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本編

第47話 幸せそうなふたり

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 18歳となったアンナベルと彼女のパートナーであるオーフェンは、共に素晴らしいダンスを繰り広げた。彼女たちのダンスが終わった頃には、耳も痛くなるほどの拍手が起こった。
 帝国一美しい女性と称えられルティレータ皇帝の寵愛を一心に受けるアンナベルは、様々な男性から求婚をされている。由緒ゆいしょ正しき家柄の跡取り息子から、莫大な富を持つ商人一族の後継者、戦場にて血を流す勇敢な剣士まで。しかし彼女は、外見、知力、性格、名誉、地位、血筋など、様々な魅力を携えた男性からの求婚も一切の慈悲もなく跳ね返すのだ。それもそう。アンナベルには、想い人がいるから。彼女の想い人こそ、ユークリッド。幼い頃、公の場にて顔を合わせたその時から、アンナベルはユークリッドに変わることのない愛を捧げ続けている。しかしユークリッドは、彼女の想いに明確に応えようとしたことは一度としてない。アンナベルと婚姻を結べば、皇帝の後ろ楯を手に入れることができ、さらには皇族の尊い血筋を一族の中へ流すこともできる。権力を望む男たちからすれば、アンナべルは喉から手が出るほど欲しい存在だ。ユークリッドに恋をする令嬢方も彼の相手がアンナベルならば何も言えまい。アンナベルと結婚したがっている男性陣も然りである。だがしかし、ユークリッドが皇帝の後ろ楯や皇族の血筋などに価値を見出すわけでもなく。アンナベルは、見事な片想いに終わってしまっている。しかしユークリッドを手に入れたいという思いは、誰よりも強い。皇帝に愛される姫として、使える手段はなんでも使うだろう。そう、このように――。

「ドルトディチェ大公令息。アンナベルと踊ってやってはくれまいか」

 わざわざ玉座を離れ、目立たぬよう壁際に張りついていたユークリッドの元に向かい、そうお願いをしたのは皇帝だった。お願いという名の暗黙の命令であるが。
 ユークリッドは光のない瞳で皇帝を見つめる。アンナベルは希望の眼差しを向け、その隣に立つオーフェンは度肝を抜かれた表情をしていた。だがすぐにオーフェンの顔は、嫉妬に染まる。パートナーは自分なのにも関わらず、アンナベルがほかの男性と踊ることが許せないのだろう。

「お望みとあらば」

 断れぬよう皆の前で願いを告げるという姑息こそくな手を使った皇帝に、ユークリッドは少しも微笑みかけない。あくまで頼まれたからであり仕事だというスタンスを崩さない彼は、さすがはルティレータ唯一の大公家の直系と言ったところだろう。
 アンナベルはオーフェンから自然に離れ、ユークリッドに近寄る。ドレスのスカートを摘み上げて、華麗に一礼をすると、ユークリッドもそれに応えた。ふたりは腕を組んで間の中心へ。踊っていた貴族たちは、空気を読んで続々と避ける。音楽団が演奏し始めた瞬間、ユークリッドとアンナベルはふたりきりの空間を築き上げた。互いに見つめ合いながら踊るふたりは、まさに小説の主人公とヒロイン。それを傍観するのは、ただの引き立て役。哀れな現実を目の当たりにしたロゼは、わけも分からず痛む胸を押さえた。

「悔しいが、本当にお似合いだ……」
「第六皇女殿下の未来の夫は間違いなくユークリッド様だな」
「ドルトディチェ大公令息が大公家を継承するならば、第六皇女殿下は大公夫人となるということだな?」

 貴族令息たちの話を聞いて、とうとう気分を害したロゼは、人の波を掻き分け歩き出す。後ろから手首を掴まれ、反動で振り返った。

「急に歩き出して、どうした?」
「外の空気を吸いたいの。ひとりにしてくれる?」
「ひとりは危険だ。僕も行こう」

 フリードリヒはロゼの手をするりと握る。あまりにも自然な動作に驚きつつも、ロゼは彼について間をあとにしたのであった。そんなふたりの姿を、冷めた目で見る者がいるとも知らずして――。


 甘い雰囲気に呑まれる皇城の外に脱出したロゼとフリードリヒ。ふたりは、寒さに負けず色鮮やかに咲き乱れる花々が美しい庭園にやって来ていた。数メートル先を歩くロゼに、フリードリヒは疑問をぶつける。

「第六皇女殿下は、ドルトディチェ大公家の嫡男より、ユークリッド令息が好きなのか?」
「さぁ、分からないわ」

 上手くはぐらかす。そうは答えたものの、心の中では分かっている。アンナベルは間違いなく、ユークリッドのことが好きなのだと。そう遠くない未来、無事にドルトディチェ大公の玉座に座ったユークリッドが、アンナベルを妻として迎え、幸せな一家を作り上げる。蝶よ花よと育てられ優しさに満ち溢れたアンナベルとなら、ユークリッドはドルトディチェ大公の二の舞にならないだろう。ロゼは、ユークリッドがドルトディチェ大公家を継いで結婚する前までには、万事が解決し無事に大公家を出ることができますように、と月に願ったのであった。

「ロゼっ!!!」

 背後から名を呼ぶフリードリヒの声が聞こえる。ロゼが咄嗟に顔を上げると、月光にも負けじと光る何かが眼前に迫っていた。
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