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本編
第75話 秘密の告白
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ロゼとフリードリヒは、バルコニーに出る。人は多く、賑やかだ。皇城の中庭が一望できる景色は、人々の心と体をじっくりと癒す。手すりに手を添えて、春風を全身で感じる。
「最近は、襲われたりしていないか?」
「えぇ、大丈夫よ」
唐突なフリードリヒの質問に、ロゼはそう返す。
ディモン伯爵令嬢、ヴァルトとユーラルアの実母のミューゼ、そしてヴァルトの件がひと段落してから、ロゼは以前の比較的平和な生活を送っていた。ドルトディチェ大公家の後継者争いで直系が亡くなる事件は、最近ではヴァルトの件だけ。そのため、彼が亡くなったという事実は、様々な憶測を呼び寄せた。後継者候補の序列上位の人間ではなく、序列が高くも低くもないヴァルトが亡くなったのだから、序列下位の直系の仕業だとか、後継者争いが本格化し始めただとか……。どれも的を射ていないが。
「よかった……。弟君が守ってくれているだろうが、やっぱり心配なものは心配だからね」
フリードリヒは胸を撫で下ろす。彼もユークリッドの実力は、正当に評価しているらしい。
ユークリッドと言い争いをした日、彼が言ったことが真実であれば、ロゼの護衛は解いていないはず。しかし大きな嵐が去った直後のため、しばらく命を脅かすほどの嵐は到来しないだろうと踏んで、護衛を解いている可能性もゼロではない。そう考えたロゼは、不安に駆られる。
「弟君が羨ましいよ」
「……え?」
「ロゼを直接、守ることができて」
フリードリヒの横顔は、酷く哀愁漂っていた。ロゼは彼の口からこぼれ落ちた本音を正しく拾い上げてしまったせいで、羞恥を覚える。体の内側がカッと熱くなった。それをなんとか誤魔化すため、中庭に視線を落とし、深呼吸をした。するとフリードリヒは、手すりに肘を乗せ、前屈みとなる。ロゼの白い耳に、フッと息を吹きかけた。
「好きだ、ロゼ」
世界の時間が止まった気がした。喧騒の中、ふたりだけの空間で満ちる。フリードリヒの、はっきりとした気持ちを聞いて、ロゼは狼狽えた。
「僕の気持ちはこの先も変わらない。君をあの忌々しい城から救い出してからも、ずっと」
フリードリヒはロゼの手を握り、そう伝えた。ロゼの胸は、激しく高鳴る。フリードリヒに憧れる、否、憧れていなくとも、世の女性方は彼の告白に卒倒してしまうだろう。今の恋人を捨ててまで、生涯の伴侶と別の道を歩んでまで、フリードリヒを追い求めてしまうかもしれない。
フリードリヒと結ばれ結婚することができたら、幸福に満ち足りた毎日となるはず。ドルトディチェ大公家のように、争いや殺しとは無縁の、温かくて穏和な生活。代々守られてきたルティレータで一番美しい庭園が出迎える、あのメルドレールの城で――。ドルトディチェ大公城とは、真逆の日々が確約されているのだろう。
告白の返答に困り果て、何も言わないロゼに対し、フリードリヒは気を利かせて無理に話を変えた。
「そう言えば、ドルトディチェ大公令息と第六皇女殿下はどこかへ歩いて行ったけど……なんだろうね?」
「……さぁ、知らないわ」
急に話が変わったことに驚きつつも、フリードリヒなりに気遣ってくれたのだろうかと思うロゼ。ありがたく彼の気遣いに便乗したロゼは、かぶりを振った。
ユークリッドはアンナベルに、話があると言っていたが、一体なんの話だろうか。告白か、それとも婚約の話か。はたまたまったく別の何かか。どの内容にしろ、ロゼが聞きたいと思うものではないようだ。
「僕も何度か、皇女殿下のパートナーを務めさせていただいたことがあるけど、彼女は良くも悪くも感情が顔に出るお方だ」
「……素直でいいじゃないの」
皮肉がかった褒め言葉に、フリードリヒは苦笑した。
無表情かつあまり感情を表すことが苦手のロゼとは、まるで真反対のアンナベル。よく笑い、よく泣くほど、感情豊かなのだろう。ろくに表情も変えられないロゼより、素直で愛らしくそして聡明さも携えたアンナベルと共にいたほうが、退屈しないことは明らかであった。ロゼの氷の心がギシッと音を立てて歪む。ユークリッドがロゼを守ってくれるのは、彼からしたら役目のひとつ、大公の座に手に入れるために必要な項目にしか過ぎない。つまりはロゼへの態度や言動は、ユークリッドの本音ではないのだ――。勘違いしないよう、改めて己の心に刻み込んだ時。
「フリードリヒ様」
鈴を鳴らしたかのような可愛らしい声がフリードリヒの名を紡いだ。
「最近は、襲われたりしていないか?」
「えぇ、大丈夫よ」
唐突なフリードリヒの質問に、ロゼはそう返す。
ディモン伯爵令嬢、ヴァルトとユーラルアの実母のミューゼ、そしてヴァルトの件がひと段落してから、ロゼは以前の比較的平和な生活を送っていた。ドルトディチェ大公家の後継者争いで直系が亡くなる事件は、最近ではヴァルトの件だけ。そのため、彼が亡くなったという事実は、様々な憶測を呼び寄せた。後継者候補の序列上位の人間ではなく、序列が高くも低くもないヴァルトが亡くなったのだから、序列下位の直系の仕業だとか、後継者争いが本格化し始めただとか……。どれも的を射ていないが。
「よかった……。弟君が守ってくれているだろうが、やっぱり心配なものは心配だからね」
フリードリヒは胸を撫で下ろす。彼もユークリッドの実力は、正当に評価しているらしい。
ユークリッドと言い争いをした日、彼が言ったことが真実であれば、ロゼの護衛は解いていないはず。しかし大きな嵐が去った直後のため、しばらく命を脅かすほどの嵐は到来しないだろうと踏んで、護衛を解いている可能性もゼロではない。そう考えたロゼは、不安に駆られる。
「弟君が羨ましいよ」
「……え?」
「ロゼを直接、守ることができて」
フリードリヒの横顔は、酷く哀愁漂っていた。ロゼは彼の口からこぼれ落ちた本音を正しく拾い上げてしまったせいで、羞恥を覚える。体の内側がカッと熱くなった。それをなんとか誤魔化すため、中庭に視線を落とし、深呼吸をした。するとフリードリヒは、手すりに肘を乗せ、前屈みとなる。ロゼの白い耳に、フッと息を吹きかけた。
「好きだ、ロゼ」
世界の時間が止まった気がした。喧騒の中、ふたりだけの空間で満ちる。フリードリヒの、はっきりとした気持ちを聞いて、ロゼは狼狽えた。
「僕の気持ちはこの先も変わらない。君をあの忌々しい城から救い出してからも、ずっと」
フリードリヒはロゼの手を握り、そう伝えた。ロゼの胸は、激しく高鳴る。フリードリヒに憧れる、否、憧れていなくとも、世の女性方は彼の告白に卒倒してしまうだろう。今の恋人を捨ててまで、生涯の伴侶と別の道を歩んでまで、フリードリヒを追い求めてしまうかもしれない。
フリードリヒと結ばれ結婚することができたら、幸福に満ち足りた毎日となるはず。ドルトディチェ大公家のように、争いや殺しとは無縁の、温かくて穏和な生活。代々守られてきたルティレータで一番美しい庭園が出迎える、あのメルドレールの城で――。ドルトディチェ大公城とは、真逆の日々が確約されているのだろう。
告白の返答に困り果て、何も言わないロゼに対し、フリードリヒは気を利かせて無理に話を変えた。
「そう言えば、ドルトディチェ大公令息と第六皇女殿下はどこかへ歩いて行ったけど……なんだろうね?」
「……さぁ、知らないわ」
急に話が変わったことに驚きつつも、フリードリヒなりに気遣ってくれたのだろうかと思うロゼ。ありがたく彼の気遣いに便乗したロゼは、かぶりを振った。
ユークリッドはアンナベルに、話があると言っていたが、一体なんの話だろうか。告白か、それとも婚約の話か。はたまたまったく別の何かか。どの内容にしろ、ロゼが聞きたいと思うものではないようだ。
「僕も何度か、皇女殿下のパートナーを務めさせていただいたことがあるけど、彼女は良くも悪くも感情が顔に出るお方だ」
「……素直でいいじゃないの」
皮肉がかった褒め言葉に、フリードリヒは苦笑した。
無表情かつあまり感情を表すことが苦手のロゼとは、まるで真反対のアンナベル。よく笑い、よく泣くほど、感情豊かなのだろう。ろくに表情も変えられないロゼより、素直で愛らしくそして聡明さも携えたアンナベルと共にいたほうが、退屈しないことは明らかであった。ロゼの氷の心がギシッと音を立てて歪む。ユークリッドがロゼを守ってくれるのは、彼からしたら役目のひとつ、大公の座に手に入れるために必要な項目にしか過ぎない。つまりはロゼへの態度や言動は、ユークリッドの本音ではないのだ――。勘違いしないよう、改めて己の心に刻み込んだ時。
「フリードリヒ様」
鈴を鳴らしたかのような可愛らしい声がフリードリヒの名を紡いだ。
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