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本編

第41話 一触即発

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 直系たちだけとなった間には、緊張が迸る。ユーラルアは嬌笑を浮かべ、赤く染まる唇を開いた。

「ダリア様と言えば、ロゼちゃんの母君ですが……あまり心配ではなさそうですわね」

 ユーラルアが発した言葉に対し、直系たちの視線がロゼへと突き刺さる。顔色こそ変わらないものの、ロゼの心中は嵐が到来したかのように荒れ狂っていた。文字通り、焦っているのである。だが決してユーラルアに隙を見せてはならないとロゼは無を貫きながらも、口を開く。

「お母様には、お父様がついてくださっています。要らぬ心配かと」

 珍しく発言したロゼに、直系たちは愕然とする。場を静寂に導く美しい声は、ユーラルアの心を穿つ。ユーラルアは、大きく開いたブラッドレッドの瞳を少女の如く輝かせ、恍惚こうこつと笑った。

「あらぁ♡ 久々に声を聞いたけれど、食べちゃいたいくらいに可愛いですわ」

 語尾に向かうに連れ、声が一段と低くなる。ユーラルアは舌舐めずりをして、獲物を狙う目をした。ロゼはなんとか真っ向からそれを受け止める。
 「食べちゃいたいくらい」とはもちろん比喩ひゆだろう。しかし、それをユーラルアが口にすることで、比喩だと分かっていても恐ろしく思えてしまう。
 ロゼがユーラルアの視線に耐える中、オーフェンが下劣に舌を鳴らす。

「父上もどうかしている。あんな下品な平民の女に入れ込むなど……言語道断ごんごどうだんだ」

 オーフェンはロゼの前で、ダリアをはっきりと侮辱ぶじょくした。

(奇遇ですね。私もそう思います)

 ロゼは、呟く。心の中で。ユーラルアに意見をしたことで、喋る気力を失ったのだ。もはやオーフェンを相手にすることすら面倒だと言わんばかりの図々ずうずうしい態度に、オーフェンは苛立ちを覚える。冷静さを漂わせる顔とは反対に、随分と気が短い性格のようだ。

「今の言葉、父上に聞かれてみろ。テメェ死ぬぞ」

 ドルトディチェ大公がいないからと言って暴走し始めるオーフェンに忠告をしたのは、ジルだ。実妹のリアナとは似ても似つかない、一見脳筋に見えて、意外と切れ者である。序列第3位のオーフェンと序列第4位のジル。早急に序列を入れ替えたほうがよさそうだ。ロゼは個人的感想を抱きながら、オーフェンの敵意が自らから離れたことに安堵した。

「事実を言って何が悪い。それに、この家では血筋と実力が全てだ。それ以外は……死んでも文句は言えまい」
「へぇ? じゃあオーフェン兄上が死んでも文句は言えないということですね」

 ヴァルトは、オーフェンをあからさまに煽る。彼の強気な言葉に、実姉のユーラルアは声を出して高らかに笑う。

「貴様、この私に喧嘩を売っているのか?」
「事実を述べたまでですよ」

 オーフェンは立ち上がり、腰に携えた剣を抜き放つ。ヴァルトはいつでも魔法を発動できるよう、身構える。一歩間違えれば、直系のひとりが死ぬこととなる。そんな状況なのにも関わらず、ほかの人々は傍観を決め込んだ。

「面白くなってきたね」

 マウヌが微笑する。それに続いて、ほかの直系たちも笑みを浮かべた。異常な空気感に、ロゼは溜息を吐いた。付き合ってられないとでも言いたげな顔だ。しかし、その状況を見事に一刀両断いっとうりょうだんする声が響き渡った。

「兄上方。くだらないことに身を投じている暇があるのなら、ダリア様を襲撃した犯人を炙り出し、父上に突き出してはいかがですか? あなた方の低い序列も上がることでしょう」

 的を射るユークリッドの言葉に、ヴァルトはその通りだと肩を竦め、敵意を抑えた。オーフェンの怒りの矛先は、ユークリッドに向かう。次々に標的を変えるオーフェンに、ユークリッドは大人気ないと鼻で笑い飛ばした。
 ドルトディチェ大公家の序列は、成果によって大きく変動する。最終的には、序列が1位の者、もしくはほかの兄弟たちをひとり残らず惨殺した者が大公の名を継承する。今のところ、序列第1位の席に座るユークリッドが順当に大公となる。惨殺をする方法以外では、何かしらで成果を上げて序列を上げる必要があるのだが、今のオーフェンを見ている限り、それは不可能だろう。

「いつもいつも、私を見下して……」

 オーフェンが憤懣ふんまんを抱く中、ロゼは空気を読まずに席を立つ。髪色と同じ睫毛が震え、瞼が上がると、ゾッとするほどに感情が消え去ったアジュライト色の瞳子が姿を表す。彼女から漂う異様な空気感は、間を静まり返らせるには十分すぎるものであった。一触即発いっしょくそくはつの場を茶番と片付け、塔をあとにしようと試みると、椅子を引く音が聞こえる。

「姉上、共に参りましょう」

 席を立ち上がったのは、ユークリッド。ロゼを追いかけ、彼女をエスコートし始めた。ほかの直系たちは、ふたりの背中を見送ったのであった。
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