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本編

第45話 過去の因縁

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 アンナベルの生誕祭は、大々的に開催された。街は連日お祭り騒ぎ、ルティレータ皇城ではパーティーが行われる。ユークリッドの申し出を断ってからも、何度か彼からの接触があったが、ロゼは苦し紛れの言い訳を繰り返して、ユークリッドとの面会を断固拒否した。
 アンナべルの誕生パーティー当日。ロゼは、藤紫ふじむらさき中紅花なかくれないに染められた蝶のようなドレスをまとう。胸元は腕は寒さ対策のため、露出していない。それでも、艶やかな雰囲気は十分に感じられる。
 ドルトディチェ大公城の門前、メルドレール公爵家の紋章が刻まれた豪華絢爛な馬車が到着する。馬車から降りてきたフリードリヒは、マントを翻しながらすぐさまロゼに駆け寄った。

「迎えに来てくれてありがとう、フリードリヒ」
「構わないよ。そのドレス、よく似合っている」

 フリードリヒは頬を染め、ロゼの美を褒めた。彼の手に自身の手を重ね、馬車に乗り込もうと足を上げる。しかしそれは、思わず人物の登場によって阻まれることとなった。

「お、ロゼ……。おい、なんでテメェがいる」

 ロゼに声をかけたのは、ドルトディチェ大公であった。先端から煙が出た煙草を咥え、腰には大剣を吊るしている。彼の背後には、多くの部下たちが。この城において絶対なる王が現れた現状に、ロゼは舌打ちをかましたくなった。ドルトディチェ大公は、フリードリヒを静かに睨みつける。血色の瞳に、月光の如く眩い光が射し込んだ。

「お久しぶりです。ドルトディチェ大公」

 フリードリヒは胸に手を当て、頭を下げる。普通の人間であれば、ドルトディチェ大公に標的にされただけでその場で漏らし無様な姿をさらけ出してしまうというのに、フリードリヒは動揺をまったく見せない。さすがは最強の騎士だ。
 ふたりの間を取り巻く不穏な空気に、ロゼは疑念を抱いた。すると、ドルトディチェ大公の視線が彼女に移る。

「ロゼ、ユークリッドは?」
「……本日の私のパートナーはメルドレール公爵です」
「チッ、大人しくユークリッドを選んでおけばいいものを。よりによってユークリッドの代わりの男がこいつか? 趣味が悪いな」

 ドルトディチェ大公は、激しめに舌を鳴らす。ユークリッドとは違い、感情があらわになったブラッドレッドの眸子に、ロゼは畏怖する。そんな彼女とは正反対に、フリードリヒは「代わりの男」、「趣味が悪い」と言われたことに関して、腹立たしさを感じていた。ロゼは、隣から伝わる憤懣の念に、危機感を覚え、フリードリヒより先に言葉を発した。

「序列末席の私にも、パートナーを選ぶ権利はあるのではないでしょうか?」

 ロゼの真っ当な問いかけに、ドルトディチェ大公はガシガシと後頭部を掻き、溜息をついた。

「それもそうだが……その男だけはダメだ。アイツにそっくりでイラつくんだよ……」
「父上のことを申し上げているのでしたら、光栄なお言葉です。僕は父上を尊敬しておりますので」

 まったく引かないフリードリヒ。莞爾として笑う彼に、ドルトディチェ大公の機嫌はさらに急降下を遂げてしまった。
 どうやらドルトディチェ大公とメルドレール先代公爵、つまりフリードリヒの父親は犬猿の仲らしい。昔何かあったのだろうか。メルドレール先代公爵は、既に亡くなってしまっているため真相は定かではない。だがこの最悪な状況でも分かることがひとつ。あのドルトディチェ大公にも怯まず真っ向からぶつかっていくフリードリヒは、やはりドルトディチェ大公を止めることができる唯一の人物だということ。前世の最期、ロゼが頼りにした「この方」だ。ロゼが命の終焉を迎える際、フリードリヒもたまたまドルトディチェ大公城に来ていて、幸か不幸か、世にも恐ろしい惨劇が起こってしまったのだろう。もしかしたら、今世においても、そのタイミングとなる出来事が引き起こされる可能性がある。ドルトディチェ大公家の悲劇を知っているのは、ロゼだけ。彼女がなんとかして、未然に防がねばならない。万が一、最悪の結末を迎えようとしたならば、今度こそフリードリヒが立ちはだかり、ドルトディチェ大公の命を滅すと願おう。それに今世のロゼは、一回目の人生とは違い、神がかった治癒能力も所持している。前世の無力な自分とは明らかに違うのだ。十分に、勝ち目はあるだろう。

「ロゼ、タイミングを見て早めに帰ってこい。いいな」
「かしこまりました」

 ロゼは頭を下げ、フリードリヒに目配せをする。フリードリヒはひとつ頷き、彼女をエスコートして、馬車へと乗車した。
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