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本編
第32話 助け
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ふたりを隔てるものは何ひとつとしてない。フリードリヒの美しい顔は、ロゼの寿命を無駄に縮ませる。
ルティレータ帝国にて、ユークリッドと人気を二分しているフリードリヒだが、今ばかりは彼のほうが一センチほど上回っているだろう。フリードリヒのギャップは、女性陣を軽く悩殺させる威力を誇るのだから。滅多に感情を顔に出さないロゼでさえ、静かに目を見開いていた。なぜか段々と距離を詰めてくるフリードリヒ。これ以上は、文字通りゼロ距離となってしまうため、ロゼは彼の胸板を両手で押し返そうとする。分厚い胸板は、ビクとも動かない。草原の中央に鎮座する岩を自力で動かそうと無謀な挑戦をしている気分に陥った。改めて最強の騎士の力の強さに戦慄する。ロゼは我慢の限界を迎え、勢いよく顔を背けると、フリードリヒの手がロゼの顎を掴む。
「ロゼ、目を逸らすな」
命令形の言葉。ロゼの全身が氷のように固まって動かなくなる。しまった、と思った頃にはもう遅い。ふたりの距離がゼロを記録したその瞬間、フリードリヒの熱い吐息が唇にかかった。ロゼは目を瞑り、現実逃避を試みる。と、同時に、ガコンッ! という鈍い音が響き渡る。ロゼは目を開き、眼前に飛び込んできた状況を把握しにかかる。フリードリヒは目を閉じ、へなへなと脱力してロゼに身を預けた。胸元が押し潰される苦しさを覚える。すると、突然何者かによってフリードリヒが引き剥がされる。
「ご無事ですか? ロゼ様」
「ルーク……」
フリードリヒを気絶させ、引き剥がしたのはほかでもないルークであった。泥酔していたとは言え、最強の騎士と名高いフリードリヒをたった一撃で沈めてしまうとは、ルークはただ者ではない。ルークは胸に手をあて、目を閉じる。
「旦那様が飲みすぎていないか、少し心配になり様子を窺いに来たらこの始末。我が主のご無礼をどうお詫びしてよろしいのか……。このルーク、腹を切って詫びる所存で」
「お止めください。そんなことは望んでおりません」
ロゼは真顔でルークを止める。ルークは深々と溜息を吐いた。主人であるフリードリヒに呆れ返っている様子。
ルークが心配になり様子を窺いに来てしまうほど、フリードリヒは酒に弱いということだ。付き合い程度にしか飲まないのだろうか。これからは、酒を酌み交わすことはできるだけ避けなければならない。ヴィオレッタはそう考えた。
「申し訳ございません、ロゼ様」
ルークは、深く頭を下げる。
「悪酔いしないよう気をつけてと言ったのですが、効果はなかったみたいですね」
「……後日、主より謝罪をさせますので、どうかご勘弁を」
主に謝罪をさせると言えるのは、ルティレータ帝国のどこを探してもルークくらいであろう。先代公爵の代からメルドレール公爵家に仕えているからこその強みだ。フリードリヒも本来は、メルドレール公爵家の当主として素晴らしい人格者なのだろうが、ルークの前ではまだまだ幼い子供だ。それもそのはず。フリードリヒは若くして一家の当主として名を馳せることとなったのだから。一族の管理は、ルークの助けなくしては難しいだろう。ロゼは、ルークの腕の中ですやすやと寝息を立てるフリードリヒを見て、穏やかな表情を湛える。そしてベンチから立ち上がった。
「フリードリヒも寝てしまったことですし、私はこの辺りで失礼いたします」
「夜更けの移動は大変危険でございます。ロゼ様のお連れの騎士の方々にも客室をご用意し、お休みいただいております。ですので、ロゼ様も今晩は、メルドレール公爵城でお泊まりになられてはいかがでしょう」
ルークの提案に、ロゼは思考を巡らせる。
確かに夜更けの移動は、危険を伴う。盗賊に出会す可能性もある。しかし、メルドレール公爵城に宿泊するともなれば、フリードリヒに迷惑がかかってしまうかもしれない。万が一、外部に情報が漏れてしまえば、在らぬ噂が立つからだ。それはロゼにとってもフリードリヒにとっても、好ましくないこと。ロゼは迷いに迷ったすえ、ルークに問いかける。
「ご迷惑にならないでしょうか」
「迷惑だなんてそんな! 我が主のほうがよっぽど迷惑をかけております!」
「………………」
ロゼは瞳に戸惑いの色を滲ませたあと、控えめに首を縦に振った。
「お言葉に甘えさせていただきます」
ルティレータ帝国にて、ユークリッドと人気を二分しているフリードリヒだが、今ばかりは彼のほうが一センチほど上回っているだろう。フリードリヒのギャップは、女性陣を軽く悩殺させる威力を誇るのだから。滅多に感情を顔に出さないロゼでさえ、静かに目を見開いていた。なぜか段々と距離を詰めてくるフリードリヒ。これ以上は、文字通りゼロ距離となってしまうため、ロゼは彼の胸板を両手で押し返そうとする。分厚い胸板は、ビクとも動かない。草原の中央に鎮座する岩を自力で動かそうと無謀な挑戦をしている気分に陥った。改めて最強の騎士の力の強さに戦慄する。ロゼは我慢の限界を迎え、勢いよく顔を背けると、フリードリヒの手がロゼの顎を掴む。
「ロゼ、目を逸らすな」
命令形の言葉。ロゼの全身が氷のように固まって動かなくなる。しまった、と思った頃にはもう遅い。ふたりの距離がゼロを記録したその瞬間、フリードリヒの熱い吐息が唇にかかった。ロゼは目を瞑り、現実逃避を試みる。と、同時に、ガコンッ! という鈍い音が響き渡る。ロゼは目を開き、眼前に飛び込んできた状況を把握しにかかる。フリードリヒは目を閉じ、へなへなと脱力してロゼに身を預けた。胸元が押し潰される苦しさを覚える。すると、突然何者かによってフリードリヒが引き剥がされる。
「ご無事ですか? ロゼ様」
「ルーク……」
フリードリヒを気絶させ、引き剥がしたのはほかでもないルークであった。泥酔していたとは言え、最強の騎士と名高いフリードリヒをたった一撃で沈めてしまうとは、ルークはただ者ではない。ルークは胸に手をあて、目を閉じる。
「旦那様が飲みすぎていないか、少し心配になり様子を窺いに来たらこの始末。我が主のご無礼をどうお詫びしてよろしいのか……。このルーク、腹を切って詫びる所存で」
「お止めください。そんなことは望んでおりません」
ロゼは真顔でルークを止める。ルークは深々と溜息を吐いた。主人であるフリードリヒに呆れ返っている様子。
ルークが心配になり様子を窺いに来てしまうほど、フリードリヒは酒に弱いということだ。付き合い程度にしか飲まないのだろうか。これからは、酒を酌み交わすことはできるだけ避けなければならない。ヴィオレッタはそう考えた。
「申し訳ございません、ロゼ様」
ルークは、深く頭を下げる。
「悪酔いしないよう気をつけてと言ったのですが、効果はなかったみたいですね」
「……後日、主より謝罪をさせますので、どうかご勘弁を」
主に謝罪をさせると言えるのは、ルティレータ帝国のどこを探してもルークくらいであろう。先代公爵の代からメルドレール公爵家に仕えているからこその強みだ。フリードリヒも本来は、メルドレール公爵家の当主として素晴らしい人格者なのだろうが、ルークの前ではまだまだ幼い子供だ。それもそのはず。フリードリヒは若くして一家の当主として名を馳せることとなったのだから。一族の管理は、ルークの助けなくしては難しいだろう。ロゼは、ルークの腕の中ですやすやと寝息を立てるフリードリヒを見て、穏やかな表情を湛える。そしてベンチから立ち上がった。
「フリードリヒも寝てしまったことですし、私はこの辺りで失礼いたします」
「夜更けの移動は大変危険でございます。ロゼ様のお連れの騎士の方々にも客室をご用意し、お休みいただいております。ですので、ロゼ様も今晩は、メルドレール公爵城でお泊まりになられてはいかがでしょう」
ルークの提案に、ロゼは思考を巡らせる。
確かに夜更けの移動は、危険を伴う。盗賊に出会す可能性もある。しかし、メルドレール公爵城に宿泊するともなれば、フリードリヒに迷惑がかかってしまうかもしれない。万が一、外部に情報が漏れてしまえば、在らぬ噂が立つからだ。それはロゼにとってもフリードリヒにとっても、好ましくないこと。ロゼは迷いに迷ったすえ、ルークに問いかける。
「ご迷惑にならないでしょうか」
「迷惑だなんてそんな! 我が主のほうがよっぽど迷惑をかけております!」
「………………」
ロゼは瞳に戸惑いの色を滲ませたあと、控えめに首を縦に振った。
「お言葉に甘えさせていただきます」
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