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本編

第95話 オーフェンの愚行

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 声がする方向、地下室へと乗り込んだユーラルア、ロゼ、ノエル。地下室は、ほんのりと明るい炎で照らされていた。廃れた煉瓦れんがが敷き詰められている壁際では、館の主である男爵と思わしき男が腰を抜かしていた。ロゼたちの姿を見て、助けが来たと目を輝かせるが、そうではないことに自然と気がつく。地下室の中央には、ユークリッドが背中を向けて立っている。さらにその奥には、無造作に置かれたベッドがあり、その上でよれた純白のシーツに包まる全裸のアンナベル。彼女の首元に、鋭い剣を食い込ませているオーフェンがいた。まさしく、混沌とした状況だ。
 緩徐に、ユークリッドが振り返る。彼はロゼを目に入れるなり、僅かに目を見開いた。

「なぜ貴様らまでいるっ!? 私の完全なる計画がっ……! クソッ! これも全てっ、貴様のせいだっ! ユークリッド!!!」
「……自らが犯した罪を他人に擦りつけるとは、もはや庇う余地すらありませんね、オーフェン兄上」

 我を忘れ取り乱すオーフェンとは反対に、ユークリッドは冷酷であった。相も変わらず冷たい彼に、オーフェンは歯軋 はぎしりをする。

「黙れ黙れ黙れっ! 私とアンナベルの高貴なる初夜を邪魔するとは、許されざる行いだぞ!!!」
「ひっ……」

 アンナベルの薄い首の皮に、剣が食い込む。穢れなき鮮血がゆっくりと垂れていく。アンナベルは恐怖に支配され、抵抗したくてもできないようだ。しかし彼女の涙で濡れた目は、ユークリッドただひとりを捉えていた。きっと彼女からしたら、ユークリッドが現れた瞬間は、本気で彼のことを救世主だと思ったのだろう。己の伴侶はこの男しかいない、ユークリッドしかありえないと、改めて確信を得たに違いない。

「どうしてこの場所がバレたのだ……。この場所でアンナベルと記念すべき初夜を過ごし、身篭みごもらせ、妻に迎えようとした私の計画が……。種を植えつける直前で邪魔をされるなんて……ありえない……」  

 オーフェンは虚ろとした目をしたまま、ひとりでに呟く。耳元で囁かれる形となったアンナベルは、震撼していた。
 オーフェンは、アンナベルとの間に、既成事実を作ろうとしていたのだ。そして、アンナベルの胎に宿った子の父親となり、無理に自身の妻に迎えようとしていたわけだろう。なんて、非道な行いか。ロゼは、女の敵であるオーフェンに怨念を向けた。ところでなぜユークリッドは、アンナベルが誘拐されたことを即座に知ったのだろうか。オーフェンを密かに見張っていた暗殺者から報告を受けたのであろうが、場所まで特定してしまうとは……。ここまでくるともはや、未来まで見えているのではないか、と恐ろしい。

「私だけだ……。私だけなんだ……。貴様ではない、決して貴様ではないっ!!! アンナベルの夫となり、アンナベルの子を育てることができるのは、この私だけだっ!!!」
「熟しすぎた恋心も、考えものですね」

 咆哮したオーフェンに、ユークリッドは無表情でそう言った。おまけに、小さな溜息まで吐いている。完全にオーフェンを舐め腐っているとしか考えようがない。溜息は、さらにオーフェンの怒りを煽ったようで、オーフェンはギリギリと唇を噛みしめ、眼を充血させた。

「ユークリッド、助けて……」

 アンナベルがユークリッドに助けを求める。その事実に、オーフェンは鬼の形相となる。アンナベルが恋敵であるユークリッドに懇願したことが許せないようだ。

「なぜっ、なぜ分からないっ!? アンナベル!? あんな男よりも、私のほうがずっとお前を愛することができる!! 目を覚ませ!!!」

 目を覚ますべきなのはどちらだ、と訴えたくなるが、火に油を注ぐ行為のため、ロゼは何も言わない。
 オーフェンは、アンナベルからユークリッドへと視線を移す。ブラッドレッドの瞳は、憤懣に濡れる。

「ユークリッド!! 血の繋がった家族もかえりみず、穢れた娼婦の娘などという汚物に塗れたその女を守る貴様に、アンナベルを助ける資格などないっ!!!」

 オーフェンが唾を吐き散らしながら叫んだその時、背後から激しい足音が聞こえる。


「私とアンナベル以外を殺せっ!!!」
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