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本編

第63話 新たな仲間

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 ヴァルトが魔法を展開。飛来する短剣は結界に突き刺さる。パリンッと結界が割れる音と同時に、短剣は地面に落下。ユーラルアは間髪入れず、二本目の短剣にも自身の血を塗って投げる。ヴァルトは、紙一重でそれを回避した。姉弟の関係性はどこへやら。完璧に血を分けたふたりは、相手の命を刈り取らん殺人鬼と化していた。同じ血の繋がりを持つのは、互いしかいないのにも関わらず、互いを殺そうと躍起やっきになる。そこには、家族への愛情も、人間としての倫理観りんりかんも、全てが欠けていた。これが、実力と権力が全てのドルトディチェ大公家なのだ――。
 らちが明かないと踏んだヴァルトが宮ごと爆破できる巨大な魔法を発動しようとした瞬間、ユーラルアが一瞬で彼との距離を詰めた。ユーラルアの手には、いつの間にか血塗られた三本目の短剣が。頭部にそれを突き刺そうと振りかぶるも、ヴァルトは魔法を発動させ、衝撃波でユーラルアを吹き飛ばす。しかし彼の攻撃をものともしないユーラルアは、空中にて体勢を立て直し、華麗に地面に着地する。どんな踊り子も彼女の演舞には敵わないと感じたロゼは、とある一点に気がつく。先程までユーラルアが持っていた短剣がない、と。

「ぐあ……!」

 平然としていたヴァルトが突如苦痛に満ちた声を上げる。なんと彼の肩には、先程までユーラルアが所持していた短剣が突き刺さっていた。どうやらヴァルトの魔法を食らって宙を舞っている間、すかさず短剣を放ったようだ。ユーラルアは勝利を確信して笑みを浮かべ、ドレスをたくし上げる。太腿に取りつけられた短剣を抜き取り、白い肌を赤く染めている血を付着させ、ヴァルトに向かって投げ飛ばす。見事な直線を描いた短剣は、ヴァルトの胸に突き刺さった。

「ごふっ……! ゆる、さない……ゆるさない……」

 憎しみに支配された目で唯一の実姉であるユーラルアを睨み続ける。ヴァルトの全身に、ユーラルアの、ドルトディチェの血が巡り、脳を犯していく。完全に気が狂ったヴァルトは、胸に刺さる短剣を自ら抜き、首元に押しあてる。

「ゆる、さ、な、い」

 その一言を最期に、ヴァルトは短剣を握る手に力を込めたのだった。黒い血を流しながら絶命を遂げ、地面へと沈む。短いようで長かった戦いは、終わりを告げた。
 終始ロゼを庇っていたユークリッドは、ユーラルアの元へと歩を進め、彼女の首に剣を添える。

「あら♡ 熱烈なお礼ね?」

 ユーラルアは、たった今実の弟を殺したとは思えない恍惚とした表情で、ユークリッドを見つめる。ヴァルトに引き続きユーラルアまで殺すのだろうか。先程、「は違います」と否定していたのに。ロゼが不思議に思っていると、ユークリッドは溜息を吐き、剣を鞘に納めた。

「殺そうか殺さないか、直前まで迷いましたが、やはり殺さないことにします」
「ユークリッドくんにとって、わたくしは生かす価値のある人間、ということですわね?」

 ユークリッドは頷きを見せる。その答えに満足したユーラルアは、絶命したヴァルトの亡骸に近寄り、彼の頭部を足で踏む。

「……苦戦してしまいましたわ。さすがは我が弟。一発では仕留めさせてはくれませんわね」
「さすがの身のこなしでしたよ、ユーラルア姉上」
「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ。それより、ロゼちゃんは怪我はなくて?」

 突然話を振られたロゼは、動揺をひた隠しにしながら首を縦に振る。ユーラルアは、微笑した。

「わたくしと完全に血の繋がった者共を殺してくださり、そして殺す機会を与えてくださり、誠にありがとうございます」
「礼を言うくらいなのであれば、さっさと殺しておけばよかったものを」

 ユークリッドが慈悲の欠片もない言葉を吐き捨てる。ユーラルアは僅かに苦笑した。

「手厳しいですわね……。母親と愚弟を恨んでいたとは言え、一応は血の繋がった家族ですわ。さすがのわたくしもなかなか決心がつかなかったのですが、今回はとてもよい機会でしたの。この方々にとっては、またとない最高の墓場ですわね」

 ユーラルアは、いい意味でも悪い意味でも自分に正直な人間だ。人間には誰しもに備わる欲望。それを隠し、笑顔で塗り潰すのではなく、むしろその欲望をあらわにすることにより、人間の本質に忠実となって生きているのだ。ある意味、ドルトディチェ大公家の中で最も人間味の溢れる人なのかもしれない。ロゼがユーラルアという人間について分析をしていると、ユーラルアは何かを思いついたのか、勢いよく顔を上げる。

「そのお礼と言ってはなんですが、わたくし、あなた方の味方になりましょう」

 月光に煌めく紅の瞳が湖のように澄み渡る。ロゼやユークリッドを油断させるための嘘か、と危惧するも、ユーラルアの凪いだ眼に嘘は見受けられない。

「序列第2位のわたくしが仲間に加わるのですわよ? これ以上とない魅力的な提案でしょう?」

 目の前に分かれた道。左右どちらに進むかでこの先の未来も大きく変化を告げることとなる。前世では、ユーラルアもロゼを守ってくれていたのだろうか。真相は定かではないが、ユーラルアの力を借りるか、否か、その大きな決断は、ドルトディチェ大公家の存続に関わってくるだろう。まだユーラルアという人間を知り尽くしてはいないものの、ロゼは彼女が提示したチャンスを逃さないほうがいいと直感で感じ取っていた。そんなロゼの思いを汲み取ったのか、ユークリッドは口を開く。

「万が一、裏切った際、そして姉上を危険に晒した際には、あなたの首が飛ぶことをお忘れなく」
「もちろんですわ」

 ユークリッドの忠告に意気揚々いきようようと頷くユーラルア。この瞬間より、ドルトディチェ大公家後継者候補序列第2位のユーラルア・チェフ・リーネ・ドルトディチェは、ロゼとユークリッドの仲間となった。

「よろしくお願いいたしますわ、ロゼちゃん」

 ユーラルアに握手を求められ、ロゼは血腥ちなまぐさい彼女の手をそっと、握ったのであった。
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