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本編
第97話 冷たく、熱く
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森の中を駆け抜け、ドルトディチェ大公城に到着した頃には、既に日は落ち夜となっていた。宵に吹く生暖かい風が肌を撫でる。ユークリッドと馬と共に、宮に向かう途中、ロゼは立ち止まる。
「ユークリッド。私は自分の宮に、」
「姉上」
ユークリッドがロゼの言葉を制して、振り返る。彼から滲み出る禍々しいオーラに、ロゼは畏怖の念を抱く。突如、彼女の脳裏に蘇る、ユークリッドとアンナベルのキスシーン。なぜユークリッドは、アンナベルを一目散に助けなかったのだろうか。そんな疑問を抱えながら、ロゼはユークリッドから目を逸らした。
「あんなにも私を避けていたのに、今さら……優しくされても困ります。ひとりで帰れますから、もう放っておいてください」
ユークリッドを突き放す形で、踵を返した刹那、二の腕を掴まれ強い力で引かれる。咄嗟に身を翻すと、温もりが唇に触れた。雨に濡れたせいで体は酷く冷たいのに、触れる場所は恐ろしく熱い。身を捩り逃げ出す暇もなく、ユークリッドの手が腰に回される。ロゼが肩を跳ね上がらせると、それが合図とでも言うかのように、さらに唇が深く重なる。歯列を割って、口内に侵入する舌。蹂躙しつつ、優しさも垣間見えるキスは、ロゼの全身を蕩けさせていく。
「ん、ふ……ん」
キスの合間に、ロゼの嬌声が漏れる。ユークリッドはいつになく、キスに夢中になっているようだ。彼はロゼを強く抱きしめる。触れ合っていない肌がないほど、ぴたりと密着する。ロゼが寒気と興奮で体を震わせると、腰に回っていたユークリッドの手が、ロゼの背中に触れる。互いの舌が絡み合い、どちらのかも分からない唾液が口端を流れ落ちた。身も心もいっぱいいっぱいになってしまった時、ユークリッドはスッと離れる。そして、ロゼの口端を流れる唾液を優しく拭った。ロゼがユークリッドの名を呼ぼうと瞳を開けると、目前には興奮しきった彼の美貌が。鴉の羽の如く艶やかな黒髪は雨に濡れ、頬は赤い。唇はキスのせいか潤み、血色の瞳は美しい輝きを放つ。見たこともないユークリッドの表情に、ロゼは体の芯から溢れ出る快感を覚える。全身の血が騒ぎ始める。
(なに、これ)
ロゼは、心中で呟く。ユークリッドはロゼの濡れたひとつの髪束をするりと耳にかける。剥き出しになった熱い耳元にて、甘い声で囁いた。
「姉上……。俺の、部屋に」
ユークリッドの言葉に、ロゼは反射的に首を縦に振ってしまった。
降り頻る雨の下。ユークリッドに腕を引かれるがまま、彼の宮に向かった。行き交う騎士や使用人たちは皆、頭から大量の水を被ったかのように、ずぶ濡れのふたりに対して仰天している。使用人の中には、タオルを持ってこようかと進言する者もいたが、ユークリッドはそれをありがた迷惑だと一蹴してしまった。ふたりは、びしょ濡れのまま、ユークリッドの寝室に入室した。彼の部屋を汚してしまってはいけないと、ロゼはドレスをたくし上げる。
「ユークリッド、せめて濡れたドレスを、」
「姉上」
再びユークリッドは、ロゼの声を遮ってしまった。そして彼女の細い両腕を掴み、扉に押しつける。ロゼは自分よりもはるかに背の高いユークリッドと、できるだけ目を合わせないよう、下を向く。互いの服に含まれた水分で濡れていく地面を見つめると、ユークリッドがロゼの右手を放す。その行方を追うロゼ。ユークリッドは、自身の右手を口元に持っていき、人差し指を咥える。そして、手に張りついていた手袋を引き抜いた。あまりにも色気がある仕草に、ロゼは口内に溜まった生唾を呑み込んだ。ユークリッドは引き抜いた手袋を適当な場所に放り投げ、ロゼの顎に手を添える。
「見惚れてしまいましたか?」
フッ、と口角を上げるユークリッドに、ロゼは本能的に危機を察知する。このままではダメだ、喰われる――。ユークリッドが一気に距離を詰める。ロゼが逃げられないよう、股の間に足が入れる。それに、ビクリと反応を示し、ロゼは身を捩るも、逃げられる気配はない。またも唇が触れ合いそうになった瞬刻、ロゼはなんとか声を発する。
「ユークリッド。このままでは寒くて風邪を引いてしまいますっ……」
ロゼの必死の訴えに、ユークリッドは動きを止める。だいぶ暖かくなったとは言え、まだ季節は春だ。雨に打たれれば、風邪を引くのも当然のこと。
「申し訳ございません、姉上。そこまで気が回りませんでした。さぁ、早く浴室に。今すぐ侍女も呼びましょう」
ユークリッドはロゼの手を取り、僅かに微笑みながら気を利かせたのであった。
「ユークリッド。私は自分の宮に、」
「姉上」
ユークリッドがロゼの言葉を制して、振り返る。彼から滲み出る禍々しいオーラに、ロゼは畏怖の念を抱く。突如、彼女の脳裏に蘇る、ユークリッドとアンナベルのキスシーン。なぜユークリッドは、アンナベルを一目散に助けなかったのだろうか。そんな疑問を抱えながら、ロゼはユークリッドから目を逸らした。
「あんなにも私を避けていたのに、今さら……優しくされても困ります。ひとりで帰れますから、もう放っておいてください」
ユークリッドを突き放す形で、踵を返した刹那、二の腕を掴まれ強い力で引かれる。咄嗟に身を翻すと、温もりが唇に触れた。雨に濡れたせいで体は酷く冷たいのに、触れる場所は恐ろしく熱い。身を捩り逃げ出す暇もなく、ユークリッドの手が腰に回される。ロゼが肩を跳ね上がらせると、それが合図とでも言うかのように、さらに唇が深く重なる。歯列を割って、口内に侵入する舌。蹂躙しつつ、優しさも垣間見えるキスは、ロゼの全身を蕩けさせていく。
「ん、ふ……ん」
キスの合間に、ロゼの嬌声が漏れる。ユークリッドはいつになく、キスに夢中になっているようだ。彼はロゼを強く抱きしめる。触れ合っていない肌がないほど、ぴたりと密着する。ロゼが寒気と興奮で体を震わせると、腰に回っていたユークリッドの手が、ロゼの背中に触れる。互いの舌が絡み合い、どちらのかも分からない唾液が口端を流れ落ちた。身も心もいっぱいいっぱいになってしまった時、ユークリッドはスッと離れる。そして、ロゼの口端を流れる唾液を優しく拭った。ロゼがユークリッドの名を呼ぼうと瞳を開けると、目前には興奮しきった彼の美貌が。鴉の羽の如く艶やかな黒髪は雨に濡れ、頬は赤い。唇はキスのせいか潤み、血色の瞳は美しい輝きを放つ。見たこともないユークリッドの表情に、ロゼは体の芯から溢れ出る快感を覚える。全身の血が騒ぎ始める。
(なに、これ)
ロゼは、心中で呟く。ユークリッドはロゼの濡れたひとつの髪束をするりと耳にかける。剥き出しになった熱い耳元にて、甘い声で囁いた。
「姉上……。俺の、部屋に」
ユークリッドの言葉に、ロゼは反射的に首を縦に振ってしまった。
降り頻る雨の下。ユークリッドに腕を引かれるがまま、彼の宮に向かった。行き交う騎士や使用人たちは皆、頭から大量の水を被ったかのように、ずぶ濡れのふたりに対して仰天している。使用人の中には、タオルを持ってこようかと進言する者もいたが、ユークリッドはそれをありがた迷惑だと一蹴してしまった。ふたりは、びしょ濡れのまま、ユークリッドの寝室に入室した。彼の部屋を汚してしまってはいけないと、ロゼはドレスをたくし上げる。
「ユークリッド、せめて濡れたドレスを、」
「姉上」
再びユークリッドは、ロゼの声を遮ってしまった。そして彼女の細い両腕を掴み、扉に押しつける。ロゼは自分よりもはるかに背の高いユークリッドと、できるだけ目を合わせないよう、下を向く。互いの服に含まれた水分で濡れていく地面を見つめると、ユークリッドがロゼの右手を放す。その行方を追うロゼ。ユークリッドは、自身の右手を口元に持っていき、人差し指を咥える。そして、手に張りついていた手袋を引き抜いた。あまりにも色気がある仕草に、ロゼは口内に溜まった生唾を呑み込んだ。ユークリッドは引き抜いた手袋を適当な場所に放り投げ、ロゼの顎に手を添える。
「見惚れてしまいましたか?」
フッ、と口角を上げるユークリッドに、ロゼは本能的に危機を察知する。このままではダメだ、喰われる――。ユークリッドが一気に距離を詰める。ロゼが逃げられないよう、股の間に足が入れる。それに、ビクリと反応を示し、ロゼは身を捩るも、逃げられる気配はない。またも唇が触れ合いそうになった瞬刻、ロゼはなんとか声を発する。
「ユークリッド。このままでは寒くて風邪を引いてしまいますっ……」
ロゼの必死の訴えに、ユークリッドは動きを止める。だいぶ暖かくなったとは言え、まだ季節は春だ。雨に打たれれば、風邪を引くのも当然のこと。
「申し訳ございません、姉上。そこまで気が回りませんでした。さぁ、早く浴室に。今すぐ侍女も呼びましょう」
ユークリッドはロゼの手を取り、僅かに微笑みながら気を利かせたのであった。
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