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本編

第54話 夢

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 ロゼは、ゆっくりと開眼をする。歪む視界、王座の間が現れる。夥しい血液に、鼻がひん曲がるほどの死体の臭い。ところどころ積み重なる死体の中には、直系たちの姿は見られない。死体の山を支える土台になっているのだろうか。眼前には、シャワーのように血を浴びたドルトディチェ大公がいる。ロゼはおもむろに、腕の中で眠る人物に目を向けるが、その人物は暗黒で塗り潰されていた。暗黒の深淵、覗いてはいけないという忠告を無視して眼を凝らそうとした瞬間、四本の尾を持った巨大な炎の鳥が飛び回り、瞬く間に間を炎で包み込んでいく。ドルトディチェ大公も、ロゼも例外なく燃やし尽くされる。身を焼く熱さに耐えきれず、ロゼは大きく息を吸って目を覚ました。

「はっ、はっ……夢……」

 ロゼは自身の体が火傷していないかをくまなく確認したあと、安堵の溜息をついた。窓の外、葉を散らした木々に留まっていたであろう鳥が激しく飛び立つ音がした。いつもは気にならない鳥の動向。だが今夜ばかりは、不穏な空気を感じた。得体の知れない恐怖に襲われたロゼは、分厚い布団の中に潜る。無理やり目を閉じ耳を塞いで、外界との繋がりを断ち切ろうとするが、不安定な精神状態で眠れるわけもなく。眠ろうとすればするほど、ロゼの意識は覚醒していく。そのまま震えること数十分……。

「ユークリッド様っ、困りますっ……こんな夜更けにっ! お嬢様は既にお休みになられて、」

 部屋の外からリエッタの大声が聞こえてくる。ロゼは彼女の口から飛び出た名に驚き、上体を起こして、枕元の灯りをつける。リエッタの訴えも虚しく、開かれる扉。そこに現れたのは、ユークリッドであった。彼は、ロゼが無事であることを確認すると、特に焦った様子も見せぬまま、ひとつ頷いた。そしてリエッタのほうを見る。

「悪いが、姉上とふたりにしてくれ」
「………………」
「大丈夫よ、リエッタ」

 ロゼがリエッタを説得する。リエッタは深く頭を下げて、部屋をあとにした。ユークリッドはベッドに腰掛ける。

「突然で驚いたわ。どうしたの? ユークリッド」
「姉上を護衛している者より報告がありました。姉上を襲撃しようとしていた見知らぬ暗殺者がいた、と」

 ユークリッドの報告を聞いたロゼは、そっと息を吐く。表情に変化は見られないものの、彼女の心臓は激しく脈打っていた。暗殺者や直系たちに狙われるのは、初めてではない。だが、かなり久々であることは事実。鳥が飛び立った音と何か関係があるのだろうか、とロゼは思考を巡らせた。

「私は今、命の危機にあったということですね?」
「はい」

 ユークリッドが遣わせた者によって、暗殺は未然に防がれた。ダリアのように、自身も斬りつけられていたかもしれない未来を想像すると、気が気ではいられない。

「敵の暗殺者は捕らえましたか?」
「はい。ただ今ごうも……尋問中です」

 またも言葉を間違えるユークリッド。ここまで来るとわざとなのではないか、と思えてきてしまうが、バツが悪そうに首を搔いている辺り、わざとではない様子だ。ロゼは頭を抱える。

「今回の件もディモン伯爵令嬢の仕業なのですよね……。私を襲った暗殺者も裏世界の暗殺組織なのでしょうか?」
「……はい、恐らく。ディモン伯爵が裏組織との繋がりがあったので、令嬢も自然と繋がりがあると考えることはできますが……彼らは情だけでは動かない組織でもあります。何やら違う匂いもしますね……。帰ったら捕らえた暗殺者に聞いてみることにしましょう」

 「どのように聞くのですか?」とは、さすがに聞けなかった。間違いなく、ロゼの想像通りの聞き方であろうから。
 ユークリッドが来てから、嘘みたいに恐怖が消え去った。ロゼはユークリッドに感謝せねばならないと、彼の背中に抱きついた。まぁ、その気持ちも上辺だけのもの。実際は、死をも超越する恐怖を感じたため、彼に縋っているのだ。

「……姉上?」
「こんな夜更けに、わざわざ訪ねて来てくださったこと、礼をしなければと思いまして」
「……怖い思いを、されたのですね」

 ユークリッドはロゼの手を握り、そっと囁く。なぜ抱きついたのか、その理由は、彼にはお見通しであったようだ。ユークリッドはロゼの手を持ち上げ、甲に熱いキスを落とす。

「あなたが眠るまで傍にいましょう」

 全世界の女性が発狂してしまうほどの甘美な台詞に悩殺されながら、ロゼは目を閉じたのであった。
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