【完結】今世こそは一族を存続させ、生き残ってみせます 〜厭われ姫は愛を知る〜

本編

第56話 黒幕の断罪

「その女が悪いのよっ！！！！！」

　ディモン伯爵令嬢が突如として喚く。今にも人殺しをしてしまいそうな目で、彼女が直視しているのは、ロゼであった。一同の視線がロゼに突き刺さる。

「その女は、私の大好きなお父様を殺すためにっ……私に近づいたの！！！　お父様が死んでもっ、その女だけは頭のネジがぶっ飛んだかのように拍手をし続けていたのよ！？　あの天下のドルトディチェに手を出すなんて、私の気が狂ってるとあなた方は疑うのよね！？　でもね、疑ったほうがいいのはあの女の性根よ！　神々により裁きを受けるべきなのはあなただわ！！！！！　ロゼ・ヴィレメイン・リーネ・ドルトディチェ！！！」

　ディモン伯爵令嬢は、ありったけの力を振り絞り、咆哮した。命を削る覚悟で叫んだ彼女とは反対に、ロゼは最小限の力で彼女を見遣る。名を呼ばれるまでは、自分のことであると分かっていなかった様子だ。

「はっ、無駄よ。この子、何を言ってもろくに反応しないもの」

　リアナの忠告も無視して、ディモン伯爵令嬢は獣さながらの形相でロゼを睨み続けていた。屈託くったくのない笑顔が印象的だった彼女を、凶暴な猛獣とさせたのはロゼ自身だ。ロゼに恨みを抱くのも致し方ない。
　なんの反応も見せないから無駄だと言ったリアナの考えとは裏腹に、ロゼは珍しく口を開いた。

「誕生日プレゼント、気に入っていただけたようで何よりです。私が裁きを受けるべき人間ならば、幸せな人生を手に入れたあなたは神々より永遠の祝福を授かるべき尊いお方なのでしょう」

　ロゼは、瞳を一旦閉じたあと、再び開眼する。冬の夜空よりも純度の高い色味の目は、ずっと先の未来を見通していた。

「魂の浄化という、祝福を」

　感情の起伏きふくのない声色で囁く。生まれ変わることのない永遠の死こそ祝福だと言ったのだ。すなわちそれは、一種の救済とも言えよう。常に死と隣り合わせの崖に立っているドルトディチェの直系たちも、ロゼのあまりにも狂気じみた考え方に息を呑んだ。愛人たちも口元に手を押しあて、恐怖の眼差しをロゼへと向ける。彼女の母親であるダリアも例外ではなく。畏怖と哀惜が混じり合う表情を浮かべ、顔を背けた。その場でただひとり、ユークリッドだけがロゼの脅威に恐れず、冷静であった。

「父上。処刑のご許可を」
「そうだな……。オーフェン、お前がやれ」
「え……」
「ちなみにお前が吊るし上げたララは、白だった」

　オーフェンの顔は、見る見るうちに絶望に染まっていく。額から頬へと冷や汗が流れ落ちる。ほかの直系は、手柄欲しさに哀れな行為に走ったオーフェンを嘲笑あざわらった。

「その女を処分すれば、虚偽を吐いた罪は軽くしてやろう」

　ドルトディチェ大公の慈悲に、オーフェンは覚悟を決める。これ以上笑いものにされないためにも、彼はディモン伯爵令嬢を殺さなければならないのだ。腰に携えた剣を抜き放つ。白光りする剣に、薄らとディモン伯爵令嬢の顔が映った。

「いや……いやっ……いやっ！！！！！」
「テメェ、手を離してやれ」

　ドルトディチェ大公の指示通り、ディモン伯爵令嬢を捕らえていた騎士は、鎖を手放した。ディモン伯爵令嬢は両手を縛られた状態で、走り出す。壁際まで逃げるが、出口はない。振り返ると彼女の眼前には、オーフェンの剣が――。オーフェンは確かな手応えを感じるも、剣は宙を斬るだけ。なんとディモン伯爵令嬢は、一瞬の隙をつくことに成功し、オーフェンの剣を躱したのだ。一介の令嬢とは思えない、さらには両腕を縛られているとも思えない、華麗な身のこなしに、ドルトディチェ大公は上機嫌に口笛を鳴らす。

「いやっ！！！　助けてっ！！！　誰かっ！！！　助けてぇ！！！」

　だがしかし、ミラクルもここまで。奇跡の神は、ディモン伯爵令嬢には二度も笑いかけない。哀れなまでに泣き叫ぶディモン伯爵令嬢の腕に繋がる鎖を、オーフェンが踏み躙にじる。そしてディモン伯爵令嬢を背後から押し倒した。

「い、や……」

　ディモン伯爵令嬢の目の前には、ロゼが。彼女は相変わらずの無表情。今まさに、ひとりの令嬢の命が消されようとしているのに、彼女は他人事であった。ディモン伯爵令嬢は、助からないと悟り、一筋の涙を流す。

「あなたも、母親や父親が死ねば、私の苦しみが、分かるわ」

　途切れ途切れに話し終わると、オーフェンの剣がディモン伯爵令嬢の首にあてられる。彼女の言葉に明確な答えを出すことなく、ロゼは瞳を伏せた。瞬刻、剣が肉を斬り裂く音が響く。ディモン伯爵令嬢の声にならぬ断末魔がして、間は静寂と化した。