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本編
第87話 いつかの忠告
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盗賊に襲撃され、身の安全を確保するために、フリードリヒの提案を受け入れ、ロゼはメルドレール公爵城に到着した。ロゼとフリードリヒの帰還を、ルークが出迎える。
「お帰りなさいませ、旦那様。……おや、ロゼ様」
「彼女を送っていく途中に盗賊に襲われた」
ルークの疑問に、即座に答えたフリードリヒ。ルークは目を見開き、ロゼの安否を確認する。
「なんと……。お怪我はございませんか?」
「はい。フリードリヒが守ってくださいましたから」
「それは当たり前のことですが、ロゼ様をしっかりと護衛した旦那様のご活躍を褒めなければなりませんな……」
ルークは軽口を叩きながら、満面の笑みを湛える。フリードリヒは珍しくルークに褒められ、悦楽が滲み出る面様となる。
「ドルトディチェ大公城よりも僕の城のほうが近かったからね、安全性の確保のために一時避難をと思って」
「さすがのご判断にございます。さぁ、ロゼ様。城の中へ」
ルークの案内を受け、ロゼは城内に足を踏み入れた。メルドレール公爵城特有の柔和な雰囲気が流れる。ロゼはまるで実家に帰ってきたかのような安心感を覚える。
「それにしても、盗賊とはまた野蛮な……。騎士の方々誰ひとりとして欠けてはおりませんよね?」
「あぁ、皆無事だ。寄せ集めの盗賊共なのか、まるで連携も取れていなかった。金や食べ物に困っていたのだろう」
フリードリヒは、眉間に皺を寄せ、真剣な面構えとなった。
いくら金や食べ物に困っているからと言って、貴族を襲って奪い去るなど、貴族側からすれば許容できることではない。慈悲をかけずに容赦なく始末する辺り、フリードリヒもただ優しいだけの盆暗ではないということだ。
盗賊に襲われた経緯を詳しく話しながら城内を歩いていると、目的地である客室に到着する。
「ロゼ様のお世話を」
ルークは控えていた侍女たちに命令を下した。またも侍女たちのお世話になってしまうと、ロゼは若干の申し訳なさを感じる。
「何から何まで本当にありがとう」
「気にすることないさ。一晩はここで様子を見よう。明日の朝には帰れるはずだから」
フリードリヒは先程、ドルトディチェ大公城へ遣いを出してくれた。リエッタに心配をかけることはなさそうだし、一晩で帰還できるのであればなんら問題は発生しない。ロゼは一通りの思考を巡らせたあと、安堵の息を漏らした。
「その……ロゼ」
フリードリヒは、ロゼの名を呼ぶ。ロゼが軽く首を捻ると、彼は目を泳がせた。何か言いにくいことでもあるのだろうか。ロゼは、フリードリヒが話してくれるまで待つ選択を選んだ。彼女の考えを察したフリードリヒは、腹を決めた様子で顔を上げる。
「あとで……君の元を訪ねても、いいかい?」
神より授かった天使の美貌を紅潮させ、あからさまに照れるフリードリヒ。彼が発した言葉に、ルークが目を見張った。
ロゼは以前、ルークにとある忠告を受けた出来事を蘇らせる。
『夜遅く、入浴を終えた淑女が男性の部屋に向かう。その意味を分からぬほど、ロゼ様は幼くはないでしょう』
それはいわゆる、夜這いを意味する。今回はロゼからではなく、フリードリヒからその提案を受けたのだ。ルークも激しく動揺しているようであった。しかしながら、その提案と言っても、フリードリヒの純粋無垢な誘いに夜這いの意味が込められているわけがないのだが。恐らく、フリードリヒなりに心配をしてくれているのだろう。
ロゼは深く検討したあと、とあるひとつの条件を提示する。
「お酒を飲まないのなら」
フリードリヒの顔が可愛らしく晴れ渡る。だが瞬時に、咳払いをして、可愛らしさを払拭した。
「も、もちろんだよ。もう二度と君の前ではお酒を飲まないことにする」
強い宣言に、ロゼは思わず僅かに口角を上げてしまった。
「じゃあ……またあとで」
赤面したフリードリヒは、ルークと共に去っていった。ロゼも侍女と一緒に、客室に入室する。重苦しいドレスを脱ぎ、下着も取り払ってバスローブを羽織る。髪の毛の装飾品も取り、脱衣所に向かうと、ロゼは侍女たちに頼み事をした。
「今日はひとりで入浴をしたいので、もう下がっても大丈夫ですよ」
「し、しかし……」
「わがままを言ってごめんなさい。どうかお願い」
ロゼの頼みに、侍女たちは顔を見合わせる。ロゼの意向に従うべきか、ルークの命令を聞き入れるべきか。しかし彼女たちの答えは既に決まっていたようで。
「かしこまりました」
侍女たちは深々と頭を下げて、脱衣所を出ていった。ひとりきりの空間にほんの少しだけ、身も心も踊らせて、冷たい床に一歩を踏み入れたのであった。
「お帰りなさいませ、旦那様。……おや、ロゼ様」
「彼女を送っていく途中に盗賊に襲われた」
ルークの疑問に、即座に答えたフリードリヒ。ルークは目を見開き、ロゼの安否を確認する。
「なんと……。お怪我はございませんか?」
「はい。フリードリヒが守ってくださいましたから」
「それは当たり前のことですが、ロゼ様をしっかりと護衛した旦那様のご活躍を褒めなければなりませんな……」
ルークは軽口を叩きながら、満面の笑みを湛える。フリードリヒは珍しくルークに褒められ、悦楽が滲み出る面様となる。
「ドルトディチェ大公城よりも僕の城のほうが近かったからね、安全性の確保のために一時避難をと思って」
「さすがのご判断にございます。さぁ、ロゼ様。城の中へ」
ルークの案内を受け、ロゼは城内に足を踏み入れた。メルドレール公爵城特有の柔和な雰囲気が流れる。ロゼはまるで実家に帰ってきたかのような安心感を覚える。
「それにしても、盗賊とはまた野蛮な……。騎士の方々誰ひとりとして欠けてはおりませんよね?」
「あぁ、皆無事だ。寄せ集めの盗賊共なのか、まるで連携も取れていなかった。金や食べ物に困っていたのだろう」
フリードリヒは、眉間に皺を寄せ、真剣な面構えとなった。
いくら金や食べ物に困っているからと言って、貴族を襲って奪い去るなど、貴族側からすれば許容できることではない。慈悲をかけずに容赦なく始末する辺り、フリードリヒもただ優しいだけの盆暗ではないということだ。
盗賊に襲われた経緯を詳しく話しながら城内を歩いていると、目的地である客室に到着する。
「ロゼ様のお世話を」
ルークは控えていた侍女たちに命令を下した。またも侍女たちのお世話になってしまうと、ロゼは若干の申し訳なさを感じる。
「何から何まで本当にありがとう」
「気にすることないさ。一晩はここで様子を見よう。明日の朝には帰れるはずだから」
フリードリヒは先程、ドルトディチェ大公城へ遣いを出してくれた。リエッタに心配をかけることはなさそうだし、一晩で帰還できるのであればなんら問題は発生しない。ロゼは一通りの思考を巡らせたあと、安堵の息を漏らした。
「その……ロゼ」
フリードリヒは、ロゼの名を呼ぶ。ロゼが軽く首を捻ると、彼は目を泳がせた。何か言いにくいことでもあるのだろうか。ロゼは、フリードリヒが話してくれるまで待つ選択を選んだ。彼女の考えを察したフリードリヒは、腹を決めた様子で顔を上げる。
「あとで……君の元を訪ねても、いいかい?」
神より授かった天使の美貌を紅潮させ、あからさまに照れるフリードリヒ。彼が発した言葉に、ルークが目を見張った。
ロゼは以前、ルークにとある忠告を受けた出来事を蘇らせる。
『夜遅く、入浴を終えた淑女が男性の部屋に向かう。その意味を分からぬほど、ロゼ様は幼くはないでしょう』
それはいわゆる、夜這いを意味する。今回はロゼからではなく、フリードリヒからその提案を受けたのだ。ルークも激しく動揺しているようであった。しかしながら、その提案と言っても、フリードリヒの純粋無垢な誘いに夜這いの意味が込められているわけがないのだが。恐らく、フリードリヒなりに心配をしてくれているのだろう。
ロゼは深く検討したあと、とあるひとつの条件を提示する。
「お酒を飲まないのなら」
フリードリヒの顔が可愛らしく晴れ渡る。だが瞬時に、咳払いをして、可愛らしさを払拭した。
「も、もちろんだよ。もう二度と君の前ではお酒を飲まないことにする」
強い宣言に、ロゼは思わず僅かに口角を上げてしまった。
「じゃあ……またあとで」
赤面したフリードリヒは、ルークと共に去っていった。ロゼも侍女と一緒に、客室に入室する。重苦しいドレスを脱ぎ、下着も取り払ってバスローブを羽織る。髪の毛の装飾品も取り、脱衣所に向かうと、ロゼは侍女たちに頼み事をした。
「今日はひとりで入浴をしたいので、もう下がっても大丈夫ですよ」
「し、しかし……」
「わがままを言ってごめんなさい。どうかお願い」
ロゼの頼みに、侍女たちは顔を見合わせる。ロゼの意向に従うべきか、ルークの命令を聞き入れるべきか。しかし彼女たちの答えは既に決まっていたようで。
「かしこまりました」
侍女たちは深々と頭を下げて、脱衣所を出ていった。ひとりきりの空間にほんの少しだけ、身も心も踊らせて、冷たい床に一歩を踏み入れたのであった。
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