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本編

第110話 魅惑の誘い

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 夏特有の暑さが皇都を取り巻く。ルティレータ皇城の一角に建てられた宮。可愛らしい色合いと一流の庭師によって整えられた庭園が特徴的のその宮は、第六皇女アンナベルに与えられた宮であった。
 宮の庭園。太陽光を存分に浴びすくすくと成長する花々に囲われる場所で、ささやかなお茶会が開催されていた。貴族令嬢からも人気の高いアンナベルが開催したとは思えないほど、質素なお茶会であった。その茶会の参加者は、アンナベル、そしてリアナとレアナの僅か三人だけであった。
 セラサイト色の髪を後頭部で結い上げ、青色のリボンで彩ったリアナは、癖のない笑顔を湛えた。

「第六皇女殿下。この度は招待していただきありがとうございます」

 リアナの完璧とも言える微笑みに、アンナベルは警戒心を抱いた。
 アンナベルの顔色は、だいぶよくなったようだ。大罪人であるオーフェンは既に処刑されているが、今なお彼女の心には拭い去ることができない大きな傷が残っている。かなりのトラウマとなってしまっているのだろう。皇族専属の医者やルティレータでも名の知れた医者を呼び寄せて、心と体の治療を続けているらしいが、完全に回復できるまではまだまだ時間を要する。無理もない。好きでもない男性に誘拐され、体を触られたのだから。どんなに精神的に強い女性でも、耐えがたい苦痛となるだろう。
 アンナベルは剥き出しになった腕を擦り、深呼吸をした。

「人払いは……」
「済んでおります」

 セラサイト色の髪を両側の側頭部で結い、黄色のリボンで彩ったレアナが問いかける。アンナベルは間髪入れずして、答えた。レアナは安堵の溜息を吐いたあと、カップを持ち上げ最高級の紅茶を一口飲んだ。そんな彼女を前にして、アンナベルは早速本題に入るとする。

「あなた方が私を訪ねてくるとは……一体なんの用でしょうか」

 皇帝の血を色濃く受け継いだ証であるアクアグレイの瞳が鋭利に光る。いつもは穏やかに微笑むアンナベルとは正反対の顔つきであった。
 アンナベルは、リアナ、レアナとはこれといった繋がりもない。強いて言うなれば、社交界で顔を合わせる程度の仲だ。そのため、なぜドルトディチェ大公家の双子が自身を訪ねて来るのか、本気で分からなかった。ただ、よからぬものであることは窺えるが。

「嫌だわ、第六皇女殿下。本当は分かっておられるのでしょう? 私たちが訪ねてきた理由を」

 先程まで安らかな笑みを浮かべていたリアナの顔から、瞬時に微笑みが消え去る。表情の変化の仕方に、やはりドルトディチェ大公家の直系なのだとアンナベルは恐怖を覚える。気づかれないよう、テーブルの下で両手を震わせた。

「先日の事件は……本当に……ご愁傷しゅうしょう様でした。オーフェンお兄様は無事に処罰されましたが、第六皇女殿下が負った傷はとても深いと思います……」
「……お気遣いありがとうございます」

 レアナの気遣いに礼を返すアンナベル。レアナは眉尻を下げ、血色の目を瞼の裏へと隠す。アンナベルを心から心配している様子であった。しかし次の瞬間、レアナの口から驚くべき一言が放たれる。

「あれからユークリッドお兄様と会われたみたいですね……」
「っ!」

 投下された爆弾を真に受けてしまったアンナベルは、弾かれたように顔を上げる。リアナとレアナが悪人さながらに笑ったのを司会に入れた直後、露骨に反応してしまったことを悔いる。

「やっぱり……。その様子を見たところ、あんまりいい話はしていなさそうですね」

 リアナが口元に手を押し当て、滲み出る笑みを隠しながらそう言った。アンナベルは彼女を睥睨する。しかしろくに反論はできなかった。なぜならば、双子の言う通りだからだ。誘拐事件のあと、アンナベルは父親である皇帝の力を借りて、ユークリッドを城まで呼び出した。結婚が不可能なら、彼に傷を癒してもらうくらいは許されると踏んでいた。彼にしつこく擦り寄ってみたが、そつなく躱され、撃沈に終わっていたのだ。アンナベルが傷口に塩を塗るような悲しみに襲われていた矢先、双子が訪ねて来たのである。

「私たちが第六皇女殿下を訪ねた理由はそこにありますわ」

 リアナは、積み上げられていた甘い菓子を口に含み、一気に噛み砕く。ガリッ、という音がして、アンナベルは震え上がった。

「ユークリッドお兄様との仲を取り持つ代わりに、厭われ姫を殺すためのお手伝いをお願いしたいのです」

 菓子を堪能するリアナの代わりにレアナが説明をする。魅惑的な言葉に、アンナベルは生唾を呑み込んだ。
 リアナとレアナはドルトディチェ大公家においての序列が低い。だが、大公家の直系の力を借りれば、ユークリッドともお近づきになることができる。双子が約束を守る人間かどうかも分からない。しかしアンナベルは、目の前にちらつかされた餌に食いつくこと以外、脳になかったのである――。
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