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本編
第156話 会いたい人
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悲劇を終えた後日、ロゼはドルトディチェ大公の宮にやって来ていた。
「ドルトディチェ大公より、何人足りともここを通すな、と命令をされております。いくら後継者様であったとしても、通すことはできません」
「聞こえなかったのですか? もう一度言いましょう。お父様を呼んできてください」
「ですから……それはできないと何度も……」
騎士たちと真正面から対峙するロゼ。彼女は、ドルトディチェ大公、正しくはダリアに会いに来たのだ。
先日、前世の最期の悲劇を未然に防ぐことに成功した。フリードリヒが前世と違い、ロゼを助けに来てはくれなかったことなど、微妙に噛み合わない点はあるが、それでもロゼやダリアは無事に死を乗り越えたのだ。
それと同時に、ドルトディチェ大公家を一度滅亡させ、再び復興させるというユークリッドの計画は、失敗に終わってしまった。だが、これが最後ではないのかもしれない。また別の方法を使って、ユークリッドはドルトディチェ大公家を滅亡させるつもりなのだろうか。ところがそれは、ドルトディチェ大公家を存続させる、ジンクスを叶えるというロゼの悲願を達成することにも繋がる。そのためロゼは、次こそ自らの意志で、ダリアが死にゆく場面、ドルトディチェ大公家が滅びゆく光景に対して、傍観を決め込まなければならない。そしてできることなら、ユークリッドが次なる行動を起こす前に、ドルトディチェ大公家を抜け出したいのだが、それは困難を極める。ドルトディチェ大公家から無断で逃亡し、フリードリヒに匿ってもらうのもひとつの手だろう。そう、頭では分かっているのに……心は上手く言うことを聞いてくれはしない。長年抱いてきた悲願、願いは、もはやどうでもいいとまで思ってしまっている。ユークリッドのためなら――とよからぬ思いが脳裏を掠めるのだ。どうせ彼と結ばれないのならいっそのこと、と。だが今は、ダリアに会うことが最優先だ。
強い意志のこもった目で、目の前の騎士を刮目する。湖の如く澄んだ眼に、騎士たちは狼狽えた。
「お父様に……お母様に、会わせてください」
ロゼは一言、そう言った。ろくでなしの母親とは言え、ロゼはダリアを完全に見捨てることはできなかった。後先考えず、助けに行こうとしてしまったのだ。そしてそれは、今も同じ。彼女が負った目の傷を完治させたいと考えている。どうせ彼女が殺されるなら、最期くらいは良い景色を見させてあげたいというものだろう。
騎士たちは顔を見合せて、思い悩む。ちっとも引く気のないロゼに心を突き動かされたらしく、ドルトディチェ大公に掛け合うかどうか、迷っている様子。するとそんな彼らの背後から、ユークリッドとドルトディチェ大公が姿を現した。騎士たちは、道を開けて敬礼をする。
「ロゼ……。テメェなんでここに」
「お父様。お願いがございます」
「……ダリアになら会わせねぇぞ」
ドルトディチェ大公がロゼを激しく威嚇する。鋭い視線に、ロゼは怯まず一歩前へと出た。ストロベリーブロンドの前髪が揺れ、アジュライト色の双眸があらわとなる。薄桃色の唇は優雅に弧を描いていた。
「会わせなくて、良いのですか?」
ロゼの問いかけに、ドルトディチェ大公が眉を顰める。何を考えている、とでも言いたげな顔容だ。彼の背後に控えていたユークリッドは、ロゼの意図を理解して瞠目している。彼にとっては、自分以外に摩訶不思議な力の存在について、打ち明けて欲しくなかったのかもしれないが、今は悠長なことを言っている場合ではない。
「もしかしたら、お母様の目の傷について、お力になれるかもしれません」
続け様に伝える。ドルトディチェ大公は目を大きく見開く。深遠な言葉に対して、彼の心は激しく左右に揺さぶられる。ところが彼は、まだロゼを信じきってはいなかった。
「ダリアが殺されそうになっていても、テメェは傍観していた……。そんなテメェが今になってダリアを助けられるかもしれねぇだと? 笑わせんじゃねぇぞ」
ドルトディチェ大公は、ロゼを睨み据える。どうやら、ロゼは敵として認識されてしまったらしい。ダリアを傷つけられて傷心気味の今の彼に何を言っても無駄なのだろうか。半ば諦念を抱いた時、ユークリッドはドルトディチェ大公から離れ、ロゼを庇うようにして立つ。
「……なんのつもりだ、ユークリッド。ロゼの肩を持つのか?」
「いいえ、父上。肩を持つつもりはありません。しかし、事実は述べさせていただきます。姉上は、ダリア様を助けようとしておられました。実際に父上と俺が王座の間に到着をした際も、彼女はダリア様に駆け寄ろうとしていましたよ。父上はダリア様のことしか見ていなかったかもしれませんが」
死なない程度の微量の毒を混じえながら、ユークリッドは言った。あの場に存在した事実だけを淡々と述べる彼に、ドルトディチェ大公は殺気を抑える。
「チッ……。ユークリッド、案内してやれ」
ドルトディチェ大公が冷たく吐き捨てる。ユークリッドにダリアの元まで案内をさせるとは、ドルトディチェ大公は本当に彼を心から信頼しきっているらしい。裏切られるとも、知らずして。
「ダリアに何かしたら……テメェをぶち殺す」
ロゼに威圧をかけ、ドルトディチェ大公は秘書と騎士と共に、立ち去ったのであった。
「ドルトディチェ大公より、何人足りともここを通すな、と命令をされております。いくら後継者様であったとしても、通すことはできません」
「聞こえなかったのですか? もう一度言いましょう。お父様を呼んできてください」
「ですから……それはできないと何度も……」
騎士たちと真正面から対峙するロゼ。彼女は、ドルトディチェ大公、正しくはダリアに会いに来たのだ。
先日、前世の最期の悲劇を未然に防ぐことに成功した。フリードリヒが前世と違い、ロゼを助けに来てはくれなかったことなど、微妙に噛み合わない点はあるが、それでもロゼやダリアは無事に死を乗り越えたのだ。
それと同時に、ドルトディチェ大公家を一度滅亡させ、再び復興させるというユークリッドの計画は、失敗に終わってしまった。だが、これが最後ではないのかもしれない。また別の方法を使って、ユークリッドはドルトディチェ大公家を滅亡させるつもりなのだろうか。ところがそれは、ドルトディチェ大公家を存続させる、ジンクスを叶えるというロゼの悲願を達成することにも繋がる。そのためロゼは、次こそ自らの意志で、ダリアが死にゆく場面、ドルトディチェ大公家が滅びゆく光景に対して、傍観を決め込まなければならない。そしてできることなら、ユークリッドが次なる行動を起こす前に、ドルトディチェ大公家を抜け出したいのだが、それは困難を極める。ドルトディチェ大公家から無断で逃亡し、フリードリヒに匿ってもらうのもひとつの手だろう。そう、頭では分かっているのに……心は上手く言うことを聞いてくれはしない。長年抱いてきた悲願、願いは、もはやどうでもいいとまで思ってしまっている。ユークリッドのためなら――とよからぬ思いが脳裏を掠めるのだ。どうせ彼と結ばれないのならいっそのこと、と。だが今は、ダリアに会うことが最優先だ。
強い意志のこもった目で、目の前の騎士を刮目する。湖の如く澄んだ眼に、騎士たちは狼狽えた。
「お父様に……お母様に、会わせてください」
ロゼは一言、そう言った。ろくでなしの母親とは言え、ロゼはダリアを完全に見捨てることはできなかった。後先考えず、助けに行こうとしてしまったのだ。そしてそれは、今も同じ。彼女が負った目の傷を完治させたいと考えている。どうせ彼女が殺されるなら、最期くらいは良い景色を見させてあげたいというものだろう。
騎士たちは顔を見合せて、思い悩む。ちっとも引く気のないロゼに心を突き動かされたらしく、ドルトディチェ大公に掛け合うかどうか、迷っている様子。するとそんな彼らの背後から、ユークリッドとドルトディチェ大公が姿を現した。騎士たちは、道を開けて敬礼をする。
「ロゼ……。テメェなんでここに」
「お父様。お願いがございます」
「……ダリアになら会わせねぇぞ」
ドルトディチェ大公がロゼを激しく威嚇する。鋭い視線に、ロゼは怯まず一歩前へと出た。ストロベリーブロンドの前髪が揺れ、アジュライト色の双眸があらわとなる。薄桃色の唇は優雅に弧を描いていた。
「会わせなくて、良いのですか?」
ロゼの問いかけに、ドルトディチェ大公が眉を顰める。何を考えている、とでも言いたげな顔容だ。彼の背後に控えていたユークリッドは、ロゼの意図を理解して瞠目している。彼にとっては、自分以外に摩訶不思議な力の存在について、打ち明けて欲しくなかったのかもしれないが、今は悠長なことを言っている場合ではない。
「もしかしたら、お母様の目の傷について、お力になれるかもしれません」
続け様に伝える。ドルトディチェ大公は目を大きく見開く。深遠な言葉に対して、彼の心は激しく左右に揺さぶられる。ところが彼は、まだロゼを信じきってはいなかった。
「ダリアが殺されそうになっていても、テメェは傍観していた……。そんなテメェが今になってダリアを助けられるかもしれねぇだと? 笑わせんじゃねぇぞ」
ドルトディチェ大公は、ロゼを睨み据える。どうやら、ロゼは敵として認識されてしまったらしい。ダリアを傷つけられて傷心気味の今の彼に何を言っても無駄なのだろうか。半ば諦念を抱いた時、ユークリッドはドルトディチェ大公から離れ、ロゼを庇うようにして立つ。
「……なんのつもりだ、ユークリッド。ロゼの肩を持つのか?」
「いいえ、父上。肩を持つつもりはありません。しかし、事実は述べさせていただきます。姉上は、ダリア様を助けようとしておられました。実際に父上と俺が王座の間に到着をした際も、彼女はダリア様に駆け寄ろうとしていましたよ。父上はダリア様のことしか見ていなかったかもしれませんが」
死なない程度の微量の毒を混じえながら、ユークリッドは言った。あの場に存在した事実だけを淡々と述べる彼に、ドルトディチェ大公は殺気を抑える。
「チッ……。ユークリッド、案内してやれ」
ドルトディチェ大公が冷たく吐き捨てる。ユークリッドにダリアの元まで案内をさせるとは、ドルトディチェ大公は本当に彼を心から信頼しきっているらしい。裏切られるとも、知らずして。
「ダリアに何かしたら……テメェをぶち殺す」
ロゼに威圧をかけ、ドルトディチェ大公は秘書と騎士と共に、立ち去ったのであった。
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