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本編

第129話 図書館で密会

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 秋冷しゅうれい。ルティレータ帝国の皇都でも、寒々しい風が吹き始める。朝晩は酷く冷え込み、そろそろ初霜はつしもも観測される季節となる頃。赤ワインをふんだんに垂らしたような色味のドレスを纏ったロゼは、闘技場近くの宮に存在する地下の図書館に足を運んだ。すると、門番を務めるふたりの騎士以外に、もうひとり、見覚えしかない男性がいるのを発見する。先日、19歳の誕生日を迎えたばかりのユークリッドであった。

「お待ちしておりました、姉上」
「ユークリッド……。なぜここに」

 ユークリッドは若干、胡散臭さを感じさせる笑顔でロゼに話しかける。

「姉上が長い時間図書館に入り浸っていると聞いたので、俺もご一緒できないかと思いまして」

 ロゼは随分と前から知っていたくせに、と心の中で悪態を突いた。
 ドルトディチェ大公家は、たった一年と数ヶ月で、直系の権力の均衡が大きく崩れた。残っている直系は、ロゼ、ユークリッド、ユーラルア、ジル、マウヌ、オーロラの六人しかいない。濃厚な一年と数ヶ月であったが、ようやく最近になって、生活も落ち着いてきた。ユークリッドの仕事量も少しは減ったのだろう。そのため、ロゼのために割く時間がこれまで以上に取れるというわけだ。
 ロゼは扉に向かい、輪に繋がった鍵を取り出す。

「ユークリッド。お父様のご許可は?」
「入室の許可ならば、もちろん得ております。鍵を所持することを許されたのは姉上だけですが」
「分かりました。行きましょう」

 ロゼは解錠して、扉を開けた。人がいない限りは常闇の空間であるそこに足を踏み入れると、俄然がぜんとして魔法の炎が灯る。背後で扉が閉まり、施錠される音が反響した。

「自動で鍵が閉まる仕組みになっているのですね」
「はい。私も最初は驚きました」

 ふたりは螺旋階段を下り、地下に潜っていく。巨大な騎士の像が門番をしている両開きの扉が見えてくる。最初は不気味な騎士の像に恐怖を抱いていたものの、すっかりと顔馴染みになってしまったロゼは、今日も変わらず騎士の像に目配せをして挨拶をする。先程とは違う鍵を取り出して、鍵穴に差し込んだ。鍵が開き、図書館へ招かれる。ロゼの代わりに、ユークリッドが気を利かせて扉を開けた。

「こんなにも立派な図書館が地下にあるとは……」

 立ち並ぶ本たちを眺め感嘆の息を漏らすユークリッド。彼にも知らないことがあるらしい。それもそのはず。ユークリッドとて、人間なのだから。

「父上からお聞きしたのですが、姉上は大公家のジンクスにまつわる古書を探していると聞きました」
「……はい、その通りです」

 ロゼは、別に隠すことではないと判断して、頷きを払った。ドルトディチェ大公家のジンクスにまつわる古書を探しているからと言って、悪いことは何もないのだから。
 ユークリッドは何列目かの本棚から、本を一冊ずつ手に取って目を通しながら、ロゼに問いかける。

「姉上は、ドルトディチェ一族の呪いを解き、進化させたいのですか?」
「興味はありますね。呪いを解いた先に、進化したその先に何があるのか……」

 ロゼの言葉に、ユークリッドは「なるほど」と呟いた。
 ドルトディチェ大公家にまつわる血の力は、非常に強力だが同時に危険でもある。血を分けた家族の身も滅ぼしてしまうほどに。血の呪いが解けるならば、それに限ったことはないし、進化したら進化したで、血の呪いよりも強力かつ安全な力を手に入れることができるかもしれないのだから。

「ではなぜ、幾度となく図書館に通ってまで、ジンクスに執着をしているのですか?」

 ロゼは呆気に取られ、黙り込む。なんと説明をしたらいいのか、口を噤むも、なぜか言わなければならない使命感に襲われた。かつてフリードリヒに言ったものと似たような言葉を告げる。

「ドルトディチェ大公家を存続させるためです」

 ユークリッドは紙を捲る手を止め、顔を上げて瞠目した。

「このままでは、大公家は滅びてしまうかもしれません。ジンクスを叶える手段を見つけることで、大公家に安泰をもたらすことができるかもしれない。確証はありませんし、根拠もありませんが、少しでも大公家を存続するための方法があるのなら、それに縋りたいのです」

 ロゼの淡々とした語り、だがどこかに熱い思いが秘めている言葉を聞いて、ユークリッドは嬌笑する。

「まるで全てを知っているかのようですね」

 核心を確実に突いてくるユークリッドに、ロゼは冷や汗をかいた。必死に平常心を保つ。

「どのような形であれ、ドルトディチェ大公家という一族が存在すればいい、というわけですよね?」
「……はい」
「大公家が滅亡する。信じがたい事実ですが……ダリア様が身内に殺されでもしたら、父上は大公家を蹂躙するでしょうから。それをもって滅亡というならば、可能性はありますね」

 ユークリッドが同意する。何かと勘の鋭い彼がそれ以上の追求はせず賛同してくれたため、ロゼは安堵の溜息をついた。
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