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本編
第155話 悲劇は終わる
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「よお、クソ息子共」
大剣を手にしたドルトディチェ大公が信じられない量の殺気を放って立っていた。彼はロゼを押し退けて、王座の間に入る。ロゼの隣を、ドルトディチェ大公とユークリッドが通り過ぎていく。
(なぜ……どうして、ユークリッドがここに……)
ロゼはユークリッドの横顔を注視する。ブラッドレッドの瞳と視線がかち合うが、先に視線を逸らしたのはユークリッドだった。ロゼは、彼の後ろ姿を見送る。
ユークリッドは今、ドルトディチェ大公が一族を蹂躙する舞台である王座の間にいる。マウヌとオーロラにダリアを殺させ、ドルトディチェ大公に大公家を滅ぼさせると共に自害をさせて、高みの見物を決め込む予定ではなかったのか。ユークリッドはこの場で、この場において、自身が大公の座を手に入れる瞬間を目撃しようとしているのだろうか。前世では、フリードリヒがロゼを助けに来てくれるのだが、今世でもそれが変わっていないのであれば、ユークリッドと対立する未来が完成してしまう可能性がある。ロゼは、想像していたものとは明らかに違う現状に、背筋が凍りつく思いをする。逃げなければならないのに、足が動かない。両目を潰され藻掻き苦しむダリアを放置して、逃げられるのか。ロゼは、恐怖で足が竦んでしまっていた。現状は、そんな彼女を置いてきぼりにする。
「ようやく来ましたね、父上」
マウヌは、ダリアの首元にさらに剣を食い込ませてそう言った。
「ダリアに手を出しやがって、この命知らずが。テメェの目的はなんだ」
ドルトディチェ大公は殺気を放ちながらも、なんとか落ち着きを払う。両目を潰されたダリアを目に入れているはずだが、彼女が死んでいない、治癒する方法はあると踏んだのか、まだ冷静だ。
「僕の目的? 本当に、分からないんですか?」
「……分からねぇな。クソな息子が考えることなんぞ、オレが分かるわけねぇだろうがよ」
ドルトディチェ大公の言葉に、マウヌが眉尻を吊り上げて睨みつけた。その瞳には、言い表しようのない憤懣が宿されていた。
「僕の姉を……姉さんを……あなたは、殺した」
「あ?」
「アリエッタ・リ・リーネ・ドルトディチェ。ドルトディチェ大公家三女。僅か7歳で、あなたにより殺された、僕の実姉だ……!」
マウヌが剣の柄を握る手に力を込める。ドルトディチェ大公は、首の後ろを掻き毟ると、あっけらかんと言い放った。
「…………あ~、いたな、そんな娘も」
マウヌの実姉、享年7歳で亡くなった三女アリエッタ・リ・リーネ・ドルトディチェ。もちろんロゼは会ったことはないが、マウヌからしたら彼女は大切な家族だったのだろう。しかしドルトディチェ大公にとっては、その程度の存在であったのだ。惨たらしい事実を目の前にして、マウヌは眦を決する。
「人の、人の大事な家族を殺しておいてっ!!! そんな態度を取るとは、あなたはもはや人間じゃないっ!!! 化けの皮を被った悪魔だ!!!」
マウヌが唾を吐き散らしながら、ダリアの首元を切りつけた。
「ぐっ、う……」
ダリアが苦しさに悶える。彼女の首元から、鮮血が流れた。次の瞬間のことであった。一瞬のうちに、マウヌの腕が飛来したのだ。無様なまでに、宙を舞い、虚しく地面へと落下する腕。マウヌは自身の一部であった物を見つめる。ドルトディチェ大公は、大剣に付着した血を払い飛ばし、ダリアを抱き留める。
「……リディオ……?」
「もう大丈夫だ、ダリア」
ドルトディチェ大公は、ダリアの頭にキスを落とした。ダリアは彼に縋りつく。感動の再会を果たすふたりの傍ら、腕を飛ばされたマウヌは、緩徐に後退りを始める。
「ぐ、ぁぁぁああああああっ!!!!!」
マウヌは絶叫を上げながら、その場で蹲る。いくら騎士よりは強いとは言え、悲劇の時代を勝ち抜き、数多もの人間を殺してきたドルトディチェ大公には、遠く及ばない。雲泥の差だ。
「無様な男だ、マウヌ。仲良し家族ごっこがしてぇならほかを当たれ。ここは実力主義。強いヤツが、誰よりも血の繋がった人間を殺すヤツが、トップに立つ。ドルトディチェ大公家に生まれていながらも、テメェはそれを忘れたのか、あ?」
ドルトディチェ大公がマウヌに剣を向けた。マウヌの傍らに立っていたオーロラは震えて、激しく尻餅をついてしまった。
「愛する人間を作ることは、何よりの弱点だ。だが時としてそれは、何よりの動機となり、天災よりも強き力を呼び寄せる。テメェの場合は、残念ながら前者だな」
ドルトディチェ大公は眉間に皺を寄せたあと、背後の騎士たちに「捕らえろ」と命令を下す。騎士たちが一斉に動き出し、マウヌとオーロラを即座に捕らえた。
「オーロラ。生き残りたかったのなら、つく側の人間を考えるべきだったな」
「……クソ喰らえよっ! こんな家、こんな一族、全員呪われて死ねばいい!!!」
オーロラは行き場のない思いを、ドルトディチェ大公に向かって悲痛に伝えた。
(もう、呪われているわよ)
ロゼはそう思った。神獣アウリウスの呪いを解かない限り、ドルトディチェ大公家に幸せは訪れない。一時の安寧は約束されたとしてもいずれまた、悲劇は……繰り返される――。
マウヌとオーロラは捕らえられ、前世のような悲劇は未然に防ぐことができた。だがしかし、ダリアを殺させて、ドルトディチェ大公を狂わせるというユークリッドの作戦は上手くいかず、そしてフリードリヒも前世と同様にロゼを助けに来ることはなかったのであった。
ロゼは大きく嘆息をつく。そんな彼女の近く、佇むユークリッドはひとり、安堵の息を漏らしながらも、眉間に皺を刻み込み、物思いに耽っている様子であった。ダリアを殺せなかった、ドルトディチェ大公を狂わせることができなかった、また別の方法を見つけなければならない。そんなことは、考えていない表情。言い表すならば何がふさわしいか、そう、例えば……。これで本当に終わりなのか? とでも言いたげな顔をしていたのであった。
大剣を手にしたドルトディチェ大公が信じられない量の殺気を放って立っていた。彼はロゼを押し退けて、王座の間に入る。ロゼの隣を、ドルトディチェ大公とユークリッドが通り過ぎていく。
(なぜ……どうして、ユークリッドがここに……)
ロゼはユークリッドの横顔を注視する。ブラッドレッドの瞳と視線がかち合うが、先に視線を逸らしたのはユークリッドだった。ロゼは、彼の後ろ姿を見送る。
ユークリッドは今、ドルトディチェ大公が一族を蹂躙する舞台である王座の間にいる。マウヌとオーロラにダリアを殺させ、ドルトディチェ大公に大公家を滅ぼさせると共に自害をさせて、高みの見物を決め込む予定ではなかったのか。ユークリッドはこの場で、この場において、自身が大公の座を手に入れる瞬間を目撃しようとしているのだろうか。前世では、フリードリヒがロゼを助けに来てくれるのだが、今世でもそれが変わっていないのであれば、ユークリッドと対立する未来が完成してしまう可能性がある。ロゼは、想像していたものとは明らかに違う現状に、背筋が凍りつく思いをする。逃げなければならないのに、足が動かない。両目を潰され藻掻き苦しむダリアを放置して、逃げられるのか。ロゼは、恐怖で足が竦んでしまっていた。現状は、そんな彼女を置いてきぼりにする。
「ようやく来ましたね、父上」
マウヌは、ダリアの首元にさらに剣を食い込ませてそう言った。
「ダリアに手を出しやがって、この命知らずが。テメェの目的はなんだ」
ドルトディチェ大公は殺気を放ちながらも、なんとか落ち着きを払う。両目を潰されたダリアを目に入れているはずだが、彼女が死んでいない、治癒する方法はあると踏んだのか、まだ冷静だ。
「僕の目的? 本当に、分からないんですか?」
「……分からねぇな。クソな息子が考えることなんぞ、オレが分かるわけねぇだろうがよ」
ドルトディチェ大公の言葉に、マウヌが眉尻を吊り上げて睨みつけた。その瞳には、言い表しようのない憤懣が宿されていた。
「僕の姉を……姉さんを……あなたは、殺した」
「あ?」
「アリエッタ・リ・リーネ・ドルトディチェ。ドルトディチェ大公家三女。僅か7歳で、あなたにより殺された、僕の実姉だ……!」
マウヌが剣の柄を握る手に力を込める。ドルトディチェ大公は、首の後ろを掻き毟ると、あっけらかんと言い放った。
「…………あ~、いたな、そんな娘も」
マウヌの実姉、享年7歳で亡くなった三女アリエッタ・リ・リーネ・ドルトディチェ。もちろんロゼは会ったことはないが、マウヌからしたら彼女は大切な家族だったのだろう。しかしドルトディチェ大公にとっては、その程度の存在であったのだ。惨たらしい事実を目の前にして、マウヌは眦を決する。
「人の、人の大事な家族を殺しておいてっ!!! そんな態度を取るとは、あなたはもはや人間じゃないっ!!! 化けの皮を被った悪魔だ!!!」
マウヌが唾を吐き散らしながら、ダリアの首元を切りつけた。
「ぐっ、う……」
ダリアが苦しさに悶える。彼女の首元から、鮮血が流れた。次の瞬間のことであった。一瞬のうちに、マウヌの腕が飛来したのだ。無様なまでに、宙を舞い、虚しく地面へと落下する腕。マウヌは自身の一部であった物を見つめる。ドルトディチェ大公は、大剣に付着した血を払い飛ばし、ダリアを抱き留める。
「……リディオ……?」
「もう大丈夫だ、ダリア」
ドルトディチェ大公は、ダリアの頭にキスを落とした。ダリアは彼に縋りつく。感動の再会を果たすふたりの傍ら、腕を飛ばされたマウヌは、緩徐に後退りを始める。
「ぐ、ぁぁぁああああああっ!!!!!」
マウヌは絶叫を上げながら、その場で蹲る。いくら騎士よりは強いとは言え、悲劇の時代を勝ち抜き、数多もの人間を殺してきたドルトディチェ大公には、遠く及ばない。雲泥の差だ。
「無様な男だ、マウヌ。仲良し家族ごっこがしてぇならほかを当たれ。ここは実力主義。強いヤツが、誰よりも血の繋がった人間を殺すヤツが、トップに立つ。ドルトディチェ大公家に生まれていながらも、テメェはそれを忘れたのか、あ?」
ドルトディチェ大公がマウヌに剣を向けた。マウヌの傍らに立っていたオーロラは震えて、激しく尻餅をついてしまった。
「愛する人間を作ることは、何よりの弱点だ。だが時としてそれは、何よりの動機となり、天災よりも強き力を呼び寄せる。テメェの場合は、残念ながら前者だな」
ドルトディチェ大公は眉間に皺を寄せたあと、背後の騎士たちに「捕らえろ」と命令を下す。騎士たちが一斉に動き出し、マウヌとオーロラを即座に捕らえた。
「オーロラ。生き残りたかったのなら、つく側の人間を考えるべきだったな」
「……クソ喰らえよっ! こんな家、こんな一族、全員呪われて死ねばいい!!!」
オーロラは行き場のない思いを、ドルトディチェ大公に向かって悲痛に伝えた。
(もう、呪われているわよ)
ロゼはそう思った。神獣アウリウスの呪いを解かない限り、ドルトディチェ大公家に幸せは訪れない。一時の安寧は約束されたとしてもいずれまた、悲劇は……繰り返される――。
マウヌとオーロラは捕らえられ、前世のような悲劇は未然に防ぐことができた。だがしかし、ダリアを殺させて、ドルトディチェ大公を狂わせるというユークリッドの作戦は上手くいかず、そしてフリードリヒも前世と同様にロゼを助けに来ることはなかったのであった。
ロゼは大きく嘆息をつく。そんな彼女の近く、佇むユークリッドはひとり、安堵の息を漏らしながらも、眉間に皺を刻み込み、物思いに耽っている様子であった。ダリアを殺せなかった、ドルトディチェ大公を狂わせることができなかった、また別の方法を見つけなければならない。そんなことは、考えていない表情。言い表すならば何がふさわしいか、そう、例えば……。これで本当に終わりなのか? とでも言いたげな顔をしていたのであった。
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