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本編
第117話 双子の命乞い
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ロゼが地下の間に閉じ込められ、命の終焉を経験したという話を聞いたドルトディチェ大公は激怒した。序列最下位のロゼを庇う理由はないが、ダリアの娘のため蔑ろにはできなかったのだろう。ドルトディチェ大公は、ロゼを含めた直系たちを王座の間へと呼び出したのであった。
淡い水色一色に染められたマーメイドラインのドレスを身に纏ったロゼは、地下にて突如として発生した火災により火傷をしたというていで、腕に純白の包帯を巻いている。激しい火災の中でも奇跡的に生還して見せた彼女は、奇異の目に晒されていた。
ドルトディチェ大公が座る玉座の正面、直系たちの中心にいるのは、リアナとレアナ。小刻みに体を震わせている。可愛らしい顔や小柄な体に痣がないことから、恐らく拷問は受けなかったのだろう。しかし、尋問は受けたはず。双子が憎むロゼがすぐ傍にいるのにも関わらず、いちいち突っかかっている心の余裕など彼女たちには微塵もなかったのだ。
間を包み込む空気が張り詰める。少しでも動いてしまえば、皮膚が切れてしまうかのような、緊張した空気感であった。その空気を作り出している原因とも言えるドルトディチェ大公は、沈黙の壁を突き破る。
「なぁ、ユークリッド。この王座の間でオレの子が死ぬのは初めてか?」
「……さぁ、存じ上げません」
ドルトディチェ大公の矛先は、ユークリッドへと向かう。ユークリッドは冷静沈着に返答をしてみせた。リアナとレアナは反射的に顔を上げる。そこでようやく、ドルトディチェ大公と目が合った。
現時点において、まだ誰も死んでいないのに、ドルトディチェ大公はなぜそんな言葉を口にするのか。まるでこれから起こることを暗示しているみたいだ。双子の顔色は見る見るうちに蒼白となっていく。哀れな彼女たちに、ドルトディチェ大公は少しも慈悲の目を向けることなく、大息をつく。
「先日、そこの双子がロゼを騙し、第六皇女と共謀して皇城の地下に閉じ込めた」
ドルトディチェ大公の説明に、直系たちはチラリと双子を見遣る。最近、夫と離縁をした関係により、不本意ながらもドルトディチェ大公家へと舞い戻ってきたオーロラは、驚倒している。だが、萎縮する双子を見て、冷や汗を流しながら人の悪い笑みを湛えた。大公家へと戻ってきたあと、会合の場である塔にて直系と顔を合わせた際、双子に煽られたことを未だに根に持っているようであった。執念深さだけで言えば、ロゼを目の敵にし続けた双子といい勝負だろう。
「知っての通り、ロゼはオレの愛する女の実子だ。当然、手を出せばそれ相応の罰を与えなきゃならん」
ドルトディチェ大公は頬杖をつき、そう言った。彼が放った「それ相応の罰」という一言に、リアナが咄嗟に声を荒らげる。
「ま、待ってください、お父様っ!!! 私たちは……その……」
「なんだ、言ってみろ」
「えっ、と…………」
リアナは言葉に詰まる。玉座から一族の当主に見下ろされる恐怖は、彼女とて体験したこともない恐ろしさであった。リアナは腰を抜かしてしまい、その場で失禁をしてしまう。雪白のドレスがじわじわと濡れていく。床に敷かれた高級な絨毯は、彼女の体液で汚れてしまった。リアナを嘲笑する声すら聞こえない。直系たちは皆、彼女をじっと見つめるだけであった。もはや使い物にならなくなったリアナに代わり、レアナが口を切る。
「もう、もう二度とやりませんっ! ロゼお姉様の言いなりとなって働きますっ! ですからどうかっ、命だけはお助けを!」
レアナが必死に訴えると、ドルトディチェ大公は顎に手を当て、考える素振りをした。レアナはもうひと押しだと詰め寄る。どうやら背に腹はかえられないらしい。これまで事ある毎に愚弄していたロゼの下っ端となってまでも、なんとか生還したいようだ。
「序列も返上し、直系という立場も返上しても構いません。ですからどうか、お慈悲を……! お父様の末娘である私たちにお慈悲をおかけください!」
土壇場となり、レアナは頭を垂れた。ドルトディチェ大公家の一員としての誇りを捨て、惨めさを受容したのだ。リアナとは違い、レアナの肝の据わりように、ロゼは感心した。ドルトディチェ大公が考えあぐねていると、ジルが一歩前へと出た。
「父上。オレからも頼みます」
深々と頭を下げる。
「ジルお兄様……」
やっとの思いで失禁を止めたリアナが実兄であるジルを見つめる。
「どうしようもない愚妹ですが……命だけは、助けてやってください」
常に双子を「愚妹」だと言って罵っていたジルだが、彼も彼で、実妹が処刑されるのは、思うところがあるのだろう。
兄妹の感動的な場面を前にして、ロゼは無言を貫く。リアナとレアナの戦力を手に入れたところでなんだというのか。ユーラルアより、遥かに双子のほうが、ロゼを裏切る可能性が格段と高いだろう。ドルトディチェ大公が万が一、リアナとレアナを生かす選択をしたとしても、ロゼは彼女たちを受け入れる気ははなからなかった。
熟考を重ねていたドルトディチェ大公は、とうとう結論を出したのか、白光りする歯を見せて笑う。
「無理だ」
断頭台の刃の如く切れ味の良い単語は、たっぷりと欣悦がこもっていた。
淡い水色一色に染められたマーメイドラインのドレスを身に纏ったロゼは、地下にて突如として発生した火災により火傷をしたというていで、腕に純白の包帯を巻いている。激しい火災の中でも奇跡的に生還して見せた彼女は、奇異の目に晒されていた。
ドルトディチェ大公が座る玉座の正面、直系たちの中心にいるのは、リアナとレアナ。小刻みに体を震わせている。可愛らしい顔や小柄な体に痣がないことから、恐らく拷問は受けなかったのだろう。しかし、尋問は受けたはず。双子が憎むロゼがすぐ傍にいるのにも関わらず、いちいち突っかかっている心の余裕など彼女たちには微塵もなかったのだ。
間を包み込む空気が張り詰める。少しでも動いてしまえば、皮膚が切れてしまうかのような、緊張した空気感であった。その空気を作り出している原因とも言えるドルトディチェ大公は、沈黙の壁を突き破る。
「なぁ、ユークリッド。この王座の間でオレの子が死ぬのは初めてか?」
「……さぁ、存じ上げません」
ドルトディチェ大公の矛先は、ユークリッドへと向かう。ユークリッドは冷静沈着に返答をしてみせた。リアナとレアナは反射的に顔を上げる。そこでようやく、ドルトディチェ大公と目が合った。
現時点において、まだ誰も死んでいないのに、ドルトディチェ大公はなぜそんな言葉を口にするのか。まるでこれから起こることを暗示しているみたいだ。双子の顔色は見る見るうちに蒼白となっていく。哀れな彼女たちに、ドルトディチェ大公は少しも慈悲の目を向けることなく、大息をつく。
「先日、そこの双子がロゼを騙し、第六皇女と共謀して皇城の地下に閉じ込めた」
ドルトディチェ大公の説明に、直系たちはチラリと双子を見遣る。最近、夫と離縁をした関係により、不本意ながらもドルトディチェ大公家へと舞い戻ってきたオーロラは、驚倒している。だが、萎縮する双子を見て、冷や汗を流しながら人の悪い笑みを湛えた。大公家へと戻ってきたあと、会合の場である塔にて直系と顔を合わせた際、双子に煽られたことを未だに根に持っているようであった。執念深さだけで言えば、ロゼを目の敵にし続けた双子といい勝負だろう。
「知っての通り、ロゼはオレの愛する女の実子だ。当然、手を出せばそれ相応の罰を与えなきゃならん」
ドルトディチェ大公は頬杖をつき、そう言った。彼が放った「それ相応の罰」という一言に、リアナが咄嗟に声を荒らげる。
「ま、待ってください、お父様っ!!! 私たちは……その……」
「なんだ、言ってみろ」
「えっ、と…………」
リアナは言葉に詰まる。玉座から一族の当主に見下ろされる恐怖は、彼女とて体験したこともない恐ろしさであった。リアナは腰を抜かしてしまい、その場で失禁をしてしまう。雪白のドレスがじわじわと濡れていく。床に敷かれた高級な絨毯は、彼女の体液で汚れてしまった。リアナを嘲笑する声すら聞こえない。直系たちは皆、彼女をじっと見つめるだけであった。もはや使い物にならなくなったリアナに代わり、レアナが口を切る。
「もう、もう二度とやりませんっ! ロゼお姉様の言いなりとなって働きますっ! ですからどうかっ、命だけはお助けを!」
レアナが必死に訴えると、ドルトディチェ大公は顎に手を当て、考える素振りをした。レアナはもうひと押しだと詰め寄る。どうやら背に腹はかえられないらしい。これまで事ある毎に愚弄していたロゼの下っ端となってまでも、なんとか生還したいようだ。
「序列も返上し、直系という立場も返上しても構いません。ですからどうか、お慈悲を……! お父様の末娘である私たちにお慈悲をおかけください!」
土壇場となり、レアナは頭を垂れた。ドルトディチェ大公家の一員としての誇りを捨て、惨めさを受容したのだ。リアナとは違い、レアナの肝の据わりように、ロゼは感心した。ドルトディチェ大公が考えあぐねていると、ジルが一歩前へと出た。
「父上。オレからも頼みます」
深々と頭を下げる。
「ジルお兄様……」
やっとの思いで失禁を止めたリアナが実兄であるジルを見つめる。
「どうしようもない愚妹ですが……命だけは、助けてやってください」
常に双子を「愚妹」だと言って罵っていたジルだが、彼も彼で、実妹が処刑されるのは、思うところがあるのだろう。
兄妹の感動的な場面を前にして、ロゼは無言を貫く。リアナとレアナの戦力を手に入れたところでなんだというのか。ユーラルアより、遥かに双子のほうが、ロゼを裏切る可能性が格段と高いだろう。ドルトディチェ大公が万が一、リアナとレアナを生かす選択をしたとしても、ロゼは彼女たちを受け入れる気ははなからなかった。
熟考を重ねていたドルトディチェ大公は、とうとう結論を出したのか、白光りする歯を見せて笑う。
「無理だ」
断頭台の刃の如く切れ味の良い単語は、たっぷりと欣悦がこもっていた。
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