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第83話 選ぶ
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ドルトディチェ大公をはじめ、ロゼ、ユークリッド、ユーラルアの三人を除く直系たちが塔を出ていった。沈黙の空気に耐えきれなくなったのか、ユークリッドも去ろうと席を立つ。
「お待ちなさいな、ユークリッドくん」
ユーラルアに引きとめられたユークリッドは、動きを制止する。なんの用だと言わんばかりの表情だ。
「ひとつ、質問がございますの」
「手短にお願いいたします」
ユークリッドの言葉に、ユーラルアは瞠目する。可愛げのない異母弟だ、と不満げな面持ちとなる。
「皇帝陛下のご命令ならば逆らえないですが……その件を抜きにして考えた際、ユークリッドくんは第六皇女殿下のパートナーになりたいのですか?」
続いては、ロゼが目を見開く番であった。なんてことを聞いてくれるのか。ユークリッドが頷いてしまえば、ロゼとユークリッドの間に存在する不確かな感情が、名前をつけることがないまま消え去ってしまう。ロゼは息を呑み、身構える。
「いいえ。少しも」
ロゼの心配とは裏腹に、ユークリッドはかぶりを振った。ロゼは深く安堵する。
「ならば、ロゼちゃんのパートナーにはなりたいですか?」
安心したのもつかの間、ロゼの心臓が激しく跳ね上がる。唾が喉に引っかかり、思わず咳き込みそうになってしまったが、なんとか堪えた。長い沈黙のあと、ユークリッドは長嘆息を漏らす。
「ロゼ姉上には、メルドレール公爵という適任がいるでしょう」
「答えになっておりませんわ」
「分かりませんか? 答えるつもりはないという意思表示ですよ」
ユークリッドとユーラルアは、睨み合う。ふたりの間で、バチバチと火花が散った。先に白旗をあげたのは、ユークリッド。目を逸らし、中途半端に引いたままであった椅子をしまった。
「まぁ、ですが……これだけは言えます」
意味深長な前置きに、ロゼとユーラルアは耳を傾ける。
「ありとあらゆる面において、ロゼ姉上がメルドレール公爵を選んだとしても、最後の最後は、俺を選ぶことになるでしょう」
ユークリッドはロゼを直視して、そう言った。深謀遠慮の宣言。ロゼには容易に理解できない思惑が、その宣言の裏に隠されている。ユークリッドは、背を向けて立ち去った。言葉の裏に隠れた本当の意味を知ることができぬまま、ロゼは謎の憂さに襲われたのであった。
「いくらロゼちゃんがメルドレール公爵とラブラブイチャイチャをしても、結局は自分のところに帰ってくるとユークリッドくんは驕っているのでしょうね? まるで愛する妻に浮気をされた夫の強がりのようですわ」
「……お姉様」
「あらごめんなさい」
ロゼの咎める声色に、ユーラルアは軽く謝罪をする。
『最後の最後は、俺を選ぶことになるでしょう』
ユークリッドの驕りは、まさしくユーラルアが言った通りに聞こえた。ロゼがフリードリヒと親密になっても、恋仲になっても、たとえ結婚をすることになったとしても、最終的にロゼはユークリッドを選ぶことになる。選ぶ、とは、どういう意味なのだろう。ロゼがユークリッドを選ぶ、そうせざるを得ない状況ができあがってしまうのかもしれない。しかしロゼは、ユークリッドと結婚するわけでもなければ、ドルトディチェ大公家に留まり続けるわけでもない。だとしたら、ユークリッドは、無理にロゼを引き留めるということだろう。まさか彼は、人間離れした治癒能力を持つロゼを、一生ドルトディチェ大公家で飼い殺すつもりなのか。いつ自分がほかの直系に狙われてもいいよう、そして自らの子に殺されそうになってもいいように……。
ユークリッドは、ロゼが並外れた摩訶不思議な力を保有しているかもしれないと、ずっと以前から推測していた。ユークリッドがロゼを守る理由も治癒能力を独占したいからなのかもしれないが、どの道彼が大公の座を手に入れる手段にしか過ぎないことは明らかだ。
ロゼは僅かに、首を左右に振る。ユークリッドに利用されていることは分かっている。ロゼも彼に対して不透明な想いを抱いていながらも、ジンクスを叶えるため、ダリアを守るため、彼を利用しているのだから。だがさすがに、ユークリッドであっても、ロゼを大公城で飼い殺すことはしないはず。根拠は、ない。直感だ。
ロゼが口内に溜まった唾液をごくりと飲み込んだ時、ユーラルアが突如として天井を仰いだ。
「あら~、私ったら……。ユークリッドくんとロゼちゃんを仲直りさせようと思っていたのに、的外れなことを聞いてしまいましたわっ!」
ユーラルアは大きく肩を落として、落胆する。彼女の後悔も耳に入れず、ロゼはユークリッドに懸念を抱き続けていた。
「お待ちなさいな、ユークリッドくん」
ユーラルアに引きとめられたユークリッドは、動きを制止する。なんの用だと言わんばかりの表情だ。
「ひとつ、質問がございますの」
「手短にお願いいたします」
ユークリッドの言葉に、ユーラルアは瞠目する。可愛げのない異母弟だ、と不満げな面持ちとなる。
「皇帝陛下のご命令ならば逆らえないですが……その件を抜きにして考えた際、ユークリッドくんは第六皇女殿下のパートナーになりたいのですか?」
続いては、ロゼが目を見開く番であった。なんてことを聞いてくれるのか。ユークリッドが頷いてしまえば、ロゼとユークリッドの間に存在する不確かな感情が、名前をつけることがないまま消え去ってしまう。ロゼは息を呑み、身構える。
「いいえ。少しも」
ロゼの心配とは裏腹に、ユークリッドはかぶりを振った。ロゼは深く安堵する。
「ならば、ロゼちゃんのパートナーにはなりたいですか?」
安心したのもつかの間、ロゼの心臓が激しく跳ね上がる。唾が喉に引っかかり、思わず咳き込みそうになってしまったが、なんとか堪えた。長い沈黙のあと、ユークリッドは長嘆息を漏らす。
「ロゼ姉上には、メルドレール公爵という適任がいるでしょう」
「答えになっておりませんわ」
「分かりませんか? 答えるつもりはないという意思表示ですよ」
ユークリッドとユーラルアは、睨み合う。ふたりの間で、バチバチと火花が散った。先に白旗をあげたのは、ユークリッド。目を逸らし、中途半端に引いたままであった椅子をしまった。
「まぁ、ですが……これだけは言えます」
意味深長な前置きに、ロゼとユーラルアは耳を傾ける。
「ありとあらゆる面において、ロゼ姉上がメルドレール公爵を選んだとしても、最後の最後は、俺を選ぶことになるでしょう」
ユークリッドはロゼを直視して、そう言った。深謀遠慮の宣言。ロゼには容易に理解できない思惑が、その宣言の裏に隠されている。ユークリッドは、背を向けて立ち去った。言葉の裏に隠れた本当の意味を知ることができぬまま、ロゼは謎の憂さに襲われたのであった。
「いくらロゼちゃんがメルドレール公爵とラブラブイチャイチャをしても、結局は自分のところに帰ってくるとユークリッドくんは驕っているのでしょうね? まるで愛する妻に浮気をされた夫の強がりのようですわ」
「……お姉様」
「あらごめんなさい」
ロゼの咎める声色に、ユーラルアは軽く謝罪をする。
『最後の最後は、俺を選ぶことになるでしょう』
ユークリッドの驕りは、まさしくユーラルアが言った通りに聞こえた。ロゼがフリードリヒと親密になっても、恋仲になっても、たとえ結婚をすることになったとしても、最終的にロゼはユークリッドを選ぶことになる。選ぶ、とは、どういう意味なのだろう。ロゼがユークリッドを選ぶ、そうせざるを得ない状況ができあがってしまうのかもしれない。しかしロゼは、ユークリッドと結婚するわけでもなければ、ドルトディチェ大公家に留まり続けるわけでもない。だとしたら、ユークリッドは、無理にロゼを引き留めるということだろう。まさか彼は、人間離れした治癒能力を持つロゼを、一生ドルトディチェ大公家で飼い殺すつもりなのか。いつ自分がほかの直系に狙われてもいいよう、そして自らの子に殺されそうになってもいいように……。
ユークリッドは、ロゼが並外れた摩訶不思議な力を保有しているかもしれないと、ずっと以前から推測していた。ユークリッドがロゼを守る理由も治癒能力を独占したいからなのかもしれないが、どの道彼が大公の座を手に入れる手段にしか過ぎないことは明らかだ。
ロゼは僅かに、首を左右に振る。ユークリッドに利用されていることは分かっている。ロゼも彼に対して不透明な想いを抱いていながらも、ジンクスを叶えるため、ダリアを守るため、彼を利用しているのだから。だがさすがに、ユークリッドであっても、ロゼを大公城で飼い殺すことはしないはず。根拠は、ない。直感だ。
ロゼが口内に溜まった唾液をごくりと飲み込んだ時、ユーラルアが突如として天井を仰いだ。
「あら~、私ったら……。ユークリッドくんとロゼちゃんを仲直りさせようと思っていたのに、的外れなことを聞いてしまいましたわっ!」
ユーラルアは大きく肩を落として、落胆する。彼女の後悔も耳に入れず、ロゼはユークリッドに懸念を抱き続けていた。
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