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本編
第150話 愛は貪欲に
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フリードリヒは目を覚ます。赤色の睫毛が震えて、タンザナイト色の双眸があらわとなる。部屋は、暗い。深夜だ。朝ではないため、まだまだ眠れる時間。そんな彼の隣には、規則正しい寝息を立てるロゼがいた。余程熟睡しているのか、まったく起きる気配はない。彼女の髪に手を差し込み、優しく梳く。さらさらと指の隙間からこぼれ落ちていく髪の感触が気持ちがいい。
間でふたりダンスを踊ったあと、フリードリヒはロゼを抱いた。彼女と体を繋げるのは、これで二度目だ。それなのに、彼女に触れると感じたことのない安心感と優越感に浸ることができる。ロゼに愛されていなくとも、彼女は自分のものなのだ、と。だがそれは、一時的な安堵感にしか過ぎない。いくら甘いキスをしようと、愛情と熱を持った手でロゼの体に触れようと、彼女がそれを許してくれようとも、フリードリヒが心からの安らぎを手に入れることはできない。フリードリヒが最も欲しいロゼの心は、ほかの男のものなのだから。ロゼが自分を愛してくれる日が来れば、いいのに――。
フリードリヒはロゼの額に指先で触れる。そして前髪を払い、剥き出しになった額に唇を落とした。その次は、目元、頬、唇、顎、首と順番にキスをしていく。ロゼは情事の疲労からか、深く眠りについている。そんな彼女の頬を包み込み、真正面から見つめた。
「愛してる」
君が僕を愛してくれなくても。
「ずっと、愛しているよ」
君を手に入れる。
「ロゼ、絶対に君を、守るよ」
僕だけのものに――。
フリードリヒはロゼの手首に、キスをする。どれほどロゼを想っていたとしても、彼女の心が自分に向くことはない。ロゼはいつだって、ユークリッドを想っている。だが彼女がユークリッドと結ばれる日は来ない。なぜならば、フリードリヒがそれを邪魔するからだ。ユークリッドやドルトディチェ大公、そしてダリアといった、ロゼを蔑ろにして苦しめる人間から、ロゼを守るために。これは、正義だ。フリードリヒが高々と掲げた、紛れもない正義なのだ。
フリードリヒは幼き頃から全てを手にした人間だった。ルティレータ皇帝に古くより仕えてきた歴史あるメルドレール公爵家に嫡男として生まれ、優しく気高い父と美しい母、そして可愛い妹にも恵まれた。両親が亡くなった時には、それはもう悲しさに塗れたが、それでも強く在れたのは、妹の存在や支えてくれたルークがいたからだ。そして、若くしてメルドレール公爵家の当主となり、剣の腕にもより一層磨きをかけた。類稀なる剣の才能と常人では遥かに及ばぬ努力量により、いつしかルティレータ帝国最強の騎士と呼ばれるほどになっていた。公爵としての地位も、剣の腕も、フリードリヒは全てを手に入れたのだ。他家に嫁ぐ妹を見送り、残すところは自分の跡継ぎを作るための政略結婚だけ、となった際、ちょうどロゼと出会った。ロゼはフリードリヒにとって、心から結婚したい、幸せにしたいと思える女性であったのだ。妻とするなら、ロゼしか考えられないと思うほどに。彼女でなくては、許せない。もし、万が一、彼女が自身を選んでくれないとしたならば、ほかの女性と結婚はしても、その女性を深く愛することはできないだろう。それくらい、フリードリヒの世界は、ロゼで埋め尽くされているのだ。
「僕なら君を幸せにできる、守ることもできる。令息よりもずっと、君を愛してる」
フリードリヒらロゼを抱き寄せる。温かい体温に、自然と涙ぐむフリードリヒ。ロゼの温もりをずっと自分の傍に置きたいと願った。
ユークリッドがロゼに対して、異常に執着をしていることは知っているし、並々ならぬ思いを抱いていることも分かっている。だが、フリードリヒとて譲れはしない。
『もう、何も考えなくていい。私の意志も、お母様を守ることも、ドルトディチェ大公を止めることも、考えないで。最初から全部、無駄な心配だったのよ』
ドルトディチェ大公城から逃げてきたロゼが言った言葉。恐らく、ロゼがドルトディチェ大公家を出る日は、刻一刻と近づいてきている。この言葉から推測するに、彼女が大公家に留まる理由は、もはやどこにもないのだろう。ところがロゼは、未だ大公家に名を連ねている。それは、大公家という存在に縛られているからか、それとも彼女の意志か。どちらかは、不明だ。結婚して他家に嫁ぎたいと言っても、あのドルトディチェ大公が許すはずもない。大公家を正々堂々と出ていくならば、それ相応の時間と手順が必要なのだろう。それはもちろん、フリードリヒも考慮している。しかし、果たして本当にそれだけだろうか。なかなか大公家を出て行くことができないのは、ユークリッドと共に在りたいというロゼの思惑も紛れているからではないのか。フリードリヒはロゼに疑心を向けていた。彼女の寝顔を見つめていると、ふと数時間前に言われた一言を思い出す。
『どうか、私の心を欲しがらないで』
フリードリヒは心以外ならば、ロゼの全てを手に入れることができると思った。だが、違う。彼が最も欲しいものは、ロゼの心。ロゼが自分を愛してくれなくてもそれでも構わないと覚悟したが、彼女のひとつひとつを順番に手に入れていく度に、彼女の人生を預かることができるかもしれないという優越感に浸る度に、心までも欲しくなってしまう。
(君の心が、欲しい)
貪欲な汚い人間であると自覚をしたフリードリヒは、ロゼを強く強く抱きしめた。ロゼの心を手に入れるためならば、――。
間でふたりダンスを踊ったあと、フリードリヒはロゼを抱いた。彼女と体を繋げるのは、これで二度目だ。それなのに、彼女に触れると感じたことのない安心感と優越感に浸ることができる。ロゼに愛されていなくとも、彼女は自分のものなのだ、と。だがそれは、一時的な安堵感にしか過ぎない。いくら甘いキスをしようと、愛情と熱を持った手でロゼの体に触れようと、彼女がそれを許してくれようとも、フリードリヒが心からの安らぎを手に入れることはできない。フリードリヒが最も欲しいロゼの心は、ほかの男のものなのだから。ロゼが自分を愛してくれる日が来れば、いいのに――。
フリードリヒはロゼの額に指先で触れる。そして前髪を払い、剥き出しになった額に唇を落とした。その次は、目元、頬、唇、顎、首と順番にキスをしていく。ロゼは情事の疲労からか、深く眠りについている。そんな彼女の頬を包み込み、真正面から見つめた。
「愛してる」
君が僕を愛してくれなくても。
「ずっと、愛しているよ」
君を手に入れる。
「ロゼ、絶対に君を、守るよ」
僕だけのものに――。
フリードリヒはロゼの手首に、キスをする。どれほどロゼを想っていたとしても、彼女の心が自分に向くことはない。ロゼはいつだって、ユークリッドを想っている。だが彼女がユークリッドと結ばれる日は来ない。なぜならば、フリードリヒがそれを邪魔するからだ。ユークリッドやドルトディチェ大公、そしてダリアといった、ロゼを蔑ろにして苦しめる人間から、ロゼを守るために。これは、正義だ。フリードリヒが高々と掲げた、紛れもない正義なのだ。
フリードリヒは幼き頃から全てを手にした人間だった。ルティレータ皇帝に古くより仕えてきた歴史あるメルドレール公爵家に嫡男として生まれ、優しく気高い父と美しい母、そして可愛い妹にも恵まれた。両親が亡くなった時には、それはもう悲しさに塗れたが、それでも強く在れたのは、妹の存在や支えてくれたルークがいたからだ。そして、若くしてメルドレール公爵家の当主となり、剣の腕にもより一層磨きをかけた。類稀なる剣の才能と常人では遥かに及ばぬ努力量により、いつしかルティレータ帝国最強の騎士と呼ばれるほどになっていた。公爵としての地位も、剣の腕も、フリードリヒは全てを手に入れたのだ。他家に嫁ぐ妹を見送り、残すところは自分の跡継ぎを作るための政略結婚だけ、となった際、ちょうどロゼと出会った。ロゼはフリードリヒにとって、心から結婚したい、幸せにしたいと思える女性であったのだ。妻とするなら、ロゼしか考えられないと思うほどに。彼女でなくては、許せない。もし、万が一、彼女が自身を選んでくれないとしたならば、ほかの女性と結婚はしても、その女性を深く愛することはできないだろう。それくらい、フリードリヒの世界は、ロゼで埋め尽くされているのだ。
「僕なら君を幸せにできる、守ることもできる。令息よりもずっと、君を愛してる」
フリードリヒらロゼを抱き寄せる。温かい体温に、自然と涙ぐむフリードリヒ。ロゼの温もりをずっと自分の傍に置きたいと願った。
ユークリッドがロゼに対して、異常に執着をしていることは知っているし、並々ならぬ思いを抱いていることも分かっている。だが、フリードリヒとて譲れはしない。
『もう、何も考えなくていい。私の意志も、お母様を守ることも、ドルトディチェ大公を止めることも、考えないで。最初から全部、無駄な心配だったのよ』
ドルトディチェ大公城から逃げてきたロゼが言った言葉。恐らく、ロゼがドルトディチェ大公家を出る日は、刻一刻と近づいてきている。この言葉から推測するに、彼女が大公家に留まる理由は、もはやどこにもないのだろう。ところがロゼは、未だ大公家に名を連ねている。それは、大公家という存在に縛られているからか、それとも彼女の意志か。どちらかは、不明だ。結婚して他家に嫁ぎたいと言っても、あのドルトディチェ大公が許すはずもない。大公家を正々堂々と出ていくならば、それ相応の時間と手順が必要なのだろう。それはもちろん、フリードリヒも考慮している。しかし、果たして本当にそれだけだろうか。なかなか大公家を出て行くことができないのは、ユークリッドと共に在りたいというロゼの思惑も紛れているからではないのか。フリードリヒはロゼに疑心を向けていた。彼女の寝顔を見つめていると、ふと数時間前に言われた一言を思い出す。
『どうか、私の心を欲しがらないで』
フリードリヒは心以外ならば、ロゼの全てを手に入れることができると思った。だが、違う。彼が最も欲しいものは、ロゼの心。ロゼが自分を愛してくれなくてもそれでも構わないと覚悟したが、彼女のひとつひとつを順番に手に入れていく度に、彼女の人生を預かることができるかもしれないという優越感に浸る度に、心までも欲しくなってしまう。
(君の心が、欲しい)
貪欲な汚い人間であると自覚をしたフリードリヒは、ロゼを強く強く抱きしめた。ロゼの心を手に入れるためならば、――。
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