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本編
第62話 実の姉弟の別れ
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ヴァルトは魔法を発動しようとするが、自身の背後に人の気配を察知して、中断させる。彼はすぐさま振り向こうとするが、背筋も凍る寒気が押し寄せる。首元には、ひやりとした感触。ヴァルトの命を奪い取ることができる剣が添えられていた。
「怒りに支配されているためまともな思考ができないとは踏んでいましたが、まさかこんなにも簡単に引っかかってくださるとは思ってもいませんでしたよ、ヴァルト兄上」
どこか楽しそうに話す声。ヴァルトに剣を突きつけているのは、ユークリッドであった。一歩でも動けば、待ち構えるのは死。それを理解しているヴァルトは、後悔と憤怒に塗れたなんとも滑稽な形相を浮かべた。しかしすぐに冷静になる。彼の周囲には、魔法の結界が張り巡らされている。そう簡単には破られない。ヴァルトは深く呼吸を繰り返したあと、ユークリッドに問う。
「……僕と同様に、姉上もこうやって殺すつもりですか?」
「いいえ、今回は違います」
ユークリッドの意味深長な言葉に、ヴァルトは反応を示す。一部始終を傍観していたロゼは、疑問を抱いた。「今回は」とは、どういうことだろうか、と。もしかして、ロゼがドルトディチェ大公城にやって来る以前にも、今と同じようなシチュエーションがあったのかもしれない。そう推測したロゼは、余計なことを口走らないよう、口を噤む。
「ヴァルト兄上。最期の言葉は?」
「はっ……ないですよ、そんなもの」
「哀れな人生に終焉を」
ユークリッドはそう呟き、ヴァルトの喉元に剣を食い込ませていく。魔法の結界が邪魔をするも、彼は構わず剣にありったけの力を込めた。ヴァルトの顔色が見る見るうちに青ざめていく。パリンッ。一枚の皿が地面に叩きつけられ木端微塵に割れた際の音が反響し、ヴァルトが瞬時に次なる結界を作り上げようとした刹那、卒然として窓ガラスが割れる。ユークリッドはヴァルトから距離を取りつつ、目にも止まらぬ速さでロゼの元に向かう。そしてロゼを背中に庇い、割れた窓ガラスを見つめた。ロゼは、ユークリッドの腕を覆う漆黒のジャケットが深く斬られているのを発見する。ドス黒い色の血が流れており、心配する声を上げようとするが、ユークリッドの手により制された。ロゼは一体何で斬られたのか、と廊下の隅々まで視線を巡らせると、割れた窓の正面の壁に、無数のナイフが突き刺さっている異様な光景を目の当たりにする。
「あらあら、面白そうなことをしていらっしゃいますね。わたくしも混ぜてくださいな♡」
全身に立つ鳥肌。柔らかくも棘のある声色が轟き、ロゼは今この瞬間、最も来てほしくなかった人が来てしまったと絶望する。
割れた窓の桟にヒールを器用に引っ掛け、二本の短剣を人差し指で自由自在に回しているのは、ユーラルア。ヴァルトの実姉。大公家での序列は、ユークリッドに続く2位。
「こうなることも踏んで、僕は姉上にもあなたからの手紙を見せていたのですよ!」
ヴァルトは勝利を確信して咆哮を上げる。彼は、『明日、満月の夜に限り、姉上の護衛を解除する』というユークリッドからの手紙をユーラルアにも共有していたらしい。小賢しいことを、とロゼはヴァルトを睥睨する。
「残念でしたね、ユークリッド。さすがの序列トップのあなたでも、その女を庇いながら僕と姉上ふたりを相手にするのは厳しいでしょう!」
ヴァルトは狂気じみた笑いを上げながら、両手を広げる。
「姉上! 母上の無念を今ここで晴らしましょう!」
「ふふ」
ヴァルトの声掛けに、奇妙な笑いをこぼすユーラルア。一向に動こうとしない彼女に、ヴァルトは不信感を募らせる。
「可哀想なヴァルト。あの女に無念なんてありませんわよ」
「姉上……?」
「あの女にとって実子はあなただけですわ、ヴァルト。わたくしにからしてみれば、母親失格のクソ女ですわよ」
艶のある美貌から嬌笑を消し去る。ヴァルトは、本気で怒気を放つユーラルアに、底から湧き上がる恐怖を覚えた。
ユーラルアの言うように、母であるミューゼが愛していたのはヴァルトだけである。恐らく生まれた時から根本的に頭のネジが何本かはずれてしまっているユーラルアは、ミューゼから常に虐げられてきた様子。ヴァルトもそれを見て見ぬフリをしてきたのではないだろうか。
「わたくし、あの女が死んで清々しておりますの。この素晴らしき宴の連日に、水を差すような愚行をしないでくださるかしら、ヴァルト」
「あね、うえ……なにを……」
「ちなみに、わたくしからしたらあなたも殺したいくらい憎い弟ですわ」
不自然なまでに紅く染まった唇をにっと三日月形にして笑う。ユーラルアに裏切られたのだとようやく理解したヴァルトは、逆上して血眼になる。限界まで見開かれた目からは、今にも視覚を司る球体がぽろりと落ちてしまいそうだ。噛みしめた唇からは、ダラダラと血が流れている。
「き、貴様……貴様っ!!!」
「あの女から虐待されるわたくしを放り捨てたあなたに、永遠の死を捧げましょう」
ユーラルアは短剣で自身の肌を斬りつけると、刃に鮮血を塗りたくった。そしてヴァルト目掛けて、短剣を投げる。
「怒りに支配されているためまともな思考ができないとは踏んでいましたが、まさかこんなにも簡単に引っかかってくださるとは思ってもいませんでしたよ、ヴァルト兄上」
どこか楽しそうに話す声。ヴァルトに剣を突きつけているのは、ユークリッドであった。一歩でも動けば、待ち構えるのは死。それを理解しているヴァルトは、後悔と憤怒に塗れたなんとも滑稽な形相を浮かべた。しかしすぐに冷静になる。彼の周囲には、魔法の結界が張り巡らされている。そう簡単には破られない。ヴァルトは深く呼吸を繰り返したあと、ユークリッドに問う。
「……僕と同様に、姉上もこうやって殺すつもりですか?」
「いいえ、今回は違います」
ユークリッドの意味深長な言葉に、ヴァルトは反応を示す。一部始終を傍観していたロゼは、疑問を抱いた。「今回は」とは、どういうことだろうか、と。もしかして、ロゼがドルトディチェ大公城にやって来る以前にも、今と同じようなシチュエーションがあったのかもしれない。そう推測したロゼは、余計なことを口走らないよう、口を噤む。
「ヴァルト兄上。最期の言葉は?」
「はっ……ないですよ、そんなもの」
「哀れな人生に終焉を」
ユークリッドはそう呟き、ヴァルトの喉元に剣を食い込ませていく。魔法の結界が邪魔をするも、彼は構わず剣にありったけの力を込めた。ヴァルトの顔色が見る見るうちに青ざめていく。パリンッ。一枚の皿が地面に叩きつけられ木端微塵に割れた際の音が反響し、ヴァルトが瞬時に次なる結界を作り上げようとした刹那、卒然として窓ガラスが割れる。ユークリッドはヴァルトから距離を取りつつ、目にも止まらぬ速さでロゼの元に向かう。そしてロゼを背中に庇い、割れた窓ガラスを見つめた。ロゼは、ユークリッドの腕を覆う漆黒のジャケットが深く斬られているのを発見する。ドス黒い色の血が流れており、心配する声を上げようとするが、ユークリッドの手により制された。ロゼは一体何で斬られたのか、と廊下の隅々まで視線を巡らせると、割れた窓の正面の壁に、無数のナイフが突き刺さっている異様な光景を目の当たりにする。
「あらあら、面白そうなことをしていらっしゃいますね。わたくしも混ぜてくださいな♡」
全身に立つ鳥肌。柔らかくも棘のある声色が轟き、ロゼは今この瞬間、最も来てほしくなかった人が来てしまったと絶望する。
割れた窓の桟にヒールを器用に引っ掛け、二本の短剣を人差し指で自由自在に回しているのは、ユーラルア。ヴァルトの実姉。大公家での序列は、ユークリッドに続く2位。
「こうなることも踏んで、僕は姉上にもあなたからの手紙を見せていたのですよ!」
ヴァルトは勝利を確信して咆哮を上げる。彼は、『明日、満月の夜に限り、姉上の護衛を解除する』というユークリッドからの手紙をユーラルアにも共有していたらしい。小賢しいことを、とロゼはヴァルトを睥睨する。
「残念でしたね、ユークリッド。さすがの序列トップのあなたでも、その女を庇いながら僕と姉上ふたりを相手にするのは厳しいでしょう!」
ヴァルトは狂気じみた笑いを上げながら、両手を広げる。
「姉上! 母上の無念を今ここで晴らしましょう!」
「ふふ」
ヴァルトの声掛けに、奇妙な笑いをこぼすユーラルア。一向に動こうとしない彼女に、ヴァルトは不信感を募らせる。
「可哀想なヴァルト。あの女に無念なんてありませんわよ」
「姉上……?」
「あの女にとって実子はあなただけですわ、ヴァルト。わたくしにからしてみれば、母親失格のクソ女ですわよ」
艶のある美貌から嬌笑を消し去る。ヴァルトは、本気で怒気を放つユーラルアに、底から湧き上がる恐怖を覚えた。
ユーラルアの言うように、母であるミューゼが愛していたのはヴァルトだけである。恐らく生まれた時から根本的に頭のネジが何本かはずれてしまっているユーラルアは、ミューゼから常に虐げられてきた様子。ヴァルトもそれを見て見ぬフリをしてきたのではないだろうか。
「わたくし、あの女が死んで清々しておりますの。この素晴らしき宴の連日に、水を差すような愚行をしないでくださるかしら、ヴァルト」
「あね、うえ……なにを……」
「ちなみに、わたくしからしたらあなたも殺したいくらい憎い弟ですわ」
不自然なまでに紅く染まった唇をにっと三日月形にして笑う。ユーラルアに裏切られたのだとようやく理解したヴァルトは、逆上して血眼になる。限界まで見開かれた目からは、今にも視覚を司る球体がぽろりと落ちてしまいそうだ。噛みしめた唇からは、ダラダラと血が流れている。
「き、貴様……貴様っ!!!」
「あの女から虐待されるわたくしを放り捨てたあなたに、永遠の死を捧げましょう」
ユーラルアは短剣で自身の肌を斬りつけると、刃に鮮血を塗りたくった。そしてヴァルト目掛けて、短剣を投げる。
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