上 下
101 / 183
本編

第100話 就寝前のささやかな会話

しおりを挟む
 衝撃的な真相をユークリッドの口からしっかりと聞いたロゼは、ドレスから寝間着に着替えたあと、ユークリッドの寝室の前にやって来ていた。見張りの騎士はロゼに敬礼をして、室内にいるユークリッドに入室の確認を取ったのち、扉を開ける。ロゼは騎士に会釈をして、ユークリッドの寝室へと足を踏み入れる。

「お待ちしておりました。さぁ、どうぞ」

 寝間着姿のユークリッドに出迎えられる。豪華な貴族服を着こなしたユークリッドもいいが、ラフな格好の彼も十二分に男前だ。胸元は開き、隆々とした胸筋が浮き出ている。なんとなく、悪い男感が醸し出ている。そんなユークリッドに導かれるがまま、ロゼはソファーに腰を下ろした。テーブルの上には、既に紅茶のセットが用意してある。ユークリッドは、高級なティーポットに入った、これまた高級な紅茶を花柄のカップに注ぎ入れる。そしてロゼに差し出した。

「ありがとう」

 礼を一言。カップの取っ手に指を添え、持ち上げる。香りを楽しんでから、そっと紅茶を口に含んだ。ちょうどいい温かさとすっきりとした味わいに、ロゼは息を吐く。食後、それも就寝前の紅茶のチョイスとしては、完璧だ。

「お口には合いますか?」
「はい、とても。ユークリッドが淹れたのですか?」

 問いかけると、ユークリッドは頷く。使用人でも、料理人でもないのに、ここまで完璧に紅茶を淹れてしまうとは。もはやこの世に、彼にできないことはないのかもしれない。さすがだ、とロゼは感心を寄せる。

「姉上。これは……仲直りと受け取ってよろしいのでしょうか?」
「………………」

 ロゼは、制止する。暫し思考したあと、二口目の紅茶を口にした。
 なぜわざわざ、仲直りと受け取ってもいいのか、と聞くのだろうか。ユークリッド自身、明確な答えを欲するタイプなのだろうが、ロゼはそんなことはない。自然に仲直りできていればいいのだから。今さらそんなことを問うなど、恥ずかしくはないのか。
 ロゼはユークリッドを横目で見つめる。相も変わらず表情に面白みはないが、ほんの少しだけ眉尻が下がっている。それを見たロゼは、誠心誠意彼に向き合わなければならないと腹を括る。

「ユークリッド。以前、私の部屋であなたに言ってしまったこと、心より謝罪をいたします。ごめんなさい」
「……上辺だけのくだらない姉弟ごっこと言ったことに対してですか?」

 ピンポイントで当てられ、ロゼは顔を強ばらせる。どうやら想像以上に、ユークリッドは彼女の発言を根に持っているようだ。それだけユークリッドにとっては、酷く傷ついた言葉であったのかもしれない。ロゼがなんと答えようか迷っていると、ユークリッドが口を切る。

「お気になさらず。間違いではありませんので」
「え?」
「俺たちは、姉弟ではありませんから」

 確かに血の繋がりはないが、一応、上辺だけは姉弟だろう。少なくとも、ロゼはそう思っていたが、ユークリッドは違うのか。ユークリッドの言葉の裏には、いくつもの気持ちが隠れている気がするのだが、残念ながらそれを見つけることは至難の業だ。
 ふと、ユークリッドの手が伸びてくる。ロゼの髪の毛をすくい取り、髪先に儚げなキスを落とす。あまりにも様になる動作に、ロゼの頬が熱くなる。何かの意志表示に感じて仕方がないが、ロゼはあえて追求しないことにした。追求してしまったら、ユークリッドの意志を知ってしまったら、もう二度と、後戻りできない気がするから。ロゼがユークリッドに対して抱く想いに、名をつけないのと同じことである。

「ところで姉上。建国記念祭の日、姉上を護衛していた暗殺者から報告を受けました」

(……建国記念祭?)

 ロゼは頭を傾ける。
 建国記念祭。その日は、何かあっただろうか。ユークリッドが皇帝から「我が娘、アンナベルとの結婚を許そう」と身の毛もよだつ言葉を投げられていたが、ユーラルアの機転を効かせた行動とユークリッドの白を切る行動により、事なきを得た。しかしそのあと、ロゼがフリードリヒと共に大公城に帰還する際、突如として寄せ集めの盗賊の襲撃を受けてしまった。念のため、そして身の安全を確保するため、ロゼはフリードリヒの城に一時的な避難を……。そこまで考えたロゼは、弾かれたように顔を上げる。そして壊れた機械人形さながらの鈍い首の動きで、ユークリッドに視線を向けた。ロゼのアジュライト色の瞳が左右に細かく揺れる。「私、今、動揺しています」と丁寧に説明する彼女の顔色を見たユークリッドは、静かな笑顔を浮かべた。



――――――――――――――――



読者の皆様、いつもI.Yの小説を読んでくださりありがとうございます。この度本作が100話を更新いたしました! ここまでお付き合いくださった読者の皆様方のおかげです。これからも、皆様の生活に少しでも安らぎと彩り、楽しさをもたらすことができるよう、日々精進して参りますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
本当にありがとうございます!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

姉弟遊戯

笹椰かな
恋愛
※男性向け作品です。女性が読むと気分が悪くなる可能性があります。 良(りょう)は、同居している三歳年上の義姉・茉莉(まつり)に恋をしていた。美しく優しい茉莉は手の届かない相手。片想いで終わる恋かと思われたが、幸運にもその恋は成就したのだった。 ◆巨乳で美人な大学生の義姉と、その義弟のシリーズです。 ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/アンティーク パブリックドメイン 画像素材様

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

ざまぁされる姉をやめようと頑張った結果、なぜか勇者(義弟)に愛されています

risashy
恋愛
元孤児の義理の弟キリアンを虐げて、最終的にざまぁされちゃう姉に転生したことに気付いたレイラ。 キリアンはやがて勇者になり、世界を救う。 その未来は変えずに、ざまぁだけは避けたいとレイラは奮闘するが…… この作品は小説家になろうにも掲載しています。

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

【完結】金で買ったお飾りの妻 〜名前はツヴァイ 自称詐欺師〜

hazuki.mikado
恋愛
彼女の名前はマリア。 実の父と継母に邪険にされ、売られるように年上の公爵家の当主に嫁ぐことになった伯爵家の嫡女だ。 婿養子だった父親が後妻の連れ子に伯爵家を継がせるために考え出したのが、格上の公爵家に嫡女であるマリアを嫁がせ追い出す事だったのだが・・・ 完結後、マリア視点のお話しを10話アップします(_ _)8/21 12時完結予定

【完結】転生少女の立ち位置は 〜婚約破棄前から始まる、毒舌天使少女の物語〜

白井夢子
恋愛
「真実の愛ゆえの婚約破棄って、所詮浮気クソ野郎ってことじゃない?」 巷で流行ってる真実の愛の物語を、普段から軽くあしらっていた。 そんな私に婚約者が静かに告げる。 「心から愛する女性がいる。真実の愛を知った今、彼女以外との未来など考えられない。 君との婚約破棄をどうか受け入れてほしい」 ーー本当は浮気をしている事は知っていた。 「集めた証拠を突きつけて、みんなの前で浮気を断罪した上で、高らかに婚約破棄を告げるつもりだったのに…断罪の舞台に立つ前に自白して、先に婚約破棄を告げるなんて!浮気野郎の風上にも置けない軟弱下衆男だわ…」 そう呟く私を残念そうに見つめる義弟。 ーー婚約破棄のある転生人生が、必ずしも乙女ゲームの世界とは限らない。 この世界は乙女ゲームなのか否か。 転生少女はどんな役割を持って生まれたのか。 これは転生人生に意味を見出そうとする令嬢と、それを見守る苦労人の義弟の物語である。

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

処理中です...