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本編

第106話 もうひとりの直系

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 ロゼが再び闘技場近くの図書館に通い始めた頃、ルティレータ帝国中には、オーフェンがドルトディチェ大公に処刑されたという話が瞬く間に広まった。ヴァルトに引き続き、嫡男のオーフェンも亡くなったため、ついに後継者争いが本格化し始めたと話題になった。
 そんな中、ドルトディチェ大公家直系たちは皆、再び会合の場所である塔に集められていた。ロゼは、一体なんの報告だろうかと憶測しつつ、ユークリッドと共に塔へと向かった。ドレスのスカート部分をつまみ上げ、長い階段を上りきる。扉の両端に佇む騎士たちにより開かれた重厚な扉から、重苦しい特有の雰囲気が流れ出る。ユークリッドのエスコートを受け、扉を抜けると、無数の赤い目に見つめられた。序列第2位の席に座るユーラルアが華麗に口笛を鳴らす。ロゼは、上座から最も遠い椅子に着座した。ユークリッドも定位置の席につく。いつもは最後に登場することが多いロゼであるが、どうやらあとひとり、まだ来ていない人物がいるようだ。しかしヴァルト、オーフェンを除いた顔ぶれは、揃っている。ロゼは眉を顰め、不信感を抱いた。
 直後、再度扉が開け放たれ、大勢の部下を従えたドルトディチェ大公が現れる。常日頃、男性ばかりの部下を連れているドルトディチェ大公だが、彼のすぐ背後にひとりの女性が控えている。愛人のひとりか、と推測した刹那、瞼の奥からブラッドレッドの瞳が――。

「オーロラお姉様……なんで、ここに……」

 双子の妹レアナが小刻みに震えながら呟く。彼女の一言で全てを察したロゼは、「オーロラ」と呼ばれた女性を眺めた。
 肩上でふわふわと揺れるのは、癖のあるスモーキーベージュの髪。小動物を彷彿とさせる小柄さと童顔も相まって、愛らしく見えるが、ドルトディチェ大公家の血を引く証である赤目が可愛さのステータスを全て打ち消してしまっている。
 彼女の名は、オーロラ・ルティ・チェール・ルシオンネ。ルシオンネ公爵の妻にして、公爵夫人。年齢は、27歳で、ドルトディチェ大公家長女。そして、大罪人として処刑されたオーフェンと同じ母を持つ直系である。オーロラは、一切の光の侵入を遮断する目をしていた。文字通り、絶望だ。そんな彼女に、ドルトディチェ大公は冷たく命令を下す。

「座れ、オーロラ」
「……はい、お父様」

 オーロラはドルトディチェ大公に従い、空席に腰掛ける。

「今日お前たちを集めた理由は、オーロラが帰ってきたことを報告するためだ」

 オーロラを除く直系一同は、ドルトディチェ大公の「帰ってきた」という一言に、首を捻る。
 オーロラは随分と前、それもロゼがドルトディチェに名を連ねる以前のこと。他家に嫁ぎ、早々にドルトディチェ大公家の地位を捨て去ったのだ。彼女にとっては、ドルトディチェ大公家の名は、常に重荷であったのだろう。

「知っての通り、オーロラの実兄は、この間俺が処罰した大罪人だ。んで、オーロラは今ここにいる。つまり、社交界の風当たりを気にしたルシオンネ公爵に離縁を言い渡されたというわけだ」

 間に緊張感が走る。
 皇族、それもアンナベルを誘拐し既成事実を作り上げようとした大罪人オーフェン。その実妹であるオーロラは、一族の名が地に落ちることを危険視した夫のルシオンネ公爵により、離縁された。半分血の繋がらない兄妹であればよかったものを、完全に血が繋がっているとなると、ルシオンネ公爵も見逃すことができなかったらしい。
 ドルトディチェ大公はテーブルの下で組んでいた長い足を解き、テーブルを靴底で軽く蹴る。

「あの男も相当なバカだな。我慢すればいずれは収まるものを。一時の危惧で俺の娘に離縁をつきつけるとは、余程死にてぇようだ」

 ドルトディチェ大公は、顔色を消して吐き捨てた。オーロラは、惨めなのか、悲しいのか、俯いてしまった。彼女の肩が酷く震えている。

「ってことで、一度大公家を出たオーロラだが、また一族に名を連ねることとなる。話は以上だ。解散しろ」

 ドルトディチェ大公はパッと手を挙げて合図を出す。椅子を倒す勢いで立ち上がり、塔をあとにした。嵐のような彼が不在となった間は、沈黙に包まれる。その静けさを打ち破ったのは、双子であった。リアナとレアナは同時に席を立ち、オーロラを哀れむ目で見つめた。

「離婚って……。随分と惨めだわ」
「こら、リアナ。思ってても言っちゃダメだよ」

 リアナとレアナは、クスクスと嘲笑しながら、間を立ち去る。

「運がなかったとしか、言いようがない。恨むなら罪人を恨んでよ。ていうか、あなたも殺されないだけマシだったかもね」

 マウヌは呆れ気味に首を左右に振りながら、腰を上げる。

「また次の嫁ぎ先を見つけるか? まぁ、誰もテメェなんぞを娶ってくれる男はいねぇだろうがな。精々上手くやれよ」

 励まているのか、蔑んでいるのか。どちらとも取れない言葉を投げかけたジルは、颯爽と立ち去ったのであった。
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