【完結】今世こそは一族を存続させ、生き残ってみせます 〜厭われ姫は愛を知る〜

本編

第132話 叫び声を聞いて

　部屋を飛び出したユーラルア。彼女のあとを追おうと、ロゼは扉を開けようとする。しかし、幾度引っ張ろうとも扉は開きやしない。そこで初めて、外側から頑丈に鍵をかけられてしまったことに気がつく。内側からは開かない。取っ手部分に鎖でも巻きつけたのだろうか。どの道、部屋の中に閉じ込められてしまった事実は変わらない。

「どうして……」

　ロゼは、その場に力なく項垂れた。なぜユーラルアは、突然あんなことを口にして部屋を飛び出してしったのか。そこにどんな思惑があるというのか。最後の表情、真紅の瞳に宿った美しい光が、ロゼの脳内にこびりついて離れてくれない。明らかに、ただごとではない。
　ロゼは扉の取っ手を掴み、立ち上がる。そして先程ユーラルアが見つめていた窓に駆け足で向かった。ユーラルアが指で擦っていた窓の一部分は、既に湿気に塗れている。ロゼはその部分を人差し指の先で優しく擦った。客間から見える庭園には、多くの騎士たちがいる。自分の宮の騎士たちか？　と思うが、何かを忙しなく探している様子だ。何か、揉めている。刹那、ひとりの騎士が突然斬りつけられる。背中を斬られた騎士は、雨に打たれるまま地面に沈む。次は、斬りつけた騎士をほかの騎士が殺す。ロゼは慟哭を呑み込み、口を押さえる。咄嗟に窓から離れ、後退る。そして、愕然とした。どうして、なぜ。様々な思いが頭をよぎる。波乱と化した場。安全であったはずの宮。どうして、襲撃されてしまったのか。そもそもあれは襲撃なのか……。

「きゃー！！！！！」

　廊下から女性の叫び声が聞こえる。侍女の声だ。ああ、ひとり亡くなってしまった。ロゼは追悼ついとうの思いを抱きながら、目を閉じた。決して現実逃避をしているのではない。ただ、冷静になるべく、心を落ち着かせているのだ。襲撃されたこの瞬間こそ、泰然自若たいぜんじじゃくとしなければならない。狼狽してしまえば、普段は滞りなく行える判断も考え事も何もかも上手くいかなくなってしまうのだから。ロゼは、いつの間にか冷えきった紅茶を一気に飲み干す。酷い雨の日、このタイミングで襲撃されるとは……。考えるまでもない。間違いなくジルの仕業だ。ロゼに対して部屋から出るなと言ったきり、行方を晦ませたユーラルアは、果たして無事なのか。どうか、無事であってくれ。彼女はロゼを守るべく、ひとり戦火の中へ飛び込んでいった。いち早くユーラルアの考えに気がついていれば、自分も一緒に部屋を出て、彼女の役に少しでも立てていたかもしれないのに。ロゼはユーラルアの無事を心から必死に願った。

「いやー！！！　ゆ、ゆるしっ…………」

　甲高い叫び声と許しを乞うたそのあと、声は途切れた。今も、宮の者たちが危険に晒され続けているのだ。
　ジルの手下が攻めてきたのなら、今頃ジルとユークリッドは戦っているはず。窓の外、ロゼの宮の庭園では、ロゼの騎士とユークリッドの騎士、それからジルに仕える騎士が争っているのか。正々堂々、一対一。生きるか、死ぬか。文句なしの一発勝負。ユークリッドが望んだ戦いは、ほかの誰でもないジルによって貶されてしまったというわけだ。
　ユークリッドはロゼを助けに来てくれるのだろうか。彼がジルを殺し、ロゼを助けにやって来るまでは、恐らく時間を要する。それまでなんとか持ち堪えなけらばならない。

「守られてばかりではダメよ……」

　自身に言い聞かせるも、体が震えてしまう。生に執着することを覚え、誰かに守られ、人間として愛される喜びを知った。それ故にいつしかこんなにも弱くなってしまった。だが、このままではいけない。守らてばかりの姫では駄目なのだ。
　ロゼが意を決して立ち上がると、窓が開かれる音が響く。勢いよく振り返ると、そこには黒装束の男が立っていた。ロゼは身構える。敵か、と恐れた時、黒装束の男は口を開いた。

「ご無事ですか？」