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本編

第92話 ジンクス

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 ロゼは、ドルトディチェ大公から闘技場近くの特別な図書館の鍵を受け取り、入館方法を聞いた。護衛を引き連れて早速、闘技場近くの宮の中にある図書館に向かった。ほかの宮と比べ、だいぶ深閑とした雰囲気が漂う。一定の間隔で壁に飾られた数々の肖像画が少しだけ不気味な空気感を放っている。
 ドルトディチェ大公から教えてもらった場所へと向かうと、鉄製の扉の前にてふたりの騎士たちが業務をまっとうしていた。騎士たちは、ロゼの姿を確認したと同時に、頷きを見せる。どうやらドルトディチェ大公から、ロゼの訪問の件を聞いているようであった。ロゼは鉄製の扉に近づく。リングに通されたいくつかの鍵のうち、ひとつの鍵を取り出して、鍵穴に入れる。一寸の狂いもなくピタリとはまった鍵をぐるりと回すと、カチャリ、と解錠の音が聞こえた。騎士たちが扉を開けようとするが、ロゼがそれを手で制す。意図を察した騎士たちは、身を引いて、頭を下げる。ロゼは自ら、重い重い扉を開けて、中へと入った。後ろ手で扉を閉めると、施錠された音がする。どうやら自然と鍵も閉まる仕様となっているようだ。ロゼがいざ進もうと足を踏み出すと、ボッと何かが燃える音と共に、視界が明るくなる。左右の壁へと視線を巡らせる。人の気配を察知して灯る魔法の炎が久々の来客に喜んでいるのか、彼女を招き入れるように揺れた。ロゼは、灯りに感謝しつつ、螺旋状となっている階段を下りていく。すると、またも両開きの扉が見えてきた。その傍らには、巨大な騎士の像が。門番をしているのだろう。動かないと分かっていても、怖いものは怖い。ロゼは湧き上がる恐怖をなんとか押し殺して、先程とは違う鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。ひと思いに鍵を回転させると、扉が自然と開く。ロゼは安堵して、入室した。
 真っ暗であった室内は、またも魔法の炎によって一瞬のうちに明るくなる。目の前には、思わず絶句してしまうほどの神々しい世界が広がっていた。地下だというのに、信じられないくらいに天井は高い。多くの棚に隙間なく敷き詰められた本たちは、綺麗に管理されている。一体いくつの書物がこの図書館に存在しているのだろうか。考えるだけでも身震いしてしまう。
 ロゼはとりあえず、一周しようと、端から見て回る。すると比較的奥にある棚に目が留まる。

「ドルトディチェ大公家……」

 棚には、「ドルトディチェ大公家」と記されていた。ロゼは大量の本の中からランダムに二冊の本を手に取った。その本と共に、扉前に設置されていたテーブルに向かう。リングに連なる鍵を置き、椅子に腰を下ろす。興味を引かれるまま、分厚い本を開く。そこには、ドルトディチェ大公家の歴史について、事細かに記されていた。さらにページを捲る。ロゼが知りたい肝心のジンクスについては、僅かな情報しか書かれていない。指先で該当文をなぞる。

「ドルトディチェ大公一族に神獣の愛が降り注ぎし時、呪いは解け、一族はさらなる進化を遂げる。千年前、神獣アウリウスの加護を授かった時代から、言い伝えられてきた……」

 たったそれだけ。たったそれだけだ。その情報以外は、何ひとつとして記されていない。事実なのか、事実でないのか、判断する材料さえも存在しない。

「やっぱり、所詮はジンクスでしかないのかしら……」

 ロゼは本を閉じて、二冊目の本を開く。二冊目の本は、ドルトディチェ一族初代当主の一生について書かれている。しかし、ジンクスのことは、書かれていない。

「大公家を存続させるためにも、ジンクスを叶えて大公家を進化させることが必須だと思っていたのだけど……そうでもないのかしら? 私の、ただの勘違い……?」

 ロゼは眉間に皺を寄せながら呟く。
 「ドルトディチェ大公一族に神獣の愛が降り注ぎし時、呪いは解け、一族はさらなる進化を遂げる」。ジンクスを叶えることで、血に伝わる呪いは解け、ドルトディチェ大公家は進化を遂げるのだ。このジンクスを叶えることができたなら、ドルトディチェ大公が狂人と化すのを防いだ今後も、何世代も先に渡り、悲惨な滅亡を避けることができるに違いない。
 ドルトディチェ大公家に加護を与えた神獣アウリウス。ほかの一族の者を寄せつけない、並外れた能力を持つユークリッドは、神獣アウリウスに愛されている。神獣アウリウスの加護を色濃く受け継いだユークリッドの愛が降り注ぐ。つまり、ドルトディチェ大公家の当主の座に座ることによって、ドルトディチェ大公家は進化を遂げるのではないのか。そう推測したロゼは、瞠目する。

「ユークリッドが当主になれば、自然と呪いは解け、進化もできるということ?」

 もしロゼの推測が的を射ていたのであれば、今すぐにでもドルトディチェ大公を当主の座から引きずり下ろして、ユークリッドがその座を受け継げば、ロゼの悲願は達成されることとなる。
 ドルトディチェ大公とダリアが共に雲隠れしてくれたら、もしくはふたり共亡くなってくれたのなら、全ては丸く収まる――。

(でも、それではあまりにも、単純すぎやしないかしら)

 ロゼは三冊目、四冊目の本を取りに行くべく、席を立った。
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