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本編
第144話 決別
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ロゼはドルトディチェ大公家に帰還することを反対するフリードリヒをなんとか説得して、雨も上がった夕刻頃、ドルトディチェ大公家に帰ってきた。ユークリッドが訪ねてきている可能性も考慮し、ロゼは宮の正面の入口から入るのを避け、裏口に向かった。そこには、裏口の扉に背を預けたユークリッドの姿があった。ロゼは目を見張る。なぜここにいるのか。すぐさま引き返そうと背を向けるももう遅い。
「姉上」
背後から声をかけられてしまった。ロゼは足を止める。ユークリッドが近づく足音が聞こえ、背後で止まった。
「どこに、行っていたのですか?」
地の底を這う低い声が響く。背中が凍る。
「まぁ、答えなくても大体は分かりますが」
吐き捨てるように言われ、ロゼの体は強ばった。フリードリヒの城に行ったことはお見通しであるみたいだ。ならば、隠す必要もない。ロゼは無言を貫いた。
「あれだけ危険な状況下で、ひとりで逃げ出すとは一体何を考えているのですか? 姉上。俺はあなたの考えていることがちっとも分かりません」
それはこちらの台詞だ、とロゼは思った。だが、今では違う。ユークリッドが何を考えているのか、察してしまった。だからこそ、辛いのだ。苦しいのだ。
ユークリッドがロゼに、一歩近づく。
「ユーラルア姉上を亡くならせてしまったこと、申し訳ございません。ですが、俺はその選択が間違っていないと考えているのも事実です」
「……それは、お姉様を意図的に死なせたことを認めると、そう言っているのですか?」
ロゼは震える声を絞り出しながら、振り返る。ユークリッドの顔は、無であった。しかし瞳に映るのは、悲哀だ。
「はい」
ユークリッドは素直に首を縦に振った。彼は、ユーラルアを意図的に殺したことを認めたのだ。ロゼは大きく溜息をつく。
前世ではユーラルアは、実弟であるヴァルトを殺した時点で、ユークリッドによって危険因子と見なされ殺害されている。現世では、運良く彼に生かされていた。しかしどの道、ユーラルアは死ぬ運命を辿っていたのだ。ユークリッドは、大公の座を手に入れるためならなんでも、どんなことでもする男。危険人物は、極力排除する。ロゼは一族の誰よりも彼の思考について理解していたのに、ユーラルアが亡くなった今となって、彼を責めるのはおかしな話ではなかろうか。ロゼは、ユークリッドではなく、ユーラルアを守ることができなかった自分に大きな責任があると、肩を落とした。
「ユーラルア姉上を意図的に殺したのは本当ですが……ジル兄上が運命に賭けたように、ユーラルア姉上が亡くなったのもまた運でした」
「………………」
「ジル兄上が俺の元に来ていれば、ユーラルア姉上は死ぬことはなかったのですから」
ユークリッドが語る正論に、ロゼは涙を堪える。もはや、何も言えなかった。ユークリッドの意見が正しいからこそ、何も言えなかったのだ。
今は亡きジルが、ユークリッドと正々堂々剣を交えるのか、それともロゼを総攻撃しユークリッドを陥れるのか、その選択を神の天秤にかけたのと同じ。ユークリッドもまた、ユーラルアが死ぬか、否か、それを賭けたのだ。
「あなたが無事でよかった。俺はただ、それだけを思っています」
ユークリッドは愛しそうに、ロゼを見つめた。愛のこもった目に、ロゼは心を激しく揺さぶられてしまう。だが、決意を固める。
「そうでしょうね。私は、あなたが大公の座を手に入れるための手段でしかないのだから」
ユークリッドを突き放す。彼の表情から、目から、愛と熱が消え去っていく。どうやら、ロゼの言葉が気に障ったようだ。ロゼはお構いなく、彼との距離を縮める。そしてユークリッドの胸元に触れ、首を彩るネクタイを器用に片手で直す。
「何をそんなに怖い顔をしているの? ユークリッド。あなたが仰ったんだわ。全ては、当主の座に就くためだと」
「…………そうですね」
ユークリッドは否定をしない。胸を痛めたロゼは、彼のネクタイから手を放した。
「私を守るのも、全ては無機質な玉座のためなのね」
罵詈を浴びせる。
ダリアを殺しドルトディチェ大公家を混乱の渦に陥れるためにも、ドルトディチェ大公とダリア、さらには彼女の娘であるロゼの信頼を手に入れる。全ては、ユークリッドの策略のうち。まんまと踊らされていたのだ。
ユークリッドが緩徐に面を上げる。ロゼは彼の隣を通り過ぎて、扉のドアノブに手をかけて、立ち止まる。
「いいわ、ユークリッド。あなたの好きなようにするといい。全部、あなたの思い通りに行くから。だけど、私はこの城では死んであげない」
はっきり宣言をする。ユークリッドの返答を聞かずして、宮の中に逃げ込んだのであった。
「姉上」
背後から声をかけられてしまった。ロゼは足を止める。ユークリッドが近づく足音が聞こえ、背後で止まった。
「どこに、行っていたのですか?」
地の底を這う低い声が響く。背中が凍る。
「まぁ、答えなくても大体は分かりますが」
吐き捨てるように言われ、ロゼの体は強ばった。フリードリヒの城に行ったことはお見通しであるみたいだ。ならば、隠す必要もない。ロゼは無言を貫いた。
「あれだけ危険な状況下で、ひとりで逃げ出すとは一体何を考えているのですか? 姉上。俺はあなたの考えていることがちっとも分かりません」
それはこちらの台詞だ、とロゼは思った。だが、今では違う。ユークリッドが何を考えているのか、察してしまった。だからこそ、辛いのだ。苦しいのだ。
ユークリッドがロゼに、一歩近づく。
「ユーラルア姉上を亡くならせてしまったこと、申し訳ございません。ですが、俺はその選択が間違っていないと考えているのも事実です」
「……それは、お姉様を意図的に死なせたことを認めると、そう言っているのですか?」
ロゼは震える声を絞り出しながら、振り返る。ユークリッドの顔は、無であった。しかし瞳に映るのは、悲哀だ。
「はい」
ユークリッドは素直に首を縦に振った。彼は、ユーラルアを意図的に殺したことを認めたのだ。ロゼは大きく溜息をつく。
前世ではユーラルアは、実弟であるヴァルトを殺した時点で、ユークリッドによって危険因子と見なされ殺害されている。現世では、運良く彼に生かされていた。しかしどの道、ユーラルアは死ぬ運命を辿っていたのだ。ユークリッドは、大公の座を手に入れるためならなんでも、どんなことでもする男。危険人物は、極力排除する。ロゼは一族の誰よりも彼の思考について理解していたのに、ユーラルアが亡くなった今となって、彼を責めるのはおかしな話ではなかろうか。ロゼは、ユークリッドではなく、ユーラルアを守ることができなかった自分に大きな責任があると、肩を落とした。
「ユーラルア姉上を意図的に殺したのは本当ですが……ジル兄上が運命に賭けたように、ユーラルア姉上が亡くなったのもまた運でした」
「………………」
「ジル兄上が俺の元に来ていれば、ユーラルア姉上は死ぬことはなかったのですから」
ユークリッドが語る正論に、ロゼは涙を堪える。もはや、何も言えなかった。ユークリッドの意見が正しいからこそ、何も言えなかったのだ。
今は亡きジルが、ユークリッドと正々堂々剣を交えるのか、それともロゼを総攻撃しユークリッドを陥れるのか、その選択を神の天秤にかけたのと同じ。ユークリッドもまた、ユーラルアが死ぬか、否か、それを賭けたのだ。
「あなたが無事でよかった。俺はただ、それだけを思っています」
ユークリッドは愛しそうに、ロゼを見つめた。愛のこもった目に、ロゼは心を激しく揺さぶられてしまう。だが、決意を固める。
「そうでしょうね。私は、あなたが大公の座を手に入れるための手段でしかないのだから」
ユークリッドを突き放す。彼の表情から、目から、愛と熱が消え去っていく。どうやら、ロゼの言葉が気に障ったようだ。ロゼはお構いなく、彼との距離を縮める。そしてユークリッドの胸元に触れ、首を彩るネクタイを器用に片手で直す。
「何をそんなに怖い顔をしているの? ユークリッド。あなたが仰ったんだわ。全ては、当主の座に就くためだと」
「…………そうですね」
ユークリッドは否定をしない。胸を痛めたロゼは、彼のネクタイから手を放した。
「私を守るのも、全ては無機質な玉座のためなのね」
罵詈を浴びせる。
ダリアを殺しドルトディチェ大公家を混乱の渦に陥れるためにも、ドルトディチェ大公とダリア、さらには彼女の娘であるロゼの信頼を手に入れる。全ては、ユークリッドの策略のうち。まんまと踊らされていたのだ。
ユークリッドが緩徐に面を上げる。ロゼは彼の隣を通り過ぎて、扉のドアノブに手をかけて、立ち止まる。
「いいわ、ユークリッド。あなたの好きなようにするといい。全部、あなたの思い通りに行くから。だけど、私はこの城では死んであげない」
はっきり宣言をする。ユークリッドの返答を聞かずして、宮の中に逃げ込んだのであった。
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