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本編
第38話 蘇る記憶
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食事を楽しんだロゼとユークリッドは、共に宮の中を彷徨していた。ユークリッドの手には、ワインボトルとふたつのグラスが。ふたりは、ワインを楽しむ適所を探しているのだ。
「どこで飲みましょうか」
「どこでもいいです」
素っ気なく返す。ユークリッドはロゼの塩対応も嬉しいらしく、辛うじて分かるレベルの微笑みを浮かべた。ロゼは彼の彫刻も顔負けの横顔を盗み見をする。その時ふと、凄まじく大きい扉が視界の端に入った。最小限に抑えられた灯りの中では、思わず見逃してしまいそうだが、ひと目見てしまえばたちまちその巨大さに目を奪われる。ロゼが立ち止まると、ユークリッドが振り返る。扉を見上げる彼女に、ユークリッドは話しかけた。
「気になりますか? この扉が」
「……はい」
ユークリッドは、そっと扉に手を添える。その動作がやけに官能的に見えてしまったロゼは、咄嗟に俯いた。ギギッという鈍い音と共に扉が開かれる。月夜に瞬くアジュライトの瞳子が宝石よりも鋭い煌めきを放った。その瞳子が捉えた光景は、美しい王座の間であった。紅の絨毯が出迎える奥、十段の階段が待ち受ける。選ばれし者しか上ることを許されない階段の上には、鴻大な玉座が鎮座していた。赤色、金色で統一された玉座には、ところどころ漆黒の細工があしらわれている。見事な玉座には、丸い天窓から射し込む月光が降り注ぐ。神聖な雰囲気に誘われ、ロゼは王座の間に右足を踏み入れた。ヒールの音が反響し、取り巻く空気が一変する。王座の間は分かりやすく、ロゼを歓迎していた。
「あなたの宮には、王座の間があるのですね……」
「姉上の宮にはありませんか?」
「ありません。これほど大きい宮でもないですし」
ロゼは背筋を伸ばし、まっすぐと玉座に向かって歩く。ユークリッドも彼女のあとを追った。途方もない距離を行き、玉座が鎮座する前まで到着したロゼは、深く頭を下げる。そして、一段目の段差に足を乗せた。彼女の動作に合わせて、ふわりと舞うのは銀色の光の粒たち。月光の粒子が遊んでいるかのように、楽しく踊る。十段を上りきり、ロゼは玉座の御前に立つ。
「よければ、座りますか?」
「……よろしいですか?」
「姉上ならば構いませんよ」
ユークリッドの言葉に甘えて、玉座に腰を下ろす。両手を肘掛けに添えた瞬刻、ロゼの体に激しい電流が迸る。脳内を駆け巡るのは、僅かな記憶の断片たち。幼少期、街の同世代の男の子たちに酷い暴力を受けた記憶。ドルトディチェ大公城に仲間入りを果たした頃の記憶。有毒性の高い毒や錯乱効果をもたらし自死をさせるという恐ろしいドルトディチェの血を飲まされそうになった時、誰かに庇われながらもなんとか生き残った記憶。そして、ダリアが何者かの手によって殺され、ドルトディチェ大公が血に濡れた暴君となり直系たちを惨殺した記憶――。
「姉上? どうされましたか?」
ユークリッドの声で現実に引き戻されたロゼは、呆然としていた。
ロゼは、ろくに働かない頭でなんとか考える。今彼女の脳裏をよぎった記憶は、前世のものだと予想される。二回目の人生ではドルトディチェの血や毒を飲んでしまった事実に対して、一回目の人生では、何者かの協力により未然に防ぐことができたなど、ところどころ違いは存在している。思い出した内容は、そんなに大したものではなかったが、それでも大きな進歩だ。
一回目の人生ではあらゆる毒を跳ね返す特異体質も、人間の傷を癒す摩訶不思議な力も所持していなかったが、ドルトディチェ大公が荒れ狂うまで、ロゼは生還していた。それを考えると、彼女は今世と同じく、誰かによって守られていたのかもしれない。誰なのかはっきりとは分からないが、二回目の人生がそうであるように、ロゼを守っていたのは眼前に佇むユークリッドである可能性が高い。
一回目の人生のロゼが言っていた「この方」とは、フリードリヒのことではなかったのか。いいや、ロゼの直感に誓って、彼に間違いないだろう。フリードリヒこそが、ドルトディチェ大公の脅威なのだ。だがそれとは別に、一回目の人生を歩んでいたロゼには、ドルトディチェ大公城内での協力者がいた可能性がある。それがユークリッドなのかもしれない。
「本当にどうされたのですか? 顔色が悪いですよ、姉上」
ユークリッドは怪訝の表情を浮かべた。
二回目の人生もそうであるが、彼は一回目の人生の時から、ロゼの味方であったのかもしれない。きっとユークリッドも、最期はドルトディチェ大公に殺されてしまったのだろう。それを知ったロゼは、胸がグッとしめつけられる思いを覚えた。
「どこで飲みましょうか」
「どこでもいいです」
素っ気なく返す。ユークリッドはロゼの塩対応も嬉しいらしく、辛うじて分かるレベルの微笑みを浮かべた。ロゼは彼の彫刻も顔負けの横顔を盗み見をする。その時ふと、凄まじく大きい扉が視界の端に入った。最小限に抑えられた灯りの中では、思わず見逃してしまいそうだが、ひと目見てしまえばたちまちその巨大さに目を奪われる。ロゼが立ち止まると、ユークリッドが振り返る。扉を見上げる彼女に、ユークリッドは話しかけた。
「気になりますか? この扉が」
「……はい」
ユークリッドは、そっと扉に手を添える。その動作がやけに官能的に見えてしまったロゼは、咄嗟に俯いた。ギギッという鈍い音と共に扉が開かれる。月夜に瞬くアジュライトの瞳子が宝石よりも鋭い煌めきを放った。その瞳子が捉えた光景は、美しい王座の間であった。紅の絨毯が出迎える奥、十段の階段が待ち受ける。選ばれし者しか上ることを許されない階段の上には、鴻大な玉座が鎮座していた。赤色、金色で統一された玉座には、ところどころ漆黒の細工があしらわれている。見事な玉座には、丸い天窓から射し込む月光が降り注ぐ。神聖な雰囲気に誘われ、ロゼは王座の間に右足を踏み入れた。ヒールの音が反響し、取り巻く空気が一変する。王座の間は分かりやすく、ロゼを歓迎していた。
「あなたの宮には、王座の間があるのですね……」
「姉上の宮にはありませんか?」
「ありません。これほど大きい宮でもないですし」
ロゼは背筋を伸ばし、まっすぐと玉座に向かって歩く。ユークリッドも彼女のあとを追った。途方もない距離を行き、玉座が鎮座する前まで到着したロゼは、深く頭を下げる。そして、一段目の段差に足を乗せた。彼女の動作に合わせて、ふわりと舞うのは銀色の光の粒たち。月光の粒子が遊んでいるかのように、楽しく踊る。十段を上りきり、ロゼは玉座の御前に立つ。
「よければ、座りますか?」
「……よろしいですか?」
「姉上ならば構いませんよ」
ユークリッドの言葉に甘えて、玉座に腰を下ろす。両手を肘掛けに添えた瞬刻、ロゼの体に激しい電流が迸る。脳内を駆け巡るのは、僅かな記憶の断片たち。幼少期、街の同世代の男の子たちに酷い暴力を受けた記憶。ドルトディチェ大公城に仲間入りを果たした頃の記憶。有毒性の高い毒や錯乱効果をもたらし自死をさせるという恐ろしいドルトディチェの血を飲まされそうになった時、誰かに庇われながらもなんとか生き残った記憶。そして、ダリアが何者かの手によって殺され、ドルトディチェ大公が血に濡れた暴君となり直系たちを惨殺した記憶――。
「姉上? どうされましたか?」
ユークリッドの声で現実に引き戻されたロゼは、呆然としていた。
ロゼは、ろくに働かない頭でなんとか考える。今彼女の脳裏をよぎった記憶は、前世のものだと予想される。二回目の人生ではドルトディチェの血や毒を飲んでしまった事実に対して、一回目の人生では、何者かの協力により未然に防ぐことができたなど、ところどころ違いは存在している。思い出した内容は、そんなに大したものではなかったが、それでも大きな進歩だ。
一回目の人生ではあらゆる毒を跳ね返す特異体質も、人間の傷を癒す摩訶不思議な力も所持していなかったが、ドルトディチェ大公が荒れ狂うまで、ロゼは生還していた。それを考えると、彼女は今世と同じく、誰かによって守られていたのかもしれない。誰なのかはっきりとは分からないが、二回目の人生がそうであるように、ロゼを守っていたのは眼前に佇むユークリッドである可能性が高い。
一回目の人生のロゼが言っていた「この方」とは、フリードリヒのことではなかったのか。いいや、ロゼの直感に誓って、彼に間違いないだろう。フリードリヒこそが、ドルトディチェ大公の脅威なのだ。だがそれとは別に、一回目の人生を歩んでいたロゼには、ドルトディチェ大公城内での協力者がいた可能性がある。それがユークリッドなのかもしれない。
「本当にどうされたのですか? 顔色が悪いですよ、姉上」
ユークリッドは怪訝の表情を浮かべた。
二回目の人生もそうであるが、彼は一回目の人生の時から、ロゼの味方であったのかもしれない。きっとユークリッドも、最期はドルトディチェ大公に殺されてしまったのだろう。それを知ったロゼは、胸がグッとしめつけられる思いを覚えた。
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