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本編
第105話 誕生日プレゼント
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馬車に乗り込んだロゼとユークリッドは、今度こそドルトディチェ大公城への道を行く。美しい髪飾りをつけたまま、唖然とし続けるロゼ。
「本当に……お似合いですね、姉上」
ユークリッドは、恍惚とした表情でそう言った。ロゼは彼に話しかけられたことにより、我に返る。
「これ、は……一体……」
「プレゼントです。受け取っていただけて安心いたしました」
受け取ったつもりは別にないのだが。その言葉がロゼの口を衝いて出ることはなかった。ところで一体、なんのプレゼントなのだろうか。仲直りの証として用意したのか。それにしても随分と繊細な作りである。昨日の今日では、作ることは到底不可能な髪飾りだ。謎が深まる。ロゼが小首を傾げると、ユークリッドは顔を綻ばせた。彼は最近、よく笑うようになった。仏頂面ではない彼もまた、魅力的だ。不器用ではない素直な笑顔を浮かべるユークリッドに好印象を抱いた時、彼がプレゼントの理由を説明し始める。
「誕生日プレゼントですよ。姉上の誕生日の際は、あいにく喧嘩中でしたので……。プレゼントで帳消しにしようというわけではありませんが、何か特別な物を差し上げたかったのです」
僅かに眉尻を下げながら、上目遣いをする。ユークリッドは、弟属性を存分に発揮した。
彼は、少し前に過ぎ去ったロゼの21歳の誕生日プレゼントに、ひと目見ただけで高級品だと分かる髪飾りをプレゼントしようと考えていたのだ。しかしロゼの誕生日は、喧嘩中であったため、とてもではないがプレゼントを渡すことなどできなかったのである。ユークリッドの複雑であった心境を察しながら、ロゼは頭を下げた。
「ありがとう、ございます」
顔を上げたロゼ。色白な肌は、林檎色に染められていた。アジュライト色の瞳は水分をたっぷりと含んで潤んでいる。無表情でいることが多いロゼの照れ顔は、滅多に拝むことができない。ユークリッドはそれを見て、目を細める。黙って拝み続けることに我慢の限界を感じたのか、彼はロゼの隣に移動をした。やたらと近い距離感。少し動けば肩が触れてしまいそうな。ロゼが気遣って自然と距離を取ろうと試みるも、ユークリッドは彼女の腰を引き寄せる。離れることを許されなかったロゼは、困惑を覚えた。どうすればいいか分からぬまま、ユークリッドの腕の中で丸くなる。
「姉上とかなりの期間離れていた分、傍にいたくて仕方がないのです。不届きな義弟をお許しください」
ユークリッドは素直に気持ちを口にした。ロゼの石碑のように重い心は、いとも簡単に跳ね上がる。
どうせ、ロゼをいい気にさせるのも、彼の策略のうち。ドルトディチェ大公家当主となるため、ロゼを利用しているに過ぎない。ユークリッドの一挙一動に対していちいち舞い上がってしまえば、痛い目を見るのは分かっている。ユークリッドに惚れ込んだが故に、彼への気持ちに名前をつけてしまったが最後、彼に捨てられてしまうという架空の未来を想像して、ロゼはかぶりを振った。
「プレゼントはとても嬉しいですが……あまりくっつかれると、困ります。ユークリッド」
惑わされてはいけない。そう自身に言い聞かせる。腰に回ったユークリッドの手に、より一層の力が込められるのが分かった。ロゼは反射で顔を上げてしまう。唇が触れてしまいそうなほどの距離。朱殷に染まる眼に見つめられ、ロゼは生唾を呑み込んだ。
「目が、合いましたね」
至近距離で、ふわりと破顔するユークリッド。あまりにも穏やかかつ美しい笑顔は、万事を思い通りにさせてしまうくらい、破壊力があった。清潔で爽快の中、微かに男らしさを感じる匂いが漂う。フリードリヒとは明らかに違う香りに、ロゼは緊張する。
(あ、キス、される……)
ロゼはそう思い、流れのままに目を瞑った。しかしいつまで経っても、温もりは降ってこない。違和感に苛まれ少しだけ開眼すると、光の灯らない瞳が間近に迫る。なんだか、怒っている様子だ。
「ゆ、ユークリッド……。何を怒って、」
「誰にでも、そのように目を瞑って、キスを誘うのですか?」
「え……」
「メルドレール公爵にも同じようなことを?」
問いかけられたロゼは、何も答えない。否、答えられなかった。ユークリッドの言う通りであるからだ。沈黙を肯定と受け取ったユークリッドは、小さな息をこぼす。唇にかかる吐息に、ロゼは腰を震わせる。
「答えなくても構いません。最後は俺を選べばいいのですから」
ユークリッドはロゼの顎をすくい上げ、唇、ではなく、唇のすぐ横に、温もりの痕を施したのであった。
「本当に……お似合いですね、姉上」
ユークリッドは、恍惚とした表情でそう言った。ロゼは彼に話しかけられたことにより、我に返る。
「これ、は……一体……」
「プレゼントです。受け取っていただけて安心いたしました」
受け取ったつもりは別にないのだが。その言葉がロゼの口を衝いて出ることはなかった。ところで一体、なんのプレゼントなのだろうか。仲直りの証として用意したのか。それにしても随分と繊細な作りである。昨日の今日では、作ることは到底不可能な髪飾りだ。謎が深まる。ロゼが小首を傾げると、ユークリッドは顔を綻ばせた。彼は最近、よく笑うようになった。仏頂面ではない彼もまた、魅力的だ。不器用ではない素直な笑顔を浮かべるユークリッドに好印象を抱いた時、彼がプレゼントの理由を説明し始める。
「誕生日プレゼントですよ。姉上の誕生日の際は、あいにく喧嘩中でしたので……。プレゼントで帳消しにしようというわけではありませんが、何か特別な物を差し上げたかったのです」
僅かに眉尻を下げながら、上目遣いをする。ユークリッドは、弟属性を存分に発揮した。
彼は、少し前に過ぎ去ったロゼの21歳の誕生日プレゼントに、ひと目見ただけで高級品だと分かる髪飾りをプレゼントしようと考えていたのだ。しかしロゼの誕生日は、喧嘩中であったため、とてもではないがプレゼントを渡すことなどできなかったのである。ユークリッドの複雑であった心境を察しながら、ロゼは頭を下げた。
「ありがとう、ございます」
顔を上げたロゼ。色白な肌は、林檎色に染められていた。アジュライト色の瞳は水分をたっぷりと含んで潤んでいる。無表情でいることが多いロゼの照れ顔は、滅多に拝むことができない。ユークリッドはそれを見て、目を細める。黙って拝み続けることに我慢の限界を感じたのか、彼はロゼの隣に移動をした。やたらと近い距離感。少し動けば肩が触れてしまいそうな。ロゼが気遣って自然と距離を取ろうと試みるも、ユークリッドは彼女の腰を引き寄せる。離れることを許されなかったロゼは、困惑を覚えた。どうすればいいか分からぬまま、ユークリッドの腕の中で丸くなる。
「姉上とかなりの期間離れていた分、傍にいたくて仕方がないのです。不届きな義弟をお許しください」
ユークリッドは素直に気持ちを口にした。ロゼの石碑のように重い心は、いとも簡単に跳ね上がる。
どうせ、ロゼをいい気にさせるのも、彼の策略のうち。ドルトディチェ大公家当主となるため、ロゼを利用しているに過ぎない。ユークリッドの一挙一動に対していちいち舞い上がってしまえば、痛い目を見るのは分かっている。ユークリッドに惚れ込んだが故に、彼への気持ちに名前をつけてしまったが最後、彼に捨てられてしまうという架空の未来を想像して、ロゼはかぶりを振った。
「プレゼントはとても嬉しいですが……あまりくっつかれると、困ります。ユークリッド」
惑わされてはいけない。そう自身に言い聞かせる。腰に回ったユークリッドの手に、より一層の力が込められるのが分かった。ロゼは反射で顔を上げてしまう。唇が触れてしまいそうなほどの距離。朱殷に染まる眼に見つめられ、ロゼは生唾を呑み込んだ。
「目が、合いましたね」
至近距離で、ふわりと破顔するユークリッド。あまりにも穏やかかつ美しい笑顔は、万事を思い通りにさせてしまうくらい、破壊力があった。清潔で爽快の中、微かに男らしさを感じる匂いが漂う。フリードリヒとは明らかに違う香りに、ロゼは緊張する。
(あ、キス、される……)
ロゼはそう思い、流れのままに目を瞑った。しかしいつまで経っても、温もりは降ってこない。違和感に苛まれ少しだけ開眼すると、光の灯らない瞳が間近に迫る。なんだか、怒っている様子だ。
「ゆ、ユークリッド……。何を怒って、」
「誰にでも、そのように目を瞑って、キスを誘うのですか?」
「え……」
「メルドレール公爵にも同じようなことを?」
問いかけられたロゼは、何も答えない。否、答えられなかった。ユークリッドの言う通りであるからだ。沈黙を肯定と受け取ったユークリッドは、小さな息をこぼす。唇にかかる吐息に、ロゼは腰を震わせる。
「答えなくても構いません。最後は俺を選べばいいのですから」
ユークリッドはロゼの顎をすくい上げ、唇、ではなく、唇のすぐ横に、温もりの痕を施したのであった。
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