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本編
第138話 あなたの思い通り
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ロゼはとあるひとつの可能性に辿り着いた。それは、ユークリッドがユーラルアに対して、戦地に身を投じさせるよう促した可能性だ。もちろん、確信はない。ユーラルア自身も、ユークリッドの寸劇かどうかは分からないと濁していたのだから。だがユーラルアは、ユークリッドからの「ロゼを死んでも守れ」という暗黙の言葉を理解していたのかもしれない。ユークリッドは、彼女がその意図に気がつくと知っていて、ロゼを守るように伝えた。そこまで考えたところで、ロゼはかぶりを振る。そんなわけがない、と。さすがに上手くいきすぎている。運命の悪戯、神々が下す選択によっては、ジルはロゼの宮を攻めては来ず、ユークリッドと正々堂々剣を交えていたのだから。ユークリッドがユーラルアを殺そうと目論んでいるのなら、もっと別の方法、確実に殺せる方法を選ぶはず。
刹那、脳天を貫かれる衝撃を受けたロゼは、ユークリッドから視線を逸らし、ユーラルアの死に顔に顔を向けた。これまでユークリッドは、ロゼが襲撃された場面において、完璧なタイミングで助けに入ったり、安否を確認しに来ている。そう、最初から全てを知っているかのように――。ユークリッドが神託を授かったように行動していたのは、彼が特別優秀だからでも、強運の持ち主だからでもない。ロゼが命を狙われた場面などを含め、その全てにおいて、ユークリッドが自作自演をして作り上げた物語だったのか。
「………………」
答えを導き出したロゼは、ひとり呆然と佇む。降り続ける雨だけが、今この瞬間、彼女の味方でいてくれた。
ユーラルアが死んだのも、ユークリッドのシナリオ通り。これまで、ちょっとやそっとの出来事では驚かないユークリッドだが、ところどころ驚愕している場面や焦燥する様子も見られた。だがそれは、あくまで完全無欠の物語ではない、これが現実であるという証拠。前世においても、ユークリッドは策略を立てていたのだろうか。
(もしかしてユークリッドは一回目の人生で、自らが大公の座に座るために……お母様を殺しお父様を自滅させようとしたの?)
一回目の人生。ユークリッドが死んでしまったという確証はないし、ロゼも記憶にない。彼女を含め、ドルトディチェ大公家の一族が全員亡くなったあとに、ドルトディチェ大公一族を自らの手で復興させるつもりであったのではなかろうか。そしてそれは、今世でも、同じこと――。
「ふふ……」
ロゼは不気味に笑う。彼女の笑い声がユークリッドに届くことはない。
ユークリッドは、ダリアを守ると見せかけて彼女を殺害し、ドルトディチェ大公を暴走させ、大公家を一度滅ぼそうとしている。ユークリッドがロゼやダリアを守るのも、全てはドルトディチェ大公の信用を得て、彼を油断させるために過ぎない、必要事項。ユークリッドが、ダリアを殺害すれば、ドルトディチェ大公が一族を蹂躙するという推測をいつ頃立てたのかは分からない。しっかりとした確証も、完璧な事例もない。予想でしかないのにも関わらず、彼はドルトディチェ大公が一族を道ずれにして自滅するという可能性にかけている。なんともトリッキーだ。だがユークリッドならば納得だろう。ロゼが城に来たばかりの頃、毒や血を飲まされ殺されそうになった際、ユークリッドはあえて手を出さず見守るに留まった。血を飲まされてしまえばロゼは確実に死んでしまうのだが、それを踏まえた上でユークリッドはロゼの中に眠る治癒能力の証明のため、大きな賭けに出たのだ。緻密な計画を組み立てる能力に、人一倍ずば抜けた第六感、大胆な賭け方。その全てを兼ね備え、人情を持たぬほど合理的なユークリッドに、一体誰が勝てるというのか。
ロゼを想っているわけでもない。キスも、優しい言動も、ロゼを惑わすためのもの。ドルトディチェ大公家のジンクスを叶えるには、ユークリッドが鍵となる可能性が高い。つまりは彼がダリアを殺し、ドルトディチェ大公が自らの手で大公家を滅ぼして、そして最後にユークリッドが大公家を復興させれば、ロゼの悲願は達成されるということか。手が小刻みに震える。それに気がついたユークリッドが、彼女の肩に触れた。
「姉上。ここは寒いです。雨の当たらない場所に行きましょう」
「………………」
「姉上?」
ロゼは、ユークリッドの手を咄嗟に振り払った。スローモーションのように、時が流れる。彼女に手を払われたユークリッドは、愕然とした。殺伐としたふたりの空気に救いの手を差し伸べたのは、予想外の人物たちであった。
「ユークリッド様! ロゼ様!」
「ご無事ですか!? お嬢様!」
ノエル、リエッタの声がする。しかしロゼは、ふたりの姿を見ない。俯き、一滴の涙を流したあと、その場を走り去った。残されたユークリッドは、伸ばしかけた手で拳を作り、それをゆっくりと、ゆっくりと下ろした。
刹那、脳天を貫かれる衝撃を受けたロゼは、ユークリッドから視線を逸らし、ユーラルアの死に顔に顔を向けた。これまでユークリッドは、ロゼが襲撃された場面において、完璧なタイミングで助けに入ったり、安否を確認しに来ている。そう、最初から全てを知っているかのように――。ユークリッドが神託を授かったように行動していたのは、彼が特別優秀だからでも、強運の持ち主だからでもない。ロゼが命を狙われた場面などを含め、その全てにおいて、ユークリッドが自作自演をして作り上げた物語だったのか。
「………………」
答えを導き出したロゼは、ひとり呆然と佇む。降り続ける雨だけが、今この瞬間、彼女の味方でいてくれた。
ユーラルアが死んだのも、ユークリッドのシナリオ通り。これまで、ちょっとやそっとの出来事では驚かないユークリッドだが、ところどころ驚愕している場面や焦燥する様子も見られた。だがそれは、あくまで完全無欠の物語ではない、これが現実であるという証拠。前世においても、ユークリッドは策略を立てていたのだろうか。
(もしかしてユークリッドは一回目の人生で、自らが大公の座に座るために……お母様を殺しお父様を自滅させようとしたの?)
一回目の人生。ユークリッドが死んでしまったという確証はないし、ロゼも記憶にない。彼女を含め、ドルトディチェ大公家の一族が全員亡くなったあとに、ドルトディチェ大公一族を自らの手で復興させるつもりであったのではなかろうか。そしてそれは、今世でも、同じこと――。
「ふふ……」
ロゼは不気味に笑う。彼女の笑い声がユークリッドに届くことはない。
ユークリッドは、ダリアを守ると見せかけて彼女を殺害し、ドルトディチェ大公を暴走させ、大公家を一度滅ぼそうとしている。ユークリッドがロゼやダリアを守るのも、全てはドルトディチェ大公の信用を得て、彼を油断させるために過ぎない、必要事項。ユークリッドが、ダリアを殺害すれば、ドルトディチェ大公が一族を蹂躙するという推測をいつ頃立てたのかは分からない。しっかりとした確証も、完璧な事例もない。予想でしかないのにも関わらず、彼はドルトディチェ大公が一族を道ずれにして自滅するという可能性にかけている。なんともトリッキーだ。だがユークリッドならば納得だろう。ロゼが城に来たばかりの頃、毒や血を飲まされ殺されそうになった際、ユークリッドはあえて手を出さず見守るに留まった。血を飲まされてしまえばロゼは確実に死んでしまうのだが、それを踏まえた上でユークリッドはロゼの中に眠る治癒能力の証明のため、大きな賭けに出たのだ。緻密な計画を組み立てる能力に、人一倍ずば抜けた第六感、大胆な賭け方。その全てを兼ね備え、人情を持たぬほど合理的なユークリッドに、一体誰が勝てるというのか。
ロゼを想っているわけでもない。キスも、優しい言動も、ロゼを惑わすためのもの。ドルトディチェ大公家のジンクスを叶えるには、ユークリッドが鍵となる可能性が高い。つまりは彼がダリアを殺し、ドルトディチェ大公が自らの手で大公家を滅ぼして、そして最後にユークリッドが大公家を復興させれば、ロゼの悲願は達成されるということか。手が小刻みに震える。それに気がついたユークリッドが、彼女の肩に触れた。
「姉上。ここは寒いです。雨の当たらない場所に行きましょう」
「………………」
「姉上?」
ロゼは、ユークリッドの手を咄嗟に振り払った。スローモーションのように、時が流れる。彼女に手を払われたユークリッドは、愕然とした。殺伐としたふたりの空気に救いの手を差し伸べたのは、予想外の人物たちであった。
「ユークリッド様! ロゼ様!」
「ご無事ですか!? お嬢様!」
ノエル、リエッタの声がする。しかしロゼは、ふたりの姿を見ない。俯き、一滴の涙を流したあと、その場を走り去った。残されたユークリッドは、伸ばしかけた手で拳を作り、それをゆっくりと、ゆっくりと下ろした。
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