた唇が衝撃的な言葉を紡いだ。ロゼは目を見張る。

「ごめんね、ロゼ……ごめんね……」

 ダリアは涙を流して、謝罪をし続ける。ロゼは黙り込むことしかできなかった。悲痛が滲む謝罪に対して、どう反応するのが正解なのか、分からなかったから――。頬から直に感じるダリアの温もりに身を委ね、今だけは、ダリアを許そうと思えたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

姉弟遊戯

笹椰かな
恋愛
※男性向け作品です。女性が読むと気分が悪くなる可能性があります。 良(りょう)は、同居している三歳年上の義姉・茉莉(まつり)に恋をしていた。美しく優しい茉莉は手の届かない相手。片想いで終わる恋かと思われたが、幸運にもその恋は成就したのだった。 ◆巨乳で美人な大学生の義姉と、その義弟のシリーズです。 ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/アンティーク パブリックドメイン 画像素材様

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

【完結】金で買ったお飾りの妻 〜名前はツヴァイ 自称詐欺師〜

hazuki.mikado
恋愛
彼女の名前はマリア。 実の父と継母に邪険にされ、売られるように年上の公爵家の当主に嫁ぐことになった伯爵家の嫡女だ。 婿養子だった父親が後妻の連れ子に伯爵家を継がせるために考え出したのが、格上の公爵家に嫡女であるマリアを嫁がせ追い出す事だったのだが・・・ 完結後、マリア視点のお話しを10話アップします(_ _)8/21 12時完結予定

甘い誘惑

さつらぎ結雛
恋愛
幼馴染だった3人がある日突然イケナイ関係に… どんどん深まっていく。 こんなにも身近に甘い罠があったなんて あの日まで思いもしなかった。 3人の関係にライバルも続出。 どんどん甘い誘惑の罠にハマっていく胡桃。 一体この罠から抜け出せる事は出来るのか。 ※だいぶ性描写、R18、R15要素入ります。 自己責任でお願い致します。

R18 ハードデイズ・ハードラックナイト<ワケあり刑事の散々な日の不運な夜>

薊野ざわり
恋愛
 勤めていた会社があえなく倒産し、警察官に転職した三小田。物覚えはいまいち、諸事情から専門スキルも見劣りする、アラサー女子である。  そんな彼女の指導を担当するのは、別の道を極めてそうな神前という強面の男だった。聞くだけならハイスペックな技能と経歴を持つ彼は、同僚を殴って怪我をさせたため懲罰人事で異動してきた、係の問題児らしい。    なんとか神前に殴られず、穏便に研修期間を終えたいと願う三小田に、捜査の応援要請がかかる。  怖い先輩や事件に脅かされ、わりと散々な日々を送るちょっとわけあり転職組捜査官が、ラッキーで事件を解決したり、悩んだり、いちゃいちゃするお話。 性描写ありには■をつけます。 ※残酷描写多め、鬱展開あり。各章始めに前書きで注意をいれてます。 ※ヒロインが怪我したり怖い思いをします。ヒーローがやらかしてる系かつ精神的に子供です。 ※サスペンス要素はおまけです。実際の組織の仕組みや技術とはあらゆるところが乖離していますので、ファンタジーとしてお読みください。近未来設定ですが、がっちりしたSFやサイバーパンクではありません。 このお話はムーンライトノベルズにも完結まで掲載しています。 よろしければ、小話詰め合わせ「フラグメンツ」もどうぞ。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...