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本編
第34話 悲劇の朝
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朝の爽快な風が髪を揺らす。睫毛が震え、目元を擽る。ストロベリーブロンドの髪色と同色の睫毛が緩慢に上がり、夜空をそのまま埋め込んだアジュライト色の瞳が姿を現した。何度か瞬きをして、現状を確認する。霞む視界は徐々に鮮明となっていく。ヴァーミリオンの猫毛が目に飛び込んできて、気まずげに開かれるタンザナイト色の瞳と視線が交わる。ロゼの眼前には、眠気も一気に吹き飛ぶ美しい顔があった。
「お、おはよう、ロゼ」
フリードリヒは、戸惑いの声を発しながらなんとか朝の挨拶をする。ロゼは動揺を見せず、上体を起こした。体の関節を鳴らしたあと、ベッドから下りて、窓辺まで歩く。閉じきったカーテンを開け放つ。無限の光が飛び込んできて、ロゼは思わず目を瞑った。フリードリヒは「わぷ……」と可愛らしい声を上げて目元を覆う。極限の無を表すロゼの顔に、薄らと冷や汗が流れた。どうやら既に、朝になってしまったらしい。昨晩、フリードリヒの寝室にやって来たところで記憶が途切れてしまっている。ロゼはあのまま深い眠りについてしまったのか、と昨夜の自分を投げ飛ばしたい衝動に駆られた。
「ごめん、ロゼ。僕、昨晩の記憶がまったくないんだけど、失礼なことをしていないかな……?」
フリードリヒは白シャツ一枚に包まれた体を起こし、人差し指で頬を掻く。現在の彼からはまったく想像もできない昨晩の彼。色気は漏れ、フリードリヒ特有の甘美な香りが漂う。そして分厚めの唇が紡いだのは――。
『ロゼ、目を逸らすな』
甘く低い声。フリードリヒに恋焦がれる女性ならば、絶対に耐えられない。間違いなく失神してしまうだろう。脳内に蘇る魅惑的なフリードリヒを思い出して、ロゼは扉に向かって一直線に歩みを進める。緩やかなウェーブを描く長髪を揺らしながら、振り返った。その仕草に、フリードリヒはドキリとする。
「さぁ、どうでしょう?」
「そ、それはどっち!?」
フリードリヒが激しく焦るのを背後に、ロゼは扉を開く。朝番の見張りの騎士たちは、彼女に敬礼をする。
「おはようございます、ロゼ様」
ちょうどそこに現れたのは、ルークであった。ロゼは罪悪感に苛まれながらも、上品に頭を下げる。
「そろそろ起床の時刻かと思い訪ねましたが……昨晩はよくお休みになられたようで」
朝日よりも眩い笑顔に浄化される気分に陥ったロゼは静かに目を逸らし、現実逃避を試みる。
恐らくロゼは、ルーク特性のハーブティーの効果もあってか、ぐっすり眠ってしまったのだろう。しかし彼は、あえてロゼを起こさなかったのだ。無理にでも起こしてくれればよかったものを、地味に恥をかいてしまったとロゼは苦悩をする。
「ルーク、ご迷惑をおかけいたしました」
「いいえ、旦那様のほうが何かとロゼ様にご迷惑をおかけしておりますし……」
ルークの視線が僅かに外れる。彼の瞳が捉えたのは、ロゼの後ろからバツが悪そうに顔を出したフリードリヒであった。
「おはよう……ルーク……」
「おはようございます、旦那様。昨晩はロゼ様とは何も、なかったですよね?」
恐怖すら感じさせる笑顔で念押しするルークに、フリードリヒは静かに震撼する。
「あ、当たり前じゃないか! 騎士たる者、紳士でなくてどうする!」
「それはお酒に強くなってから言いましょう」
「……え」
「さぁロゼ様。朝食の準備ができております。お着替えをしてから食卓の間に参りましょう」
ロゼが頷き、フリードリヒの顔を盗み見る。フリードリヒは、肉体から魂が抜けたかのように、何もない宙を見上げ続けていたのだった。
衣装室と化粧室にて着替えと化粧を済ませたロゼは、食卓の間に行きついた。昨日と同じ席に座ると、先程のだらしない格好はどこへやら、騎士服を完璧に着こなしたフリードリヒと目が合った。
「ドレス、よく似合っているね」
「……貸してくれたこと、感謝するわ」
「あぁ、返さなくてもいいから。妹が置いていったドレスなんだ。ロゼが着てくれていたなら、妹も喜ぶよ」
ロゼは自身がまとうドレスを見下ろす。ピンク色を基調としたドレスは、やたらとフリルとリボンが施されている。彼女の好みのドレスではないのだが、似合ってはいた。二度目の着用機会はないかもしれないが。
ロゼとフリードリヒは食前の挨拶をして、朝食を食べ始める。程よく焼かれたパンやまろやかなコーンスープ、色とりどりのサラダをはじめとした豪勢な朝食が並んでいた。自分の宮で食べるのとはひと味違う味に感動しながら食していると、突如として扉が激しく開かれる音がした。入室したのはひとりの若い執事。ルークはその無礼を咎めようとするが、執事の剣幕を目の当たりにして口を噤む。
「メルドレール公爵様! ドルトディチェ大公令嬢! ドルトディチェ大公家のご令息がお見えでございます!」
衝撃的な言葉の矢は、ロゼの脳天を突き抜けた。
「お、おはよう、ロゼ」
フリードリヒは、戸惑いの声を発しながらなんとか朝の挨拶をする。ロゼは動揺を見せず、上体を起こした。体の関節を鳴らしたあと、ベッドから下りて、窓辺まで歩く。閉じきったカーテンを開け放つ。無限の光が飛び込んできて、ロゼは思わず目を瞑った。フリードリヒは「わぷ……」と可愛らしい声を上げて目元を覆う。極限の無を表すロゼの顔に、薄らと冷や汗が流れた。どうやら既に、朝になってしまったらしい。昨晩、フリードリヒの寝室にやって来たところで記憶が途切れてしまっている。ロゼはあのまま深い眠りについてしまったのか、と昨夜の自分を投げ飛ばしたい衝動に駆られた。
「ごめん、ロゼ。僕、昨晩の記憶がまったくないんだけど、失礼なことをしていないかな……?」
フリードリヒは白シャツ一枚に包まれた体を起こし、人差し指で頬を掻く。現在の彼からはまったく想像もできない昨晩の彼。色気は漏れ、フリードリヒ特有の甘美な香りが漂う。そして分厚めの唇が紡いだのは――。
『ロゼ、目を逸らすな』
甘く低い声。フリードリヒに恋焦がれる女性ならば、絶対に耐えられない。間違いなく失神してしまうだろう。脳内に蘇る魅惑的なフリードリヒを思い出して、ロゼは扉に向かって一直線に歩みを進める。緩やかなウェーブを描く長髪を揺らしながら、振り返った。その仕草に、フリードリヒはドキリとする。
「さぁ、どうでしょう?」
「そ、それはどっち!?」
フリードリヒが激しく焦るのを背後に、ロゼは扉を開く。朝番の見張りの騎士たちは、彼女に敬礼をする。
「おはようございます、ロゼ様」
ちょうどそこに現れたのは、ルークであった。ロゼは罪悪感に苛まれながらも、上品に頭を下げる。
「そろそろ起床の時刻かと思い訪ねましたが……昨晩はよくお休みになられたようで」
朝日よりも眩い笑顔に浄化される気分に陥ったロゼは静かに目を逸らし、現実逃避を試みる。
恐らくロゼは、ルーク特性のハーブティーの効果もあってか、ぐっすり眠ってしまったのだろう。しかし彼は、あえてロゼを起こさなかったのだ。無理にでも起こしてくれればよかったものを、地味に恥をかいてしまったとロゼは苦悩をする。
「ルーク、ご迷惑をおかけいたしました」
「いいえ、旦那様のほうが何かとロゼ様にご迷惑をおかけしておりますし……」
ルークの視線が僅かに外れる。彼の瞳が捉えたのは、ロゼの後ろからバツが悪そうに顔を出したフリードリヒであった。
「おはよう……ルーク……」
「おはようございます、旦那様。昨晩はロゼ様とは何も、なかったですよね?」
恐怖すら感じさせる笑顔で念押しするルークに、フリードリヒは静かに震撼する。
「あ、当たり前じゃないか! 騎士たる者、紳士でなくてどうする!」
「それはお酒に強くなってから言いましょう」
「……え」
「さぁロゼ様。朝食の準備ができております。お着替えをしてから食卓の間に参りましょう」
ロゼが頷き、フリードリヒの顔を盗み見る。フリードリヒは、肉体から魂が抜けたかのように、何もない宙を見上げ続けていたのだった。
衣装室と化粧室にて着替えと化粧を済ませたロゼは、食卓の間に行きついた。昨日と同じ席に座ると、先程のだらしない格好はどこへやら、騎士服を完璧に着こなしたフリードリヒと目が合った。
「ドレス、よく似合っているね」
「……貸してくれたこと、感謝するわ」
「あぁ、返さなくてもいいから。妹が置いていったドレスなんだ。ロゼが着てくれていたなら、妹も喜ぶよ」
ロゼは自身がまとうドレスを見下ろす。ピンク色を基調としたドレスは、やたらとフリルとリボンが施されている。彼女の好みのドレスではないのだが、似合ってはいた。二度目の着用機会はないかもしれないが。
ロゼとフリードリヒは食前の挨拶をして、朝食を食べ始める。程よく焼かれたパンやまろやかなコーンスープ、色とりどりのサラダをはじめとした豪勢な朝食が並んでいた。自分の宮で食べるのとはひと味違う味に感動しながら食していると、突如として扉が激しく開かれる音がした。入室したのはひとりの若い執事。ルークはその無礼を咎めようとするが、執事の剣幕を目の当たりにして口を噤む。
「メルドレール公爵様! ドルトディチェ大公令嬢! ドルトディチェ大公家のご令息がお見えでございます!」
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