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本編
第119話 結婚の話
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後日。残暑が厳しい季節となった。双子が起こした事件は無事に落ち着き、喧騒がなくなったドルトディチェ大公家には、朗報が舞い込んできた。
ルティレータ帝国第六皇女アンナベル・イシース・ラウーラ・ルティレータが他国の王太子との結婚を発表した。
帝国一の美姫の結婚発表に、ドルトディチェ大公家のみならず、ルティレータ帝国中では、大きな話題となった。その話は、尾鰭をつけて帝国の端にまで広がっていく。何より、人々の度肝を抜いたのは、結婚適齢期となってもユークリッド以外の男性を拒んでいたアンナベルが、ほかの男性と結婚するということだ。貴族はもちろんのこと、平民でさえも、満場一致でユークリッドがアンナベルの結婚相手だろうと踏んでいたのだから。ふたりの結婚を待ち望んでいた貴族や平民たちは、彗星の如く現れ男性陣の視線をかっさらっていったロゼが悪者だと騒ぎ立てる者までいた。その騒ぎもすぐに鎮圧することとなるのだが、あながち間違ってもいなかった。
そんな噂の中心にいるユークリッドとロゼは、ユークリッドの宮の庭園で優雅にお茶会を楽しんでいた。残暑が厳しいと言っても、外に出るのが耐えられないほどではない。通気性の高い生地のドレスを纏ったロゼは、花々の香りを嗅ぎながら、紅茶を嗜む。
「姉上。第六皇女殿下がご結婚されるという話は、もう聞きましたか?」
「……はい。リエッタに教えてもらいました」
「そうですか。なんともおめでたい話ですよね」
ユークリッドは微笑し、カップを持ち上げる。僅かに色づいた唇が紅茶の水面に触れた。なんとなく色っぽい仕草に星の瞬きほどの一瞬、見蕩れたロゼは、彼に問うた。
「ユークリッド。一体あなたは、皇帝陛下になんと言ったのですか?」
ロゼの疑心に、ユークリッドはピタリと止まる。
ロゼが皇城の地下に閉じ込められた事件が起こった時、ユークリッドは早々に双子をドルトディチェ大公に突き出したあと、皇帝に謁見したのだ。その謁見の場所にロゼはいなかったため、皇帝とユークリッドが一体どんな話をしたのか知らない。アンナベルを一番の宝物として扱う皇帝が、彼女を容易に他国に嫁がせるわけがない。そう、余程の理由がない限りは――。ユークリッドはその余程の理由、皇帝が愛娘を他国の王太子に嫁がせるしかないと思わせる理由を作り出したのだ。
ユークリッドはカップをソーサーに戻し、軽く咳払いをした。
「最初は、第六皇女殿下の死刑を望みました」
ロゼは衝撃を受ける。ユークリッドの冷徹さは、底を知らない。まさしく深淵だ。自分に想いを寄せているアンナベルが殺されることを望むなど、人の心がないと罵倒されても仕方がない。しかしユークリッドは、人の心がある、自身の心に従ったからこそ、アンナベルの死刑を望んだのだ。彼からしたら、ロゼこそが一番守るべき対象。大公の座を手に入れるという野望に役立たないアンナベルなど、二の次どころか、三の次だ。
「第六皇女殿下は姉上を危険に晒し、双子に加担したのです。処刑は妥当でしょう。ですが、双子が実際の計画とは大幅に違った行動を取った事実も考慮し、俺は第六皇女殿下を他国へ嫁がせることで了承しました」
「……そ、う」
ロゼは震える声を発するのが精一杯だった。
ユークリッドは、アンナベルを処刑したかった。それを、アンナベルをこよなく愛する皇帝に望んだのだ。しかしユークリッドは処刑でも処罰でもなく、他国へ嫁がせる、悪く言えば売り飛ばすことで、アンナベルが犯した罪には目を瞑り、彼女の悪評も流さないと約束したのだろう。皇帝は愛娘の純粋無垢な想いより、ドルトディチェ大公家との未来の結束を選び取った。そして何より、愛娘アンナベルが帝国一の美姫の座から陥落し、帝国民から誹謗中傷を受けこれ以上心の傷を増やすことを防ぎたかったのだ。アンナベルからしたら、実の父親に裏切られたと酷く傷ついたであろうが、自身が犯した罪の重さを深く理解したのか。もはや命令とも取れる結婚の話に、抗えなかったのだろう。
「二週間後、第六皇女殿下が嫁がれる前日に、帝国を挙げた祭りが開催されるそうです。皇城でもパーティーが開かれるとか。俺たちも招待されるでしょうから……共に出席してくださいね、姉上」
ユークリッドの単調な促し方に、ロゼは特に内容の確認もせず、頷いてしまったのであった。
ルティレータ帝国第六皇女アンナベル・イシース・ラウーラ・ルティレータが他国の王太子との結婚を発表した。
帝国一の美姫の結婚発表に、ドルトディチェ大公家のみならず、ルティレータ帝国中では、大きな話題となった。その話は、尾鰭をつけて帝国の端にまで広がっていく。何より、人々の度肝を抜いたのは、結婚適齢期となってもユークリッド以外の男性を拒んでいたアンナベルが、ほかの男性と結婚するということだ。貴族はもちろんのこと、平民でさえも、満場一致でユークリッドがアンナベルの結婚相手だろうと踏んでいたのだから。ふたりの結婚を待ち望んでいた貴族や平民たちは、彗星の如く現れ男性陣の視線をかっさらっていったロゼが悪者だと騒ぎ立てる者までいた。その騒ぎもすぐに鎮圧することとなるのだが、あながち間違ってもいなかった。
そんな噂の中心にいるユークリッドとロゼは、ユークリッドの宮の庭園で優雅にお茶会を楽しんでいた。残暑が厳しいと言っても、外に出るのが耐えられないほどではない。通気性の高い生地のドレスを纏ったロゼは、花々の香りを嗅ぎながら、紅茶を嗜む。
「姉上。第六皇女殿下がご結婚されるという話は、もう聞きましたか?」
「……はい。リエッタに教えてもらいました」
「そうですか。なんともおめでたい話ですよね」
ユークリッドは微笑し、カップを持ち上げる。僅かに色づいた唇が紅茶の水面に触れた。なんとなく色っぽい仕草に星の瞬きほどの一瞬、見蕩れたロゼは、彼に問うた。
「ユークリッド。一体あなたは、皇帝陛下になんと言ったのですか?」
ロゼの疑心に、ユークリッドはピタリと止まる。
ロゼが皇城の地下に閉じ込められた事件が起こった時、ユークリッドは早々に双子をドルトディチェ大公に突き出したあと、皇帝に謁見したのだ。その謁見の場所にロゼはいなかったため、皇帝とユークリッドが一体どんな話をしたのか知らない。アンナベルを一番の宝物として扱う皇帝が、彼女を容易に他国に嫁がせるわけがない。そう、余程の理由がない限りは――。ユークリッドはその余程の理由、皇帝が愛娘を他国の王太子に嫁がせるしかないと思わせる理由を作り出したのだ。
ユークリッドはカップをソーサーに戻し、軽く咳払いをした。
「最初は、第六皇女殿下の死刑を望みました」
ロゼは衝撃を受ける。ユークリッドの冷徹さは、底を知らない。まさしく深淵だ。自分に想いを寄せているアンナベルが殺されることを望むなど、人の心がないと罵倒されても仕方がない。しかしユークリッドは、人の心がある、自身の心に従ったからこそ、アンナベルの死刑を望んだのだ。彼からしたら、ロゼこそが一番守るべき対象。大公の座を手に入れるという野望に役立たないアンナベルなど、二の次どころか、三の次だ。
「第六皇女殿下は姉上を危険に晒し、双子に加担したのです。処刑は妥当でしょう。ですが、双子が実際の計画とは大幅に違った行動を取った事実も考慮し、俺は第六皇女殿下を他国へ嫁がせることで了承しました」
「……そ、う」
ロゼは震える声を発するのが精一杯だった。
ユークリッドは、アンナベルを処刑したかった。それを、アンナベルをこよなく愛する皇帝に望んだのだ。しかしユークリッドは処刑でも処罰でもなく、他国へ嫁がせる、悪く言えば売り飛ばすことで、アンナベルが犯した罪には目を瞑り、彼女の悪評も流さないと約束したのだろう。皇帝は愛娘の純粋無垢な想いより、ドルトディチェ大公家との未来の結束を選び取った。そして何より、愛娘アンナベルが帝国一の美姫の座から陥落し、帝国民から誹謗中傷を受けこれ以上心の傷を増やすことを防ぎたかったのだ。アンナベルからしたら、実の父親に裏切られたと酷く傷ついたであろうが、自身が犯した罪の重さを深く理解したのか。もはや命令とも取れる結婚の話に、抗えなかったのだろう。
「二週間後、第六皇女殿下が嫁がれる前日に、帝国を挙げた祭りが開催されるそうです。皇城でもパーティーが開かれるとか。俺たちも招待されるでしょうから……共に出席してくださいね、姉上」
ユークリッドの単調な促し方に、ロゼは特に内容の確認もせず、頷いてしまったのであった。
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