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本編
第48話 襲撃
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眼前に迫る光。体が硬直してしまったロゼは、咄嗟に目を瞑り視界を閉ざす。駆けつけるフリードリヒが彼女に手を伸ばした刹那。ロゼはフリードリヒ以外の何者かによって、抱き寄せられる。まさに、間一髪。光る何かを躱すことに成功した。ロゼがおもむろに顔を上げ、瞳を開けると、ユークリッドの美貌が広がった。
「ご無事ですか? 姉上」
いつも通りの声色。あまり焦っていない様子だ。ロゼは、共にいたフリードリヒではなく、ヒーローの如く颯爽と現れたユークリッドによって救われた。彼女は何がなんだか分からないまま、首を縦に振った。
「何者だ!?」
フリードリヒは光る何かが飛んできた方向、木々に向かって叫ぶが、既に誰もいない。ユークリッドは木々の方向ではなく、地面を見つめていた。そこには、一本の鋭い矢が刺さっている。間違いなく、ロゼの心臓を射抜くためのものだ。ルティレータ皇城に、ロゼの命を狙わんとする輩が侵入していたということ。明瞭な殺意の表れに、ロゼは身を震わせた。それを感じ取ったユークリッドは、彼女を強く胸に寄せた。
ダリアを襲撃した次は、ロゼを狙ってきた。同一犯かは分からないが、可能性は高い。前世でも、皇城にて命を狙われたことがあったのか。どっちにしろ、ダリアの事件との関連性があることは間違いないだろう。それを自覚したロゼは、速いスピードで鼓動を刻む心臓を落ち着かせるため、深呼吸を繰り返した。
「メルドレール公爵。あなたという方がいながら、姉上を危険に晒したこと、どう落とし前をつけるおつもりでしょうか?」
「……申し訳ない。だが、ドルトディチェ大公令息が助けに入らなくとも、僕が守っていただろう」
フリードリヒは罪の意識を感じつつも、事実を述べる。実際ユークリッドが助けに来ることができずとも、フリードリヒの手はしっかりロゼに届いており、彼女を救うことはできていた。ただ、救うタイミングが僅差であっただけのこと。主を傷つけられそうになり憤怒を爆発させるユークリッドに怯えず、フリードリヒは対抗した。
「やはり、あなたに姉上は任せられない」
堂々と明言するユークリッド。フリードリヒは不満をあらわとし、眉間に皺を刻み込んだ。張り詰めた空気に痺れを切らしたロゼは、ユークリッドの胸板を押し、離すよう暗黙に伝える。ユークリッドは素直に彼女を離した。
「過ぎ去ったことを言い争っても仕方がないでしょう。私の命を狙った者の正体を突き止めなければなりません」
「……姉上の仰る通りですね。すぐに調査をいたします」
ユークリッドは、首肯した。荒れ狂う獣から忠実な犬に早変わりした彼に、ロゼはもちろんのこと、フリードリヒも気味の悪さを覚えた。ロゼは顎に手を押し当て、考えを述べる。
「やはり、お母様が襲われた事件と関連性を感じますね」
「そうですね。その類でしょう。皇城に姉上の命を狙う者が侵入しているということ自体大問題ですので、この件は後ほど皇帝陛下並びに父上にご報告をいたします。よろしいですか?」
「構いません」
神聖なルティレータ皇城に、暗殺者が簡単に侵入をしたとは考えたくはない。しかし過去何代かに渡り、表世界にとっても裏世界にとっても優秀な皇帝を排出しているルティレータ皇族は、確固たる地位を確立しており、皇城は長年平穏が保たれている。比べてドルトディチェ大公城は、知っての通り平穏ではない。城内も、城外も、だ。そのため城の警備の量や仕掛けの多さは、ルティレータ皇城とは桁違いである。それに今夜は、どこもお祭り騒ぎだ。それを考慮すると、ドルトディチェ大公城の事件とは違って、暗殺者が皇城に侵入する手助けをした者が皇城内にいるとは考えにくい。何者かによって命令を受けた暗殺者の単独行為だろう。
そう考え込むロゼに、ユークリッドは提案をする。
「今晩はおひとりで過ごさないほうがよろしいかと。俺の宮にお越しください」
「…………分かりました」
迷ったすえ、ユークリッドの良心を受け入れることにしたロゼ。しかしそれを黙って見ているわけにはいかない者がひとり。フリードリヒは咳払いをしたあと、口を開いた。
「待ってくれ。ロゼの命を狙う者が大公家にいる可能性も少なくないだろう? ならば大公城に帰ること自体危険だ」
「だから姉上をメルドレール公爵家に宿泊させようと? 非常識も甚だしい。皇城に侵入した暗殺者ならば、メルドレール公爵城にも侵入する可能性は少なくありません。それに、ろくに姉上も守れない方が大口を叩かないほうがよろしいのでは?」
ロゼの代わりにユークリッドはきっぱりと答えた。あまりにも説得力を得た言詞は、フリードリヒの心を粉砕する。戦意消失したフリードリヒがお手上げだと目を伏せようとした時――。
「ユークリッド……?」
空気の読めぬ女性の声が聞こえた。
「ご無事ですか? 姉上」
いつも通りの声色。あまり焦っていない様子だ。ロゼは、共にいたフリードリヒではなく、ヒーローの如く颯爽と現れたユークリッドによって救われた。彼女は何がなんだか分からないまま、首を縦に振った。
「何者だ!?」
フリードリヒは光る何かが飛んできた方向、木々に向かって叫ぶが、既に誰もいない。ユークリッドは木々の方向ではなく、地面を見つめていた。そこには、一本の鋭い矢が刺さっている。間違いなく、ロゼの心臓を射抜くためのものだ。ルティレータ皇城に、ロゼの命を狙わんとする輩が侵入していたということ。明瞭な殺意の表れに、ロゼは身を震わせた。それを感じ取ったユークリッドは、彼女を強く胸に寄せた。
ダリアを襲撃した次は、ロゼを狙ってきた。同一犯かは分からないが、可能性は高い。前世でも、皇城にて命を狙われたことがあったのか。どっちにしろ、ダリアの事件との関連性があることは間違いないだろう。それを自覚したロゼは、速いスピードで鼓動を刻む心臓を落ち着かせるため、深呼吸を繰り返した。
「メルドレール公爵。あなたという方がいながら、姉上を危険に晒したこと、どう落とし前をつけるおつもりでしょうか?」
「……申し訳ない。だが、ドルトディチェ大公令息が助けに入らなくとも、僕が守っていただろう」
フリードリヒは罪の意識を感じつつも、事実を述べる。実際ユークリッドが助けに来ることができずとも、フリードリヒの手はしっかりロゼに届いており、彼女を救うことはできていた。ただ、救うタイミングが僅差であっただけのこと。主を傷つけられそうになり憤怒を爆発させるユークリッドに怯えず、フリードリヒは対抗した。
「やはり、あなたに姉上は任せられない」
堂々と明言するユークリッド。フリードリヒは不満をあらわとし、眉間に皺を刻み込んだ。張り詰めた空気に痺れを切らしたロゼは、ユークリッドの胸板を押し、離すよう暗黙に伝える。ユークリッドは素直に彼女を離した。
「過ぎ去ったことを言い争っても仕方がないでしょう。私の命を狙った者の正体を突き止めなければなりません」
「……姉上の仰る通りですね。すぐに調査をいたします」
ユークリッドは、首肯した。荒れ狂う獣から忠実な犬に早変わりした彼に、ロゼはもちろんのこと、フリードリヒも気味の悪さを覚えた。ロゼは顎に手を押し当て、考えを述べる。
「やはり、お母様が襲われた事件と関連性を感じますね」
「そうですね。その類でしょう。皇城に姉上の命を狙う者が侵入しているということ自体大問題ですので、この件は後ほど皇帝陛下並びに父上にご報告をいたします。よろしいですか?」
「構いません」
神聖なルティレータ皇城に、暗殺者が簡単に侵入をしたとは考えたくはない。しかし過去何代かに渡り、表世界にとっても裏世界にとっても優秀な皇帝を排出しているルティレータ皇族は、確固たる地位を確立しており、皇城は長年平穏が保たれている。比べてドルトディチェ大公城は、知っての通り平穏ではない。城内も、城外も、だ。そのため城の警備の量や仕掛けの多さは、ルティレータ皇城とは桁違いである。それに今夜は、どこもお祭り騒ぎだ。それを考慮すると、ドルトディチェ大公城の事件とは違って、暗殺者が皇城に侵入する手助けをした者が皇城内にいるとは考えにくい。何者かによって命令を受けた暗殺者の単独行為だろう。
そう考え込むロゼに、ユークリッドは提案をする。
「今晩はおひとりで過ごさないほうがよろしいかと。俺の宮にお越しください」
「…………分かりました」
迷ったすえ、ユークリッドの良心を受け入れることにしたロゼ。しかしそれを黙って見ているわけにはいかない者がひとり。フリードリヒは咳払いをしたあと、口を開いた。
「待ってくれ。ロゼの命を狙う者が大公家にいる可能性も少なくないだろう? ならば大公城に帰ること自体危険だ」
「だから姉上をメルドレール公爵家に宿泊させようと? 非常識も甚だしい。皇城に侵入した暗殺者ならば、メルドレール公爵城にも侵入する可能性は少なくありません。それに、ろくに姉上も守れない方が大口を叩かないほうがよろしいのでは?」
ロゼの代わりにユークリッドはきっぱりと答えた。あまりにも説得力を得た言詞は、フリードリヒの心を粉砕する。戦意消失したフリードリヒがお手上げだと目を伏せようとした時――。
「ユークリッド……?」
空気の読めぬ女性の声が聞こえた。
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