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本編
第153話 石碑
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ロゼは目的地であるユーラルアの墓までやって来た。彼女の墓は、代々のドルトディチェ大公家の一族が眠る高台の墓地にある。リエッタから受け取った花をそっと墓へと手向ける。そして、手を合わせた。脳裏に浮かぶのは、ユーラルアの笑顔でもなく意地悪な過去でもない、死に顔だった。最期は、何を思って死んでいったのだろうか。ロゼの身を案じたのか。ユークリッドを恨んだのか。彼の味方についたことを呪ったのか。ユーラルア亡き今となっては、もうそれは、分からぬこと。
「ユーラルアお姉様。ごめんなさい」
謝罪を口にする。返答は、もちろんない。ロゼを守るために、ユーラルアはわざわざ戦の中に飛び込んでいった。彼女の意志とは言え、ロゼは後味の悪い思いをしている。いつの間にか、ユーラルアという人間は、ロゼの中で大きな存在となっていた。今、彼女がいてくれたら、どれほど心強かっただろう。叶うはずもないが、願わずにはいられない。
ロゼは手を合わせるのをやめて、ゆっくりと瞳を開ける。雪風が吹き、彼女の髪を揺らした。ユーラルアに頭を撫でられているような気分に陥ったロゼは、静かに涙を流す。
「ありがとうございます、お姉様」
そっと、礼を言う。ユーラルアに、ロゼの祈りが届いていることを願って。
ロゼは踵を返す。
「行きましょう、リエッタ」
「はい、お嬢様」
リエッタと騎士と共に、ロゼは墓地に背を向ける。ユーラルアの墓の前に手向けられた花は、風になびいていた。
墓地から帰る途中、大公城の庭園を通る。冬だと言うのに、満開に咲き誇る不思議な花々を見つめる。大公城の庭園は、茫々とした広さだ。入り組んだ迷路になっている。
なんだか気分転換をしたくなったロゼは、リエッタと騎士のほうを向く。
「先に帰ってもらってもいいかしら」
「……お嬢様、それは」
「大丈夫。少しひとりでいたい気分なの」
そう伝えると、リエッタと騎士は顔を見合せて頷いた。直系はユークリッドとロゼのみ。ロゼの命を白昼堂々、虎視眈々と狙う者は、いないはずだ。ひとりになったロゼは、庭園を彷徨う。花々の輝きと清廉さに導かれるがまま、庭園を散歩する。
ロゼにも悲願があるように、ユークリッドにも願いがあった。ロゼの憶測にしか過ぎないため、実際のところはどうか不明だ。だが本当に、ユークリッドがドルトディチェ大公家の新たな平和、新しい未来のために大公になりたいと考えているのなら、その礎に埋まってもいいと思ってしまった。ドルトディチェ大公家を存続させるというロゼの悲願は、ユークリッドに受け継がれることとなるのだから。どうすることが、正解なのだろうか。
『最後の最後は、俺を選ぶことになるでしょう』
ユークリッドは以前、そう言っていた。選ぶとは、そういうことなのか。ユークリッドを選び、彼が築く新たな歴史の糧となるのか。それとも、フリードリヒとなんとしてでも結婚をしてユークリッドを見捨てるのか。最善の選択は、どちらなのか分からない。ただ感情論だけで唱えるのならば、ロゼはユークリッドの手を取ろうとしてしまっている。ジルに宮を襲撃され、ユーラルアが亡くなったあの日、様々な葛藤に押し潰されそうになった。勝手にユークリッドに期待をして、勝手に幻滅をして……。フリードリヒのものとなり、ドルトディチェ大公家を出ていきたいと気持ちを新たにしたのに、時が経つに連れ、そして冷静になるに連れて、ロゼはドルトディチェ大公家を出ていくという思いを殺しそうになっている。
「はぁ……」
ロゼは大きく溜息をついた時、ふと顔に影がかかる。上を見上げると、そこには大きな石碑が佇んでいた。それを見て息を呑む。その石碑には、ジンクスが記してある。
「これ、は……」
ロゼはその石碑に惹かれるがまま、足を進める。
「ドルトディチェ大公一族に神獣の愛が降り注ぎし時、呪いは解け、一族はさらなる進化を遂げる」
刻まれた文字を読み上げて、石碑に触れた瞬間――。突如として、体から炎が湧き出た。悲鳴を上げる暇もなく目の前に浮かんだのは、会合を行っている塔、そして炎の鳥を抱いた女神が描かれた時計の情景だった。
「今、のは」
頭の中で何者かが語りかけてくる。
『塔に向かえ。全ての真相はそこにある』
ジンクスを叶える手立てが会合を行う塔にある。ジンクスの真相は不明。貴重な書物が揃う図書館にもジンクスの詳細は記されておらず、人々の記憶から薄れているというのに、塔になんらかのヒントが隠されているのだろうか。その直後、リエッタと騎士たちがロゼを探しに走ってきた。
「やっと、やっと見つけたっ!」
「リエッタ……?」
「早く来てくださいっ!!!」
珍しく焦っているリエッタにそう言われ、ロゼは瞠目する。しばらく動けずにいると、痺れを切らしたリエッタが叫んだ。
「ダリア様が襲撃されましたっ!!!」
「ユーラルアお姉様。ごめんなさい」
謝罪を口にする。返答は、もちろんない。ロゼを守るために、ユーラルアはわざわざ戦の中に飛び込んでいった。彼女の意志とは言え、ロゼは後味の悪い思いをしている。いつの間にか、ユーラルアという人間は、ロゼの中で大きな存在となっていた。今、彼女がいてくれたら、どれほど心強かっただろう。叶うはずもないが、願わずにはいられない。
ロゼは手を合わせるのをやめて、ゆっくりと瞳を開ける。雪風が吹き、彼女の髪を揺らした。ユーラルアに頭を撫でられているような気分に陥ったロゼは、静かに涙を流す。
「ありがとうございます、お姉様」
そっと、礼を言う。ユーラルアに、ロゼの祈りが届いていることを願って。
ロゼは踵を返す。
「行きましょう、リエッタ」
「はい、お嬢様」
リエッタと騎士と共に、ロゼは墓地に背を向ける。ユーラルアの墓の前に手向けられた花は、風になびいていた。
墓地から帰る途中、大公城の庭園を通る。冬だと言うのに、満開に咲き誇る不思議な花々を見つめる。大公城の庭園は、茫々とした広さだ。入り組んだ迷路になっている。
なんだか気分転換をしたくなったロゼは、リエッタと騎士のほうを向く。
「先に帰ってもらってもいいかしら」
「……お嬢様、それは」
「大丈夫。少しひとりでいたい気分なの」
そう伝えると、リエッタと騎士は顔を見合せて頷いた。直系はユークリッドとロゼのみ。ロゼの命を白昼堂々、虎視眈々と狙う者は、いないはずだ。ひとりになったロゼは、庭園を彷徨う。花々の輝きと清廉さに導かれるがまま、庭園を散歩する。
ロゼにも悲願があるように、ユークリッドにも願いがあった。ロゼの憶測にしか過ぎないため、実際のところはどうか不明だ。だが本当に、ユークリッドがドルトディチェ大公家の新たな平和、新しい未来のために大公になりたいと考えているのなら、その礎に埋まってもいいと思ってしまった。ドルトディチェ大公家を存続させるというロゼの悲願は、ユークリッドに受け継がれることとなるのだから。どうすることが、正解なのだろうか。
『最後の最後は、俺を選ぶことになるでしょう』
ユークリッドは以前、そう言っていた。選ぶとは、そういうことなのか。ユークリッドを選び、彼が築く新たな歴史の糧となるのか。それとも、フリードリヒとなんとしてでも結婚をしてユークリッドを見捨てるのか。最善の選択は、どちらなのか分からない。ただ感情論だけで唱えるのならば、ロゼはユークリッドの手を取ろうとしてしまっている。ジルに宮を襲撃され、ユーラルアが亡くなったあの日、様々な葛藤に押し潰されそうになった。勝手にユークリッドに期待をして、勝手に幻滅をして……。フリードリヒのものとなり、ドルトディチェ大公家を出ていきたいと気持ちを新たにしたのに、時が経つに連れ、そして冷静になるに連れて、ロゼはドルトディチェ大公家を出ていくという思いを殺しそうになっている。
「はぁ……」
ロゼは大きく溜息をついた時、ふと顔に影がかかる。上を見上げると、そこには大きな石碑が佇んでいた。それを見て息を呑む。その石碑には、ジンクスが記してある。
「これ、は……」
ロゼはその石碑に惹かれるがまま、足を進める。
「ドルトディチェ大公一族に神獣の愛が降り注ぎし時、呪いは解け、一族はさらなる進化を遂げる」
刻まれた文字を読み上げて、石碑に触れた瞬間――。突如として、体から炎が湧き出た。悲鳴を上げる暇もなく目の前に浮かんだのは、会合を行っている塔、そして炎の鳥を抱いた女神が描かれた時計の情景だった。
「今、のは」
頭の中で何者かが語りかけてくる。
『塔に向かえ。全ての真相はそこにある』
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「やっと、やっと見つけたっ!」
「リエッタ……?」
「早く来てくださいっ!!!」
珍しく焦っているリエッタにそう言われ、ロゼは瞠目する。しばらく動けずにいると、痺れを切らしたリエッタが叫んだ。
「ダリア様が襲撃されましたっ!!!」
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