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本編
第137話 ユーラルア
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降り頻る雨。天からもたらされる神々の恩恵は、大地を、花を、人を濡らしていく。ロゼは、廊下から一歩外へ出る。頭上から降りかかる雨も気にせず、ユーラルアの亡骸に近づいた。多くの騎士たちに襲われてもなお、最後まで抵抗をし続けたのだろう。さすがに、後継者候補序列第2位のユーラルアと言えど、大量の騎士の軍勢を相手にすることは、不慣れであったか。
ロゼにとってユーラルアは、ただの義理の姉にしか過ぎない。血も繋がらない、家族でもない、ただの人間。だがユーラルアという人間は、ロゼに無償の愛を与えてくれた。後継者の中で一番狂っているように見えて、実は最も優しい心を持った人であった。よく笑う、良い意味で、人間らしい人であったのだ。
ユーラルアの頬に手を添える。酷く、冷たい。
『別に情けない姿を見せたっていいじゃないですの。愛するお父様に殺されるだけですので♡』
『あらぁ♡ 久々に声を聞いたけれど、食べちゃいたいくらいに可愛いですわ』
『あの女から虐待されるわたくしを放り捨てたあなたに、永遠の死を捧げましょう』
『序列第2位のわたくしが仲間に加わるのですわよ? これ以上とない魅力的な提案でしょう?』
『嘘ですわね? んん、もう! お姉ちゃんに嘘をつくとはいい度胸ですわ!』
『そう? ならば私が守って差し上げますわね』
『いくらロゼちゃんがメルドレール公爵とラブラブイチャイチャをしても、結局は自分のところに帰ってくるとユークリッドくんは驕っているのでしょうね? まるで愛する妻に浮気をされた夫の強がりのようですわ』
『ユークリッドくんの言う通り、お姫様を助けたのはこのわたくしですわ。皇帝陛下、わたくしに何かしらの褒美を授けてはいただけませんの?』
『お可哀想に。わたくしは何も言えませんわ』
『……ロゼちゃん。お願いがありますわ』
『勘違いしないでくださる? ロゼちゃん。これはあの日、あなた方につくと選択したわたくしの責任であり、その末路ですわ』
『いつの間にか、ロゼちゃん、あなたを』
ロゼの脳内で再生されていくのは、ユーラルアが見せてくれた姿の数々。最期の言葉は、確か――。
『本当の妹だと、思っていたみたい』
アジュライト色の瞳からは、熱い涙が一滴。冷たい雨の中で混じりながら流れる涙は、ユーラルアの死に顔に落ちていった。
(ユーラルアお姉様。私もいつの間にか、あなたのことを、本当の姉だと、思っていました)
心中で呟く。地獄に落ちゆく途中か、天国に昇る最中かは分からないが、果たしてその呟きはユーラルアに届いただろうか。届いているといい。母親に虐待され、実の弟に見て見ぬふりをされて……その弟を自身の手で殺した、悲惨な人生を歩むほかなかった、哀れなユーラルア。どうか来世では、あなたと共に在りたい。ロゼは、ユーラルアの頬を撫でて、そう祈りを込めた。そんな彼女に、ユークリッドが近づく。
「姉上を守るために、戦ってくださったのですね」
ロゼの斜め後ろで足を止めたユークリッドは、憂いを含んだ声で囁いた。
ユークリッドの言う通り。ユーラルアは、ロゼを連れ出して共に逃げるのではなく、ロゼをひとりにして自ら戦地に乗り込んむ決断をした。ロゼがいち早く危険に気づいて、彼女に対して治癒能力という特別な力があることを打ち明けていれば、彼女と共に宮を脱出することだってできたはず。必要ではない、犠牲であった。ロゼは悔しさから唇を強く噛みしめる。ユークリッドは、死人にしては綺麗な顔を晒しているユーラルアを眺めて、そっと一言口にした。
「姉上を置いて戦いに行くとは、さすがに予想外でした」
ユークリッドの一言に、ロゼは反応を示す。反応と言っても、ユーラルアの頬に添えた指先をピクリと動かしただけであるが。
ユーラルアが生前、放った言葉を思い出す。
『ユークリッドくんからロゼちゃんを守るよう言われましたけども、一体何をするつもりなのですの? ロゼちゃんは聞いています?』
『これもあの子の寸劇の内なのかしら。分からないけれど……私も随分と弱くなったものですわ』
客間にて、ユーラルアはそんなことを口にしていた。彼女は、ロゼを守るようユークリッドからお願いをされていたのにも関わらず、危険を顧みぬまま戦地に身を投じたのだ。一体、その行動には、彼女のどんな思いが隠れていたのか。ユーラルアは、「これもあの子の寸劇の内」と言っていた。彼女の言う「あの子」とは、ユークリッドのこと。つまり、ユークリッドが、ユーラルアを戦地に赴かせるよう暗黙に促した……。ひとつの可能性に辿り着いたロゼは、ユークリッドに顔を向ける。朱殷の瞳に、悲しみの感情は一切ない。死したユーラルアを、淡々と見つめているだけであった。
ロゼにとってユーラルアは、ただの義理の姉にしか過ぎない。血も繋がらない、家族でもない、ただの人間。だがユーラルアという人間は、ロゼに無償の愛を与えてくれた。後継者の中で一番狂っているように見えて、実は最も優しい心を持った人であった。よく笑う、良い意味で、人間らしい人であったのだ。
ユーラルアの頬に手を添える。酷く、冷たい。
『別に情けない姿を見せたっていいじゃないですの。愛するお父様に殺されるだけですので♡』
『あらぁ♡ 久々に声を聞いたけれど、食べちゃいたいくらいに可愛いですわ』
『あの女から虐待されるわたくしを放り捨てたあなたに、永遠の死を捧げましょう』
『序列第2位のわたくしが仲間に加わるのですわよ? これ以上とない魅力的な提案でしょう?』
『嘘ですわね? んん、もう! お姉ちゃんに嘘をつくとはいい度胸ですわ!』
『そう? ならば私が守って差し上げますわね』
『いくらロゼちゃんがメルドレール公爵とラブラブイチャイチャをしても、結局は自分のところに帰ってくるとユークリッドくんは驕っているのでしょうね? まるで愛する妻に浮気をされた夫の強がりのようですわ』
『ユークリッドくんの言う通り、お姫様を助けたのはこのわたくしですわ。皇帝陛下、わたくしに何かしらの褒美を授けてはいただけませんの?』
『お可哀想に。わたくしは何も言えませんわ』
『……ロゼちゃん。お願いがありますわ』
『勘違いしないでくださる? ロゼちゃん。これはあの日、あなた方につくと選択したわたくしの責任であり、その末路ですわ』
『いつの間にか、ロゼちゃん、あなたを』
ロゼの脳内で再生されていくのは、ユーラルアが見せてくれた姿の数々。最期の言葉は、確か――。
『本当の妹だと、思っていたみたい』
アジュライト色の瞳からは、熱い涙が一滴。冷たい雨の中で混じりながら流れる涙は、ユーラルアの死に顔に落ちていった。
(ユーラルアお姉様。私もいつの間にか、あなたのことを、本当の姉だと、思っていました)
心中で呟く。地獄に落ちゆく途中か、天国に昇る最中かは分からないが、果たしてその呟きはユーラルアに届いただろうか。届いているといい。母親に虐待され、実の弟に見て見ぬふりをされて……その弟を自身の手で殺した、悲惨な人生を歩むほかなかった、哀れなユーラルア。どうか来世では、あなたと共に在りたい。ロゼは、ユーラルアの頬を撫でて、そう祈りを込めた。そんな彼女に、ユークリッドが近づく。
「姉上を守るために、戦ってくださったのですね」
ロゼの斜め後ろで足を止めたユークリッドは、憂いを含んだ声で囁いた。
ユークリッドの言う通り。ユーラルアは、ロゼを連れ出して共に逃げるのではなく、ロゼをひとりにして自ら戦地に乗り込んむ決断をした。ロゼがいち早く危険に気づいて、彼女に対して治癒能力という特別な力があることを打ち明けていれば、彼女と共に宮を脱出することだってできたはず。必要ではない、犠牲であった。ロゼは悔しさから唇を強く噛みしめる。ユークリッドは、死人にしては綺麗な顔を晒しているユーラルアを眺めて、そっと一言口にした。
「姉上を置いて戦いに行くとは、さすがに予想外でした」
ユークリッドの一言に、ロゼは反応を示す。反応と言っても、ユーラルアの頬に添えた指先をピクリと動かしただけであるが。
ユーラルアが生前、放った言葉を思い出す。
『ユークリッドくんからロゼちゃんを守るよう言われましたけども、一体何をするつもりなのですの? ロゼちゃんは聞いています?』
『これもあの子の寸劇の内なのかしら。分からないけれど……私も随分と弱くなったものですわ』
客間にて、ユーラルアはそんなことを口にしていた。彼女は、ロゼを守るようユークリッドからお願いをされていたのにも関わらず、危険を顧みぬまま戦地に身を投じたのだ。一体、その行動には、彼女のどんな思いが隠れていたのか。ユーラルアは、「これもあの子の寸劇の内」と言っていた。彼女の言う「あの子」とは、ユークリッドのこと。つまり、ユークリッドが、ユーラルアを戦地に赴かせるよう暗黙に促した……。ひとつの可能性に辿り着いたロゼは、ユークリッドに顔を向ける。朱殷の瞳に、悲しみの感情は一切ない。死したユーラルアを、淡々と見つめているだけであった。
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