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本編

第131話 いつの間にかあなたを

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 後日。ユークリッドから伝えられたのは、彼が本格的にジルを殺すということであった。長引かせても仕方がないため、さっさと片付けて終わらせるようだ。全てユークリッドが行うため、ロゼは何もしなくていいらしい。相変わらず護衛もついているし、ユーラルアにも何かあったらロゼを守ってほしいと頼んでいるようで、問題ないとのことだ。
 ユークリッドからは、いつジルを殺すのか、その日時は聞いていない。ロゼは自身の宮の客室から、酷い秋雨を眺める。今日は、血の臭いが掻き消される日だと感じた。

「凄い雨ですわね」

 そう呟いたのは、ロゼの真正面のソファーに腰掛けたユーラルアであった。彼女はティーカップをソーサーの上に戻しながら、窓に叩きつける雨を見つめる。室内だからこそ一応の防音はされているが、それでも雨音は僅かに聞こえてくる。

「ユークリッドくんからロゼちゃんを守るよう言われましたけども、一体何をするつもりですの? ロゼちゃんはユークリッドくんから何か聞いています?」
「……残念ながら存じ上げません」
「あらそう。ロゼちゃんも知らないのなら、わたくしが知るはずなどないですわ」

 ユーラルアは戯けた。ロゼは彼女にはっきりと嘘をついてしまった。本当は、ユークリッドが一体何をしようとしているのか、知っているのだから――。
 ユークリッドはジルを殺そうとしている。リアナとレアナの実兄とは思えないほど、頭の切れるジルのことだ。回りくどく姑息なことをしても、嫡男のオーフェンや、ユーラルアの実弟であるヴァルトのように、上手く引っかかってくれやしない。ユークリッドはジルの性格面や素質を汲み取り、正々堂々と決闘をする選択を選び取ったのだ。ジルの思考は読めないからこそ突拍子もない行動をしそうではあるが、ユークリッドが負けるはずもない。ロゼ自身も、ユークリッドの選択は正解だと認めている。
 ロゼはティーカップに手を添える。乾いた口内を潤すために紅茶を飲んだその時、ユーラルアがほんの僅かに肩を跳ね上がらせた。彼女はソファーから立ち上がる。そしてひとり、窓辺に向かう。湿気で曇った窓ガラスを人差し指で擦った。彼女の眉間には皺が寄っており、鬼の形相となっている。何か、只事ではないような。ユーラルアの異変を察知したロゼは問いかける。

「ユーラルアお姉様? どうされたのですか?」
「……ロゼちゃん。お願いがありますわ」
「お願い、ですか?」

 ユーラルアはロゼに顔を向け、真剣な表情を浮かべる。

「何があっても、部屋から出てはなりません」
「………………?」

 一体ユーラルアは何を言っているのか。彼女が発した忠告の意図が分からず、ロゼは頭を捻る。ユーラルアは真面目腐った顔から一転、ふふっと短い笑いをこぼす。あまりにも自然な流れに、ロゼは彼女の冗談に騙されてしまったのかと疑うが、どうやら違うらしい。両手を天井に向け「冗談ですわ」とふざけるユーラルアはどこにもいない。天真爛漫な笑顔はどこへやら、憂いに満ちた笑みとなる。

「これもあの子の寸劇すんげきの内なのかしら。分からないけれど……私も随分と弱くなったものですわ」

 悲哀に塗れる声色。朱殷の瞳は、白い瞼の奥に隠れてしまう。右手で左腕の肘辺りを押さえ、襲い来る恐怖に耐えているようであった。ひとりでに話すユーラルアに、ロゼはなかなか合点がってんがいかない。ユーラルアの言動に隠れた真意を探っているうちに、ユーラルアは「さてと」と口にして、客間を出ていこうとする。ロゼは立ち上がり、彼女の背中に声をかけた。

「ユーラルアお姉様」

 ユーラルアは立ち止まる。酷い湿気が取り巻く中だと言うのに、完璧な具合に巻かれ維持されたラピスラズリ色の髪は、彼女の頑な心を表しているかのようであった。

「勘違いしないでくださる? ロゼちゃん」

 ユーラルアはまだ、振り向かぬまま。

「これはあの日、あなた方につくと選択したわたくしの責任であり、その末路ですわ」
「お姉様……。何を、」
「いつの間にか、ロゼちゃん、あなたを」

 ユーラルアはロゼの言葉を遮った。そして、ようやくそこで、振り返る。ロゼの絶句する。初めて見た、美しい顔。純度の高い、宝石のような眼は、光り輝く。きらり、と瞬きながら流れる涙。


「本当の妹だと、思っていたみたい」


 一言、紡ぐ。純白のドレスを翻し、客間を飛び出した。最期の別れだと、言わんばかりに。
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