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本編
第96話 穢れを落とす雨
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「私とアンナベル以外を殺せ!!!」
オーフェンが叫ぶ。ロゼたちの背後から攻めてきたのは、オーフェンに仕える騎士たちであった。騎士たちは一斉に剣を構え、戦闘体勢へと入る。
「ここは僕が引き受けます!」
ノエルが騎士たちの前に立ちはだかる。内に潜む膨大な魔力をコントロールし、魔法を発動させる。淡い水色の光が宙を漂った瞬間、光は迫り来る軍勢をいとも簡単に蹴散らした。肉眼では見えない風に、体を切り裂かれた騎士たちは、次々と息の根を止めていく。雪崩の如く階段に積み重なっていくその様は、滑稽であった。
「クソッ!!! どいつもこいつも私の邪魔をしやがって!!! 許さないっ!!!」
オーフェンは怒鳴り、アンナベルを突き飛ばす。アンナベルは「きゃっ!」と短い悲鳴を上げ、ベッドの端まで転がる。そして最後の砦であるシーツを握りしめ、啼泣し始めた。愛しき人が泣いているというのに、目もくれないオーフェンは、ユークリッドやユーラルアへと剣を向ける。
「どこからでもかかって来い! 全員皆殺しにしてやる!」
血走った眼は、もはや正気の沙汰ではなかった。
オーフェンは誠に、自身よりも序列上位であるユークリッドとユーラルアを殺せると思っているのか。オーフェンは、アンナベルを孕ませ彼女をものにすることしか脳のない、所詮はそこまでのくだらない男だ。ユークリッドやユーラルアと比べるまでもない。ロゼは、オーフェンを鼻で軽く笑い飛ばした。
「ユークリッドくん。いつまで突っ立っているおつもりですの? わたくしが手柄を横取りもしてもよろしいのかしら」
ユーラルアはユークリッドに声をかけながら、彼の隣に歩を進める。ドレスを捲り上げ、太腿に装着した短剣を取り出す。
「どうぞ」
「あら、本当によろしいの? 第六皇女殿下を助けた英雄になれるというのに」
ユーラルアは人差し指で器用に短剣を回し、嘲笑を浮かべた。彼女の言葉を聞いたユークリッドから、陰湿な空気が漂う。
「そんなものに興味はありません」
ユークリッドは冷たく吐き捨て、踵を返す。彼の返答を耳にしたユーラルアは、白い歯を見せて笑う。彼女の獲物として認定されたオーフェンは、剣の柄を持つ手に力を込めた。張り詰めたた雰囲気の中で対峙するふたりとは別に、ユークリッドは一部始終を見守っているロゼの元に。そして、僅かに他人の血が付着したジャケットを脱ぎ、ロゼの肩にかけた。
「姉上、疲れたでしょう? もう帰りましょう」
ユークリッドは自然な流れでロゼの手を握る。喧嘩中で気まずいというのに、彼は微塵も気まずさを感じさせない。ロゼは体を強ばらせるも、彼の言う通りにするのが懸命だと思い、頷いた。
「ノエル。罪人と、そこの共犯者をドルトディチェ大公城まで連行しろ」
「かしこまりました」
ノエルが深く頭を下げたと同時に、背後で刃がぶつかり合う音が反響した。ユークリッドに腕を引かれる最中、ロゼは後ろを振り返る。ユーラルアとオーフェンが激しい戦いを繰り広げ、火花を散らしていた。序列第2位と3位の戦闘に釘付けになっていると、ベッドの端でアンナベルが蹲っているのが目に入る。彼女は背を向けて今にも去ろうとしているユークリッドを、泣きながら見つめている。「置いていかないで、私を助けて」。悲痛に訴えるアクアグレイの眼は、ロゼの心を揺さぶった。ロゼが咄嗟に立ち止まろうとすると、それをユークリッドに制される。
「姉上は、見なくてもいいものです。さぁ、行きましょう」
久方ぶりに間近で見るユークリッドの顔は、心做しか疲弊しているように見えた。折り重なって絶命する騎士たちを踏み台として、ロゼとユークリッドは、長い階段を上った。地下室を抜け出し、館の中央の扉から外へと脱出する。扉前、雨で濡れた草を食していたユークリッドのたくましい愛馬に、ロゼは乗せてもらう。ユークリッドも彼女の後ろに跨り、彼女を抱きしめる形で手綱を握った。ユークリッドが馬に合図を出す。馬は、泥濘んだ大地を駆け始めた。先程よりも、雨が強く冷たい。ロゼが身を震わせ体温を上げようと試みると、その仕草に気がついたユークリッドが彼女をグッと抱きしめた。
天は、穢れを削ぎ落とす雨を降らす。それに打たれるがまま、ロゼは空を見上げた。木々が生い茂り、その隙間を雨が潜り抜ける。全身の穢れを落とす雨は酷く冷たかったが、背中を包み込む温もりだけが酷く、熱かった――。
オーフェンが叫ぶ。ロゼたちの背後から攻めてきたのは、オーフェンに仕える騎士たちであった。騎士たちは一斉に剣を構え、戦闘体勢へと入る。
「ここは僕が引き受けます!」
ノエルが騎士たちの前に立ちはだかる。内に潜む膨大な魔力をコントロールし、魔法を発動させる。淡い水色の光が宙を漂った瞬間、光は迫り来る軍勢をいとも簡単に蹴散らした。肉眼では見えない風に、体を切り裂かれた騎士たちは、次々と息の根を止めていく。雪崩の如く階段に積み重なっていくその様は、滑稽であった。
「クソッ!!! どいつもこいつも私の邪魔をしやがって!!! 許さないっ!!!」
オーフェンは怒鳴り、アンナベルを突き飛ばす。アンナベルは「きゃっ!」と短い悲鳴を上げ、ベッドの端まで転がる。そして最後の砦であるシーツを握りしめ、啼泣し始めた。愛しき人が泣いているというのに、目もくれないオーフェンは、ユークリッドやユーラルアへと剣を向ける。
「どこからでもかかって来い! 全員皆殺しにしてやる!」
血走った眼は、もはや正気の沙汰ではなかった。
オーフェンは誠に、自身よりも序列上位であるユークリッドとユーラルアを殺せると思っているのか。オーフェンは、アンナベルを孕ませ彼女をものにすることしか脳のない、所詮はそこまでのくだらない男だ。ユークリッドやユーラルアと比べるまでもない。ロゼは、オーフェンを鼻で軽く笑い飛ばした。
「ユークリッドくん。いつまで突っ立っているおつもりですの? わたくしが手柄を横取りもしてもよろしいのかしら」
ユーラルアはユークリッドに声をかけながら、彼の隣に歩を進める。ドレスを捲り上げ、太腿に装着した短剣を取り出す。
「どうぞ」
「あら、本当によろしいの? 第六皇女殿下を助けた英雄になれるというのに」
ユーラルアは人差し指で器用に短剣を回し、嘲笑を浮かべた。彼女の言葉を聞いたユークリッドから、陰湿な空気が漂う。
「そんなものに興味はありません」
ユークリッドは冷たく吐き捨て、踵を返す。彼の返答を耳にしたユーラルアは、白い歯を見せて笑う。彼女の獲物として認定されたオーフェンは、剣の柄を持つ手に力を込めた。張り詰めたた雰囲気の中で対峙するふたりとは別に、ユークリッドは一部始終を見守っているロゼの元に。そして、僅かに他人の血が付着したジャケットを脱ぎ、ロゼの肩にかけた。
「姉上、疲れたでしょう? もう帰りましょう」
ユークリッドは自然な流れでロゼの手を握る。喧嘩中で気まずいというのに、彼は微塵も気まずさを感じさせない。ロゼは体を強ばらせるも、彼の言う通りにするのが懸命だと思い、頷いた。
「ノエル。罪人と、そこの共犯者をドルトディチェ大公城まで連行しろ」
「かしこまりました」
ノエルが深く頭を下げたと同時に、背後で刃がぶつかり合う音が反響した。ユークリッドに腕を引かれる最中、ロゼは後ろを振り返る。ユーラルアとオーフェンが激しい戦いを繰り広げ、火花を散らしていた。序列第2位と3位の戦闘に釘付けになっていると、ベッドの端でアンナベルが蹲っているのが目に入る。彼女は背を向けて今にも去ろうとしているユークリッドを、泣きながら見つめている。「置いていかないで、私を助けて」。悲痛に訴えるアクアグレイの眼は、ロゼの心を揺さぶった。ロゼが咄嗟に立ち止まろうとすると、それをユークリッドに制される。
「姉上は、見なくてもいいものです。さぁ、行きましょう」
久方ぶりに間近で見るユークリッドの顔は、心做しか疲弊しているように見えた。折り重なって絶命する騎士たちを踏み台として、ロゼとユークリッドは、長い階段を上った。地下室を抜け出し、館の中央の扉から外へと脱出する。扉前、雨で濡れた草を食していたユークリッドのたくましい愛馬に、ロゼは乗せてもらう。ユークリッドも彼女の後ろに跨り、彼女を抱きしめる形で手綱を握った。ユークリッドが馬に合図を出す。馬は、泥濘んだ大地を駆け始めた。先程よりも、雨が強く冷たい。ロゼが身を震わせ体温を上げようと試みると、その仕草に気がついたユークリッドが彼女をグッと抱きしめた。
天は、穢れを削ぎ落とす雨を降らす。それに打たれるがまま、ロゼは空を見上げた。木々が生い茂り、その隙間を雨が潜り抜ける。全身の穢れを落とす雨は酷く冷たかったが、背中を包み込む温もりだけが酷く、熱かった――。
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