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本編
第53話 黒幕の正体
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ユークリッドとロゼは朝食を取ったあと、共にお茶を嗜む。その場には、重大報告をしてきたノエルの姿もある。
「ようやく判明したか」
「思いのほか時間がかかってしまいましたね……」
ユークリッドとノエルが言葉を交わす。
ノエルは朝一番に、ダリアを襲撃した真の黒幕の正体が判明したと報告に来た。やはりダリアを襲撃した暗殺者を手配したのは、ララとかいう愛人ではなかったのだ。
「それで、黒幕は誰なのでしょうか?」
ロゼは早速答えを聞くべく、催促する。ノエルはひとつ頷き、小さく息を吸った。
「ダリア様を襲撃した黒幕は、ディモン伯爵令嬢でございます」
思いもよらなかった人物の名がノエルの口から紡がれたことで、ロゼは衝撃を受ける。彼女はカップに伸ばしかけていた手を止め、ユークリッドの傍らに控えていたノエルを見つめる。彼女とは反対に、ユークリッドはまったく驚いていない。彼の目には、ディモン伯爵令嬢も映っていたというわけだろう。
「ユークリッド様がディモン伯爵令嬢を調査をしろと仰ったので何事かと思いましたが……あなた様の予想通りの結果となりましたね」
ロゼは正面に座るユークリッドを注視する。珍しく生気が宿るアジュライト色の眼光に射抜かれ、ユークリッドは僅かに居心地悪い気分となった。
「俺の勘が当たったというのもありますが、眠る姉上を襲った暗殺者を捕らえ、拷問……失礼。尋問し、情報を聞き出せたことが正解でしたね」
悪いことは何ひとつしていないと断言するユークリッドの表情に対して、ロゼは猜疑心を向ける。尋問ではなく、拷問の間違いではないだろうかと小言を口にしたくなったが、すんでのところで呑み込む。
「姉上を襲撃した暗殺者並びにダリア様を襲撃した暗殺者も同一人物でした。やはり想像通り、暗殺組織に所属していました。まぁだからと言って、該当の暗殺者を裁くくらいで、組織を壊滅させることはできませんが」
ユークリッドの心地よい声で紡がれる説明を聞きながら、ロゼは紅茶を飲む。ほどよい具合に冷めているため、随分と飲みやすかった。
表世界と裏世界の間には、はっきりとした一線が引かれている。もちろん、どちらかの世界に介入することは可能だが、そもそもの話、生きる世界が違うのだ。ドルトディチェ大公家は確かに闇が深く、なんなら裏世界よりも恐れられているが、ルティレータ皇族より爵位を賜った貴族、表の人間である。いくらドルトディチェ大公家の人間と言えど、報復の意味を込めて暗殺組織を壊滅させる残虐行為に走ってしまえば、それはもはやドルトディチェ大公家と該当の暗殺組織だけの抗争ではなくなる。全面的な争い。長年保たれてきた表と裏、光と影の秩序が崩されることとなるのだ。さすがドルトディチェ大公でも、その引き金を引くほど愚かではないだろう。ダリアは幸いにも、まだ生きているのだから――。暗殺組織を壊滅させるのではなく、彼らを雇った黒幕を吊るさない限りは、争いは終わらない。
「ユークリッド様。処分はどのようにいたしましょう?」
「……今回の件はダリア様の生死が強く関わった。勝手に対処したともなれば、父上は黙っていないだろう」
「では……」
「あぁ。令嬢を父上に献上する」
ノエルの問いかけに、ユークリッドは答えを述べる。ロゼはそれが最善だと首肯した。ドルトディチェ大公に気に入られているユークリッドでも、黒幕であるディモン伯爵令嬢を勝手に殺したともなれば、憤慨するだろう。怒りの神に支配されたドルトディチェ大公の記憶を脳内にて蘇らせてしまい、ロゼは軽く身震いをした。
「姉上。俺から父上にこの件を報告いたします。そしてディモン伯爵令嬢を大公城まで連行し、その後の判断を父上にお任せします。よろしいですか?」
「えぇ、もちろんです。あなたに任せます」
「ありがとうございます。これ以上、ダリア様や姉上を危険に晒さないためにも、すぐにでも行動いたします」
ユークリッドの真剣な面様から目を逸らす。激しく高鳴る鼓動が聞こえていないか焦ったロゼは、話題を変える。
「ところで、ディモン伯爵令嬢は、私に恨みを持っているのでしょうか?」
「間違いなく姉上を恨んでおられますね。実際、最初にディモン伯爵令嬢と接触したのは、姉上ですし」
ディモン伯爵を殺害するため、ディモン伯爵令嬢に接触をし、彼女の誕生パーティーの招待状を入手したのは、間違いなくロゼである。それに、ディモン伯爵が死してもなお、阿鼻叫喚で包まれた会場にて、ロゼは拍手し続けていた。恨まれるのは、当然であろう。しかし、なぜダリアまで狙われたか。真相は分からないが、ロゼには想像がついていた。ディモン伯爵令嬢は唯一の父を殺されたのだから、ロゼも母を殺されれば、その痛みが分かると思ったのだろう。
(残念ね、ディモン伯爵令嬢。あなたの意図は、少しも掠っていないわ)
心の中でディモン伯爵令嬢を嘲笑し、僅かに残った紅茶を飲み干した。
「ようやく判明したか」
「思いのほか時間がかかってしまいましたね……」
ユークリッドとノエルが言葉を交わす。
ノエルは朝一番に、ダリアを襲撃した真の黒幕の正体が判明したと報告に来た。やはりダリアを襲撃した暗殺者を手配したのは、ララとかいう愛人ではなかったのだ。
「それで、黒幕は誰なのでしょうか?」
ロゼは早速答えを聞くべく、催促する。ノエルはひとつ頷き、小さく息を吸った。
「ダリア様を襲撃した黒幕は、ディモン伯爵令嬢でございます」
思いもよらなかった人物の名がノエルの口から紡がれたことで、ロゼは衝撃を受ける。彼女はカップに伸ばしかけていた手を止め、ユークリッドの傍らに控えていたノエルを見つめる。彼女とは反対に、ユークリッドはまったく驚いていない。彼の目には、ディモン伯爵令嬢も映っていたというわけだろう。
「ユークリッド様がディモン伯爵令嬢を調査をしろと仰ったので何事かと思いましたが……あなた様の予想通りの結果となりましたね」
ロゼは正面に座るユークリッドを注視する。珍しく生気が宿るアジュライト色の眼光に射抜かれ、ユークリッドは僅かに居心地悪い気分となった。
「俺の勘が当たったというのもありますが、眠る姉上を襲った暗殺者を捕らえ、拷問……失礼。尋問し、情報を聞き出せたことが正解でしたね」
悪いことは何ひとつしていないと断言するユークリッドの表情に対して、ロゼは猜疑心を向ける。尋問ではなく、拷問の間違いではないだろうかと小言を口にしたくなったが、すんでのところで呑み込む。
「姉上を襲撃した暗殺者並びにダリア様を襲撃した暗殺者も同一人物でした。やはり想像通り、暗殺組織に所属していました。まぁだからと言って、該当の暗殺者を裁くくらいで、組織を壊滅させることはできませんが」
ユークリッドの心地よい声で紡がれる説明を聞きながら、ロゼは紅茶を飲む。ほどよい具合に冷めているため、随分と飲みやすかった。
表世界と裏世界の間には、はっきりとした一線が引かれている。もちろん、どちらかの世界に介入することは可能だが、そもそもの話、生きる世界が違うのだ。ドルトディチェ大公家は確かに闇が深く、なんなら裏世界よりも恐れられているが、ルティレータ皇族より爵位を賜った貴族、表の人間である。いくらドルトディチェ大公家の人間と言えど、報復の意味を込めて暗殺組織を壊滅させる残虐行為に走ってしまえば、それはもはやドルトディチェ大公家と該当の暗殺組織だけの抗争ではなくなる。全面的な争い。長年保たれてきた表と裏、光と影の秩序が崩されることとなるのだ。さすがドルトディチェ大公でも、その引き金を引くほど愚かではないだろう。ダリアは幸いにも、まだ生きているのだから――。暗殺組織を壊滅させるのではなく、彼らを雇った黒幕を吊るさない限りは、争いは終わらない。
「ユークリッド様。処分はどのようにいたしましょう?」
「……今回の件はダリア様の生死が強く関わった。勝手に対処したともなれば、父上は黙っていないだろう」
「では……」
「あぁ。令嬢を父上に献上する」
ノエルの問いかけに、ユークリッドは答えを述べる。ロゼはそれが最善だと首肯した。ドルトディチェ大公に気に入られているユークリッドでも、黒幕であるディモン伯爵令嬢を勝手に殺したともなれば、憤慨するだろう。怒りの神に支配されたドルトディチェ大公の記憶を脳内にて蘇らせてしまい、ロゼは軽く身震いをした。
「姉上。俺から父上にこの件を報告いたします。そしてディモン伯爵令嬢を大公城まで連行し、その後の判断を父上にお任せします。よろしいですか?」
「えぇ、もちろんです。あなたに任せます」
「ありがとうございます。これ以上、ダリア様や姉上を危険に晒さないためにも、すぐにでも行動いたします」
ユークリッドの真剣な面様から目を逸らす。激しく高鳴る鼓動が聞こえていないか焦ったロゼは、話題を変える。
「ところで、ディモン伯爵令嬢は、私に恨みを持っているのでしょうか?」
「間違いなく姉上を恨んでおられますね。実際、最初にディモン伯爵令嬢と接触したのは、姉上ですし」
ディモン伯爵を殺害するため、ディモン伯爵令嬢に接触をし、彼女の誕生パーティーの招待状を入手したのは、間違いなくロゼである。それに、ディモン伯爵が死してもなお、阿鼻叫喚で包まれた会場にて、ロゼは拍手し続けていた。恨まれるのは、当然であろう。しかし、なぜダリアまで狙われたか。真相は分からないが、ロゼには想像がついていた。ディモン伯爵令嬢は唯一の父を殺されたのだから、ロゼも母を殺されれば、その痛みが分かると思ったのだろう。
(残念ね、ディモン伯爵令嬢。あなたの意図は、少しも掠っていないわ)
心の中でディモン伯爵令嬢を嘲笑し、僅かに残った紅茶を飲み干した。
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