上 下
154 / 183
本編

第153話 石碑

しおりを挟む
 ロゼは目的地であるユーラルアの墓までやって来た。彼女の墓は、代々のドルトディチェ大公家の一族が眠る高台の墓地にある。リエッタから受け取った花をそっと墓へと手向ける。そして、手を合わせた。脳裏に浮かぶのは、ユーラルアの笑顔でもなく意地悪な過去でもない、死に顔だった。最期は、何を思って死んでいったのだろうか。ロゼの身を案じたのか。ユークリッドを恨んだのか。彼の味方についたことを呪ったのか。ユーラルア亡き今となっては、もうそれは、分からぬこと。

「ユーラルアお姉様。ごめんなさい」

 謝罪を口にする。返答は、もちろんない。ロゼを守るために、ユーラルアはわざわざ戦の中に飛び込んでいった。彼女の意志とは言え、ロゼは後味の悪い思いをしている。いつの間にか、ユーラルアという人間は、ロゼの中で大きな存在となっていた。今、彼女がいてくれたら、どれほど心強かっただろう。叶うはずもないが、願わずにはいられない。
 ロゼは手を合わせるのをやめて、ゆっくりと瞳を開ける。雪風が吹き、彼女の髪を揺らした。ユーラルアに頭を撫でられているような気分に陥ったロゼは、静かに涙を流す。

「ありがとうございます、お姉様」

 そっと、礼を言う。ユーラルアに、ロゼの祈りが届いていることを願って。
 ロゼは踵を返す。

「行きましょう、リエッタ」
「はい、お嬢様」

 リエッタと騎士と共に、ロゼは墓地に背を向ける。ユーラルアの墓の前に手向けられた花は、風になびいていた。


 墓地から帰る途中、大公城の庭園を通る。冬だと言うのに、満開に咲き誇る不思議な花々を見つめる。大公城の庭園は、茫々とした広さだ。入り組んだ迷路になっている。
 なんだか気分転換をしたくなったロゼは、リエッタと騎士のほうを向く。

「先に帰ってもらってもいいかしら」
「……お嬢様、それは」
「大丈夫。少しひとりでいたい気分なの」

 そう伝えると、リエッタと騎士は顔を見合せて頷いた。直系はユークリッドとロゼのみ。ロゼの命を白昼堂々、虎視眈々と狙う者は、いないはずだ。ひとりになったロゼは、庭園を彷徨う。花々の輝きと清廉さに導かれるがまま、庭園を散歩する。
 ロゼにも悲願があるように、ユークリッドにも願いがあった。ロゼの憶測にしか過ぎないため、実際のところはどうか不明だ。だが本当に、ユークリッドがドルトディチェ大公家の新たな平和、新しい未来のために大公になりたいと考えているのなら、その礎に埋まってもいいと思ってしまった。ドルトディチェ大公家を存続させるというロゼの悲願は、ユークリッドに受け継がれることとなるのだから。どうすることが、正解なのだろうか。

『最後の最後は、俺を選ぶことになるでしょう』

 ユークリッドは以前、そう言っていた。選ぶとは、そういうことなのか。ユークリッドを選び、彼が築く新たな歴史の糧となるのか。それとも、フリードリヒとなんとしてでも結婚をしてユークリッドを見捨てるのか。最善の選択は、どちらなのか分からない。ただ感情論だけで唱えるのならば、ロゼはユークリッドの手を取ろうとしてしまっている。ジルに宮を襲撃され、ユーラルアが亡くなったあの日、様々な葛藤に押し潰されそうになった。勝手にユークリッドに期待をして、勝手に幻滅をして……。フリードリヒのものとなり、ドルトディチェ大公家を出ていきたいと気持ちを新たにしたのに、時が経つに連れ、そして冷静になるに連れて、ロゼはドルトディチェ大公家を出ていくという思いを殺しそうになっている。

「はぁ……」

 ロゼは大きく溜息をついた時、ふと顔に影がかかる。上を見上げると、そこには大きな石碑が佇んでいた。それを見て息を呑む。その石碑には、ジンクスが記してある。

「これ、は……」

 ロゼはその石碑に惹かれるがまま、足を進める。

「ドルトディチェ大公一族に神獣の愛が降り注ぎし時、呪いは解け、一族はさらなる進化を遂げる」

 刻まれた文字を読み上げて、石碑に触れた瞬間――。突如として、体から炎が湧き出た。悲鳴を上げる暇もなく目の前に浮かんだのは、会合を行っている塔、そして炎の鳥を抱いた女神が描かれた時計の情景だった。

「今、のは」

 頭の中で何者かが語りかけてくる。

『塔に向かえ。全ての真相はそこにある』

 ジンクスを叶える手立てが会合を行う塔にある。ジンクスの真相は不明。貴重な書物が揃う図書館にもジンクスの詳細は記されておらず、人々の記憶から薄れているというのに、塔になんらかのヒントが隠されているのだろうか。その直後、リエッタと騎士たちがロゼを探しに走ってきた。

「やっと、やっと見つけたっ!」
「リエッタ……?」
「早く来てくださいっ!!!」

 珍しく焦っているリエッタにそう言われ、ロゼは瞠目する。しばらく動けずにいると、痺れを切らしたリエッタが叫んだ。

「ダリア様が襲撃されましたっ!!!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぼくは悪のもふもふ、略して悪もふ!! 〜今日もみんなを怖がらせちゃうぞ!!〜

ありぽん
ファンタジー
恐ろしい魔獣達が住む森の中。 その森に住むブラックタイガー(黒い虎のような魔獣)の家族に、新しい家族が加わった。 名前はノエル。 彼は他のブラックタイガーの子供達よりも小さく、 家族はハラハラしながら子育てをしていたが。 家族の心配をよそに、家族に守られ愛され育ったノエルは、 小さいものの、元気に成長し3歳に。 そんなノエルが今頑張っていることは? 強く恐ろしいと人間達が困らせ怖がらせる、お父さんお母さんそして兄のような、かっこいいブラックタイガーになること。 かっこいいブラックタイガーになるため、今日もノエルは修行に励む? 『どうだ!! こわいだろう!! ぼくはあくなんだぞ!! あくのもふもふ、あくもふなんだぞ!!』

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

私は記憶を2度失った?

しゃーりん
恋愛
街で娘と買い物をしていると、知らない男にいきなり頬を叩かれた。 どうやら私の婚約者だったらしいけど、私は2年間記憶を失っているためわからない。 勝手に罵って去って行った男に聞きたかったのに。「私は誰ですか?」って。 少しして、私が誰かを知る人たちが迎えに来た。伯爵令嬢だった。 伯爵家を訪れた直後に妊娠していることが判明した。え?身に覚えはないのに? 失った記憶に何度も悩まされる令嬢のお話です。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

貴方の子どもじゃありません

初瀬 叶
恋愛
あぁ……どうしてこんなことになってしまったんだろう。 私は眠っている男性を起こさない様に、そっと寝台を降りた。 私が着ていたお仕着せは、乱暴に脱がされたせいでボタンは千切れ、エプロンも破れていた。 私は仕方なくそのお仕着せに袖を通すと、止められなくなったシャツの前を握りしめる様にした。 そして、部屋の扉にそっと手を掛ける。 ドアノブは回る。いつの間にか 鍵は開いていたみたいだ。 私は最後に後ろを振り返った。そこには裸で眠っている男性の胸が上下している事が確認出来る。深い眠りについている様だ。 外はまだ夜中。月明かりだけが差し込むこの部屋は薄暗い。男性の顔ははっきりとは確認出来なかった。 ※ 私の頭の中の異世界のお話です ※相変わらずのゆるゆるふわふわ設定です。ご了承下さい ※直接的な性描写等はありませんが、その行為を匂わせる言葉を使う場合があります。苦手な方はそっと閉じて下さると、自衛になるかと思います ※誤字脱字がちりばめられている可能性を否定出来ません。広い心で読んでいただけるとありがたいです

Wヒロインの乙女ゲームの元ライバルキャラに転生したけれど、ヤンデレにタゲられました。

舘野寧依
恋愛
ヤンデレさんにストーカーされていた女子高生の月穂はある日トラックにひかれてしまう。 そんな前世の記憶を思い出したのは、十七歳、女神選定試験が開始されるまさにその時だった。 そこでは月穂は大貴族のお嬢様、クリスティアナ・ド・セレスティアと呼ばれていた。 それは月穂がよくプレイしていた乙女ゲーのライバルキャラ(デフォルト)の名だった。 なぜか魔術師様との親密度と愛情度がグラフで視界に現れるし、どうやらここは『女神育成~魔術師様とご一緒に~』の世界らしい。 まあそれはいいとして、最悪なことにあのヤンデレさんが一緒に転生していて告白されました。 そしてまた、新たに別のヤンデレさんが誕生して見事にタゲられてしまい……。 そんな過剰な愛はいらないので、お願いですから普通に恋愛させてください。

処理中です...